「性腺刺激ホルモン」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
(ページの作成:「<div align="right"> <font size="+1">[http://researchmap.jp/read0007804 岡良隆]</font><br> ''東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻''<br> DOI:<se...」)
 
編集の要約なし
20行目: 20行目:


==生殖腺に対する性腺刺激ホルモンの生理作用==
==生殖腺に対する性腺刺激ホルモンの生理作用==
 上述したように、FSHとLHは、それぞれ、主に[[ヒト]]における作用という観点から「濾胞刺激ホルモン」「黄体形成ホルモン」と呼ばれているが、FSHは[[精巣]]では精子形成に、[[卵巣]]では主にろ胞の発達に対して作用があり、LHは主に精巣では間質ライディヒ細胞のアンドロジェン[[分泌]]を刺激し、卵巣では排卵を促すはたらきをもつと考えられてきた。さらに、ほ乳類においては、LHの血中レベルが数10分ないし数時間の周期でパルス状に変動する、いわゆるパルス状分泌という現象が知られており、このパルス頻度が性腺の活動を制御していると考えられている。一方で、雌の排卵前の特定の時期には一過性のLHの大量放出(サージ状放出とよばれる)が起き、これが排卵の引き金になることが多くの動物種で知られている。このように、LHはほ乳類においては、パルスとサージという異なる分泌パターンを介して、性腺の活動と排卵の両者を調節しているらしい。最近の、[[マウス]]を用いたLHやFSHの遺伝子ノックアウト動物の解析から、LHやFSHの機能に関しては、さらに理解が進んできている[1, 2]。しかしながら、ほ乳類以外の脊椎動物においては、こうした解析がこれまでほとんど行われてこず、LHやFSHの生理作用や調節機構がほ乳類と共通しているかどうかについては不明であった。ごく最近になって、TALENやCRISPRなどの、いわゆるゲノム編集技術の目覚ましい発展により、[[ゼブラフィッシュ]][3]やメダカ[4]などの小型動物を使って遺伝子ノックアウト動物の作成が比較的容易にできるようになり、ほ乳類以外の脊椎動物におけるLHやFSHの機能も詳細に解析できるようになりつつある。それらの結果からは、おおまかにいって、雌ではFSHは卵胞発育過程を促し、LHは排卵の引き金を引く、という機能の分業が行われているらしく、真骨魚類とは進化の過程が大きく異なるほ乳類では、LHのパルス状分泌という現象が見られるようになったために、後期卵胞発育の過程が、LHによって、環境要因による微妙な調節を受けられるようになったのではないかと考えられる[2]
 上述したように、FSHとLHは、それぞれ、主に[[ヒト]]における作用という観点から「濾胞刺激ホルモン」「黄体形成ホルモン」と呼ばれているが、FSHは[[精巣]]では精子形成に、[[卵巣]]では主にろ胞の発達に対して作用があり、LHは主に精巣では間質ライディヒ細胞のアンドロジェン[[分泌]]を刺激し、卵巣では排卵を促すはたらきをもつと考えられてきた。さらに、ほ乳類においては、LHの血中レベルが数10分ないし数時間の周期でパルス状に変動する、いわゆるパルス状分泌という現象が知られており、このパルス頻度が性腺の活動を制御していると考えられている。一方で、雌の排卵前の特定の時期には一過性のLHの大量放出(サージ状放出とよばれる)が起き、これが排卵の引き金になることが多くの動物種で知られている。このように、LHはほ乳類においては、パルスとサージという異なる分泌パターンを介して、性腺の活動と排卵の両者を調節しているらしい。最近の、[[マウス]]を用いたLHやFSHの遺伝子ノックアウト動物の解析から、LHやFSHの機能に関しては、さらに理解が進んできている<ref name=ref1><pubmed>15569941</pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed>9020850</pubmed></ref>。しかしながら、ほ乳類以外の脊椎動物においては、こうした解析がこれまでほとんど行われてこず、LHやFSHの生理作用や調節機構がほ乳類と共通しているかどうかについては不明であった。ごく最近になって、TALENやCRISPRなどの、いわゆるゲノム編集技術の目覚ましい発展により、[[ゼブラフィッシュ]]<ref name=ref3><pubmed> 25993524</pubmed></ref>やメダカ<ref name=ref4>'''Takahashi, A., Kanda, S., Abe, T., and Oka, Y.'''<br>Evolution of the hypothalamic-pituitary-gonadal axis regulation in vertebrates revealed by knockout medaka (submitted). <br>2016</ref>などの小型動物を使って遺伝子ノックアウト動物の作成が比較的容易にできるようになり、ほ乳類以外の脊椎動物におけるLHやFSHの機能も詳細に解析できるようになりつつある。それらの結果からは、おおまかにいって、雌ではFSHは卵胞発育過程を促し、LHは排卵の引き金を引く、という機能の分業が行われているらしく、真骨魚類とは進化の過程が大きく異なるほ乳類では、LHのパルス状分泌という現象が見られるようになったために、後期卵胞発育の過程が、LHによって、環境要因による微妙な調節を受けられるようになったのではないかと考えられる<ref name=ref2 />


==中枢神経系による性腺刺激ホルモンの調節==
==中枢神経系による性腺刺激ホルモンの調節==
[[image:性腺刺激ホルモン2.png|thumb|350px|'''図2.GFP標識されたGnRHニューロンの蛍光顕微鏡像'''<br>Okuboら、2006[12]を改変]]
[[image:性腺刺激ホルモン2.png|thumb|350px|'''図2.GFP標識されたGnRHニューロンの蛍光顕微鏡像'''<br><ref name=ref12><pubmed>16293668</pubmed></ref>を改変]]


 生殖をはじめとする体の自律的な機能が脳下垂体から分泌されるホルモンによって調節され、その脳下垂体ホルモンが、脳の[[視床下部]]に存在する因子によって制御されているという考えは、1970年代までに既に生まれていたようである。そのような背景の中、1977年に、ギルマンらの研究グループとシャリーらの研究グループが熾烈な戦いの後に、両者ほぼ同時期に、視床下部に存在する、そのような機能をもつ因子を発見し、ノーベル医学生理学賞を受賞した。このような因子のうち生殖の中枢制御を担うものは10個のアミノ酸からなるペプチドホルモンであり、性腺刺激ホルモン放出ホルモンとよばれた(特に、LH放出を促進する機能に注目して、当時はLHRHとよばれた;RHはreleasing hormone=放出ホルモンの略)。その後、LHRHはFSHの放出も促進するのではないかという実験的な証拠から、GnRH(gonadotropin-releasing hormone)とよばれるようになった。GnRHは視床下部GnRHニューロンで産生され、脳底の正中隆起とよばれる部位の脳下垂体門脈血中に放出され、脳下垂体前葉に運ばれて性腺刺激ホルモン放出を促進する、いわゆる向下垂体ホルモン(hypophysiotropic hormone)のひとつである(図1参照)。なお、このホルモンの発見の後に、1990年代から[[免疫組織化学]]およびin situ hybridization (ISH)を用いた形態学的な研究がなされ、脊椎動物脳内では、形態的・機能的に異なる3つのGnRH神経系が存在しているという基本的コンセンサスが得られている(「性行動の神経回路」参照) [5, 6, 7]
 生殖をはじめとする体の自律的な機能が脳下垂体から分泌されるホルモンによって調節され、その脳下垂体ホルモンが、脳の[[視床下部]]に存在する因子によって制御されているという考えは、1970年代までに既に生まれていたようである。そのような背景の中、1977年に、ギルマンらの研究グループとシャリーらの研究グループが熾烈な戦いの後に、両者ほぼ同時期に、視床下部に存在する、そのような機能をもつ因子を発見し、ノーベル医学生理学賞を受賞した。このような因子のうち生殖の中枢制御を担うものは10個のアミノ酸からなるペプチドホルモンであり、性腺刺激ホルモン放出ホルモンとよばれた(特に、LH放出を促進する機能に注目して、当時はLHRHとよばれた;RHはreleasing hormone=放出ホルモンの略)。その後、LHRHはFSHの放出も促進するのではないかという実験的な証拠から、GnRH(gonadotropin-releasing hormone)とよばれるようになった。GnRHは視床下部GnRHニューロンで産生され、脳底の正中隆起とよばれる部位の脳下垂体門脈血中に放出され、脳下垂体前葉に運ばれて性腺刺激ホルモン放出を促進する、いわゆる向下垂体ホルモン(hypophysiotropic hormone)のひとつである(図1参照)。なお、このホルモンの発見の後に、1990年代から[[免疫組織化学]]およびin situ hybridization (ISH)を用いた形態学的な研究がなされ、脊椎動物脳内では、形態的・機能的に異なる3つのGnRH神経系が存在しているという基本的コンセンサスが得られている(「性行動の神経回路」参照)<ref name=ref5>'''岡良隆'''<br>環境に適応した行動を発言させる脊椎動物神経系・内分泌系のしくみ<br>in 行動とコミュニケーション, 岡・蟻川, Editors. <br>''シリーズ21世紀の動物科学'': 東京. p. 197-226. 1998</ref> <ref name=ref6><pubmed>7636018</pubmed></ref> <ref name=ref7>'''T. Karigo, and Y. Oka'''<br>Frontiers in Endocrinology  “Biology of Gonadotropin-Releasing Hormone Neurons”<br>4, 177. 2013 (Article 177, 1-10)</ref>


 向下垂体ホルモンとしてのGnRHペプチドを産生する視床下部GnRHニューロンは、[[ラット]]・マウスをはじめとするほ乳類の実験動物では、細胞体が10ミクロン前後しかない上に、数少ないニューロンが散在的に視索前野に分布しているため、ごく最近まで、その神経生理学的な記録や解析はほとんどされていなかった[7]。ところが、1999年以降立て続けにGnRHニューロンが[[GFP]]標識された[[トランスジェニックマウス]]やラットが作成され、脳スライスを用いて単一GnRHニューロンの神経生理学的な解析が可能になった。しかしながら、トランスジェニックマウスやラットの脳を用いてGnRHニューロンの電気生理学的解析も、脳を薄く切った脳スライスを用いた実験しかできないため、実際に脳内で単一のGnRHニューロンの電気活動が排卵周期に一致して変動するのかどうかについては不明である。これに対して、小型で透明性の高い脳をもち、長日条件を[[模倣]]した光周期条件で飼育すると毎日規則的に産卵をするメダカを用いた研究が最近可能になった[13]。メダカなどの非ほ乳類ではGnRHニューロンの細胞体は視索前野(POA)とよばれる脳部位に存在し、真骨魚類では直接下垂体前葉に投射軸索投射する(図1)。したがって、GnRHニューロンをGFP標識すると、メダカでは細胞体から樹状突起、軸索、そして脳下垂体内の[[軸索終末]]までの全てを、生きたまま取りだした丸ごとの脳(全脳in vitro標本)を蛍光顕微鏡観察することで見ることができる(図2)。この脳標本では、GnRHニューロンに対して[[シナプス]]入力する神経回路も生きたままの状態で保って、電気生理学的解析を行うことが可能である。こうした特長を活かして、Karigoらは、1日1回の排卵周期に対応するようなGnRHニューロンの自発的な活動電位発火の頻度の周期的変動を見出した[13]。ほ乳類などではこのような実験は物理的に行い難いのだが、おそらく、個々のGnRHニューロンの活動は、動物の排卵周期に応じたような周期的な変動を示していると想像される。GnRHニューロンの周期的な活動の変動がどのような脳内機構により生じるのかについては現在まだ不明だが、メダカの全脳in vitro標本を用いて各種の遺伝学的ツールと生理学的解析結果を、マウス・ラットなどにおける解析結果と合わせて考慮することにより、今後、性腺刺激ホルモン分泌の中枢制御に関する、脊椎動物を通じて共通したしくみの理解が深まるものと期待される。
 向下垂体ホルモンとしてのGnRHペプチドを産生する視床下部GnRHニューロンは、[[ラット]]・マウスをはじめとするほ乳類の実験動物では、細胞体が10ミクロン前後しかない上に、数少ないニューロンが散在的に視索前野に分布しているため、ごく最近まで、その神経生理学的な記録や解析はほとんどされていなかった<ref name=ref7 />。ところが、1999年以降立て続けにGnRHニューロンが[[GFP]]標識された[[トランスジェニックマウス]]やラットが作成され、脳スライスを用いて単一GnRHニューロンの神経生理学的な解析が可能になった。しかしながら、トランスジェニックマウスやラットの脳を用いてGnRHニューロンの電気生理学的解析も、脳を薄く切った脳スライスを用いた実験しかできないため、実際に脳内で単一のGnRHニューロンの電気活動が排卵周期に一致して変動するのかどうかについては不明である。これに対して、小型で透明性の高い脳をもち、長日条件を[[模倣]]した光周期条件で飼育すると毎日規則的に産卵をするメダカを用いた研究が最近可能になった<ref name=ref13><pubmed>22544888</pubmed></ref>。メダカなどの非ほ乳類ではGnRHニューロンの細胞体は視索前野(POA)とよばれる脳部位に存在し、真骨魚類では直接下垂体前葉に投射軸索投射する(図1)。したがって、GnRHニューロンをGFP標識すると、メダカでは細胞体から樹状突起、軸索、そして脳下垂体内の[[軸索終末]]までの全てを、生きたまま取りだした丸ごとの脳(全脳in vitro標本)を蛍光顕微鏡観察することで見ることができる(図2)。この脳標本では、GnRHニューロンに対して[[シナプス]]入力する神経回路も生きたままの状態で保って、電気生理学的解析を行うことが可能である。こうした特長を活かして、Karigoらは、1日1回の排卵周期に対応するようなGnRHニューロンの自発的な活動電位発火の頻度の周期的変動を見出した<ref name=ref13 />。ほ乳類などではこのような実験は物理的に行い難いのだが、おそらく、個々のGnRHニューロンの活動は、動物の排卵周期に応じたような周期的な変動を示していると想像される。GnRHニューロンの周期的な活動の変動がどのような脳内機構により生じるのかについては現在まだ不明だが、メダカの全脳in vitro標本を用いて各種の遺伝学的ツールと生理学的解析結果を、マウス・ラットなどにおける解析結果と合わせて考慮することにより、今後、性腺刺激ホルモン分泌の中枢制御に関する、脊椎動物を通じて共通したしくみの理解が深まるものと期待される。


==関連項目==
==関連項目==
35行目: 35行目:
==参考文献==
==参考文献==
<references />
<references />
'''Spergel DJ, Kruth U, Hanley DF, Sprengel R, Seeburg PH.''' <br>
GABA- and glutamate-activated channels in green fluorescent protein-tagged gonadotropin-releasing hormone neurons in transgenic mice. <br>
''J Neurosci'' 1999, 19:2037–50.
'''Suter KJ, Song WJ, Sampson TL, Wuarin JP, Saunders JT, Dudek FE, et al'''.<br>
Genetic targeting of green fluorescent protein to gonadotropin-releasing hormone neurons: characterization of whole-cell electrophysiological properties and morphology. <br>
''Endocrinology'' 2000, 141:412–419.
'''Kato M, Ui-Tei K, Watanabe M, Sakuma Y.''' <br>
Characterization of voltage-gated calcium currents in gonadotropin-releasing hormone neurons tagged with green fluorescent protein in rats. <br>
''Endocrinology'' 2003, 144:5118–5125.
'''Han SK, Todman MG, Herbison AE.''' <br>
Endogenous GABA release inhibits the firing of adult gonadotropin-releasing hormone neurons.<br>
''Endocrinology'' 2004, 145:495–499.