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[[Image:Shepard metzler result.jpg|thumb|right|500px|図1 ShepardとMetzlerの実験.よくわかる認知科学(乾,吉川,川口編,2011,ミネルヴァ書房)pp.61より引用]]
英語名:mental rotation  
英語名:mental rotation  


心的回転(メンタルローテーション: Mental rotation)とは心的イメージを回転変換する認知的機能のことである.  
心的回転(メンタルローテーション: Mental rotation)とは心的イメージを回転変換する認知的機能のことである.  


== シェパードとメッツラーの実験 ==
== ShepardとMetzlerの実験 ==
 
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1971年,シェパードとメッツラーは実験協力者に図1のような立方体のブロックを3次元的に結合させて作られた物体のペアを見せ,それらが同じ物体であるか判断させる課題を行わせた<ref><pubmed>5540314</pubmed></ref>.ここで,二つの物体が同じ物体の場合は一方をある角度回転させると他方の物体と一致するが,二つの物体が鏡像関係にあるペアの場合もある.シェパードとメッツラーはこの回転角度を様々に変化させて,二つの物体が同じ物体かどうか実験協力者が判断するまでの時間(反応時間)を測定した.その結果,二つの物体の回転角度の差が大きくなればなるほど反応時間が線形に増加した(図2).このような線形な反応時間の増加は,画像平面上の回転(図2中)でも,奥行き方向の回転(図2下)でも同じように見られた.この結果から彼らは,実験協力者の心の中で物体のイメージに物理的世界における回転と相似した回転(「心的回転」)が加えられたと考えた.心的回転は1970年代に起こった.この結果は「イメージ論争」において,心的イメージが命題的なものではなく,絵画的なものであるという主張を支持する根拠とされた.
1971年,ShepardとMetzlerは実験協力者に図1左のような立方体のブロックを3次元的に結合させて作られた物体のペアを見せ,それらが同じ物体であるか判断させる課題を行わせた<ref><pubmed>5540314</pubmed></ref>.ここで,二つの物体が同じ物体の場合は一方をある角度回転させると他方の物体と一致するが,二つの物体が鏡像関係にあるペアの場合もある.ShepardとMetzlerはこの回転角度を様々に変化させて,二つの物体が同じ物体かどうか実験協力者が判断するまでの時間(反応時間)を測定した.その結果,二つの物体の回転角度の差が大きくなればなるほど反応時間が線形に増加した(図1右).このような線形な反応時間の増加は,画像平面上の回転(図1右上)でも,垂直軸周りの回転(図1右下)でも同じように見られた.この結果から彼らは,実験協力者の心の中で物体のイメージに物理的世界における回転と相似した回転(「心的回転」)が加えられたと考えた.心的回転は1970年代に起こった.この結果は「イメージ論争」において,心的イメージが命題的なものではなく,絵画的なものであるという主張を支持する根拠とされた.
 
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シェパードとメッツラーの研究以降,ランダムな2次元図形(Cooper, 1975:Cognitive Psychology),英数字(Cooper and Shepard, 1973b:MemoCog)を刺激とした正像・鏡映像の識別課題や,様々な方位で呈示された手が左手か右手かを判断する課題(Cooper and Shepard, 1973a:JEPHPP)でも正立姿勢からの回転角度に対して反応時間が線形に増加することが分かっている.  
ShepardとMetzlerの研究以降,ランダムな2次元図形(Cooper, 1975:Cognitive Psychology),英数字(Cooper and Shepard, 1973b:MemoCog)を刺激とした正像・鏡映像の識別課題や,様々な方位で呈示された手が左手か右手かを判断する課題(Cooper and Shepard, 1973a:JEPHPP)でも正立姿勢からの回転角度に対して反応時間が線形に増加することが分かっている.  


しかし,例えば正立像とは異なる方位の英数字を見せ,その英数字が何であるか同定させるような場合は正立像との回転角度差に対して反応時間が増加しない(Corballisら, 1978).このことから,英数字のような比較的単純なパターンの同定は正立姿勢からの回転に対しては不変に行われると考えられる.また,高野(1987)は回転角度に伴う反応時間の増加が見られる条件と反応時間が増加しない条件について検討を行い,刺激ペアが方位によらず識別可能な特徴で見分けられる場合は心的回転が行われないという「情報タイプ理論」を提案している(図3).
しかし,例えば正立像とは異なる方位の英数字を見せ,その英数字が何であるか同定させるような場合は正立像との回転角度差に対して反応時間が増加しない(Corballisら, 1978).このことから,英数字のような比較的単純なパターンの同定は正立姿勢からの回転に対しては不変に行われると考えられる.また,高野(1987)は回転角度に伴う反応時間の増加が見られる条件と反応時間が増加しない条件について検討を行い,刺激ペアが方位によらず識別可能な特徴で見分けられる場合は心的回転が行われないという「情報タイプ理論」を提案している.


また,心的回転において刺激全体が表現されているのではなく,刺激の一部を比較しているのに過ぎないとする批判もある(Hochberg and Gellman, 1977:MemoCog; Just &amp; Carpenter, 1976; Pylyshyn, 1979).例えば,JustとCarpenterは心的回転中の実験協力者の眼球運動を調べた.その結果,刺激ペアの回転角度差が大きくなるにつれて二つの刺激図形の対応する場所を比較する眼球運動が増えたことから,方位差によって刺激図形の対応点を同定する困難さが増したことが反応時間の増加に繋がったと考えた.  
また,心的回転において刺激全体が表現されているのではなく,刺激の一部を比較しているのに過ぎないとする批判もある(Hochberg and Gellman, 1977:MemoCog; Just &amp; Carpenter, 1976; Pylyshyn, 1979).例えば,JustとCarpenterは心的回転中の実験協力者の眼球運動を調べた.その結果,刺激ペアの回転角度差が大きくなるにつれて二つの刺激図形の対応する場所を比較する眼球運動が増えたことから,方位差によって刺激図形の対応点を同定する困難さが増したことが反応時間の増加に繋がったと考えた.  
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== 身体運動と心的回転の相互作用  ==
== 身体運動と心的回転の相互作用  ==


心的回転と身体性 心的回転に身体性が何らかの寄与をしていることが行動実験によって示唆されている.例えば,ブロックパターンの一部に人間の頭部が描かれる(図4)ことによって,心的回転の反応時間が短縮されることが報告されている(Sayeki, 1981).  
心的回転と身体性 心的回転に身体性が何らかの寄与をしていることが行動実験によって示唆されている.例えば,ブロックパターンの一部に人間の頭部が描かれることによって,心的回転の反応時間が短縮されることが報告されている(Sayeki, 1981).  


手や足のような身体部位の心的回転課題の場合は,その身体部位の生体力学的な制約が影響することが示されている(Sekiyama, 1982; Parsons, 1987).例えば,手の心的回転課題の場合は,手を実際にその姿勢にすることが難しい場合に,その手が右手か左手かを判断するまでの反応時間が長くなることが報告されている.  
手や足のような身体部位の心的回転課題の場合は,その身体部位の生体力学的な制約が影響することが示されている(Sekiyama, 1982; Parsons, 1987).例えば,手の心的回転課題の場合は,手を実際にその姿勢にすることが難しい場合に,その手が右手か左手かを判断するまでの反応時間が長くなることが報告されている.  
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(執筆者:笹岡貴史、乾敏郎、担当編集委員:入來篤史)
(執筆者:笹岡貴史、乾敏郎、担当編集委員:入來篤史)  
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