「外国語学習」の版間の差分

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 外国語学習者の場合にも、熟達度が高い学習者には同じような現象が見られるが、熟達度が低い学習者の場合にはプライミング率は高くないことがMorishita et al.(2010)などで示されている<ref>'''Morishita, M., Satoi, H., & Yokokawa, H.'''<br>Verb lexical representation of Japanese EFL learners: Syntactic priming during language production<br>''Journal of the Japan Society for Speech Sciences, 11, 29–43'': 2010</ref>。このことは,動詞間で情報が共有されていないことを示唆しており,メンタルレキシコンに文構造ネットワークが十分に形成されていない,もしくはリンクが弱い状態であることと考えられる。また,熟達度の低い学習者は,“The woman gave a book.”とか“The man gave the girl to a book.”のような誤った文も多く産出するが,これは,二重目的語をとる動詞であることや意味構造が理解されていないものと考えられ,構造と意味を結び付けて記憶に定着させることが重要である。
 外国語学習者の場合にも、熟達度が高い学習者には同じような現象が見られるが、熟達度が低い学習者の場合にはプライミング率は高くないことがMorishita et al.(2010)などで示されている<ref>'''Morishita, M., Satoi, H., & Yokokawa, H.'''<br>Verb lexical representation of Japanese EFL learners: Syntactic priming during language production<br>''Journal of the Japan Society for Speech Sciences, 11, 29–43'': 2010</ref>。このことは,動詞間で情報が共有されていないことを示唆しており,メンタルレキシコンに文構造ネットワークが十分に形成されていない,もしくはリンクが弱い状態であることと考えられる。また,熟達度の低い学習者は,“The woman gave a book.”とか“The man gave the girl to a book.”のような誤った文も多く産出するが,これは,二重目的語をとる動詞であることや意味構造が理解されていないものと考えられ,構造と意味を結び付けて記憶に定着させることが重要である。
== 展望:外国語学習への脳科学的アプローチ ==


==== 繰り返し接触による潜在学習 ====
==== 繰り返し接触による潜在学習 ====
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 先行する文の処理が同じ構造を持つ後の文の処理に影響する統語的プライミング現象は,言語産出のみならず,言語理解においても見られる<ref>'''Tooley, K. M., Swaab, T. Y., Boudewyn, M. A., Zirnstein, M., & Traxler, M. J.'''<br>Evidence for priming across intervening sentences during on-line sentence comprehension. Language<br>''Cognition and Neuroscience, 29(3), 289-311'': 2014</ref>。繰り返し同じ構造に接触することで、その構造への潜在学習(implicit learning)が進み、オンラインでの処理促進が起こると言われている<ref>'''Wells, J. B., Christiansen, M. H., Race, D. S., Acheson, D. J., & MacDonald, M. C.'''<br>Experience and sentence processing: Statistical learning and relative clause comprehension<br>''Cognitive Psychology, 58, 250-271'': 2009</ref>。外国語学習においては,'''明示的指導'''(明示的に言語知識を説明し,教えること)の有効性も主張されていると同時に,言語項目によっては非明示的な反復接触によって言語知識の内在化と運用スキルの強化を図ったり,'''宣言的知識'''を'''手続き知識'''に変容させることも可能であるように思われるが,今後の研究が望まれる。
 先行する文の処理が同じ構造を持つ後の文の処理に影響する統語的プライミング現象は,言語産出のみならず,言語理解においても見られる<ref>'''Tooley, K. M., Swaab, T. Y., Boudewyn, M. A., Zirnstein, M., & Traxler, M. J.'''<br>Evidence for priming across intervening sentences during on-line sentence comprehension. Language<br>''Cognition and Neuroscience, 29(3), 289-311'': 2014</ref>。繰り返し同じ構造に接触することで、その構造への潜在学習(implicit learning)が進み、オンラインでの処理促進が起こると言われている<ref>'''Wells, J. B., Christiansen, M. H., Race, D. S., Acheson, D. J., & MacDonald, M. C.'''<br>Experience and sentence processing: Statistical learning and relative clause comprehension<br>''Cognitive Psychology, 58, 250-271'': 2009</ref>。外国語学習においては,'''明示的指導'''(明示的に言語知識を説明し,教えること)の有効性も主張されていると同時に,言語項目によっては非明示的な反復接触によって言語知識の内在化と運用スキルの強化を図ったり,'''宣言的知識'''を'''手続き知識'''に変容させることも可能であるように思われるが,今後の研究が望まれる。
=== 相互的同調機能と対面コミュニケーション ===
 言語獲得理論において,コミュニケーションにおける相互理解の達成は、無意識的・自動的な同調に依拠するという「'''相互的同調機能'''」(interactive alignment) (Garrod & Pickering, 2004)なる考えが現れてきた<ref>'''Garrod, S., & Pickering, M. J.'''<br>Why is conversation so easy?<br>''Trends in Cognitive Science, 8, 8-11'': 2004</ref>。上述の統語的プライミング現象もそのひとつであるが,こうした研究の潮流は,第二言語運用能力の向上には,リアルタイムでの言語処理能力を高める必要があり,コミュニケーション場面における相互作用がその促進に重要な役割を果たすことを示唆している。しかし,コミュニケーション場面における相互作用による言語処理能力向上のための条件とその神経基盤についての研究はまだ緒についたばかりである。その展開には,外国語学習を社会的相互作用の枠組で捉えること,つまり,2個体間相互作用としての「'''間主観性'''」(inter-subjectivity)と対応付け,他者への働きかけとしての言語産出と,他者からの働きかけの受容としての言語理解を介したシステム間相互作用として捉えることが必要かつ有望であると考えられる<ref>'''定藤規弘・横川博一'''<br>社会脳-英語教育研究への新たなる挑戦(英語教育への脳科学的アプローチ 第5回)<br>''英語教育, 64(12), 68, 69'': 2016</ref>。


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
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