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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0128219 寒 重之][http://researchmap.jp/read0001026 宮内 哲]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0128219 寒 重之]</font><br>
''大阪大学大学院医学系研究科 疼痛医学寄附講座''<br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0001026 宮内 哲*]</font><br>
''国立研究開発法人情報通信研究機構''<br>
''国立研究開発法人情報通信研究機構''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2016年2月29日 原稿完成日:2016年月日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2016年2月29日 原稿完成日:2016年3月8日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)<br>
 *corresponding author
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英語名:dream 独:Traum 仏:Rêve
英語名:dream 独:Traum 仏:rêve


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 夢とは、ヒトが[[睡眠]]中に体験する明瞭な感覚・意識体験であり、現時点でもっとも妥当と思われる夢の定義は、「ヒトが睡眠中に受容する、感覚・イメージ・感情そして思考の連続体であり、以下の6つの要素を有する。(1) [[幻覚]]様のイメージ体験、(2) 物語風の構造、(3) 断続的で不調和、不安定な奇異的[[知覚]]特性、(4) 強烈な[[情動]]性、(5) 体験していることをあたかも現実のもののように受け入れる、(6) 忘れやすい」というものであろう<ref name="Hobson1994">'''JA HOBSON, R STICKGOLD'''<br>Dreaming: A neurocognitive approach.<br>''Conscious Cogn'': 1994, 3(1);1-15</ref>。  
 夢とは、ヒトが[[睡眠]]中に体験する明瞭な感覚・意識体験であり、現時点でもっとも妥当と思われる夢の定義は、「ヒトが睡眠中に受容する、感覚・イメージ・感情そして思考の連続体であり、以下の6つの要素を有する。(1) [[幻覚]]様のイメージ体験、(2) 物語風の構造、(3) 断続的で不調和、不安定な奇異的[[知覚]]特性、(4) 強烈な[[情動]]性、(5) 体験していることをあたかも現実のもののように受け入れる、(6) 忘れやすい」というものであろう<ref name="Hobson1994">'''JA HOBSON, R STICKGOLD'''<br>Dreaming: A neurocognitive approach.<br>''Conscious Cogn'': 1994, 3(1);1-15</ref>。  


 夢に関する記述は古代から数多く見られるが、研究の対象として広く扱われるようになったのは[[wikipedia:ja:ジークムント・フロイト|フロイト]]を筆頭とする[[精神分析学]]からである([[夢#夢と精神分析|「夢と精神分析」]]を参照)。その後、1950年代に [[wikipedia:Eugene Aserinsky|Aserinsky]]と [[wikipedia:Nathaniel Kleitman|Kleitman]]により[[レム睡眠]] (Rapid Eye Movement sleep: REM sleep)が発見され<ref name="Aserinsky1953"><pubmed>13089671</pubmed></ref>、レム睡眠中に被験者を起こすと高い確率で「夢を見ていた」との報告が得られることがわかり<ref name="Dement1957"><pubmed>13428941</pubmed></ref>、夢は科学的研究の対象となった。これまでにさまざまな手法を用いて夢に関する研究がおこなわれ、最近では[[脳機能イメージング]]を用いた研究も進んでいる。しかし夢がどのように生み出されるのか、また夢に生物学的な意義が存在するかなど、現在においても数多くの疑問が残されている。
 夢に関する記述は古代から数多く見られるが、研究の対象として広く扱われるようになったのは[[wikipedia:ja:ジークムント・フロイト|フロイト]]を筆頭とする[[精神分析学]]からである([[夢#夢と精神分析|''夢と精神分析''の節]]を参照)。その後、1950年代に [[wikipedia:Eugene Aserinsky|Aserinsky]]と [[wikipedia:Nathaniel Kleitman|Kleitman]]により[[レム睡眠]] (Rapid Eye Movement sleep: REM sleep)が発見され<ref name="Aserinsky1953"><pubmed>13089671</pubmed></ref>、レム睡眠中に被験者を起こすと高い確率で「夢を見ていた」との報告が得られることがわかり<ref name="Dement1957"><pubmed>13428941</pubmed></ref>、夢は科学的研究の対象となった。これまでにさまざまな手法を用いて夢に関する研究がおこなわれ、最近では[[脳機能イメージング]]を用いた研究も進んでいる。しかし夢がどのように生み出されるのか、また夢に生物学的な意義が存在するかなど、現在においても数多くの疑問が残されている。


== 発生機構  ==
== 発生機構  ==
[[ファイル:Hobson2000NRN_fig5.png|350px|thumb|'''図1. AIMモデル'''<ref name="Hobson2002"><pubmed>12209117</pubmed></ref><br>
[[ファイル:Hobson2000NRN_fig5.png|500px|thumb|'''図1. AIMモデル'''<br>
a: すべての意識状態は、皮質の活動レベル(activation: A)、情報の入力源(input source: I)、神経伝達物質による調整(modulation: M)の三次元空間の中に位置づけられる。覚醒(Wake)では、皮質の活動レベル(A)が高く、情報(I)は外界に依存し、調整(M)はノルアドレナリン・セロトニン系が優位で注意の集中状態を維持する。ノンレム睡眠(NREM)では活動レベル(A)やアドレナリン・セロトニン調整系 (M)は弱まり、情報入力源(I)は外因性・内因性の両方となる。さらにレム睡眠(REM)に至ると、活動レベル(A)は再度上昇し、情報入力源(I)は内因性となり、調整(M)はコリン系に移行する。b, c, d: 各次元別(活動レベル(b)、情報入力源(c)、調整(d))に見たレム睡眠時の生理学的現象とメカニズム。レム睡眠では、橋被蓋部の賦活によって活動レベルは高いにもかかわらず(ただし意志、判断、ワーキングメモリーなどの高次脳機能を司る前頭前野のレベルは覚醒時よりも低い)、外部からの入力は遮断され、運動出力もブロックされる。そのため脳は内部で生じる感覚を現実のものと解釈する。さらにPGO-waveによって扁桃体や辺縁系が活動するため情動的な要素が付加される。
'''a''': すべての意識状態は、皮質の活動レベル(activation: A)、情報の入力源(input source: I)、[[神経伝達物質]]による調整(modulation: M)の三次元空間の中に位置づけられる。覚醒(Wake)では、皮質の活動レベル(A)が高く、情報(I)は外界に依存し、調整(M)は[[ノルアドレナリン]]・[[セロトニン]]系が優位で注意の集中状態を維持する。ノンレム睡眠(NREM)では活動レベル(A)やノルアドレナリン・セロトニン調整系 (M)は弱まり、情報入力源(I)は外因性・内因性の両方となる。さらにレム睡眠(REM)に至ると、活動レベル(A)は再度上昇し、情報入力源(I)は内因性となり、調整(M)は[[アセチルコリン|コリン]]系に移行する。<br>'''b, c, d''': 各次元別(活動レベル(b)、情報入力源(c)、調整(d))に見たレム睡眠時の生理学的現象とメカニズム。レム睡眠では、[[橋被蓋部]]の賦活によって活動レベルは高いにもかかわらず(ただし[[意志]]、[[判断]]、[[ワーキングメモリー]]などの高次脳機能を司る[[前頭前野]]のレベルは覚醒時よりも低い)、外部からの入力は遮断され、運動出力もブロックされる。そのため脳は内部で生じる感覚を現実のものと解釈する。さらにPGO-waveによって扁桃体や辺縁系が活動するため情動的な要素が付加される。<br>
<ref name="Hobson2002"><pubmed>12209117</pubmed></ref>より出版所の許可を得て転載。
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 また、Winsonは「夢は記憶の再生と再処理過程で生じる」という仮説を提案している<ref name="Winson1985"><pubmed>4029326</pubmed></ref>。これは、日中に蓄えた記憶の中で重要なものがレム睡眠中に再生・編集され、あらためて長期的な記憶として固定されるというものである。この説は、睡眠前の覚醒時の学習・経験が睡眠時にリプレイされることにより[[長期記憶]]として定着するという記憶の固定化とも一致するが、実際に夢内容とこのような睡眠中の神経活動のリプレイが対応しているとの実証的なデータはまだ報告されていない。  
 また、Winsonは「夢は記憶の再生と再処理過程で生じる」という仮説を提案している<ref name="Winson1985"><pubmed>4029326</pubmed></ref>。これは、日中に蓄えた記憶の中で重要なものがレム睡眠中に再生・編集され、あらためて長期的な記憶として固定されるというものである。この説は、睡眠前の覚醒時の学習・経験が睡眠時にリプレイされることにより[[長期記憶]]として定着するという記憶の固定化とも一致するが、実際に夢内容とこのような睡眠中の神経活動のリプレイが対応しているとの実証的なデータはまだ報告されていない。  


 一方、Winsonの説とは逆に、「夢は不要な記憶を消去するために見る」という説がある。この説は、[[[wikipedia:jaDNA|DNA]]の[[wikipedia:ja:二重らせん構造|二重らせん構造]]の発見で[[wikipedia:ja:ノーベル賞|ノーベル賞]]を受賞した[[wikipedia:ja:フランシス・クリック|Crick]]らが提唱したもので、レム睡眠中の夢は不要な記憶を消去し神経回路を整理するために生じるとしている<ref name="Crick1983"><pubmed>6866101</pubmed></ref>。記憶の定着・固定に関して、睡眠には過剰なシナプス結合を減少させる働きがあるとする「[[シナプス恒常性仮説]]」<ref name="Tononi2003"><pubmed>14638388</pubmed></ref>は、Crickらの説に近い。しかし、[[シナプス]]恒常性仮説では、シナプス結合の減少をレム睡眠ではなくノンレム睡眠中の[[徐波]]によるものだとしており、またシナプス結合の減少も特定の結合ではなく、一様に結合を減少させるとしており、夢内容との関係は想定されていない。  
 一方、Winsonの説とは逆に、「夢は不要な記憶を消去するために見る」という説がある。この説は、[[wj:DNA|DNA]]の[[wikipedia:ja:二重らせん構造|二重らせん構造]]の発見で[[wikipedia:ja:ノーベル賞|ノーベル賞]]を受賞した[[wikipedia:ja:フランシス・クリック|Crick]]らが提唱したもので、レム睡眠中の夢は不要な記憶を消去し神経回路を整理するために生じるとしている<ref name="Crick1983"><pubmed>6866101</pubmed></ref>。記憶の定着・固定に関して、睡眠には過剰なシナプス結合を減少させる働きがあるとする「[[シナプス恒常性仮説]]」<ref name="Tononi2003"><pubmed>14638388</pubmed></ref>は、Crickらの説に近い。しかし、[[シナプス]]恒常性仮説では、シナプス結合の減少をレム睡眠ではなくノンレム睡眠中の[[徐波]]によるものだとしており、またシナプス結合の減少も特定の結合ではなく、一様に結合を減少させるとしており、夢内容との関係は想定されていない。  


 夢の生物学的意義を考える上で、レム睡眠の機能と夢の機能、さらにわれわれが全睡眠時間の20%前後を費やして夢を見ていることと見た夢を覚えていることは分けて考えるべきである。そもそもレム睡眠そのものの機能もいまだ明らかではない。また、覚醒時と同様の活動パタンを示す睡眠中の自発的神経活動や睡眠中のシナプス強度の減少が、われわれが見る夢の内容と直接関連するかどうかも不明である。したがって、レム睡眠の特徴を基にして夢が生物学的意義を持つと結論づけるべきではないだろう。  
 夢の生物学的意義を考える上で、レム睡眠の機能と夢の機能、さらにわれわれが全睡眠時間の20%前後を費やして夢を見ていることと見た夢を覚えていることは分けて考えるべきである。そもそもレム睡眠そのものの機能もいまだ明らかではない。また、覚醒時と同様の活動パタンを示す睡眠中の自発的神経活動や睡眠中のシナプス強度の減少が、われわれが見る夢の内容と直接関連するかどうかも不明である。したがって、レム睡眠の特徴を基にして夢が生物学的意義を持つと結論づけるべきではないだろう。  


 活性化合成仮説が主張するように、夢を見ること自体はレム睡眠の付随現象かもしれない。しかし、われわれの意識・精神活動は脳の神経細胞の電気的活動に基づくものであるが、覚醒時の行動の多くが意識には上らない脳活動の影響を受けている。「無我夢中」という言葉があるように、レム睡眠中の夢では、後述の明晰夢を除いていわゆる[[自己意識]]は無い(夢を見ながら、これは現実ではなく、自分は夢を見ていると気がつくことはまれである)。レム睡眠中におけるヒトの夢見という現象を、覚醒ともノンレム睡眠とも異なる、覚醒に近いが自己意識が無い状態における自発性の精神活動として捉えれば(ただし、明晰夢では自己意識が存在する。詳しくは[[夢#明晰夢|「明晰夢」]]を参照)、夢の脳科学的研究は睡眠にとどまらずヒトの意識や自発性の脳活動と精神活動の関連を研究するための重要な研究手段となりうる。
 活性化合成仮説が主張するように、夢を見ること自体はレム睡眠の付随現象かもしれない。しかし、われわれの意識・精神活動は脳の神経細胞の電気的活動に基づくものであるが、覚醒時の行動の多くが意識には上らない脳活動の影響を受けている。「無我夢中」という言葉があるように、レム睡眠中の夢では、後述の明晰夢を除いていわゆる[[自己意識]]は無い(夢を見ながら、これは現実ではなく、自分は夢を見ていると気がつくことはまれである)。レム睡眠中におけるヒトの夢見という現象を、覚醒ともノンレム睡眠とも異なる、覚醒に近いが自己意識が無い状態における自発性の精神活動として捉えれば(ただし、明晰夢では自己意識が存在する。詳しくは[[夢#明晰夢|''明晰夢''の節]]を参照)、夢の脳科学的研究は睡眠にとどまらずヒトの意識や自発性の脳活動と精神活動の関連を研究するための重要な研究手段となりうる。


== レム睡眠に特異的か?  ==
== レム睡眠に特異的か?  ==
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=== レム睡眠時の急速眼球運動と夢の関連(走査仮説)  ===
=== レム睡眠時の急速眼球運動と夢の関連(走査仮説)  ===
[[ファイル:Ncomms8884-f2.jpg|350px|thumb|'''図2 覚醒時照明下でのサッケード、レム睡眠時休息眼球運動、覚醒時視覚刺激提示に伴って生じる脳活動'''<ref name="Andrillon2015" /><br>a: [[眼電図]]、b: 頭皮脳波(頭頂葉 Pz)、c: [[内側側頭葉皮質脳波]]、d: [[内側側頭葉]]ニューロン群の発火頻度、e : 海馬傍回における単一ニューロンの発火頻度。レム睡眠時 (REM、中)の急速眼球運動では視覚刺激が無いにもかかわらず、頭皮脳波(b)、皮質脳波(c)、ユニット記録(d, e)のいずれにおいても覚醒時照明下サッケード(WAKE、左)と類似の脳活動が出現している。さらに眼球運動のonset(WAKE, REM)および視覚刺激(VISUAL STIMULATION、右)のonsetから200~400msで、発火頻度の上昇(d)に対応して皮質脳波上に陰性成分が出現している(c)。]]
[[ファイル:Ncomms8884-f2.jpg|500px|thumb|'''図2 覚醒時照明下でのサッケード、レム睡眠時休息眼球運動、覚醒時視覚刺激提示に伴って生じる脳活動'''<br>'''a''': [[眼電図]]、'''b''': 頭皮脳波(頭頂葉 Pz)、'''c''': [[内側側頭葉皮質脳波]]、'''d''': [[内側側頭葉]]ニューロン群の発火頻度、'''e''' : 海馬傍回における単一ニューロンの発火頻度。<br>レム睡眠時 (REM、中)の急速眼球運動では視覚刺激が無いにもかかわらず、頭皮脳波(b)、皮質脳波(c)、ユニット記録(d, e)のいずれにおいても覚醒時照明下サッケード(WAKE、左)と類似の脳活動が出現している。さらに眼球運動のonset(WAKE, REM)および視覚刺激(VISUAL STIMULATION、右)のonsetから200~400msで、発火頻度の上昇(d)に対応して皮質脳波上に陰性成分が出現している(c)。<br><ref name="Andrillon2015" />から引用。元の論文はCC BY license ([http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/ Creative Commons Attribution 4.0 International License])に従い出版された。]]


 1953年にAserinskyとKleitmanがレム睡眠を発見した直後から、「なぜ睡眠中に目が動くのか?」ということが問題になった。レム睡眠中に水平方向の眼球運動が規則正しく出現した被験者を起こして夢内容を聴取したところ、「卓球の試合の夢を見ていた。卓球台の真ん中に立って、球の行方を目で追っていた」という言語報告が得られたことから、「レム睡眠時の急速眼球運動は,覚醒時のサッケードと同様に夢の視覚像を追う(走査する)ために出現する」という説(走査仮説,Scanning hypothesis)が唱えられた<ref name="Dement1957"/><ref name="Roffwarg1962"/>
 1953年にAserinskyとKleitmanがレム睡眠を発見した直後から、「なぜ睡眠中に目が動くのか?」ということが問題になった。レム睡眠中に水平方向の眼球運動が規則正しく出現した被験者を起こして夢内容を聴取したところ、「卓球の試合の夢を見ていた。卓球台の真ん中に立って、球の行方を目で追っていた」という言語報告が得られたことから、「レム睡眠時の急速眼球運動は,覚醒時のサッケードと同様に夢の視覚像を追う(走査する)ために出現する」という説(走査仮説,Scanning hypothesis)が唱えられた<ref name="Dement1957"/><ref name="Roffwarg1962"/>

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