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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0193157 笹岡 貴史]、[http://researchmap.jp/inui_toshio 乾 敏郎]</font><br> | |||
''京都大学 情報学研究科''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年4月24日 原稿完成日:2012年5月6日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/atsushiiriki 入來 篤史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | |||
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英語名:mental rotation 独:mentale Rotation 仏:rotation mentale | 英語名:mental rotation 独:mentale Rotation 仏:rotation mentale | ||
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心的回転(メンタルローテーション)とは心の中に思い浮かべたイメージ(心的イメージ)を回転変換する認知的機能のことである。 | 心的回転(メンタルローテーション)とは心の中に思い浮かべたイメージ(心的イメージ)を回転変換する認知的機能のことである。 | ||
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[[Image:Shepard metzler result.jpg|thumb|right|300px|'''図1.ShepardとMetzlerの実験'''<br>よくわかる認知科学(乾、吉川、川口編、2011、ミネルヴァ書房)pp.61より転載許可を得て引用]] | |||
== ShepardとMetzlerの実験 == | == ShepardとMetzlerの実験 == | ||
1971年、ShepardとMetzlerは実験協力者に立方体のブロックを3次元的に結合させて作成した物体のペア(図1左)を見せ、それらが同じ物体であるか判断させる課題を行わせた<ref><pubmed>5540314</pubmed></ref>。ここで、二つの物体が同じ物体の場合は一方をある角度回転させると他方の物体と一致するが、二つの物体が互いに[[wikipedia:JA:鏡像|鏡像]] | 1971年、ShepardとMetzlerは実験協力者に立方体のブロックを3次元的に結合させて作成した物体のペア(図1左)を見せ、それらが同じ物体であるか判断させる課題を行わせた<ref><pubmed>5540314</pubmed></ref>。ここで、二つの物体が同じ物体の場合は一方をある角度回転させると他方の物体と一致するが、二つの物体が互いに[[wikipedia:JA:鏡像|鏡像]]になっているペアの場合もある(図1左下)。ShepardとMetzlerはこの回転角度を様々に変化させて、二つの物体が同じ物体かどうか実験協力者が判断するまでの[[反応時間]]を測定した。その結果、二つの物体の回転角度の差が大きくなればなるほど反応時間が[[wikipedia:JA:線形性|線形]]に増加した(図1右)。このような線形な反応時間の増加は、画像平面上の回転(図1右上)でも、垂直軸周りの回転(図1右下)でも同じように見られた。この結果から彼らは、実験協力者の心の中で作られた物体のイメージに物理的世界における回転と相似した回転(「心的回転」)が加えられたと考えた。心的回転は1970年代に起こった「イメージ論争」において、心的イメージが命題的なものではなく、絵画的なものであるという主張を支持する根拠とされた。 | ||
ShepardとMetzlerの研究以降、ランダムな2次元図形<ref>'''L A Cooper'''<br>Mental rotation of random two-dimensional shapes.<br>''Cognitive psychology'':1975, 7(1), 20-43</ref>、英数字<ref>'''L A Cooper, R N Shepard'''<br>The time required to prepare for a rotated stimulus.<br>''Mem Cognit'':1973, 3, 246-250</ref>を刺激とした正像・鏡映像の識別課題や、様々な方位で呈示された手が左手か右手かを判断する課題<ref><pubmed>1141835</pubmed></ref>でも正立姿勢からの回転角度に対して反応時間が線形に増加することが分かっている。 | ShepardとMetzlerの研究以降、ランダムな2次元図形<ref>'''L A Cooper'''<br>Mental rotation of random two-dimensional shapes.<br>''Cognitive psychology'':1975, 7(1), 20-43</ref>、英数字<ref>'''L A Cooper, R N Shepard'''<br>The time required to prepare for a rotated stimulus.<br>''Mem Cognit'':1973, 3, 246-250</ref>を刺激とした正像・鏡映像の識別課題や、様々な方位で呈示された手が左手か右手かを判断する課題<ref><pubmed>1141835</pubmed></ref>でも正立姿勢からの回転角度に対して反応時間が線形に増加することが分かっている。 | ||
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しかし、例えば正立像とは異なる方位の英数字を見せ、その英数字が何であるか同定させるような場合は正立像との回転角度差に対して反応時間が増加しない<ref><pubmed>661562</pubmed></ref>ことから、英数字のような比較的単純なパターンの同定は正立像からの回転に対しては不変に行われると考えられる。また、高野<ref>'''高野陽太郎'''<br>傾いた図形の謎<br>''東京大学出版会(東京)'':1987</ref>は回転角度に伴う反応時間の増加が見られる条件と反応時間が増加しない条件について検討を行い、刺激ペアが方位によらず識別可能な特徴で見分けられる場合は心的回転が行われないという「情報タイプ理論」を提案している。 | しかし、例えば正立像とは異なる方位の英数字を見せ、その英数字が何であるか同定させるような場合は正立像との回転角度差に対して反応時間が増加しない<ref><pubmed>661562</pubmed></ref>ことから、英数字のような比較的単純なパターンの同定は正立像からの回転に対しては不変に行われると考えられる。また、高野<ref>'''高野陽太郎'''<br>傾いた図形の謎<br>''東京大学出版会(東京)'':1987</ref>は回転角度に伴う反応時間の増加が見られる条件と反応時間が増加しない条件について検討を行い、刺激ペアが方位によらず識別可能な特徴で見分けられる場合は心的回転が行われないという「情報タイプ理論」を提案している。 | ||
また、心的回転において刺激全体のイメージが回転されているのではなく、単に刺激の一部を比較しているのに過ぎないとする批判もある(例えば、<ref>'''M A Just, P A Carpenter'''<br>Eye fixations and cognitive processes.<br>''Cognitive psychology'':1976, 8(4), 441-480</ref><ref><pubmed>431403</pubmed></ref>)。JustとCarpenterは心的回転中の実験協力者の眼球運動を調べた。その結果、刺激ペアの回転角度差が大きくなるにつれて二つの刺激図形の対応する場所を比較する眼球運動が増えたことから、方位差によって刺激図形の間の対応点を同定する困難さが増したことが反応時間の増加に繋がったとしている。 | また、心的回転において刺激全体のイメージが回転されているのではなく、単に刺激の一部を比較しているのに過ぎないとする批判もある(例えば、<ref>'''M A Just, P A Carpenter'''<br>Eye fixations and cognitive processes.<br>''Cognitive psychology'':1976, 8(4), 441-480</ref><ref><pubmed>431403</pubmed></ref>)。JustとCarpenterは心的回転中の実験協力者の眼球運動を調べた。その結果、刺激ペアの回転角度差が大きくなるにつれて二つの刺激図形の対応する場所を比較する眼球運動が増えたことから、方位差によって刺激図形の間の対応点を同定する困難さが増したことが反応時間の増加に繋がったとしている。 | ||
== 身体運動と心的回転の相互作用 == | == 身体運動と心的回転の相互作用 == | ||
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== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
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