「性腺刺激ホルモン」の版間の差分

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[[image:性腺刺激ホルモン2.png|thumb|350px|'''図2.GFP標識されたGnRHニューロンの蛍光顕微鏡像'''<br><ref name=ref12><pubmed>16293668</pubmed></ref>を改変]]
[[image:性腺刺激ホルモン2.png|thumb|350px|'''図2.GFP標識されたGnRHニューロンの蛍光顕微鏡像'''<br><ref name=ref12><pubmed>16293668</pubmed></ref>を改変]]


 生殖をはじめとする体の自律的な機能が脳下垂体から分泌されるホルモンによって調節され、その脳下垂体ホルモンが、脳の[[視床下部]]に存在する因子によって制御されているという考えは、1970年代までに既に生まれていたようである。そのような背景の中、1977年に、ギルマンらの研究グループとシャリーらの研究グループが熾烈な戦いの後に、両者ほぼ同時期に、視床下部に存在する、そのような機能をもつ因子を発見し、ノーベル医学生理学賞を受賞した。このような因子のうち生殖の中枢制御を担うものは10個のアミノ酸からなるペプチドホルモンであり、性腺刺激ホルモン放出ホルモンとよばれた(特に、LH放出を促進する機能に注目して、当時はLHRHとよばれた;RHはreleasing hormone=放出ホルモンの略)。その後、LHRHはFSHの放出も促進するのではないかという実験的な証拠から、GnRH(gonadotropin-releasing hormone)とよばれるようになった。GnRHは視床下部GnRHニューロンで産生され、脳底の正中隆起とよばれる部位の脳下垂体門脈血中に放出され、脳下垂体前葉に運ばれて性腺刺激ホルモン放出を促進する、いわゆる向下垂体ホルモン(hypophysiotropic hormone)のひとつとしてほ乳類で最初に発見された(図1左図参照)。なお、このホルモンの発見の後に、1990年代から[[免疫組織化学]]およびin situ hybridization (ISH)を用いた形態学的な研究がなされ、脊椎動物脳内では、形態的・機能的に異なる3つのGnRH神経系が存在しているという基本的コンセンサスが得られている(「性行動の神経回路」参照)<ref name=ref5>'''岡良隆'''<br>環境に適応した行動を発言させる脊椎動物神経系・内分泌系のしくみ<br>in 行動とコミュニケーション, 岡・蟻川, Editors. <br>''シリーズ21世紀の動物科学'': 東京. p. 197-226. 1998</ref> <ref name=ref6><pubmed>7636018</pubmed></ref> <ref name=ref7>'''T. Karigo, and Y. Oka'''<br>Frontiers in Endocrinology  “Biology of Gonadotropin-Releasing Hormone Neurons”<br>4, 177. 2013 (Article 177, 1-10)</ref>。
 生殖をはじめとする体の自律的な機能が脳下垂体から分泌されるホルモンによって調節され、その脳下垂体ホルモンが、脳の[[視床下部]]に存在する因子によって制御されているという考えは、1970年代までに既に生まれていたようである。そのような背景の中、1977年に、ギルマンらの研究グループとシャリーらの研究グループが熾烈な戦いの後に、両者ほぼ同時期に、視床下部に存在する、そのような機能をもつ因子を発見し、ノーベル医学生理学賞を受賞した。このような因子のうち生殖の中枢制御を担うものは10個のアミノ酸からなるペプチドホルモンであり、性腺刺激ホルモン放出ホルモンとよばれた(特に、LH放出を促進する機能に注目して、当時はLHRHとよばれた;RHはreleasing hormone=放出ホルモンの略)。その後、LHRHはFSHの放出も促進するのではないかという実験的な証拠から、GnRH(gonadotropin-releasing hormone)とよばれるようになった。GnRHは視床下部GnRHニューロンで産生され、脳底の正中隆起とよばれる部位の脳下垂体門脈血中に放出され、脳下垂体前葉に運ばれて性腺刺激ホルモン放出を促進する、いわゆる向下垂体ホルモン(hypophysiotropic hormone)のひとつとしてほ乳類で最初に発見された(図1左図参照)。なお、このホルモンの発見の後に、1990年代から[[免疫組織化学]]およびin situ hybridization (ISH)を用いた形態学的な研究がなされ、脊椎動物脳内では、形態的・機能的に異なる3つのGnRH神経系が存在しているという基本的コンセンサスが得られている(「[[性行動の神経回路]]」参照)<ref name=ref5>'''岡良隆'''<br>環境に適応した行動を発言させる脊椎動物神経系・内分泌系のしくみ<br>in 行動とコミュニケーション, 岡・蟻川, Editors. <br>''シリーズ21世紀の動物科学'': 東京. p. 197-226. 1998</ref> <ref name=ref6><pubmed>7636018</pubmed></ref> <ref name=ref7>'''T. Karigo, and Y. Oka'''<br>Frontiers in Endocrinology  “Biology of Gonadotropin-Releasing Hormone Neurons”<br>4, 177. 2013 (Article 177, 1-10)</ref>。


 向下垂体ホルモンとしてのGnRHペプチドを産生する視床下部GnRHニューロンは、[[ラット]]・マウスをはじめとするほ乳類の実験動物では、細胞体が10ミクロン前後しかない上に、数少ないニューロンが散在的に視索前野に分布しているため、ごく最近まで、その神経生理学的な記録や解析はほとんどされていなかった<ref name=ref7 />。ところが、1999年以降立て続けにGnRHニューロンが[[GFP]]標識された[[トランスジェニックマウス]]やラットが作成され、脳スライスを用いて単一GnRHニューロンの神経生理学的な解析が可能になった<ref name=ref8><pubmed>10066257</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>10614664 </pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed>12960038</pubmed></ref> <ref name=ref11><pubmed> 14617578</pubmed></ref>。しかしながら、トランスジェニックマウスやラットの脳を用いてGnRHニューロンの電気生理学的解析も、脳を薄く切った脳スライスを用いた実験しかできないため、実際に脳内で単一のGnRHニューロンの電気活動が排卵周期に一致して変動するのかどうかについては不明である。これに対して、小型で透明性の高い脳をもち、長日条件を[[模倣]]した光周期条件で飼育すると毎日規則的に産卵をするメダカを用いた研究が最近可能になった<ref name=ref12><pubmed>16293668</pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed>22544888</pubmed></ref>。メダカなどの非ほ乳類ではGnRHニューロンの細胞体は視索前野(POA)とよばれる脳部位に存在し、真骨魚類では直接下垂体前葉に投射軸索投射する(図1右図)。したがって、GnRHニューロンをGFP標識すると、メダカでは細胞体から樹状突起、軸索、そして脳下垂体内の[[軸索終末]]までの全てを、生きたまま取りだした丸ごとの脳(全脳''in vitro''標本)を蛍光顕微鏡観察することで見ることができる(図2)。この脳標本では、GnRHニューロンに対して[[シナプス]]入力する神経回路も生きたままの状態で保って、電気生理学的解析を行うことが可能である。こうした特長を活かして、Karigoらは、1日1回の排卵周期に対応するようなGnRHニューロンの自発的な活動電位発火の頻度の周期的変動を見出した<ref name=ref13 />。ほ乳類などではこのような実験は物理的に行い難いのだが、おそらく、個々のGnRHニューロンの活動は、動物の排卵周期に応じたような周期的な変動を示していると想像される。GnRHニューロンの周期的な活動の変動がどのような脳内機構により生じるのかについては現在まだ不明だが、メダカの全脳''in vitro''標本を用いて各種の遺伝学的ツールと生理学的解析結果を、マウス・ラットなどにおける解析結果と合わせて考慮することにより、今後、性腺刺激ホルモン分泌の中枢制御に関する、脊椎動物を通じて共通したしくみの理解が深まるものと期待される。
 向下垂体ホルモンとしてのGnRHペプチドを産生する視床下部GnRHニューロンは、[[ラット]]・マウスをはじめとするほ乳類の実験動物では、細胞体が10ミクロン前後しかない上に、数少ないニューロンが散在的に視索前野に分布しているため、ごく最近まで、その神経生理学的な記録や解析はほとんどされていなかった<ref name=ref7 />。ところが、1999年以降立て続けにGnRHニューロンが[[GFP]]標識された[[トランスジェニックマウス]]やラットが作成され、脳スライスを用いて単一GnRHニューロンの神経生理学的な解析が可能になった<ref name=ref8><pubmed>10066257</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>10614664 </pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed>12960038</pubmed></ref> <ref name=ref11><pubmed> 14617578</pubmed></ref>。しかしながら、トランスジェニックマウスやラットの脳を用いてGnRHニューロンの電気生理学的解析も、脳を薄く切った脳スライスを用いた実験しかできないため、実際に脳内で単一のGnRHニューロンの電気活動が排卵周期に一致して変動するのかどうかについては不明である。これに対して、小型で透明性の高い脳をもち、長日条件を[[模倣]]した光周期条件で飼育すると毎日規則的に産卵をするメダカを用いた研究が最近可能になった<ref name=ref12><pubmed>16293668</pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed>22544888</pubmed></ref>。メダカなどの非ほ乳類ではGnRHニューロンの細胞体は視索前野(POA)とよばれる脳部位に存在し、真骨魚類では直接下垂体前葉に投射軸索投射する(図1右図)。したがって、GnRHニューロンをGFP標識すると、メダカでは細胞体から樹状突起、軸索、そして脳下垂体内の[[軸索終末]]までの全てを、生きたまま取りだした丸ごとの脳(全脳''in vitro''標本)を蛍光顕微鏡観察することで見ることができる(図2)。この脳標本では、GnRHニューロンに対して[[シナプス]]入力する神経回路も生きたままの状態で保って、電気生理学的解析を行うことが可能である。こうした特長を活かして、Karigoらは、1日1回の排卵周期に対応するようなGnRHニューロンの自発的な活動電位発火の頻度の周期的変動を見出した<ref name=ref13 />。ほ乳類などではこのような実験は物理的に行い難いのだが、おそらく、個々のGnRHニューロンの活動は、動物の排卵周期に応じたような周期的な変動を示していると想像される。GnRHニューロンの周期的な活動の変動がどのような脳内機構により生じるのかについては現在まだ不明だが、メダカの全脳''in vitro''標本を用いて各種の遺伝学的ツールと生理学的解析結果を、マウス・ラットなどにおける解析結果と合わせて考慮することにより、今後、性腺刺激ホルモン分泌の中枢制御に関する、脊椎動物を通じて共通したしくみの理解が深まるものと期待される。