「夢」の版間の差分

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明晰夢は、被験者が現在夢を見ていることを覚醒後の言語報告ではなくリアルタイムに知ることができるという意味で新たな夢の実験的研究法として1980年代に注目を浴びた。さらに夢の研究にとどまらず、意識がどのように生み出されるのかという観点からも非常に興味深い現象であるが、誰にでも頻繁に生じる現象ではないことから、研究自体は下火になった。近年になってVossらは、被験者の両側の前頭部と側頭部に電極を装着し,レム睡眠時に2~100Hzの閾値下の微弱な電流刺激(250μA)を30秒間与え(経頭蓋交流電気刺激, transcranial alternative current stimulation: tACS)、その後に覚醒させて夢内容を聴取した。その結果、40および25Hzの刺激を与えた条件においてのみ、前頭~側頭領域に刺激周波数に対応したガンマ波が出現するとともに明晰夢を報告する割合が高くなった<ref name="Voss2014"><pubmed>24816141</pubmed></ref>。tACSの問題点として、陽極と陰極の間で電流が脳内のどの部位を流れるかが不明であり、結果の再現性の問題も含めてさらなる検証が必要ではあるが、明晰夢のみならず、意識の発生メカニズムという観点からも興味深い知見である。
明晰夢は、被験者が現在夢を見ていることを覚醒後の言語報告ではなくリアルタイムに知ることができるという意味で新たな夢の実験的研究法として1980年代に注目を浴びた。さらに夢の研究にとどまらず、意識がどのように生み出されるのかという観点からも非常に興味深い現象であるが、誰にでも頻繁に生じる現象ではないことから、研究自体は下火になった。近年になってVossらは、被験者の両側の前頭部と側頭部に電極を装着し,レム睡眠時に2~100Hzの閾値下の微弱な電流刺激(250μA)を30秒間与え(経頭蓋交流電気刺激, transcranial alternative current stimulation: tACS)、その後に覚醒させて夢内容を聴取した。その結果、40および25Hzの刺激を与えた条件においてのみ、前頭~側頭領域に刺激周波数に対応したガンマ波が出現するとともに明晰夢を報告する割合が高くなった<ref name="Voss2014"><pubmed>24816141</pubmed></ref>。tACSの問題点として、陽極と陰極の間で電流が脳内のどの部位を流れるかが不明であり、結果の再現性の問題も含めてさらなる検証が必要ではあるが、明晰夢のみならず、意識の発生メカニズムという観点からも興味深い知見である。


[[ファイル:Ncomms8884-f2.jpg|240px|thumb|Right|'''図2 覚醒時証明下でのサッケード、レム睡眠時休息眼球運動、覚醒時視覚刺激提示に伴って生じる脳活動'''<ref name="Andrillon2015" />]]
=== レム睡眠時の急速眼球運動と夢の関連(走査仮説)  ===
=== レム睡眠時の急速眼球運動と夢の関連(走査仮説)  ===
1953年にAserinskyとKleitmanがレム睡眠を発見した直後から、「なぜ睡眠中に目が動くのか?」ということが問題になった。レム睡眠中に水平方向の眼球運動が規則正しく出現した被験者を起こして夢内容を聴取したところ、「卓球の試合の夢を見ていた。卓球台の真ん中に立って、球の行方を目で追っていた」という言語報告が得られたことから、「レム睡眠時の急速眼球運動は,覚醒時のサッケードと同様に夢の視覚像を追う(走査する)ために出現する」という説(走査仮説,Scanning hypothesis)が唱えられた<ref name="Dement1957"/><ref name="Roffwarg1962"/>
1953年にAserinskyとKleitmanがレム睡眠を発見した直後から、「なぜ睡眠中に目が動くのか?」ということが問題になった。レム睡眠中に水平方向の眼球運動が規則正しく出現した被験者を起こして夢内容を聴取したところ、「卓球の試合の夢を見ていた。卓球台の真ん中に立って、球の行方を目で追っていた」という言語報告が得られたことから、「レム睡眠時の急速眼球運動は,覚醒時のサッケードと同様に夢の視覚像を追う(走査する)ために出現する」という説(走査仮説,Scanning hypothesis)が唱えられた<ref name="Dement1957"/><ref name="Roffwarg1962"/>
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1980年代後半に、レム睡眠時の急速眼球運動に伴って、覚醒時照明下でのサッケードに伴って出現するラムダ波と同様の電位が後頭の視覚野優位に出現することが報告され<ref name="Miyauchi1987"><pubmed>2435518</pubmed></ref><ref name="Miyauchi1990"><pubmed>1694480</pubmed></ref><ref name="Ogawa2009"><pubmed>19062337</pubmed></ref>、fMRIによってこの活動が第一次視覚野で生じていることが明らかにされた<ref name="Miyauchi2008"><pubmed>18830586</pubmed></ref>。またレム睡眠の特徴である骨格筋の緊張の著しい低下が欠如し、レム睡眠になると夢の内容に応じて身体の運動が生じるレム睡眠行動障害患者(REM sleep behavior disorder: RBD)を用いて、レム睡眠中の動作と眼球運動の関連を調べた研究では、対象をつかむ、指し示すなどの目標のはっきりした四肢の動作と眼球運動の方向が一致することが報告された<ref name="Leclair-Visonneau2010"><pubmed>20478849</pubmed></ref>。これらの知見を考え合わせると,少なくともレム睡眠時の急速眼球運動の一部は,走査仮説が主張するように夢の中での視覚像を追うために出現していると考えられる。
1980年代後半に、レム睡眠時の急速眼球運動に伴って、覚醒時照明下でのサッケードに伴って出現するラムダ波と同様の電位が後頭の視覚野優位に出現することが報告され<ref name="Miyauchi1987"><pubmed>2435518</pubmed></ref><ref name="Miyauchi1990"><pubmed>1694480</pubmed></ref><ref name="Ogawa2009"><pubmed>19062337</pubmed></ref>、fMRIによってこの活動が第一次視覚野で生じていることが明らかにされた<ref name="Miyauchi2008"><pubmed>18830586</pubmed></ref>。またレム睡眠の特徴である骨格筋の緊張の著しい低下が欠如し、レム睡眠になると夢の内容に応じて身体の運動が生じるレム睡眠行動障害患者(REM sleep behavior disorder: RBD)を用いて、レム睡眠中の動作と眼球運動の関連を調べた研究では、対象をつかむ、指し示すなどの目標のはっきりした四肢の動作と眼球運動の方向が一致することが報告された<ref name="Leclair-Visonneau2010"><pubmed>20478849</pubmed></ref>。これらの知見を考え合わせると,少なくともレム睡眠時の急速眼球運動の一部は,走査仮説が主張するように夢の中での視覚像を追うために出現していると考えられる。


[[ファイル:Ncomms8884-f2.jpg|360px|thumb|Left|'''図2 覚醒時証明下でのサッケード、レム睡眠時休息眼球運動、覚醒時視覚刺激提示に伴って生じる脳活動'''<ref name="Andrillon2015" />]]
さらに急速眼球運動に伴って視覚野だけでなく海馬傍回や扁桃体が活動していることもfMRI<ref name="Miyauchi2008" />およびヒトの皮質脳波(Electrocorticogram: ECoG)とsingle unit recordingを用いた研究によって報告された<ref name="Andrillon2015"><pubmed>26262924</pubmed></ref>。特にECoGとsingle unit recordingによる結果は、覚醒開眼時のサッケードに伴って海馬傍回に出現するのと同様の活動がレム睡眠時の急速眼球運動でも出現することを報告している(図2)。レム睡眠時の急速眼球運動では視覚刺激が無いにもかかわらず、頭皮脳波(図2b)、皮質脳波(図2c)、single unit(d図2, e)のいずれにおいても覚醒時照明下サッケードと類似の脳活動が出現している。さらに眼球運動のonset(WAKE, REM)及び視覚刺激のonsetから200~400msで、発火頻度の上昇(図2d)に対応して皮質脳波上に陰性成分が出現している(図2c)これらの知見はレム睡眠時の急速眼球運動は、単にPGO-waveによって眼球がランダムに駆動された結果ではなく、レム睡眠時の眼球運動が夢の内容や記憶の処理と密接に関連していることを示唆している。
さらに急速眼球運動に伴って視覚野だけでなく海馬傍回や扁桃体が活動していることもfMRI<ref name="Miyauchi2008" />およびヒトの皮質脳波(Electrocorticogram: ECoG)とsingle unit recordingを用いた研究によって報告された<ref name="Andrillon2015"><pubmed>26262924</pubmed></ref>。特にECoGとsingle unit recordingによる結果は、覚醒開眼時のサッケードに伴って海馬傍回に出現するのと同様の活動がレム睡眠時の急速眼球運動でも出現することを報告している(図2)。レム睡眠時の急速眼球運動では視覚刺激が無いにもかかわらず、頭皮脳波(図2b)、皮質脳波(図2c)、single unit(d図2, e)のいずれにおいても覚醒時照明下サッケードと類似の脳活動が出現している。さらに眼球運動のonset(WAKE, REM)及び視覚刺激のonsetから200~400msで、発火頻度の上昇(図2d)に対応して皮質脳波上に陰性成分が出現している(図2c)これらの知見はレム睡眠時の急速眼球運動は、単にPGO-waveによって眼球がランダムに駆動された結果ではなく、レム睡眠時の眼球運動が夢の内容や記憶の処理と密接に関連していることを示唆している。


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