「心身症」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
5,327 バイト追加 、 2015年12月5日 (土)
編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
 
(2人の利用者による、間の10版が非表示)
2行目: 2行目:
<font size="+1">[http://www.ncnp.go.jp/ibic/staff/member_02.html 守口 善也]</font><br>
<font size="+1">[http://www.ncnp.go.jp/ibic/staff/member_02.html 守口 善也]</font><br>
''独立行政法人国立精神・神経医療研究センター 脳病態統合イメージングセンター''<br>
''独立行政法人国立精神・神経医療研究センター 脳病態統合イメージングセンター''<br>
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年6月4日 原稿完成日:2013年6月xx日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年6月4日 原稿完成日:2013年6月10日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所)
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所)
</div>
</div>
11行目: 11行目:


==心身症とは==
==心身症とは==
 心身症(psychosomatic disorder)とは、「身体症状・身体疾患において、その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し、器質的・機能的障害が認められる病態」である<ref>'''日本心身医学会教育研修委員会編'''<br>心身医学の新しい診療指針<br>''心身医学, 1991. 31: p. 537-576'':1991</ref>。心身症は独立した疾患単位ではなく、病態名であり、特定の疾患、特定の診療科にしばられるものではない。この心身症の枠組みに入る疾患としては、表1<ref>'''日本線維筋痛症学会「線維筋痛症診療ガイドライン」作成委員会'''<br>線維筋痛症診療ガイドライン2013<br>''日本医事新報社'':2013</ref>にあげられるようなものがあり、病名を記載するに当たっては、例えば高血圧(心身症),十二指腸潰瘍(心身症),気管支喘息(心身症)と記載される。多軸評定を用いていた[[DSM-IV-TR]]においては、心身症は第1軸にpsychological factors affecting medical condition (身体疾患に影響を与えている心理的要因)を、第3軸には身体疾患や身体症状を記載することになっており、身体疾患に影響を与える心理的要因について詳細に述べられていた(表2)。2013年に発表された[[DSM-5]]では、多軸診断は廃止されたが、引き続き心身症はpsychological factors affecting other medical conditionsと位置づけられている。[[ICD-10]]では、F5 (”behavioural syndromes associated with physiological disturbances and physical factors 生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群)”の中に、[[摂食障害]](F50)、[[wj:性機能不全|性機能不全]](F52)、他に分類される障害あるいは疾患に関連した心理的および行動的要因(F54)などであり、F54の例として、[[wj:喘息|喘息]]、[[wj:皮膚炎|皮膚炎]]と[[wj:湿疹|湿疹]]、[[wj:胃潰瘍|胃潰瘍]]、[[wj:粘液性大腸炎|粘液性大腸炎]]、[[wj:潰瘍性大腸炎|潰瘍性大腸炎]]、[[wj:じんましん|じんましん]]などがあげられているが、もちろんこの操作的定義にしばられるものではない。
 心身症について、日本心身医学会による定義(1991年)では、冒頭の定義に加え、「[[神経症]]や[[うつ病]]など他の[[精神障害]]にともなう身体症状は除外する。」という文章があるが、実際の臨床では[[神経症]]・[[うつ]]・[[不安障害]]・[[人格障害]]などの精神障害が、身体症状の背景にある例は極めて多く、これを除くのは一般臨床では非現実的で、批判も多い。この「他の精神障害に伴う身体症状を除外」したものは極めて狭義の心身症であり、現実的な心身症は、冒頭の定義にあるように、心理社会的な問題を背景にして出現する身体症状として広くとらえられている。特定のカテゴリ化した診断名をそこに当てはめるのは誤りである。
 心身症の病態は多様で、例えば心理社会的ストレスは、身体症状を引き起こし増悪させる一因となる一方で、身体症状そのものも社会的不適合などの心理社会的ストレスを引き起こし、心理社会的ストレスと身体症状は相互に影響し合って、悪循環を形成することが多い。治療コンプライアンスにおける問題も、心身症の枠組みでとらえられる。例えば、治療に対する失望やあきらめ、医療に対する不信、知識の不足、性格傾向などから、適切な服薬や治療を拒むことによって身体症状を悪化させているのもその一例である。[[精神腫瘍学]](psycho-onchology)という領域も存在し、[[wj:悪性腫瘍|がん]]が精神・心理的影響を与えることはもちろん、心の問題ががんの発症や罹患後に与える影響も研究されている。


{| class="wikitable"
{| class="wikitable"
37行目: 42行目:
| 反すう、呑気症(空気嚥下症)、ガス貯留症候群、心因性嘔吐
| 反すう、呑気症(空気嚥下症)、ガス貯留症候群、心因性嘔吐
|-  
|-  
| style="background-color:#e6e6fa" | 内分泌・代謝系
| style="background-color:#e6e6fa" | 内[[分泌]]・代謝系
| 神経性食欲不振症、甲状腺機能亢進症・低下症、糖尿病
| 神経性食欲不振症、甲状腺機能亢進症・低下症、糖尿病
| (神経性)過食症、Pseudo-Bartter症候群、愛情遮断性低身長症、腎性糖尿
| (神経性)過食症、Pseudo-Bartter症候群、愛情遮断性低身長症、腎性糖尿
45行目: 50行目:
| 痙症斜頸、パーキンソン症候群
| 痙症斜頸、パーキンソン症候群
| 筋収縮性頭痛、偏頭痛、書痙、眼瞼披露、味覚脱失、自律神経失調症、舌の異常運動、振戦、チック、舞踏病様運動、ジストニア、線維筋痛症
| 筋収縮性頭痛、偏頭痛、書痙、眼瞼披露、味覚脱失、自律神経失調症、舌の異常運動、振戦、チック、舞踏病様運動、ジストニア、線維筋痛症
| その他の慢性疼痛、自律神経失調症、めまい、冷え性、しびれ感、異常知覚、運動麻痺、失立失歩、失声、失神、痙攣
| その他の慢性疼痛、自律神経失調症、[[めまい]]、冷え性、しびれ感、異常知覚、運動麻痺、失立失歩、失声、失神、痙攣
|-  
|-  
| style="background-color:#e6e6fa" | 小児科領域
| style="background-color:#e6e6fa" | 小児科領域
54行目: 59行目:
| style="background-color:#e6e6fa" | 皮膚科領域
| style="background-color:#e6e6fa" | 皮膚科領域
| アトピー性皮膚炎、円形脱毛症、汎発性脱毛症、接触皮膚炎
| アトピー性皮膚炎、円形脱毛症、汎発性脱毛症、接触皮膚炎
| 慢性蕁麻疹、多汗症、日光皮膚炎、湿疹、皮膚掻痒症(陰部、肛囲、外耳道など)
| 慢性蕁麻疹、多汗症、日光皮膚炎、湿疹、皮膚瘙痒症(陰部、肛囲、外耳道など)
|   
|   
|-
|-
69行目: 74行目:
| style="background-color:#e6e6fa" | 産婦人科領域
| style="background-color:#e6e6fa" | 産婦人科領域
| 老人性膣炎、外陰潰瘍
| 老人性膣炎、外陰潰瘍
| 更年期障害、機能性子宮出血、月経痛、月経前症候群、月経異常、不妊症(卵管攣縮、無排卵周期症を含む)、外陰掻痒症、性交痛
| 更年期障害、機能性子宮出血、月経痛、月経前症候群、月経異常、不妊症(卵管攣縮、無排卵周期症を含む)、外陰瘙痒症、性交痛
| マタニティーブルー
| マタニティーブルー
|-
|-
79行目: 84行目:
| style="background-color:#e6e6fa" | 歯科・口腔外科領域
| style="background-color:#e6e6fa" | 歯科・口腔外科領域
| 顎関節症、歯肉炎、歯周病
| 顎関節症、歯肉炎、歯周病
| 牙関緊急症、口腔乾燥症、三叉神経痛、舌喉神経痛、突発性舌痛症
| 牙関緊急症、口腔乾燥症、[[三叉神経]]痛、舌喉神経痛、突発性舌痛症
| 義歯不適応症、補綴後神経症、口腔・咽頭過敏症
| 義歯不適応症、補綴後神経症、口腔・咽頭過敏症
|-
|-
|}
|}


 心身症(psychosomatic disorder)とは、「身体症状・身体疾患において、その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し、器質的・機能的障害が認められる病態」である<ref>'''日本心身医学会教育研修委員会編'''<br>心身医学の新しい診療指針<br>''心身医学, 1991. 31: p. 537-576'':1991</ref>。心身症は独立した疾患単位ではなく、病態名であり、特定の疾患、特定の診療科にしばられるものではない。この心身症の枠組みに入る疾患としては、表1<ref>'''日本線維筋痛症学会「線維筋痛症診療ガイドライン」作成委員会'''<br>線維筋痛症診療ガイドライン2013<br>''日本医事新報社'':2013</ref>にあげられるようなものがあり、病名を記載するに当たっては、例えば高血圧(心身症),十二指腸潰瘍(心身症),気管支喘息(心身症)と記載される。多軸評定を用いていた[[DSM-IV-TR]]においては、心身症は第1軸にpsychological factors affecting medical condition (身体疾患に影響を与えている心理的要因)を、第3軸には身体疾患や身体症状を記載することになっており、身体疾患に影響を与える心理的要因について詳細に述べられていた(表2)[[Image:Yoshiyamoriguchi_fig_2.png|thumb|300px|'''表2.心身症に相当する DSM-IV-TR の記載'''<br>]]。2013年に発表されたDSM-5では、多軸診断は廃止されたが、引き続き心身症はpsychological factors affecting other medical conditionsと位置づけられている。[[ICD-10]]では、F5 (”behavioural syndromes associated with physiological disturbances and physical factors 生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群)”の中に、[[摂食障害]](F50)、[[wj:性機能不全|性機能不全]](F52)、他に分類される障害あるいは疾患に関連した心理的および行動的要因(F54)などであり、F54の例として、[[wj:喘息|喘息]]、[[wj:皮膚炎|皮膚炎]]と[[wj:湿疹|湿疹]]、[[wj:胃潰瘍|胃潰瘍]]、[[wj:粘液性大腸炎|粘液性大腸炎]]、[[wj:潰瘍性大腸炎|潰瘍性大腸炎]]、[[wj:じんましん|じんましん]]などがあげられているが、もちろんこの操作的定義にしばられるものではない。
{| class="wikitable"
|+表2.心身症に相当する [[DSM-IV]]-TR の記載心身症に相当する DSM-IV-TR の記載
| 一般身体疾患に影響を与えている心理的要因 psychological factors affecting medical condition<br> ・・・[一般身体疾患を示すこと] ・・・に影響を与えている[特定の心理的要因]<br>
 ・・・[Specified Psychological Factor] Affecting<br>
 ・・・[Indicate the General Medical Condition]<br>
A. 一般身体疾患(第III軸にコード番号をつけて記録されている)が存在している。<br>
B. 心理的要因が、以下のうち1つの形で一般身体疾患に好ましくない影響を与えている。<br>
 (1)その要因が一般身体疾患の経過に影響を与えており、その心理的要因と一般身体疾患の発現、態化、<br>    または回復の遅れとの間に密接な時間的関連があることで示されている。<br>
 (2)その要因が一般身体疾患の治療を妨げている。<br>
 (3)その要因が、その人の健康にさらに危険を生じさせている。<br>
 (4)ストレス関連性の生理学的反応が、一般身体疾患の症状を誘発したり悪化させたりしている。<br>


 心身症について、日本心身医学会による定義(1991年)では、冒頭の定義に加え、「[[神経症]]や[[うつ病]]など他の[[精神障害]]にともなう身体症状は除外する。」という文章があるが、実際の臨床では[[神経症]]・[[うつ]]・[[不安障害]]・[[人格障害]]などの精神障害が、身体症状の背景にある例は極めて多く、これを除くのは一般臨床では非現実的で、批判も多い。この「他の精神障害に伴う身体症状を除外」したものは極めて狭義の心身症であり、現実的な心身症は、冒頭の定義にあるように、心理社会的な問題を背景にして出現する身体症状として広くとらえられている。特定のカテゴリ化した診断名をそこに当てはめるのは誤りである。
▶心理的要因の内容に基づいて名称を選ぶこと(2つ以上の要因が存在している場合には、最も顕著なものを示すこと)<br>
 
 ・・・[一般身体疾患を示すこと]・・・に影響を与えている[[精神疾患]]<br>
 心身症の病態は多様で、例えば心理社会的ストレスは、身体症状を引き起こし増悪させる一因となる一方で、身体症状そのものも社会的不適合などの心理社会的ストレスを引き起こし、心理社会的ストレスと身体症状は相互に影響し合って、悪循環を形成することが多い。治療コンプライアンスにおける問題も、心身症の枠組みでとらえられる。例えば、治療に対する失望やあきらめ、医療に対する不信、知識の不足、性格傾向などから、適切な服薬や治療を拒むことによって身体症状を悪化させているのもその一例である。[[精神腫瘍学]](psycho-onchology)という領域も存在し、[[wj:悪性腫瘍|がん]]が精神・心理的影響を与えることはもちろん、心の問題ががんの発症や罹患後に与える影響も研究されている。
  (例:心筋梗塞からの回復を遅らせている大うつ病性障害のようなI軸障害)<br>
 ・・・[一般身体疾患を示すこと]・・・に影響を与えている心理的症状<br>
  (例:手術からの回復を遅らせている抑うつ症状、喘息を悪化させている不安)<br>
 ・・・[一般身体疾患を示すこと]・・・に影響を与えているパーソナリティ蛍光または対処様式<br>
  (例:手術の必要性に対する癌患者んの病的否認:心血管系疾患に関与している敵対的、心迫的行動)<br>
 ・・・[一般身体疾患を示すこと]・・・に影響を与えている不適切な保健行動<br>
  (例:食べすぎ、運動不足、危険な性行為)<br>
 ・・・[一般身体疾患を示すこと]・・・に影響を与えているストレス関連生理学反応<br>
  (例:潰瘍、高血圧、不整脈、または緊張性頭痛のストレスによる悪化)<br>
 ・・・[一般身体疾患を示すこと]・・・に影響を与えている、他のまたは特定不能の心理的要因<br>
  (例:対人関係的、文化的、または宗教的要因)
|-  
|}


==心身医学について==
==心身医学について==
94行目: 121行目:
 心身症に関連した概念として、[[心身医学]](psychosomatic medicine)がある。心身医学は、身体症状・疾患などの身体面だけではなく、その背景にある心理社会的な側面や、脳(こころ)と身体の相互作用(心身相関)をベースにして、心-身を統合的に考察する全人的医学で、[[wj:デカルト|デカルト]]流の精神・身体を明確に区別した二元論的アプローチとは相反するものである。医療としての実践においては、本邦では心療内科、精神科、一般内科をはじめとする幅広い診療科において[[取り入れ]]られている。世界的にはドイツで誕生し、その後アメリカでは精神科を中心に発展した。
 心身症に関連した概念として、[[心身医学]](psychosomatic medicine)がある。心身医学は、身体症状・疾患などの身体面だけではなく、その背景にある心理社会的な側面や、脳(こころ)と身体の相互作用(心身相関)をベースにして、心-身を統合的に考察する全人的医学で、[[wj:デカルト|デカルト]]流の精神・身体を明確に区別した二元論的アプローチとは相反するものである。医療としての実践においては、本邦では心療内科、精神科、一般内科をはじめとする幅広い診療科において[[取り入れ]]られている。世界的にはドイツで誕生し、その後アメリカでは精神科を中心に発展した。


 この心身医学の背景には、[[wj:Freud|Freud]]による精神分析理論・力動的精神医学などの、複雑で微妙な人間の心理・行動をひもとく学問、[[wj:ウォルター・B・キャノン|Cannon]]の[[緊急反応]]や[[ホメオスターシス]]の概念、[[wj:ハンス・セリエ|Selye]]のストレス学説、[[wj:イワン・パブロフ|Pavlov]]の条件反射学、[[wj:バラス・スキナー|Skinner]]の[[オペラント条件付け]]といった、脳・精神生理学、学習理論、精神神経内分泌、精神神経免疫などの、こころと身体に関する幅広い学問の統合がある。その上で、この心身医学の勃興の最終的な動機となったのは、現代の医学の専門化・細分化である。専門的に細分化された身体医学は、今日の医学の発展と患者への恩恵をもたらした反面で、身体偏重・臓器中心などの考え方に偏り、「病気をみて人を診ない」という医学・医療のありかたへの反省をもたらした。そのことから、心身両面からの全人的・統合的医療の必要性が唱えられるようになった。さらに、現代のストレス社会において、人々が受ける心理社会的ストレスは日々増大しており、それに伴ったストレス関連疾患や心身症が国民的な問題になってきた、という背景もある。
 この心身医学の背景には、[[wj:Freud|Freud]]による精神分析理論・力動的精神医学などの、複雑で微妙な人間の心理・行動をひもとく学問、[[wj:ウォルター・B・キャノン|Cannon]]の[[緊急反応]]や[[ホメオスターシス]]の概念、[[wj:ハンス・セリエ|Selye]]のストレス学説、[[wj:イワン・パブロフ|Pavlov]]の条件反射学、[[wj:バラス・スキナー|Skinner]]の[[オペラント条件づけ]]といった、脳・精神生理学、学習理論、精神神経内分泌、精神神経免疫などの、こころと身体に関する幅広い学問の統合がある。その上で、この心身医学の勃興の最終的な動機となったのは、現代の医学の専門化・細[[分化]]である。専門的に細分化された身体医学は、今日の医学の発展と患者への恩恵をもたらした反面で、身体偏重・臓器中心などの考え方に偏り、「病気をみて人を診ない」という医学・医療のありかたへの反省をもたらした。そのことから、心身両面からの全人的・統合的医療の必要性が唱えられるようになった。さらに、現代のストレス社会において、人々が受ける心理社会的ストレスは日々増大しており、それに伴ったストレス関連疾患や心身症が国民的な問題になってきた、という背景もある。


==機序==
==機序==
100行目: 127行目:


===ストレス===
===ストレス===
[[Image:Yoshiyamoriguchi_fig_5.png|thumb|300px|'''図1.ストレス脆弱性モデル '''<br>]] ストレス研究の歴史で最も大きな意味を持つのは、Selyeのストレス学説<ref>''' Selye, H '''<br> A syndrome produced by diverse nocuous agents.<br>'' Nature, 1936. 138: p. 32'':1936</ref> <ref><pubmed> 9722327 </pubmed></ref>である。Selyeは、ストレスによって起こる生体の非特異的な生体防御反応としての「[[一般適応症候群]]」を提唱し、ストレス後のステージとして、段階的に警告反応期(ショック相、反ショック相)、抵抗期、症憊期と進行し、[[wj:副腎皮質|副腎皮質]]の肥大、[[wj:胸腺|胸腺]]萎縮、[[wj:胃・十二指腸潰瘍|胃・十二指腸潰瘍]]の3つの症状が起こるとした。ここで重要なのは、物理的・科学的・生物学的ストレッサーと同様に、心理的ストレッサーも同じような反応が起きるということを提唱したことである。


 心理社会的ストレスの研究として有名なものとして、Holmes and Raheによるライフイベントによるストレスモデルがある。彼らはストレスを「日常生活上の様々な変化(ライフイベント)に再適応するために必要な努力」と定義して、その努力によってエネルギーが費やされ蓄積し、個人の対応能力を超えた際に疾患が生じると考え、表のような尺度を作成した(表3)<ref><pubmed> 6059863 </pubmed></ref><ref><pubmed> 6059865 </pubmed></ref>。対してLazarus <ref>''' Lazarus, R. S. '''<br> Psychological stress and the coping process.<br>'' McGraw-Hill, New York'':1966</ref>は、「日常生活の些事により、常に長期間繰り返され、かつ意識されないうちに経験されるストレス」の重要性を強調した(表4)。重大なライフイベントであれ日常のいらだちの蓄積であれ、彼らが提言したことは、人間であれば誰もが遭遇する可能性のある出来事が、[[ストレス反応]]を引き起こし、心身症につながる可能性があるということである。また、突発的な急性のストレス反応でも、それが繰り返され蓄積し慢性化することにより、その身体症状が遷延化することにつながる。もちろん、大きなストレス反応であれば、一回の急性のストレス反応が重大な心身の問題を引き起こすことになる。
 また、外からみると同じにみえるストレスでも、個人によってストレスとして感じやすい傾向は違う。この個体差を説明するために、疾病発症のモデルとして語られるものとして、ストレス脆弱性モデルがある(図1)。これは、何らかの脳機能不全として語られる内因に、ストレス(外因)が加わり、疾病を発症するとするものである。この文脈で語られる脆弱性(内因)としては、遺伝的素因を含むが、後天的に獲得されたものも個体の脆弱性となり得る。
{| class="wikitable" style="float:right"
{| class="wikitable" style="float:right"
|+表4.Daily Hassles (日常いらだちごと)
|+表4.Daily Hassles (日常いらだちごと)
108行目: 139行目:
|}
|}


 ストレス研究の歴史で最も大きな意味を持つのは、Selyeのストレス学説<ref>''' Selye, H '''<br> A syndrome produced by diverse nocuous agents.<br>'' Nature, 1936. 138: p. 32'':1936</ref> <ref><pubmed> 9722327 </pubmed></ref>である。Selyeは、ストレスによって起こる生体の非特異的な生体防御反応としての「[[一般適応症候群]]」を提唱し、ストレス後のステージとして、段階的に警告反応期(ショック相、反ショック相)、抵抗期、症憊期と進行し、[[wj:副腎皮質|副腎皮質]]の肥大、[[wj:胸腺|胸腺]]萎縮、[[wj:胃・十二指腸潰瘍|胃・十二指腸潰瘍]]の3つの症状が起こるとした。ここで重要なのは、物理的・科学的・生物学的ストレッサーと同様に、心理的ストレッサーも同じような反応が起きるということを提唱したことである。
{| class="wikitable"
 
|+表3.社会的再適応評価尺度
 心理社会的ストレスの研究として有名なものとして、Holmes and Raheによるライフイベントによるストレスモデルがある。彼らはストレスを「日常生活上の様々な変化(ライフイベント)に再適応するために必要な努力」と定義して、その努力によってエネルギーが費やされ蓄積し、個人の対応能力を超えた際に疾患が生じると考え、表のような尺度を作成した(表3)[[Image:Yoshiyamoriguchi_fig_3.png|thumb|300px|'''表3.社会的再適応評価尺度'''<br>]] <ref><pubmed> 6059863 </pubmed></ref><ref><pubmed> 6059865 </pubmed></ref>。対してLazarus <ref>''' Lazarus, R. S. '''<br> Psychological stress and the coping process.<br>'' McGraw-Hill, New York'':1966</ref>は、「日常生活の些事により、常に長期間繰り返され、かつ意識されないうちに経験されるストレス」の重要性を強調した(表4)。重大なライフイベントであれ日常のいらだちの蓄積であれ、彼らが提言したことは、人間であれば誰もが遭遇する可能性のある出来事が、[[ストレス反応]]を引き起こし、心身症につながる可能性があるということである。また、突発的な急性のストレス反応でも、それが繰り返され蓄積し慢性化することにより、その身体症状が遷延化することにつながる。もちろん、大きなストレス反応であれば、一回の急性のストレス反応が重大な心身の問題を引き起こすことになる。
|-
 
| style="text-align:center" | 出来事
 また、外からみると同じにみえるストレスでも、個人によってストレスとして感じやすい傾向は違う。この個体差を説明するために、疾病発症のモデルとして語られるものとして、ストレス脆弱性モデルがある(図1)[[Image:Yoshiyamoriguchi_fig_5.png|thumb|300px|'''図1.ストレス脆弱性モデル '''<br>]]。これは、何らかの脳機能不全として語られる内因に、ストレス(外因)が加わり、疾病を発症するとするものである。この文脈で語られる脆弱性(内因)としては、遺伝的素因を含むが、後天的に獲得されたものも個体の脆弱性となり得る。
| style="text-align:center" | ストレス値
 
| style="text-align:center" | 出来事
| style="text-align:center" | ストレス値
|-
| 配偶者の死
| style="text-align:center" | 100
| 子どもの独立
| style="text-align:center" | 29
|-
| 離婚
| style="text-align:center" | 73
| 親戚とのトラブル
| style="text-align:center" | 29
|-
| 夫婦の別居
| style="text-align:center" | 65
| 自分の輝かしい成功
| style="text-align:center" | 28
|-
| 留置所などへの拘留
| style="text-align:center" | 63
| 妻の転職や離職
| style="text-align:center" | 26
|-
| 家族の死
| style="text-align:center" | 63
| 入学・卒業・退学
| style="text-align:center" | 26
|-
| ケガや病気
| style="text-align:center" | 53
| 生活の変化
| style="text-align:center" | 25
|-
| 結婚
| style="text-align:center" | 50
| 習慣の変化
| style="text-align:center" | 24
|-
| 失業
| style="text-align:center" | 47
| 上司とのトラブル
| style="text-align:center" | 23
|-
| 夫婦の和解
| style="text-align:center" | 45
| 労働時間や労働条件の変化
| style="text-align:center" | 20
|-
| 退職
| style="text-align:center" | 45
| 転居
| style="text-align:center" | 20
|-
| 家族の病気
| style="text-align:center" | 44
| 転校
| style="text-align:center" | 20
|-
| 妊娠
| style="text-align:center" | 40
| 趣味やレジャーの変化
| style="text-align:center" | 19
|-
| 性の悩み
| style="text-align:center" | 39
| 宗教活動の変化
| style="text-align:center" | 19
|-
| 新しい家族が増える
| style="text-align:center" | 39
| 社会活動の変化
| style="text-align:center" | 18
|-
| 転職
| style="text-align:center" | 39
| 1万ドル以下の抵当か借金
| style="text-align:center" | 17
|-
| 経済状態の変化
| style="text-align:center" | 38
| [[睡眠]]習慣の変化
| style="text-align:center" | 16
|-
| 親友の死
| style="text-align:center" | 37
| 家族だんらんの変化
| style="text-align:center" | 15
|-
| 職場の配置転換
| style="text-align:center" | 36
| 食習慣の変化
| style="text-align:center" | 15
|-
| 夫婦ゲンカ
| style="text-align:center" | 35
| 長期休暇
| style="text-align:center" | 13
|-
| 1万ドル以上の抵当か借金
| style="text-align:center" | 31
| クリスマス
| style="text-align:center" | 12
|-
| 担保・貸付金の損失
| style="text-align:center" | 30
| 軽度な法律違反
| style="text-align:center" | 11
|-
| 職場での責任の変化
| style="text-align:center" | 29
|
| style="text-align:center" |  
|-
|}
===情動===
===情動===
 心理社会的ストレスの中で、最も重要であると考えられるのが情動ストレスである。ヒトのみでなく[[wj:ネズミ|ネズミ]]の実験でも、この心理・情動ストレスを用いることができ、例えば[[恐怖条件付け]]や[[コミュニケーションボックス]](隣の[[マウス]]が電撃ストレスを受けているのを観察する)などの手法は心理的なストレスの代表的なものである。こうした実験的な心理・情動ストレスでは、[[扁桃体]]や[[視床下部]]などを中心とした情動ネットワークが関わっている。
 心理社会的ストレスの中で、最も重要であると考えられるのが情動ストレスである。ヒトのみでなく[[wj:ネズミ|ネズミ]]の実験でも、この心理・情動ストレスを用いることができ、例えば[[恐怖条件づけ]]や[[コミュニケーションボックス]](隣の[[マウス]]が電撃ストレスを受けているのを観察する)などの手法は心理的なストレスの代表的なものである。こうした実験的な心理・情動ストレスでは、[[扁桃体]]や[[視床下部]]などを中心とした情動ネットワークが関わっている。


===心身症の背景となる心理・性格的要因===
===心身症の背景となる心理・性格的要因===

案内メニュー