「外国語学習」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
69行目: 69行目:
 言語理解は,リスニングおよびリーディングに相当する言語スキルである。4つの言語技能の中でリスニングは最も基本的なスキルで,リスニングからはじめてスピーキング,リーディング,ライティングへと進んでいくのが自然な言語学習の順序であるとされる。
 言語理解は,リスニングおよびリーディングに相当する言語スキルである。4つの言語技能の中でリスニングは最も基本的なスキルで,リスニングからはじめてスピーキング,リーディング,ライティングへと進んでいくのが自然な言語学習の順序であるとされる。
==== 言語理解のプロセス ====
==== 言語理解のプロセス ====
音声言語による文理解のプロセスは,Friederici & Kotz (2003)の認知神経科学的モデルによれば,①入力音声の音響分析([[聴覚野]])にもとづく音素の同定(上側頭回中間部),音韻の[[分節化]]・音節化の処理(BA44上後部),②語の形態処理(上側頭回後部),統語範疇の同定(上側頭回前部)にもとづく局所的統語構造の構築(BA44下部),③語の統語・形態情報の同定(上・中側頭回後部)にもとづく意味情報と統語情報の統合(上・中側頭回後部),意味役割付与(BA44, 45, 47),④さまざまな情報が統合され(基底核)や再分析および修復(上側頭回後部)といった4つの段階に大別される<ref>’’’Friederici, A. D., and Kotz, S. A. ‘’’<br>The brain basis of syntactic processes: functional imaging and lesion studies<br>’’NeuroImage, 20, s8-s17’’:2003</ref>。書き言葉の処理もこれに準じる。
 音声言語による文理解のプロセスは,Friederici & Kotz (2003)の認知神経科学的モデルによれば,①入力音声の音響分析([[聴覚野]])にもとづく音素の同定(上側頭回中間部),音韻の[[分節化]]・音節化の処理(BA44上後部),②語の形態処理(上側頭回後部),統語範疇の同定(上側頭回前部)にもとづく局所的統語構造の構築(BA44下部),③語の統語・形態情報の同定(上・中側頭回後部)にもとづく意味情報と統語情報の統合(上・中側頭回後部),意味役割付与(BA44, 45, 47),④さまざまな情報が統合され(基底核)や再分析および修復(上側頭回後部)といった4つの段階に大別される<ref>’’’Friederici, A. D., and Kotz, S. A. ‘’’<br>The brain basis of syntactic processes: functional imaging and lesion studies<br>’’NeuroImage, 20, s8-s17’’:2003</ref>。書き言葉の処理もこれに準じる。


外国語学習におけるリスニングの困難点は,①音声の連続体の中から単語の切り出すこと(分節化),②統語構造を構築すること,③話者の話すスピードで理解すること,などにある。また,リーディングの困難点は,①語彙知識の不足,②文法知識の不足,③母語と語順が異なる場合は,語順通りに理解すること,などにある。いずれの場合にも,話題についての背景知識が内容理解に影響を及ぼすことも知られている。
 外国語学習におけるリスニングの困難点は,①音声の連続体の中から単語の切り出すこと(分節化),②統語構造を構築すること,③話者の話すスピードで理解すること,などにある。また,リーディングの困難点は,①語彙知識の不足,②文法知識の不足,③母語と語順が異なる場合は,語順通りに理解すること,などにある。いずれの場合にも,話題についての背景知識が内容理解に影響を及ぼすことも知られている。


==== 母語話者の文理解 ====
==== 母語話者の文理解 ====
たとえば,The man saw the spy.という文を理解するには,まず,それぞれの語の形態と'''統語範疇'''を同定し,[the man] や[the spy]といった'''句構造'''を形成し,最終的に,<sub>文</sub>[<sub>名詞句</sub>[the man <sub>動詞句</sub>[saw<sub>名詞句</sub>[the spy]]]]という統語構造が構築され,そこから文全体の意味が引き出される。また,The defendant examined by the lawyer turned out to be unreliable.「その判事が調べた被告人は信頼できないことが判明した」というような縮約関係節(reduced relative clause)の構造をもつ文は,動詞examinedが最初に過去形だと判断されるが,by-句もしくは動詞turnedの出現によって,動詞examinedを過去分詞形に再分析(reanalysis)が要求される,いわゆるガーデンパス文である。このことは,文理解が逐次的・漸次的(incremental)に進められることを示唆している。しかし,最初の名詞句をThe evidence「その証拠」のように無生物名詞に変えると,ガーデンパス化が低減することが眼球運動測定<ref>’’’Trueswell, J. C., Tanenhaus, M. K., and Garnsey, S. M.’’’<br>Semantic influence on parsing: Use of thematic role information in syntactic ambiguity resolution<br>’’Journal of Memory and Language, 33, 285-318’’:1994</ref>や事象関連電位<ref>’’’Garnsey, S. M., Tanenhaus, M. K., and Chapman, R. M.’’’<br>Evoked potentials and the study of sentence comprehension<br>’’Journal of Psycholinguistic Research, 18, 51-59’’:1989</ref>を用いた研究で示されており,名詞の意味情報が統語解析と相互作用することを示唆している(ただし,意味情報がどの程度初期統語解析に影響するかについては,否定的な研究もある<ref>’’’Rayner, K., Carlson, M., and Frazier, L.’’’<br>The interaction of syntax and semantics during sentence processing: Eye movements in the analysis of semantically biased sentences<br>’’Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 22, 358-374’’:1983</ref> <ref>’’’McElree, G., and Griffith, T.’’’<br>Syntactic and thematic processing in sentence processing in sentence comprehension: Evidence for a temporal dissociation<br>’’Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition, 21, 134-157’’:1995 </ref>。
 たとえば,The man saw the spy.という文を理解するには,まず,それぞれの語の形態と'''統語範疇'''を同定し,[the man] や[the spy]といった'''句構造'''を形成し,最終的に,<sub>文</sub>[<sub>名詞句</sub>[the man <sub>動詞句</sub>[saw<sub>名詞句</sub>[the spy]]]]という統語構造が構築され,そこから文全体の意味が引き出される。また,The defendant examined by the lawyer turned out to be unreliable.「その判事が調べた被告人は信頼できないことが判明した」というような縮約関係節(reduced relative clause)の構造をもつ文は,動詞examinedが最初に過去形だと判断されるが,by-句もしくは動詞turnedの出現によって,動詞examinedを過去分詞形に再分析(reanalysis)が要求される,いわゆるガーデンパス文である。このことは,文理解が逐次的・漸次的(incremental)に進められることを示唆している。しかし,最初の名詞句をThe evidence「その証拠」のように無生物名詞に変えると,ガーデンパス化が低減することが眼球運動測定<ref>’’’Trueswell, J. C., Tanenhaus, M. K., and Garnsey, S. M.’’’<br>Semantic influence on parsing: Use of thematic role information in syntactic ambiguity resolution<br>’’Journal of Memory and Language, 33, 285-318’’:1994</ref>や事象関連電位<ref>’’’Garnsey, S. M., Tanenhaus, M. K., and Chapman, R. M.’’’<br>Evoked potentials and the study of sentence comprehension<br>’’Journal of Psycholinguistic Research, 18, 51-59’’:1989</ref>を用いた研究で示されており,名詞の意味情報が統語解析と相互作用することを示唆している(ただし,意味情報がどの程度初期統語解析に影響するかについては,否定的な研究もある<ref>’’’Rayner, K., Carlson, M., and Frazier, L.’’’<br>The interaction of syntax and semantics during sentence processing: Eye movements in the analysis of semantically biased sentences<br>’’Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 22, 358-374’’:1983</ref> <ref>’’’McElree, G., and Griffith, T.’’’<br>Syntactic and thematic processing in sentence processing in sentence comprehension: Evidence for a temporal dissociation<br>’’Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition, 21, 134-157’’:1995 </ref>。


==== 外国語学習者の文理解 ====
==== 外国語学習者の文理解 ====
一方,外国語学習者は,母語話者のように複雑な統語知識に基づく処理を行うことはできず,語彙の意味情報に強く依存した処理を行うと言われている('''Shallow Structure Hypothesis「浅い構造的処理」''')<ref>’’’Clahsen, H., & Felser, C.’’’<br>Grammatical processing in language learners<br>’’Applied Psycholinguistics, 27, 3-42’’:2006</ref>。つまり,外国語学習者は統語処理が非自動的であり,語の意味情報に頼らざるを得ないのだと言える。
 一方,外国語学習者は,母語話者のように複雑な統語知識に基づく処理を行うことはできず,語彙の意味情報に強く依存した処理を行うと言われている('''Shallow Structure Hypothesis「浅い構造的処理」''')<ref>’’’Clahsen, H., & Felser, C.’’’<br>Grammatical processing in language learners<br>’’Applied Psycholinguistics, 27, 3-42’’:2006</ref>。つまり,外国語学習者は統語処理が非自動的であり,語の意味情報に頼らざるを得ないのだと言える。
外国語学習者の文理解は,上で述べた縮約関係節構造を含む文などで,名詞の意味情報によって文理解は促進されるが,動詞の'''形態統語情報'''(morpho-syntactic information; たとえば,examinedは過去形か過去分詞形か曖昧であるが,gave/givenのような動詞は曖昧ではない)はリアルタイムの文理解にはほとんど影響せず,統語解析は促進されないという結果が報告されている<ref>’’’Narumi, T., & Yokokawa, H.’’’<br>Proficiency and working memory effects on the use of animacy and morphosyntactic information in comprehending temporarily ambiguous sentences by Japanese EFL learners: An eye-tracking study<br>’’Journal of the Japan Society for Speech Sciences, 14, 19-42’’:2013</ref>。
 
 外国語学習者の文理解は,上で述べた縮約関係節構造を含む文などで,名詞の意味情報によって文理解は促進されるが,動詞の'''形態統語情報'''(morpho-syntactic information; たとえば,examinedは過去形か過去分詞形か曖昧であるが,gave/givenのような動詞は曖昧ではない)はリアルタイムの文理解にはほとんど影響せず,統語解析は促進されないという結果が報告されている<ref>’’’Narumi, T., & Yokokawa, H.’’’<br>Proficiency and working memory effects on the use of animacy and morphosyntactic information in comprehending temporarily ambiguous sentences by Japanese EFL learners: An eye-tracking study<br>’’Journal of the Japan Society for Speech Sciences, 14, 19-42’’:2013</ref>。


==== 言語情報の脳内処理 ====
==== 言語情報の脳内処理 ====
Ojima, Nakata, & Kakigi (2005)は<ref>’’’Ojima, S., Nakata, H., & Kakigi, R.’’’<br>An ERP study of second language learning after childhood: Effects of proficiency<br>’’Journal of Cognitive Neuroscience, 17, 1212-1228’’:2005</ref>,英語の母語話者と上級・中級程度の外国語学習者を対象に,[[事象関連電位]]の手法を用いて,言語情報に対する敏感さ(sensitivity)を調査した。たとえば,Mike listened to Max’s *orange about war.といった意味的に不適格な文(*が違反が起こっている箇所を示す)に対しては,N400という成分が出現することがわかっているが,外国語学習者の場合にも同様の現象が見られた。一方,Yesterday he *play a guitar.のような形態統語違反(正しくはplayed),Susan liked Jack’s *about joke the man.のような句構造違反(正しくはJack’s joke about the man)に対しては,LANと呼ばれる早期に行われる文法判断にかかわる成分とP600と呼ばれる後期における情報の統合や修正にかかわる成分が出現するはずであるが<ref>’’’Friederici, A. D.’’’<br>Towards a neural basis of auditory sentence processing<br>’’TRENDS in Cognitive Sciences, 6, 78-84’’:2002</ref>,外国語学習者では,上級熟達度のみにLANに近い成分の出現が観察されただけであったと報告している。これら研究結果は,外国語学習者にとって,文法を操作することに関わる処理が困難でることを示唆しており,Shallow Structure Hypothesis (Felser & Clahsen, 2006) <ref name=ref2 />にも一致する。
 Ojima, Nakata, & Kakigi (2005)は<ref>’’’Ojima, S., Nakata, H., & Kakigi, R.’’’<br>An ERP study of second language learning after childhood: Effects of proficiency<br>’’Journal of Cognitive Neuroscience, 17, 1212-1228’’:2005</ref>,英語の母語話者と上級・中級程度の外国語学習者を対象に,[[事象関連電位]]の手法を用いて,言語情報に対する敏感さ(sensitivity)を調査した。たとえば,Mike listened to Max’s *orange about war.といった意味的に不適格な文(*が違反が起こっている箇所を示す)に対しては,N400という成分が出現することがわかっているが,外国語学習者の場合にも同様の現象が見られた。一方,Yesterday he *play a guitar.のような形態統語違反(正しくはplayed),Susan liked Jack’s *about joke the man.のような句構造違反(正しくはJack’s joke about the man)に対しては,LANと呼ばれる早期に行われる文法判断にかかわる成分とP600と呼ばれる後期における情報の統合や修正にかかわる成分が出現するはずであるが<ref>’’’Friederici, A. D.’’’<br>Towards a neural basis of auditory sentence processing<br>’’TRENDS in Cognitive Sciences, 6, 78-84’’:2002</ref>,外国語学習者では,上級熟達度のみにLANに近い成分の出現が観察されただけであったと報告している。これら研究結果は,外国語学習者にとって,文法を操作することに関わる処理が困難でることを示唆しており,Shallow Structure Hypothesis (Felser & Clahsen, 2006) <ref name=ref2 />にも一致する。


==== 言語情報処理の熟達度依存性 ====
==== 言語情報処理の熟達度依存性 ====
動詞の形態統語情報の処理について,事象関連電位を測定した結果,規則動詞違反文ではLANに続いてP600の成分が出現したが,不規則動詞違反文ではP600の成分のみが出現したことから,英語母語話者には規則動詞・不規則動詞それぞれの処理による神経認知基盤が存在し,語彙的知識がそれぞれ影響していると結論づけている。英語を外国語とする学習者の意味違反に対して出現するN400にも熟達度依存性が存在することを指摘した研究もあり,事象関連電位と熟達度の変化との関係性について検討した研究も少しずつ登場している<ref>’’’Newman, A. J., Tremblay, A., Nichols, E. S., Neville, H. J., & Ullman, M. T.’’’<br>The influence of language proficiency on lexical semantic processing in native and late learners of English<br>’’Journal of Cognitive Neuroscience, 24, 1205-1223’’:2012</ref>,<ref>’’’Newman, A. J., Ullman, M. T., Pancheva, R., Waligura, D. L., & Neville, H. J.’’’<br>An ERP study of regular and irregular English past tense inflection<br>’’NeuroImage, 34, 435-445’’:2007</ref>。
 動詞の形態統語情報の処理について,事象関連電位を測定した結果,規則動詞違反文ではLANに続いてP600の成分が出現したが,不規則動詞違反文ではP600の成分のみが出現したことから,英語母語話者には規則動詞・不規則動詞それぞれの処理による神経認知基盤が存在し,語彙的知識がそれぞれ影響していると結論づけている。英語を外国語とする学習者の意味違反に対して出現するN400にも熟達度依存性が存在することを指摘した研究もあり,事象関連電位と熟達度の変化との関係性について検討した研究も少しずつ登場している<ref>’’’Newman, A. J., Tremblay, A., Nichols, E. S., Neville, H. J., & Ullman, M. T.’’’<br>The influence of language proficiency on lexical semantic processing in native and late learners of English<br>’’Journal of Cognitive Neuroscience, 24, 1205-1223’’:2012</ref>,<ref>’’’Newman, A. J., Ullman, M. T., Pancheva, R., Waligura, D. L., & Neville, H. J.’’’<br>An ERP study of regular and irregular English past tense inflection<br>’’NeuroImage, 34, 435-445’’:2007</ref>。


=== 言語産出 ===
=== 言語産出 ===
言語産出は,スピーキングおよびライティングに相当する言語スキルである。
 言語産出は,スピーキングおよびライティングに相当する言語スキルである。


==== 言語産出のプロセス ====
==== 言語産出のプロセス ====
音声を中心としたコミュニケーションの心理言語学的モデルの一つに,Levelt(1989)<ref name=ref2 />の言語の理解と生成における'''語彙仮説モデル'''がある。このモデルでは,まず,スピーキングのプロセスとして,'''概念化装置'''(CONCEPTUALIZER)でプラニングされた発話すべきメッセージは,'''形式化装置'''(FORMULARTOR)で文法コード化(grammatical encoding)および音韻コード化(phonological encoding)の操作が施される。ことのとき,メンタルレキシコン(mental lexicon)に格納されているレマ(lemma)情報によって統語的表象を構築し,レキシーム(lexeme)情報によって音韻表象が構築される。最終的に'''調音'''(ARTICULATION)がなされて,発話(アウトプット)に至るプロセスが示されている。
 音声を中心としたコミュニケーションの心理言語学的モデルの一つに,Levelt(1989)<ref name=ref2 />の言語の理解と生成における'''語彙仮説モデル'''がある。このモデルでは,まず,スピーキングのプロセスとして,'''概念化装置'''(CONCEPTUALIZER)でプラニングされた発話すべきメッセージは,'''形式化装置'''(FORMULARTOR)で文法コード化(grammatical encoding)および音韻コード化(phonological encoding)の操作が施される。ことのとき,メンタルレキシコン(mental lexicon)に格納されているレマ(lemma)情報によって統語的表象を構築し,レキシーム(lexeme)情報によって音韻表象が構築される。最終的に'''調音'''(ARTICULATION)がなされて,発話(アウトプット)に至るプロセスが示されている。


外国語のスピーキングにおける困難点は,①発音を知らない,発音の仕方が分からない,②言いたいことを伝える語や表現がすぐに[[想起]]できない,③文法知識の欠如,文をすぐに構築できない,④正確さを気にしすぎて,間違いを犯すことを[[恐れ]]る,⑤母語で考えて,それを外国語に置き換えようとする,などが挙げられる。
外国語のスピーキングにおける困難点は,①発音を知らない,発音の仕方が分からない,②言いたいことを伝える語や表現がすぐに[[想起]]できない,③文法知識の欠如,文をすぐに構築できない,④正確さを気にしすぎて,間違いを犯すことを[[恐れ]]る,⑤母語で考えて,それを外国語に置き換えようとする,などが挙げられる。
97行目: 98行目:
言語運用の基盤となる言語知識,とりわけ統語知識は脳内にどう表象されているのであろうか。Bockら(1990)は,(1)のような文(プライム文)を音読した後,(2)の断片に続けて自由に文を完成してもらう実験を行った<ref>’’’Bock, K. & Loebell, H.’’’<br>Framing sentences<br>’’Cognition, 35. 1–39’’:1990</ref>。
言語運用の基盤となる言語知識,とりわけ統語知識は脳内にどう表象されているのであろうか。Bockら(1990)は,(1)のような文(プライム文)を音読した後,(2)の断片に続けて自由に文を完成してもらう実験を行った<ref>’’’Bock, K. & Loebell, H.’’’<br>Framing sentences<br>’’Cognition, 35. 1–39’’:1990</ref>。


(1) a. Susan brought Stella a book.
* (1) a. Susan brought Stella a book.
    b. Susan brought a book to Stella.
*   b. Susan brought a book to Stella.
(2) The children showed …
* (2) The children showed …
(3) a. The children showed a man a picture.
* (3) a. The children showed a man a picture.
    b. The children showed a picture to a man.
*   b. The children showed a picture to a man.


その結果,(1a)の後では([[3a]]), (1b)の後では(3b)のような文を多く産出した。このようにプライム文と同じ文構造を使用して文を産出する現象を'''「統語的[[プライミング]]」(syntactic priming)'''と呼ぶ。ここで興味深いのは,(2)に含まれている動詞が(1)のプライム文の動詞とは異なっている点で,動詞は異なるのに同じ構造を使って文を産出する傾向が見られ。また,時制や相、数がプライム文と異なっていても統語的プライミング現象が見られる。このような実験は,私たちが脳内にどのような形で統語情報をもっているかを探ろうとしたものである。Pickering & Branigan (1998)は,図1のようなネットワーク構造であると仮定している<ref>’’’Pickering, M. J., & Branigan, H. P.’’’<br>The representation of verbs: Evidence from syntactic priming in language production<br>’’Journal of Memory and Language, 39, 633–651’’:1998</ref>。
 その結果,(1a)の後では([[3a]]), (1b)の後では(3b)のような文を多く産出した。このようにプライム文と同じ文構造を使用して文を産出する現象を'''「統語的[[プライミング]]」(syntactic priming)'''と呼ぶ。ここで興味深いのは,(2)に含まれている動詞が(1)のプライム文の動詞とは異なっている点で,動詞は異なるのに同じ構造を使って文を産出する傾向が見られ。また,時制や相、数がプライム文と異なっていても統語的プライミング現象が見られる。このような実験は,私たちが脳内にどのような形で統語情報をもっているかを探ろうとしたものである。Pickering & Branigan (1998)は,図1のようなネットワーク構造であると仮定している<ref>’’’Pickering, M. J., & Branigan, H. P.’’’<br>The representation of verbs: Evidence from syntactic priming in language production<br>’’Journal of Memory and Language, 39, 633–651’’:1998</ref>。
    
    
この図は,GIVEとSENDの語彙範疇は動詞(verb)であり,[名詞句(NP)+名詞句(NP)]および[名詞句(NP)+前置詞句(PP)]という構造をとるという情報をもつと同時に,それらの情報が2つの動詞間で共有されていることを示している。したがって,“He gave a ring to her.”というプライムに出会うと,[名詞句+前置詞句]という結びつきのノードが活性化されて,“The woman sent a letter to her mother.”という発話が引き出されやすくなるということである。
 この図は,GIVEとSENDの語彙範疇は動詞(verb)であり,[名詞句(NP)+名詞句(NP)]および[名詞句(NP)+前置詞句(PP)]という構造をとるという情報をもつと同時に,それらの情報が2つの動詞間で共有されていることを示している。したがって,“He gave a ring to her.”というプライムに出会うと,[名詞句+前置詞句]という結びつきのノードが活性化されて,“The woman sent a letter to her mother.”という発話が引き出されやすくなるということである。


外国語学習者の場合にも、熟達度が高い学習者には同じような現象が見られるが、熟達度が低い学習者の場合にはプライミング率は高くないことがMorishita et al.(2010)などで示されている<ref>’’’Morishita, M., Satoi, H., & Yokokawa, H.’’’<br>Verb lexical representation of Japanese EFL learners: Syntactic priming during language production<br>’’Journal of the Japan Society for Speech Sciences, 11, 29–43’’:2010</ref>。このことは,動詞間で情報が共有されていないことを示唆しており,メンタルレキシコンに文構造ネットワークが十分に形成されていない,もしくはリンクが弱い状態であることと考えられる。また,熟達度の低い学習者は,“The woman gave a book.”とか“The man gave the girl to a book.”のような誤った文も多く産出するが,これは,二重目的語をとる動詞であることや意味構造が理解されていないものと考えられ,構造と意味を結び付けて記憶に定着させることが重要である。
 外国語学習者の場合にも、熟達度が高い学習者には同じような現象が見られるが、熟達度が低い学習者の場合にはプライミング率は高くないことがMorishita et al.(2010)などで示されている<ref>’’’Morishita, M., Satoi, H., & Yokokawa, H.’’’<br>Verb lexical representation of Japanese EFL learners: Syntactic priming during language production<br>’’Journal of the Japan Society for Speech Sciences, 11, 29–43’’:2010</ref>。このことは,動詞間で情報が共有されていないことを示唆しており,メンタルレキシコンに文構造ネットワークが十分に形成されていない,もしくはリンクが弱い状態であることと考えられる。また,熟達度の低い学習者は,“The woman gave a book.”とか“The man gave the girl to a book.”のような誤った文も多く産出するが,これは,二重目的語をとる動詞であることや意味構造が理解されていないものと考えられ,構造と意味を結び付けて記憶に定着させることが重要である。


==== 繰り返し接触による潜在学習 ====
==== 繰り返し接触による潜在学習 ====
外国語学習においては,'''繰り返し(repetition)'''が言語習得に重要であるということは昔から言われていることである。反復接触が,上で述べた統語的プライミングに及ぼす影響について調査した実験がある。Kaschak, Loney, and Borreggine (2006) は,Pickering and Branigan (1998) の文完成課題を用いて,刺激文への接触回数が[[プライミング効果]]に与える影響を調査した<ref>’’’Pickering, M. J., & Branigan, H. P.’’’<br>The representation of verbs: Evidence from syntactic priming in language production<br>’’Journal of Memory and Language, 39, 633–651’’:1998 </ref>。その結果,英語母語話者の場合,刺激への接触回数が増えにつれてプライミング率が高くなった。また,Morishita and Yokokawa (2012) <ref>’’’Morishita, M., & Yokokawa, H.’’’<br>The cumulative effects of syntactic priming in written sentence production by Japanese EFL learners<br>’’Poster session presented at the annual conference of the American Association for Applied Linguistics (AAAL), Boston, MA’’:2012</ref>も日本人英語学習者を対象に同様の実験を行ったところ,全体として,母語話者と同様の結果得られ,自動的 (automatic) で無意識的 (implicit) なプロセスであるというPickering and Branigan (1999) の主張を支持する結果となった<ref>’’’Pickering, M. J., & Branigan, H. P.’’’<br>Syntactic priming in language production<br>’’Trends in Cognitive Sciences, 3(4), 136–141’’:1999 </ref>。しかし,20回程度の接触では,低熟達度群には大きな影響は見られなかったと報告しており,学習者の熟達度が統語表象の内在化に影響することが示唆される。
 外国語学習においては,'''繰り返し(repetition)'''が言語習得に重要であるということは昔から言われていることである。反復接触が,上で述べた統語的プライミングに及ぼす影響について調査した実験がある。Kaschak, Loney, and Borreggine (2006) は,Pickering and Branigan (1998) の文完成課題を用いて,刺激文への接触回数が[[プライミング効果]]に与える影響を調査した<ref>’’’Pickering, M. J., & Branigan, H. P.’’’<br>The representation of verbs: Evidence from syntactic priming in language production<br>’’Journal of Memory and Language, 39, 633–651’’:1998 </ref>。その結果,英語母語話者の場合,刺激への接触回数が増えにつれてプライミング率が高くなった。また,Morishita and Yokokawa (2012) <ref>’’’Morishita, M., & Yokokawa, H.’’’<br>The cumulative effects of syntactic priming in written sentence production by Japanese EFL learners<br>’’Poster session presented at the annual conference of the American Association for Applied Linguistics (AAAL), Boston, MA’’:2012</ref>も日本人英語学習者を対象に同様の実験を行ったところ,全体として,母語話者と同様の結果得られ,自動的 (automatic) で無意識的 (implicit) なプロセスであるというPickering and Branigan (1999) の主張を支持する結果となった<ref>’’’Pickering, M. J., & Branigan, H. P.’’’<br>Syntactic priming in language production<br>’’Trends in Cognitive Sciences, 3(4), 136–141’’:1999 </ref>。しかし,20回程度の接触では,低熟達度群には大きな影響は見られなかったと報告しており,学習者の熟達度が統語表象の内在化に影響することが示唆される。


先行する文の処理が同じ構造を持つ後の文の処理に影響する統語的プライミング現象は,言語産出のみならず,言語理解においても見られる<ref>’’’Tooley, K. M., Swaab, T. Y., Boudewyn, M. A., Zirnstein, M., & Traxler, M. J.’’’<br>Evidence for priming across intervening sentences during on-line sentence comprehension. Language<br>’’Cognition and Neuroscience, 29(3), 289-311’’:2014</ref>。繰り返し同じ構造に接触することで、その構造への潜在学習(implicit learning)が進み、オンラインでの処理促進が起こると言われている<ref>’’’Wells, J. B., Christiansen, M. H., Race, D. S., Acheson, D. J., & MacDonald, M. C.’’’<br>’’Experience and sentence processing: Statistical learning and relative clause comprehension<br>’’Cognitive Psychology, 58, 250-271’’:2009</ref>。外国語学習においては,'''明示的指導'''(明示的に言語知識を説明し,教えること)の有効性も主張されていると同時に,言語項目によっては非明示的な反復接触によって言語知識の内在化と運用スキルの強化を図ったり,'''宣言的知識'''を'''手続き知識'''に変容させることも可能であるように思われるが,今後の研究が望まれる。
 先行する文の処理が同じ構造を持つ後の文の処理に影響する統語的プライミング現象は,言語産出のみならず,言語理解においても見られる<ref>’’’Tooley, K. M., Swaab, T. Y., Boudewyn, M. A., Zirnstein, M., & Traxler, M. J.’’’<br>Evidence for priming across intervening sentences during on-line sentence comprehension. Language<br>’’Cognition and Neuroscience, 29(3), 289-311’’:2014</ref>。繰り返し同じ構造に接触することで、その構造への潜在学習(implicit learning)が進み、オンラインでの処理促進が起こると言われている<ref>’’’Wells, J. B., Christiansen, M. H., Race, D. S., Acheson, D. J., & MacDonald, M. C.’’’<br>’’Experience and sentence processing: Statistical learning and relative clause comprehension<br>’’Cognitive Psychology, 58, 250-271’’:2009</ref>。外国語学習においては,'''明示的指導'''(明示的に言語知識を説明し,教えること)の有効性も主張されていると同時に,言語項目によっては非明示的な反復接触によって言語知識の内在化と運用スキルの強化を図ったり,'''宣言的知識'''を'''手続き知識'''に変容させることも可能であるように思われるが,今後の研究が望まれる。


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
79

回編集