「外国語学習」の版間の差分

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== 主な理論 ==
== 主な理論 ==
外国語の学習を考える上で,外国語修得をどのようなものであると捉え,どのような指導法が提案・実践されてきたか(外国語教授法),外国語習得のプロセスはどう捉えられているか(第二言語習得理論)について概観する。
 外国語の学習を考える上で,外国語修得をどのようなものであると捉え,どのような指導法が提案・実践されてきたか(外国語教授法),外国語習得のプロセスはどう捉えられているか(第二言語習得理論),学習者要因について概観する。


=== 外国語教授法 ===
=== 外国語教授法 ===
外国語学習や授業実践は,言語や言語習得に関する考え方の影響を受けて,常に揺り動かされてきたという歴史を持つ。アメリカ構造主義言語学,生成言語理論などの言語理論,行動主義心理学,認知心理学などの心理学理論が外国語教授法に影響を与えた。これまでに提唱されてきた主な教授法(指導法とも言う)には次のようなものがある(→伊藤(1984), Larsen-Freeman (1986)なども参照)<ref>’’’伊藤嘉一’’’<br>英語教授法のすべて<br>’’大修館書店’’:1984</ref>, <ref>’’’Larsen-Freeman, D.’’’<br>Techniques and Principles in Language Teaching, 3rd ed.<br>’’Oxford University Press’’:2011</ref>。
 外国語学習や授業実践は,言語や言語習得に関する考え方の影響を受けて,常に揺り動かされてきたという歴史を持つ。アメリカ構造主義言語学,生成言語理論などの言語理論,行動主義心理学,認知心理学などの心理学理論が外国語教授法に影響を与えた。これまでに提唱されてきた主な教授法(指導法とも言う)には次のようなものがある(→伊藤(1984), Larsen-Freeman (1986)なども参照)<ref>’’’伊藤嘉一’’’<br>英語教授法のすべて<br>’’大修館書店’’:1984</ref>, <ref>’’’Larsen-Freeman, D.’’’<br>Techniques and Principles in Language Teaching, 3rd ed.<br>’’Oxford University Press’’:2011</ref>。


①19世紀後半から20世紀前半まで,ヨーロッパにおける主流の教授法が「'''文法[[翻訳]]教授法'''」(the grammar-translation method)であった。ギリシャ語,ラテン語などの古典語を教える際に,単語リストと文法規則を暗記し,その知識を活用して母語に正確に翻訳する指導法で,教養涵養,知的訓練の性質が強い。文学作品を理解することが目的であったため,読み書きが中心で,理論的基盤を持たない。日本では,漢文の訓読に用いられ,その後も広く英語教育現場で用いられている。
* ①19世紀後半から20世紀前半まで,ヨーロッパにおける主流の教授法が「'''文法[[翻訳]]教授法'''」(the grammar-translation method)であった。ギリシャ語,ラテン語などの古典語を教える際に,単語リストと文法規則を暗記し,その知識を活用して母語に正確に翻訳する指導法で,教養涵養,知的訓練の性質が強い。文学作品を理解することが目的であったため,読み書きが中心で,理論的基盤を持たない。日本では,漢文の訓読に用いられ,その後も広く英語教育現場で用いられている。


②19世紀後半になると異文化間の交易や交流が盛んになり,コミュニケーション能力の育成に対する関心が高まった。文法翻訳教授法に対する反動として,幼児の言語習得と同じくできるだけ自然な方法で身につけるのがよいと考えられ,母語の使用を禁じた「'''ナチュラル・メソッド'''」(the natural method)が台頭する。この時期には,音声学の知見を基盤する「'''フォネティック・メソッド'''」(the phonetic method)や外国語の音声・文字と意味の直接連合を目指す「'''ダイレクト・メソッド'''」(the direct method)なども提唱された。
* ②19世紀後半になると異文化間の交易や交流が盛んになり,コミュニケーション能力の育成に対する関心が高まった。文法翻訳教授法に対する反動として,幼児の言語習得と同じくできるだけ自然な方法で身につけるのがよいと考えられ,母語の使用を禁じた「'''ナチュラル・メソッド'''」(the natural method)が台頭する。この時期には,音声学の知見を基盤する「'''フォネティック・メソッド'''」(the phonetic method)や外国語の音声・文字と意味の直接連合を目指す「'''ダイレクト・メソッド'''」(the direct method)なども提唱された。


③教える際の効率性などの観点から母語の使用も認め,折衷的な方法論として,H. E. Palmer (1877-1949) によって提唱され,日本で発展した教授法が「'''オーラル・メソッド'''」(the natural method)である。言語習得についても生得的,習慣形成的側面のいずれも認めており,初級の段階では口頭での練習を重視し,コミュニケーションを通して外国語学習を行うことが基本的な考え方である。オーラル・メソッドと同じ時期に,アメリカ構造主義言語学および行動主義心理学を背景として,C.C. Fries (1887-1969)によって「'''オーラル・アプローチ'''」(the oral approach)('''オーディオ・リンガル・アプローチ'''(the audio-lingual approach)とも呼ばれる)が提唱された。耳と口による訓練が重視され,文型・文法のパターン・プラクティスに特徴がある。
* ③教える際の効率性などの観点から母語の使用も認め,折衷的な方法論として,H. E. Palmer (1877-1949) によって提唱され,日本で発展した教授法が「'''オーラル・メソッド'''」(the natural method)である。言語習得についても生得的,習慣形成的側面のいずれも認めており,初級の段階では口頭での練習を重視し,コミュニケーションを通して外国語学習を行うことが基本的な考え方である。オーラル・メソッドと同じ時期に,アメリカ構造主義言語学および行動主義心理学を背景として,C.C. Fries (1887-1969)によって「'''オーラル・アプローチ'''」(the oral approach)('''オーディオ・リンガル・アプローチ'''(the audio-lingual approach)とも呼ばれる)が提唱された。耳と口による訓練が重視され,文型・文法のパターン・プラクティスに特徴がある。


④20世紀後半に入って,言語能力は生得的なものであるとした生成文法(generative grammar)がChomsky(1928-)によって提唱されたのを境に,オーラル・アプローチやオーラル・メソッドは勢いを失った。1960~70年代には,ヒューマニスティック・アプローチ(humanistic approach)を理論的基盤として,学習者の認知能力に最大限に働きかけ,情意面への配慮も重視する,'''TPR'''(the total physical response method),'''サイレント・ウェイ'''(the silent way),'''CLL'''(community language learning),'''サジェストペディア'''(suggestopedia)といった教授法が提唱された。
* ④20世紀後半に入って,言語能力は生得的なものであるとした生成文法(generative grammar)がChomsky(1928-)によって提唱されたのを境に,オーラル・アプローチやオーラル・メソッドは勢いを失った。1960~70年代には,ヒューマニスティック・アプローチ(humanistic approach)を理論的基盤として,学習者の認知能力に最大限に働きかけ,情意面への配慮も重視する,'''TPR'''(the total physical response method),'''サイレント・ウェイ'''(the silent way),'''CLL'''(community language learning),'''サジェストペディア'''(suggestopedia)といった教授法が提唱された。


⑤1980年代前後から,EU統合なども背景として,コミュニケーション能力の育成に対する関心が高まり,文法的能力だけでなく,社会言語学的能力,談話的能力,方略的能力も重要であると考えられるようになり,「'''コミュニカティブ・アプローチ'''」(communicative approach)」の考え方が現れた。
* ⑤1980年代前後から,EU統合なども背景として,コミュニケーション能力の育成に対する関心が高まり,文法的能力だけでなく,社会言語学的能力,談話的能力,方略的能力も重要であると考えられるようになり,「'''コミュニカティブ・アプローチ'''」(communicative approach)」の考え方が現れた。


=== 第二言語習得理論 ===
=== 第二言語習得理論 ===
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