「情動」の版間の差分

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英語名:emotion 独:Gefühl 仏:émotion  
英語名:emotion 独:Gefühl 仏:émotion  


 感覚刺激への評価に基づく生理反応、行動反応、主観的情動体験から成り、短期的に生じる比較的強い反応を特徴とする。こうした情動は、齧歯類から共通する怒り・恐怖・不安から、霊長類に特徴的な高次の社会的感情までの多岐に渡り、思考や推論といった高次の認知過程にも影響しうる。情動の基盤となる神経回路として、扁桃体や視床下部をはじめ、島、腹内側前頭前野などの脳領域、および上向系の伝達経路より脳に入力される身体情報との関わりが注目されている。<br>
 感覚刺激への評価に基づく生理反応、行動反応、主観的情動体験から成り、短期的に生じる比較的強い反応を特徴とする。こうした情動は、[[wikipedia:ja:齧歯類|齧歯類]]から共通する怒り・恐怖・不安から、[[wikipedia:ja:霊長類|霊長類]]に特徴的な高次の社会的感情までの多岐に渡り、思考や推論といった高次の認知過程にも影響しうる。情動の基盤となる神経回路として、[[扁桃体]]や[[視床下部]]をはじめ、[[島]]、[[腹内側前頭前野]]などの脳領域、および上向系の伝達経路より脳に入力される身体情報との関わりが注目されている。


== 情動とは  ==
== 情動とは  ==
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 の3要素からなる。この情動は短期的に生じる原初的な感情で、比較的強い反応と定義されており、中長期的にゆるやかに持続する強度の弱い気分(mood)とは区別される。また情動と気分の両者を総称して感情と定義することもある。しかしながら、情動と感情との区別にかかわる厳密な定義はなく、研究領域や研究者間によってその扱いが異なる点に注意が必要である。  
 の3要素からなる。この情動は短期的に生じる原初的な感情で、比較的強い反応と定義されており、中長期的にゆるやかに持続する強度の弱い気分(mood)とは区別される。また情動と気分の両者を総称して感情と定義することもある。しかしながら、情動と感情との区別にかかわる厳密な定義はなく、研究領域や研究者間によってその扱いが異なる点に注意が必要である。  


 情動の種類は、[[wikipedia:ja:齧歯類|齧歯類]]においてもある程度[[ヒト]]と共通した基盤を有する怒り・恐怖・不安などの基本情動(basic emotion)から、高次の社会的感情(social emotion:嫉妬・困惑・罪悪感・恥など)までの多岐に渡る。  
 情動の種類は、齧歯類においてもある程度[[ヒト]]と共通した基盤を有する怒り・恐怖・不安などの基本情動(basic emotion)から、高次の社会的感情(social emotion:嫉妬・困惑・罪悪感・恥など)までの多岐に渡る。  


== 心理学的理論  ==
== 心理学的理論  ==
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 情動の末梢起源説は、情動の中枢起源説<ref name="ref1" /><ref name="ref2" />により以下に述べる問題点が指摘され、さらには情動の二要因説<ref name="ref1" /><ref name="ref3" />の登場によっておおよそ淘汰されたかのように見えた。しかしながら近年、[[顔面フィードバック説]](facial feedback theory)や[[ソマティック・マーカー(somatic marker)仮説]]等に見られるように、その理説が一部評価されて点で特徴的である。  
 情動の末梢起源説は、情動の中枢起源説<ref name="ref1" /><ref name="ref2" />により以下に述べる問題点が指摘され、さらには情動の二要因説<ref name="ref1" /><ref name="ref3" />の登場によっておおよそ淘汰されたかのように見えた。しかしながら近年、[[顔面フィードバック説]](facial feedback theory)や[[ソマティック・マーカー(somatic marker)仮説]]等に見られるように、その理説が一部評価されて点で特徴的である。  


 まず、顔面フィードバック説は、顔面筋肉の変化が主観的な情動体験に先立つこと、すなわち「怒り」ならば「怒り」の情動と対応する顔面筋肉の変化が、[[大脳辺縁系]]や[[脳幹]]・[[視床下部]]などの[[中枢神経系]]にフィードバックされ、その結果「怒り」の主観的体験が生じるとする。もう一方のソマティック・マーカー仮説は、主に自律神経系(autonomic nervous system)からフィードバックされるナイーブな身体感覚が[[前頭前野]]腹内側部<ref name="ref2" /><ref name="ref3" />において表象され、これと外部環境に関する認知の統合が意思決定を最適化すると主張する。両仮説ともにおおよそ共通して上向性の[[自己受容情報]]が情動に及ぼす影響を重視することから、情動の末梢起源説に類するものと考えられている。  
 まず、顔面フィードバック説は、顔面筋肉の変化が主観的な情動体験に先立つこと、すなわち「怒り」ならば「怒り」の情動と対応する顔面筋肉の変化が、[[大脳辺縁系]]や[[脳幹]]・視床下部などの[[中枢神経系]]にフィードバックされ、その結果「怒り」の主観的体験が生じるとする。もう一方のソマティック・マーカー仮説は、主に自律神経系(autonomic nervous system)からフィードバックされるナイーブな身体感覚が[[前頭前野]]腹内側部<ref name="ref2" /><ref name="ref3" />において表象され、これと外部環境に関する認知の統合が意思決定を最適化すると主張する。両仮説ともにおおよそ共通して上向性の[[自己受容情報]]が情動に及ぼす影響を重視することから、情動の末梢起源説に類するものと考えられている。  


=== 中枢起源説  ===
=== 中枢起源説  ===
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=== パペッツの情動回路  ===
=== パペッツの情動回路  ===


 感覚器官より入力された外界の情報は、脳において分析・統合され、情動体験へと結びつく。神経解剖学者の[[wikipedia:James Papez|ジェームス・パペッツ]](James Papez)により提唱された「[[パペッツの情動回路]]」は、情動に関わる仮説として古くから知られる<ref name="ref2">'''Papez, J. W.'''<br>A proposed mechanism of emotion.<br>''Archives of Neurology and Psychiatry'', 38, 725-743.1937</ref>。ここでは、[[視床]]をはじめとして、視床下部(hypothalamus)、[[海馬]](hippocampus)、[[帯状皮質]](cingulate cortex)により形成される神経回路が情動を生ずると考える。「パペッツの情動回路」が注目された後、齧歯類、[[wikipedia:ja:霊長類|霊長類]]に関する研究の積み重ねとともに、近年は、[[機能的核磁気共鳴装置]](fMRI: Functional magnetic resonance imaging)や[[陽電子断層撮像法]](PET: Positron emission tomography)等のヒトを対象とした神経イメージング法(Neuro-imaging)による成果を基に、[[扁桃体]](amygdala)や[[島]](insula)、[[腹内側前頭前野]](ventro medial prefrontal cortex: VMPFC)などの脳領域と情動の関わりが注目されている。  
 感覚器官より入力された外界の情報は、脳において分析・統合され、情動体験へと結びつく。神経解剖学者の[[wikipedia:James Papez|ジェームス・パペッツ]](James Papez)により提唱された「[[パペッツの情動回路]]」は、情動に関わる仮説として古くから知られる<ref name="ref2">'''Papez, J. W.'''<br>A proposed mechanism of emotion.<br>''Archives of Neurology and Psychiatry'', 38, 725-743.1937</ref>。ここでは、[[視床]]をはじめとして、視床下部(hypothalamus)、[[海馬]](hippocampus)、[[帯状皮質]](cingulate cortex)により形成される神経回路が情動を生ずると考える。「パペッツの情動回路」が注目された後、齧歯類、[[wikipedia:ja:霊長類|霊長類]]に関する研究の積み重ねとともに、近年は、[[機能的核磁気共鳴装置]](fMRI: Functional magnetic resonance imaging)や[[陽電子断層撮像法]](PET: Positron emission tomography)等のヒトを対象とした神経イメージング法(Neuro-imaging)による成果を基に、扁桃体(amygdala)や島(insula)、腹内側前頭前野(ventro medial prefrontal cortex: VMPFC)などの脳領域と情動の関わりが注目されている。  


=== 情動と扁桃体  ===
=== 情動と扁桃体  ===