「意味性認知症」の版間の差分

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<font size="+1">[https://researchmap.jp/kenjirokomori 小森憲治郎]</font><br>
<font size="+1">[https://researchmap.jp/kenjirokomori 小森憲治郎]</font><br>
''十全ユリノキ病院 心理室''<br>
''十全ユリノキ病院 心理室''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年12月28日 原稿完成日:2020年12月30日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年12月21日 原稿完成日:2021年1月5日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446/ 漆谷 真](滋賀医科大学 脳神経内科)<br>             
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446/ 漆谷 真](滋賀医科大学 脳神経内科)<br>             
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 1994年にスウェーデンLund大学のGustafsonらと英国Manchester大学のNearyらのグループが[[前頭側頭型認知症]] ([[frontotemporal dementia]]: FTD)の概念をまとめ<ref name=Lund1994><pubmed>8163988</pubmed></ref>、次いで1998年にNearyらが前頭側頭型認知症に加えて、前頭側頭葉の萎縮と同部位の症状が前景に立つ症候群として意味性認知症と[[進行性非流暢性失語]] ([[progressive non-fluent aphasia]]: PNFA)を合わせて前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration: FTLD)と呼ぶことを提唱した('''図1''') <ref name=Neary1998><pubmed>9855500</pubmed></ref>。
 1994年にスウェーデンLund大学のGustafsonらと英国Manchester大学のNearyらのグループが[[前頭側頭型認知症]] ([[frontotemporal dementia]]: FTD)の概念をまとめ<ref name=Lund1994><pubmed>8163988</pubmed></ref>、次いで1998年にNearyらが前頭側頭型認知症に加えて、前頭側頭葉の萎縮と同部位の症状が前景に立つ症候群として意味性認知症と[[進行性非流暢性失語]] ([[progressive non-fluent aphasia]]: PNFA)を合わせて前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration: FTLD)と呼ぶことを提唱した('''図1''') <ref name=Neary1998><pubmed>9855500</pubmed></ref>。


 側頭葉優位の萎縮を呈する意味性認知症例ではその脳萎縮に左右差がある事が多い。左優位萎縮では一般物品についての[[意味記憶障害]]を呈する例、右優位萎縮では人物についての意味記憶障害、[[相貌認知障害]]、[[視覚対象認知障害]]を呈しやすく、意味性認知症の概念はこの両方を含む<ref name=Snowden1996></ref>。この様な意味記憶障害に沿った概念の整理と並行して、[[言語]]の障害に注目した臨床像の整理も進められた。まず初期に言語障害が前景に立ち認知症を欠く症例を[[緩徐進行性失語]] (slowly progressive aphasia without generalized dementia)とする概念が提唱され<ref name=Mesulam1982><pubmed>7114808</pubmed></ref>、次いで、発症二年以内に言語以外の[[認知機能]]や行動に異常を認めないとする[[原発性進行性失語]] ([[primary progressive aphasia]]: PPA)とまとめた概念が提唱された<ref name=Mesulam2001><pubmed>11310619</pubmed></ref>。PPAには三亜型として[[non-fluent progressive aphasia]]、[[logopenic progressive aphasia]]とともに意味性認知症が設定されていたが<ref name=Gorno-Tempini2004><pubmed>14991811</pubmed></ref>、その後、意味性認知症から物品呼称の障害と単語理解の障害を有する例だけを抽出して「[[意味性亜型原発性進行性失語]] (semantic variant primary progressive aphasia: svPPA)」と設定しなおした。これが現在の原発性進行性失語の分類である<ref name=Gorno-Tempini2011><pubmed>21325651</pubmed></ref>。
 側頭葉優位の萎縮を呈する意味性認知症例ではその脳萎縮に左右差がある事が多い。左優位萎縮では一般物品についての[[意味記憶障害]]を呈する例、右優位萎縮では人物についての意味記憶障害、[[相貌認知障害]]、[[視覚対象認知障害]]を呈しやすく、意味性認知症の概念はこの両方を含む<ref name=Snowden1996></ref>。この様な意味記憶障害に沿った概念の整理と並行して、[[言語]]の障害に注目した臨床像の整理も進められた。まず初期に言語障害が前景に立ち認知症を欠く症例を[[緩徐進行性失語]] (slowly progressive aphasia without generalized dementia)とする概念が提唱され<ref name=Mesulam1982><pubmed>7114808</pubmed></ref>、次いで、発症二年以内に言語以外の[[認知機能]]や行動に異常を認めないとする[[原発性進行性失語]] ([[primary progressive aphasia]]: PPA)とまとめた概念が提唱された<ref name=Mesulam2001><pubmed>11310619</pubmed></ref>。PPAには三亜型として[[非流暢性進行性失語]] ([[non-fluent progressive aphasia]]、前述のPNFAと同義)[[ロゴペニック進行性失語]] ([[logopenic progressive aphasia]])とともに意味性認知症が設定されていたが<ref name=Gorno-Tempini2004><pubmed>14991811</pubmed></ref>、その後、意味性認知症から物品呼称の障害と単語理解の障害を有する例だけを抽出して「[[意味性亜型原発性進行性失語]] (semantic variant primary progressive aphasia: svPPA)」と設定しなおした。これが現在の原発性進行性失語の分類である<ref name=Gorno-Tempini2011><pubmed>21325651</pubmed></ref>。


 svPPAと意味性認知症との違いは二点ある。一つは、意味性認知症には初期から人物の意味記憶障害による相貌認知障害を呈する例が含まれるが、svPPAでは初期から視知覚性の障害が顕著な例は含まれない。二つ目は、svPPAの診断は、原発性進行性失語の診断基準を満たすことが前提となるため、病初期に失語が最も目立つ症状でなければならず、顕著な行動異常があった場合は除外される。そのため初期に行動異常がある程度目立つ場合は、意味性認知症と診断できてもsvPPAとは診断できない。これらの違いのため意味性認知症症例のうちsvPPAと診断される症例はごく一部である<ref name=池田学2013>'''池田 学、一美奈緒子、橋本 衛 (2013).'''<br>進行性失語の概念と診断. 高次脳機能研究 33: 304-309</ref>。右優位側頭葉萎縮例では人物の意味記憶障害、相貌認知障害、視覚対象認知障害、行動異常を呈しやすいので、結果的にsvPPAの基準を満たしにくい。右側頭葉優位萎縮例の臨床像はright-temporal lobe syndrome(右側頭葉症候群)と呼ばれる<ref name=Miller2014>'''Miller BL. (2014).'''<br>The clinical syndrome of svPPA. In: Miller BL. Frontotemporal dementia. New York: Oxford University Press 47-65.</ref>。
 svPPAと意味性認知症との違いは二点ある。一つは、意味性認知症には初期から人物の意味記憶障害による相貌認知障害を呈する例が含まれるが、svPPAでは初期から視知覚性の障害が顕著な例は含まれない。二つ目は、svPPAの診断は、原発性進行性失語の診断基準を満たすことが前提となるため、病初期に失語が最も目立つ症状でなければならず、顕著な行動異常があった場合は除外される。そのため初期に行動異常がある程度目立つ場合は、意味性認知症と診断できてもsvPPAとは診断できない。これらの違いのため意味性認知症症例のうちsvPPAと診断される症例はごく一部である<ref name=池田学2013>'''池田 学、一美奈緒子、橋本 衛 (2013).'''<br>進行性失語の概念と診断. 高次脳機能研究 33: 304-309</ref>。右優位側頭葉萎縮例では人物の意味記憶障害、相貌認知障害、視覚対象認知障害、行動異常を呈しやすいので、結果的にsvPPAの基準を満たしにくい。右側頭葉優位萎縮例の臨床像はright-temporal lobe syndrome(右側頭葉症候群)と呼ばれる<ref name=Miller2014>'''Miller BL. (2014).'''<br>The clinical syndrome of svPPA. In: Miller BL. Frontotemporal dementia. New York: Oxford University Press 47-65.</ref>。
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 意味性認知症患者では、アイコン、標識、マークの意味の理解が高度に不良である場合が多い。例えば赤信号の写真を見せて「これはどういう意味か」と訊くと、「赤い電気がついている」と述べるなど表面的な視覚情報の認識にとどまり、真の意味理解(例:赤信号なら「止まれ」)はできていない。「てまねき」など意味を含む動作の理解も障害される<ref name=Nishio2006><pubmed>16891383</pubmed></ref>。このような真の意味が人為的に付与された事柄の理解が難しい傾向がある。
 意味性認知症患者では、アイコン、標識、マークの意味の理解が高度に不良である場合が多い。例えば赤信号の写真を見せて「これはどういう意味か」と訊くと、「赤い電気がついている」と述べるなど表面的な視覚情報の認識にとどまり、真の意味理解(例:赤信号なら「止まれ」)はできていない。「てまねき」など意味を含む動作の理解も障害される<ref name=Nishio2006><pubmed>16891383</pubmed></ref>。このような真の意味が人為的に付与された事柄の理解が難しい傾向がある。


 意味記憶は、一般物品や人物といった「見える物体」以外の「見えない抽象概念」に関してもある。これは暑い、寒いといった形容詞の概念や、助ける、掛けるといった動詞の概念、許可、禁止、思いやり、上品、下品、自分勝手、濡れ衣といった抽象名詞の概念である。これらの意味記憶機能が正常の場合は、今から自分が取る行動や態度が抽象概念に当てはまるもか否かを瞬時に判断できる(例:自分の行動が「厚かましい」か否かを判断する)。しかし抽象概念の意味記憶が障害されると、この判断はできなくなると推測される。意味性認知症患者では、一般常識に照らすと「無遠慮」、「下品」、「自分勝手」と見える行動が生活の中で頻発し、指摘しても本人は悪びれる様子がないという特異な反応を示すことがしばしばあるが、この様な行動には脱抑制だけでなく、遠慮、品、思いやりといった道徳に関する意味記憶が失われているために、それらを逸脱した行動をとっていることに気付けなくなっている可能性も推測される。これと類似すると思われる現象が慣用句の理解について観察されており、例えば身体部位は意味性認知症でも比較的良く保たれる概念だが、その身体部位を使った「腹が立つ」「足が出る」「耳が痛い」など、きわめて簡易な構造の複合語である慣用句は意味性認知症では初期から障害される<ref name=橋本衛2015>'''橋本衛、一美美奈子、池田学 (2014).'''<br>Semantic dementiaの言語障害の本質とは何か. 高次脳機能研究 35:304-311. [https://doi.org/10.2496/hbfr.35.304 [DOI]]</ref>。こうした具体的な対象物の意味から派生した概念の喪失は、意味性認知症の社会的判断に多くの支障を生じさせる一因として働いている可能性がある。
 意味記憶は、一般物品や人物といった「見える物体」以外の「見えない抽象概念」に関してもある。これは暑い、寒いといった形容詞の概念や、助ける、掛けるといった動詞の概念、許可、禁止、思いやり、上品、下品、自分勝手、濡れ衣といった抽象名詞の概念である。これらの意味記憶機能が正常の場合は、今から自分が取る行動や態度が抽象概念に当てはまるもか否かを瞬時に判断できる(例:自分の行動が「厚かましい」か否かを判断する)。しかし抽象概念の意味記憶が障害されると、この判断はできなくなると推測される。意味性認知症患者では、一般常識に照らすと「無遠慮」、「下品」、「自分勝手」と見える行動が生活の中で頻発し、指摘しても本人は悪びれる様子がないという特異な反応を示すことがしばしばあるが、この様な行動には脱抑制だけでなく、遠慮、品、思いやりといった道徳に関する意味記憶が失われているために、それらを逸脱した行動をとっていることに気付けなくなっている可能性も推測される。これと類似すると思われる現象が慣用句の理解について観察されており、例えば身体部位は意味性認知症でも比較的良く保たれる概念だが、その身体部位を使った「腹が立つ」「足が出る」「耳が痛い」など、きわめて簡易な構造の複合語である慣用句は意味性認知症では初期から障害される<ref name=橋本衛2015>'''橋本 衛、一美美奈子、池田 学 (2015).'''<br>Semantic dementiaの言語障害の本質とは何か. 高次脳機能研究 35:304-311. [https://doi.org/10.2496/hbfr.35.304 [DOI]]</ref>。こうした具体的な対象物の意味から派生した概念の喪失は、意味性認知症の社会的判断に多くの支障を生じさせる一因として働いている可能性がある。


=== 言語の症状 ===
=== 言語の症状 ===
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 一般物品については、その語想起と、その語の理解障害があり、名称を聞いても、書かれた文字を見ても、その物を同定できない。文章の理解は比較的保たれ、語義理解の障害(語義失語)が中心である。語義は使用頻度の低い語ほど障害が目立つ。日本語では難読漢字(当て字)の読字について強い障害が観察され、煙草(タバコ)は「けむりぐさ」、親父(オヤジ)は「しんぷ」、三味線(シャミセン)は「さんみせん」、海老(エビ)は「かいろう」と誤読しやすい。これは類音的錯読と呼ばれるが、習慣的な読み方の規則が適用できない熟語で習慣的な音読をしてしまうことから説明される<ref name=Fushimi2009><pubmed>19162051</pubmed></ref>。
 一般物品については、その語想起と、その語の理解障害があり、名称を聞いても、書かれた文字を見ても、その物を同定できない。文章の理解は比較的保たれ、語義理解の障害(語義失語)が中心である。語義は使用頻度の低い語ほど障害が目立つ。日本語では難読漢字(当て字)の読字について強い障害が観察され、煙草(タバコ)は「けむりぐさ」、親父(オヤジ)は「しんぷ」、三味線(シャミセン)は「さんみせん」、海老(エビ)は「かいろう」と誤読しやすい。これは類音的錯読と呼ばれるが、習慣的な読み方の規則が適用できない熟語で習慣的な音読をしてしまうことから説明される<ref name=Fushimi2009><pubmed>19162051</pubmed></ref>。


 自発語においては具体性のある単語が減少し、総称的な単語の使用が増える。近いカテゴリーの物の名称を別の物の名称として使い回す傾向がある(例:「靴下」を履くという時に「足袋」を履くと言う。「サイ」を見て「ウシ」と言う。「ラケット」を「テニス」と言う)。これは意味的に関連のある単語に置き換わっている意味性錯語で、呼称しにくい時に本人の中で意味的につながりのある単語で代用している状態と考えられるが、つながりの遠い名称で代用した際には、周囲からは関係が理解しにくい場合がある(例:学校の先生が吹く「ホイッスル」を見て、「ランドセル」と呼称する)。他の単語による代用は動詞でも認められる(例:「ひねる」を歩く、座る、立つなど全ての動作に用いる<ref name=Snowden1996></ref>[3])。進行すると意味的に全く関係のない本人が発しやすい単語やフレーズによる代用が増える(例:食事はまだか、お茶が飲みたいなど、何らかの要求を表現したい全ての状況に、「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」と言う)。音性錯語はない。
 自発語においては具体性のある単語が減少し、総称的な単語の使用が増える。近いカテゴリーの物の名称を別の物の名称として使い回す傾向がある(例:「靴下」を履くという時に「足袋」を履くと言う。「サイ」を見て「ウシ」と言う。「ラケット」を「テニス」と言う)。これは意味的に関連のある単語に置き換わっている意味性錯語で、呼称しにくい時に本人の中で意味的につながりのある単語で代用している状態と考えられるが、つながりの遠い名称で代用した際には、周囲からは関係が理解しにくい場合がある(例:学校の先生が吹く「ホイッスル」を見て、「ランドセル」と呼称する)。他の単語による代用は動詞でも認められる(例:「ひねる」を歩く、座る、立つなど全ての動作に用いる<ref name=Snowden1996></ref>)。進行すると意味的に全く関係のない本人が発しやすい単語やフレーズによる代用が増える(例:食事はまだか、お茶が飲みたいなど、何らかの要求を表現したい全ての状況に、「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」と言う)。音性錯語はない。


=== 相貌認知障害、人物の意味記憶障害、視覚対象認知障害 ===
=== 相貌認知障害、人物の意味記憶障害、視覚対象認知障害 ===
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 既視感がないので、知人と会っても挨拶せずに行き過ぎる。このため「無礼になった」と解釈される場合がある。自覚している場合はテレビドラマを見てストーリーを追いにくいと述べる事がある。既視感があるはずの有名人の顔写真を用いて障害の有無を評価できる。家族の顔の方が有名人より認識しやすい。
 既視感がないので、知人と会っても挨拶せずに行き過ぎる。このため「無礼になった」と解釈される場合がある。自覚している場合はテレビドラマを見てストーリーを追いにくいと述べる事がある。既視感があるはずの有名人の顔写真を用いて障害の有無を評価できる。家族の顔の方が有名人より認識しやすい。


 右優位萎縮例では人物の意味記憶障害だけでなく、有名な建造物や景色(例:東京タワー、富士山)の認知障害も出現しやすい<ref name=小森憲治郎2003>'''小森憲治郎、 池田学、 中川賀嗣、 田辺敬貴 (2003).'''<br>意味記憶における右側頭葉の役割. -semantic dementiaにおける検討-. 高次脳機能研究 23: 107-118。</ref>[23]
 右優位萎縮例では人物の意味記憶障害だけでなく、有名な建造物や景色(例:東京タワー、富士山)の認知障害も出現しやすい<ref name=小森憲治郎2003>'''小森憲治郎、池田学、中川賀嗣、田辺敬貴 (2003).'''<br>意味記憶における右側頭葉の役割. -semantic dementiaにおける検討-. 高次脳機能研究 23: 107-118。</ref>。


 右側頭葉優位萎縮例の臨床像はright-temporal lobe syndrome(右側頭葉症候群)と呼ばれることがあり、これを左側頭葉優位萎縮例とは異なる症候群であるとする見解がある。一方で、長期経過中に出現する症状を比較するとほとんどの症状は共通して出現する事から、両者は共に意味記憶障害を基盤としているとの指摘もある<ref name=Kashibayashi2010><pubmed>20375502</pubmed></ref>[24]
 右側頭葉優位萎縮例の臨床像はright-temporal lobe syndrome(右側頭葉症候群)と呼ばれることがあり、これを左側頭葉優位萎縮例とは異なる症候群であるとする見解がある。一方で、長期経過中に出現する症状を比較するとほとんどの症状は共通して出現する事から、両者は共に意味記憶障害を基盤としているとの指摘もある<ref name=Kashibayashi2010><pubmed>20375502</pubmed></ref>。


=== 自伝的記憶、エピソード記憶 ===
=== 自伝的記憶、エピソード記憶 ===
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=== 食行動の変化 ===
=== 食行動の変化 ===
 食行動異常を高頻度に認める<ref name=Ikeda2002><pubmed>12235302</pubmed></ref>[25]。食事を食べるスピードが速くなることが多い。甘い物やパンなど炭水化物を好んで食べるようになる例もある。食べ物をスプーン等で自分の口に運ぶ動作は疾患が進行して緘黙、歩行不能の状態となっても維持されることが多い。
 食行動異常を高頻度に認める<ref name=Ikeda2002><pubmed>12235302</pubmed></ref>。食事を食べるスピードが速くなることが多い。甘い物やパンなど炭水化物を好んで食べるようになる例もある。食べ物をスプーン等で自分の口に運ぶ動作は疾患が進行して緘黙、歩行不能の状態となっても維持されることが多い。


=== 視空間認知機能 ===
=== 視空間認知機能 ===
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=== 神経症状・運動障害 ===
=== 神経症状・運動障害 ===
 初期には運動機能は保たれ、神経学的異常を欠くことが多いとされるが<ref name=Snowden1996></ref> [3]、外見的に運動障害がないように見える例でも、診察により軽度の[[筋強剛]]や[[錐体路徴候]]([[腱反射亢進]]や軽度の[[バビンスキー徴候]]など)が大脳萎縮の強い側の対側の上肢や下肢に認められることは稀ではない<ref name=横田修2015>'''横田修 (2015).'''<br>TDP-43陽性封入体を有する前頭側頭葉変性症(FTLD-TDP)の臨床的特徴. 精神医学 57: 839-847.</ref>[28]。運動障害の軽微な症状は左右差のある明らかな上下肢の[[錐体路障害]]、[[パーキンソニズム]]、[[拘縮]]に移行する<ref name=Yokota2009 />[26]。後方視的な検討では、意味性認知症を呈する代表的な疾患である[[TDP-43]]陽性封入体を有するFTLD([[FTLD-TDP]])では、意味性認知症を呈する例の50%以上が脳萎縮の強い側の反対側に強調される左右差のある錐体路障害やパーキンソニズムを呈する<ref name=Yokota2009 />[26]。このため最終的には歩行不能となり寝たきりとなる。四肢の運動障害の進行と共に、[[嚥下障害]]も出現し、[[誤嚥性肺炎]]を起こす。
 初期には運動機能は保たれ、神経学的異常を欠くことが多いとされるが<ref name=Snowden1996></ref>、外見的に運動障害がないように見える例でも、診察により軽度の[[筋強剛]]や[[錐体路徴候]]([[腱反射亢進]]や軽度の[[バビンスキー徴候]]など)が大脳萎縮の強い側の対側の上肢や下肢に認められることは稀ではない<ref name=横田修2015>'''横田修 (2015).'''<br>TDP-43陽性封入体を有する前頭側頭葉変性症(FTLD-TDP)の臨床的特徴. 精神医学 57: 839-847.</ref>。運動障害の軽微な症状は左右差のある明らかな上下肢の[[錐体路障害]]、[[パーキンソニズム]]、[[拘縮]]に移行する<ref name=Yokota2009 />。後方視的な検討では、意味性認知症を呈する代表的な疾患である[[TDP-43]]陽性封入体を有するFTLD([[FTLD-TDP]])では、意味性認知症を呈する例の50%以上が脳萎縮の強い側の反対側に強調される左右差のある錐体路障害やパーキンソニズムを呈する<ref name=Yokota2009 />。このため最終的には歩行不能となり寝たきりとなる。四肢の運動障害の進行と共に、[[嚥下障害]]も出現し、[[誤嚥性肺炎]]を起こす。


[[ファイル:Yokota semantic dementia Fig2.jpg|400px|サムネイル|'''図2. 意味性認知症症例の頭部CT画像(58歳発症,67歳時撮影)'''<br>両側側頭葉極に非常に強い萎縮を認める(矢印)。左右差は側頭極の一スライス目では不明瞭だが,二スライス目で右優位と分かる。[[扁桃核]]や[[内嗅野]]のレベルでも[[上側頭回]]、[[中側頭回]]が右優位で萎縮する。この右優位の萎縮は更に[[下頭頂小葉]]まで連続している。前頭葉皮質は比較的よく保たれる。典型的な意味性認知症中期の萎縮分布である。意味性認知症では萎縮の左右差が大脳の各部位で通常一貫しているため,左右の半球を見比べれば軽度の萎縮でも優位性が判断できる。 この症例は,58歳時に良く知っている女優がテレビに出ているのを見ても分からない相貌認知障害で初発。この頃から同じ観光地に年間30回旅行を繰り返す常同が出現。61歳、一般物品の意味記憶障害。64歳、赤信号の意味が分からない。65歳、店から物を持って出て捕まる。67歳、初診時、相貌認知障害は高度。[[Boston Naming Test]]もほぼ全て[[既視感]]がない。[[語義失語]]あり。団子を「だんし」,三味線を「さんみせん」と読む[[表層性失読]]あり。画像はこの時点で撮影したもの。67歳、異食が目立つ。68歳、ドアや壁をリズミカルに叩く[[常同]]、毛布を咥える[[口唇傾向]]。左手を握った肢位となる事が多くなり,左上下肢に筋強剛あり。左バビンスキー徴候あり。筋萎縮なし。69歳、原疾患と関係ない身体疾患で死亡。剖検となり病理診断はFTLD-TDP type Cであった('''図4C''')。]]
[[ファイル:Yokota semantic dementia Fig2.jpg|400px|サムネイル|'''図2. 意味性認知症症例の頭部CT画像(58歳発症,67歳時撮影)'''<br>両側側頭葉極に非常に強い萎縮を認める(矢印)。左右差は側頭極の一スライス目では不明瞭だが,二スライス目で右優位と分かる。[[扁桃核]]や[[内嗅野]]のレベルでも[[上側頭回]]、[[中側頭回]]が右優位で萎縮する。この右優位の萎縮は更に[[下頭頂小葉]]まで連続している。前頭葉皮質は比較的よく保たれる。典型的な意味性認知症中期の萎縮分布である。意味性認知症では萎縮の左右差が大脳の各部位で通常一貫しているため,左右の半球を見比べれば軽度の萎縮でも優位性が判断できる。 この症例は,58歳時に良く知っている女優がテレビに出ているのを見ても分からない相貌認知障害で初発。この頃から同じ観光地に年間30回旅行を繰り返す常同が出現。61歳、一般物品の意味記憶障害。64歳、赤信号の意味が分からない。65歳、店から物を持って出て捕まる。67歳、初診時、相貌認知障害は高度。[[Boston Naming Test]]もほぼ全て[[既視感]]がない。[[語義失語]]あり。団子を「だんし」,三味線を「さんみせん」と読む[[表層性失読]]あり。画像はこの時点で撮影したもの。67歳、異食が目立つ。68歳、ドアや壁をリズミカルに叩く[[常同]]、毛布を咥える[[口唇傾向]]。左手を握った肢位となる事が多くなり,左上下肢に筋強剛あり。左バビンスキー徴候あり。筋萎縮なし。69歳、原疾患と関係ない身体疾患で死亡。剖検となり病理診断はFTLD-TDP type Cであった('''図4C''')。]]
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|}
|}


<sup>'''<a>'''</sup> Neary Dら[5]の診断基準を小森らが和訳したもの<ref>'''小森憲治郎, 原祥治, 谷向知, 数井裕光 (2013).'''<br>意味性認知症の臨床症状-BPSDとその対応を中心に-.老年精神医学雑誌 2013; 24: 1250-1257.</ref>に一部追記・改変<br>
<sup>'''<a>'''</sup> Neary Dら<ref name=Neary1998></ref>の診断基準を小森らが和訳したもの<ref>'''小森憲治郎, 原祥治, 谷向知, 数井裕光 (2013).'''<br>意味性認知症の臨床症状-BPSDとその対応を中心に-.老年精神医学雑誌 2013; 24: 1250-1257.</ref>に一部追記・改変<br>
<sup>'''<nowiki><b></nowiki>'''</sup> 通常の使い方ではない奇異な言い回し.
<sup>'''<nowiki><b></nowiki>'''</sup> 通常の使い方ではない奇異な言い回し.


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注:Gorno-Tempiniらの原著<ref name=Gorno-Tempini2011></ref>を池田らが翻訳して紹介しており<ref name=池田学2013></ref>、その内容を変えずに一部改変している。
注:Gorno-Tempiniらの原著<ref name=Gorno-Tempini2011></ref>を池田らが翻訳して紹介しており<ref name=池田学2013></ref>、その内容を変えずに一部改変している。


[[ファイル:Yokota semantic dementia Fig4.jpg|サムネイル|400px|'''図4. FTLD-TDPの代表的な病理サブタイプ<ref name=Cairns2007></ref><ref name=Mackenzie2011></ref>'''<br>'''A.''' Type A病理。<br>'''B.''' Type B病理。図3の症例の下側頭回皮質。<br>'''C.''' Type C病理。図2の症例の側頭極の中側頭回皮質。('''A'''~'''C''')全てリン酸化TDP-43免疫染色(pS409/410-2)で、スケールは30 μm。]]
[[ファイル:Yokota semantic dementia Fig4.jpg|サムネイル|400px|'''図4. FTLD-TDPの代表的な病理サブタイプ<ref name=Cairns2007></ref><ref name=Mackenzie2011></ref>'''<br>'''A.''' Type A病理。<br>'''B.''' Type B病理。'''図3'''の症例の下側頭回皮質。<br>'''C.''' Type C病理。'''図2'''の症例の側頭極の中側頭回皮質。('''A'''~'''C''')全てリン酸化TDP-43免疫染色(pS409/410-2)で、スケールバーは30 μm。]]
[[ファイル:Yokota semantic dementia Fig5.jpg|サムネイル|400px|'''図5。SD症例に認められた運動ニューロンの変性'''<br>本例の経過、MRI画像、脳血流SPECT画像は図3で、TDP-43病理サブタイプは図4Bで呈示した。<br>'''A, B, C.''' 四肢遠位筋(A, B)と舌(C)の萎縮。SD患者にこのような下位運動ニューロン障害を稀に認める事がある。<br>'''D.''' 延髄錐体路が軽度に変性しているが萎縮は指摘できない。なおFTLD-TDPではどのTDP-43病理サブタイプでも様々な程度の錐体路変性が高頻度に認められる。スケール300μm。Klüver-Barrera染色。<br>'''E.''' 舌下神経核(HGN。破線で示す)の神経細胞脱落。迷走神経背側核(DVN)の神経細胞がたもたれている事と対照的。スケール200μm。Hematoxylin-eosin染色。<br>'''F.''' 舌下神経核で神経細胞脱落と対応してCD64陽性グリア細胞の増生を認める。スケール200μm。CD68免疫染色。<br>'''G.''' 舌下神経核に残存する神経細胞内に認められたTDP-43陽性顆粒状構造。スケール10μm。リン酸化TDP-43免疫染色(pS409/410-2)。<br>'''H.''' 上部頸髄前角細胞に認められたTDP-43陽性で繊維状のskein-like inclusion。スケール10μm。リン酸化TDP-43免疫染色(pS409/410-2)。]]
[[ファイル:Yokota semantic dementia Fig5.jpg|サムネイル|400px|'''図5. 意味性認知症症例に認められた[[運動ニューロン]]の変性'''<br>本例の経過、MRI画像、脳血流SPECT画像は'''図3'''で、TDP-43病理サブタイプは'''図4B'''で呈示した。<br>'''A, B, C.''' 四肢遠位筋(A, B)と舌(C)の萎縮。意味性認知症患者にこのような下位運動ニューロン障害を稀に認める事がある。<br>'''D.''' [[延髄錐体路]]が軽度に変性しているが萎縮は指摘できない。なおFTLD-TDPではどのTDP-43病理サブタイプでも様々な程度の錐体路変性が高頻度に認められる。スケールバーは300 μm。[[Klüver-Barrera染色]]。<br>'''E.''' [[舌下神経核]](HGN。破線で示す)の神経細胞脱落。[[迷走神経]][[迷走神経背側核|背側核]](DVN)の神経細胞がたもたれている事と対照的。スケールバーは200 μm。[[Hematoxylin-eosin染色]]。<br>'''F.''' 舌下神経核で神経細胞脱落と対応して[[CD68]]陽性グリア細胞の増生を認める。スケールバーは200 μm。[[CD68]]免疫染色。<br>'''G.''' 舌下神経核に残存する神経細胞内に認められたTDP-43陽性顆粒状構造。スケールバーは10 μm。リン酸化TDP-43免疫染色(pS409/410-2)。<br>'''H.''' 上部頸髄前角細胞に認められたTDP-43陽性で線維状の[[skein-like inclusion]]。スケールバーは10 μm。リン酸化TDP-43免疫染色(pS409/410-2)。]]


== 鑑別診断 ==
== 鑑別診断 ==
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 意味性認知症は初期から意味記憶障害以外に前頭葉機能障害による軽度の行動異常を呈する例がしばしばある。このため意味記憶障害や言語の問題の存在を見落とすと[[行動異常型前頭側頭型認知症]] (behavioral variant frontotemporal dementia: bvFTD)と診断されうる。
 意味性認知症は初期から意味記憶障害以外に前頭葉機能障害による軽度の行動異常を呈する例がしばしばある。このため意味記憶障害や言語の問題の存在を見落とすと[[行動異常型前頭側頭型認知症]] (behavioral variant frontotemporal dementia: bvFTD)と診断されうる。


 bvFTDの最大50%はその診断の前に[[自閉症スペクトラム症]]、あるいは[[躁うつ病]]、[[統合失調症]]、[[強迫性疾患]]、嗜癖などの精神疾患と誤診されているが<ref name=Ducharme2020><pubmed>32129844</pubmed></ref>、svPPAでも精神疾患と診断されている例が20%あるとの報告がある<ref name=Miller2014></ref>[11]。このようにFTLDは精神疾患と誤診されやすい。精神疾患とbvFTDの鑑別には、神経心理学的評価、MRIによる脳萎縮の評価(特に定量的統計解析)、[[陽電子断層撮像法#.E8.84.B3.E6.A9.9F.E8.83.BD.E8.A8.88.E6.B8.AC|<sup>18</sup>F-fluorodeoxyglucose PET]]、[[髄液]]中の[[ニューロフィラメント軽鎖]]濃度が鑑別に有用で、C9orf72遺伝子におけるGGGGCCリピートの異常伸長の検索も重要と考えられているが<ref name=Ducharme2020 />、意味性認知症と精神疾患の鑑別でも同様であると考えられる。
 bvFTDの最大50%はその診断の前に[[自閉スペクトラム症]]、あるいは[[躁うつ病]]、[[統合失調症]]、[[強迫性疾患]]、嗜癖などの精神疾患と誤診されているが<ref name=Ducharme2020><pubmed>32129844</pubmed></ref>、svPPAでも精神疾患と診断されている例が20%あるとの報告がある<ref name=Miller2014></ref>[11]。このようにFTLDは精神疾患と誤診されやすい。精神疾患とbvFTDの鑑別には、神経心理学的評価、MRIによる脳萎縮の評価(特に定量的統計解析)、[[陽電子断層撮像法#.E8.84.B3.E6.A9.9F.E8.83.BD.E8.A8.88.E6.B8.AC|<sup>18</sup>F-fluorodeoxyglucose PET]]、[[髄液]]中の[[ニューロフィラメント軽鎖]]濃度が鑑別に有用で、C9orf72遺伝子におけるGGGGCCリピートの異常伸長の検索も重要と考えられているが<ref name=Ducharme2020 />、意味性認知症と精神疾患の鑑別でも同様であると考えられる。


== 病因・病態 ==
== 病因・病態 ==
 意味性認知症では側頭葉極に強い脳萎縮を認め、相対的に前頭葉は保たれ、側頭前頭型の萎縮を呈する。この萎縮分布パターンを取れば病理背景に関わらず臨床的に意味性認知症を呈しうると考えられるが、実際には意味性認知症を呈する疾患で頻度が高いものはFTLD-TDPである。意味性認知症患者では[[タウ]]陽性[[封入体]]が出現する[[タウオパチー]]の頻度が低い<ref name=Snowden2007><pubmed>17569065</pubmed></ref>[30]。新皮質における[[TDP-43]]陽性病変は組織病理学的にtype Aからtype Dの4型がまず整理され('''表3'''、'''図4A−C''') <ref name=Cairns2007><pubmed>17579875</pubmed></ref><ref name=Mackenzie2011><pubmed>21644037</pubmed></ref>、後にtype Eが追加された<ref name=Lee2017><pubmed>28130640</pubmed></ref>('''表3''')。意味性認知症患者のTDP-43病理学的サブタイプは長い変性神経突起を多く認めるtype C病理が高頻度である('''図4C''')。Manchester大のシリーズでは意味性認知症を呈したFTLD-TDPの約90%を占め<ref name=Snowden2007 />、本邦でのFTLD-TDPの剖検シリーズでも同様の傾向を認める<ref name=Yokota2009><pubmed>19194716</pubmed></ref>。ただし、稀にtype A病理<ref name=Snowden2007 />や、type B病理<ref name=Yokota2009><pubmed>19194716</pubmed></ref>を有する例がある。特にtype B病理はTDP-43陽性封入体を有する[[筋萎縮性側索硬化症]]に強く関連する病理であるが、type Bで意味性認知症を呈する例で経過中に四肢や舌の筋萎縮が出現し('''図5A-C''')、病理学的に上位・下位運動ニューロンの変性('''図5D−F''')と運動ニューロンにTDP-43陽性病変('''図5G, H''')を認める場合があるため、臨床実地では注意を要する。
 意味性認知症では側頭葉極に強い脳萎縮を認め、相対的に前頭葉は保たれ、側頭前頭型の萎縮を呈する。この萎縮分布パターンを取れば病理背景に関わらず臨床的に意味性認知症を呈しうると考えられるが、実際には意味性認知症を呈する疾患で頻度が高いものはFTLD-TDPである。意味性認知症患者では[[タウ]]陽性[[封入体]]が出現する[[タウオパチー]]の頻度が低い<ref name=Snowden2007><pubmed>17569065</pubmed></ref>。新皮質における[[TDP-43]]陽性病変は組織病理学的にtype Aからtype Dの4型がまず整理され('''表3'''、'''図4A−C''') <ref name=Cairns2007><pubmed>17579875</pubmed></ref><ref name=Mackenzie2011><pubmed>21644037</pubmed></ref>、後にtype Eが追加された<ref name=Lee2017><pubmed>28130640</pubmed></ref>('''表3''')。意味性認知症患者のTDP-43病理学的サブタイプは長い変性神経突起を多く認めるtype C病理が高頻度である('''図4C''')。Manchester大のシリーズでは意味性認知症を呈したFTLD-TDPの約90%を占め<ref name=Snowden2007 />、本邦でのFTLD-TDPの剖検シリーズでも同様の傾向を認める<ref name=Yokota2009><pubmed>19194716</pubmed></ref>。ただし、稀にtype A病理<ref name=Snowden2007 />や、type B病理<ref name=Yokota2009><pubmed>19194716</pubmed></ref>を有する例がある。特にtype B病理はTDP-43陽性封入体を有する[[筋萎縮性側索硬化症]]に強く関連する病理であるが、type Bで意味性認知症を呈する例で経過中に四肢や舌の筋萎縮が出現し('''図5A-C''')、病理学的に上位・下位運動ニューロンの変性('''図5D−F''')と運動ニューロンにTDP-43陽性病変('''図5G, H''')を認める場合があるため、臨床実地では注意を要する。
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|+表3. FTLD-TDPのTDP-43陽性病変のサブタイプ<ref name=Cairns2007></ref><ref name=Mackenzie2011></ref>
|+表3. FTLD-TDPのTDP-43陽性病変のサブタイプ<ref name=Cairns2007></ref><ref name=Mackenzie2011></ref><ref name=Lee2017></ref>
! タイプ
! タイプ
! 病理所見
! 病理所見
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! scope="row"|  Type D
! scope="row"|  Type D
|[[valosin containing protein]] ([[VCP]]) 遺伝子変異を伴う[[骨Paget病]]および前頭側頭型認知症を伴う封入体ミオパチー]] (inclusion body myopathy with Paget’s disease of bone and frontotemporal dementia: IBMPFD)に特異的に認められ、多数のTDP-43陽性レンズ型核内封入体と多数の短い変性神経突起が皮質の全層に出現し、神経細胞胞体内封入体がほとんどない事が特徴である<ref name=Cairns2007></ref><ref name=Mackenzie2011></ref>。
|[[valosin containing protein]] ([[VCP]]) 遺伝子変異を伴う[[骨Paget病および前頭側頭型認知症を伴う封入体ミオパチー]] (inclusion body myopathy with Paget’s disease of bone and frontotemporal dementia: IBMPFD)に特異的に認められ、多数のTDP-43陽性レンズ型核内封入体と多数の短い変性神経突起が皮質の全層に出現し、神経細胞胞体内封入体がほとんどない事が特徴である<ref name=Cairns2007></ref><ref name=Mackenzie2011></ref>。
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! scope="row"|  Type E
! scope="row"|  Type E
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 3Rタウ陽性4Rタウ陰性の[[ピック小体]]を有するピック病で意味性認知症を呈する例はかなり稀であり、本邦の経過を追えた14例のシリーズでは意味性認知症を呈した例はおらず<ref name=Yokota2009><pubmed>19194716</pubmed></ref>[26]、米国のブレインバンクのピック病21例でも意味性認知症を呈した例はいなかった<ref name=Irwin2016><pubmed>26583316</pubmed></ref>[34]。英国の意味性認知症の剖検シリーズ24例においては、3例(12。5%)がピック小体を有するピック病、3例(12。5%)がアルツハイマー病で、残りの18例(75%)がユビキチン陽性封入体を有するFTLDと報告されている(うち13例でTDP-43を検討し全例がFTLD-TDPであった) <ref name=Hodges2010><pubmed>19805492</pubmed></ref>[35]
 3Rタウ陽性4Rタウ陰性の[[ピック小体]]を有するピック病で意味性認知症を呈する例はかなり稀であり、本邦の経過を追えた14例のシリーズでは意味性認知症を呈した例はおらず<ref name=Yokota2009><pubmed>19194716</pubmed></ref>、米国のブレインバンクのピック病21例でも意味性認知症を呈した例はいなかった<ref name=Irwin2016><pubmed>26583316</pubmed></ref>。英国の意味性認知症の剖検シリーズ24例においては、3例(12.5%)がピック小体を有するピック病、3例(12.5%)がアルツハイマー病で、残りの18例(75%)がユビキチン陽性封入体を有するFTLDと報告されている(うち13例でTDP-43を検討し全例がFTLD-TDPであった) <ref name=Hodges2010><pubmed>19805492</pubmed></ref>。


 FTLD-TDPに関しては[[C9orf72]]遺伝子、valosin-containing protein(VCP)遺伝子、[[progranulin]]遺伝子の変異を有する例がある。
 FTLD-TDPに関しては[[C9orf72]]遺伝子、valosin-containing protein(VCP)遺伝子、[[progranulin]]遺伝子の変異を有する例がある。
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 根本的治療薬はない。対症療法に関しては、[[選択的セロトニン再取り込み阻害剤]] ([[selective serotonin reuptake inhibitor]])が脱抑制などの行動異常に有効であったとの報告があり、2017年の認知症疾患診療ガイドライン<ref name=日本神経学会2017>認知症疾患診療ガイドライン2017.監修:日本神経学会.編集:認知症疾患診療ガイドライン作成委員会.医学書院2017年</ref>では推奨されている(保険適応外使用)。
 根本的治療薬はない。対症療法に関しては、[[選択的セロトニン再取り込み阻害剤]] ([[selective serotonin reuptake inhibitor]])が脱抑制などの行動異常に有効であったとの報告があり、2017年の認知症疾患診療ガイドライン<ref name=日本神経学会2017>認知症疾患診療ガイドライン2017.監修:日本神経学会.編集:認知症疾患診療ガイドライン作成委員会.医学書院2017年</ref>では推奨されている(保険適応外使用)。


 非薬物的治療介入としては、エピソード記憶、手続き記憶、視空間認知機能が保たれることを利用した介入<ref name=池田学1995>'''池田 学,田邊敬貴,堀野 敬,小森憲治郎,平尾一幸,山田典史,橋本 衛,数井裕光,森 隆志 (1995).'''<br>Pick病のケア:保たれている手続き記憶を用いて. 精神神経誌 97: 179-192.</ref>、行動療法的な介入<ref name=池田学1996>'''池田 学, 今村 徹, 池尻義隆,下村辰雄,博野信次,中川賀嗣,森悦朗 (1996).'''<br>Pick 病患者の短期入院による在宅介護の支援.精神経誌 98: 822-829.</ref>[38]、社会的に問題になる行動を別の行動に置き換える介入<ref name=Lough2002><pubmed>12169338</pubmed></ref>の有効性が報告されている。介護の取り組みとして個別性の高い少人数ケアを行う事で精神症状、行動障害、生活の質が改善する可能性も報告されている<ref name=Yokota2006><pubmed>16765875</pubmed></ref>。比較的病初期から取りくんだ活動性は進行期にもルーチンとして保たれる場合が多く、福祉サービスの利用時に役立つ場合も少なくない<ref name=Tanabe1999><pubmed>10436341</pubmed></ref><ref name=小森憲治郎2018>'''小森憲治郎、柴 球美、谷向 知 (2018).'''<br>原発性進行性失語のケア. 日本認知症ケア学会誌. 17: 546−553.</ref>。意味性認知症例が好む個別の活動では、ジグソーパズルや数独などがあげられ、特異な方法で高い習熟を示す<ref name=Green2009><pubmed>19014960</pubmed></ref>。塗り絵などにも熱心な関心を示す例があり、言語機能が衰退した進行期にも、新たな創造性発現の可能性を秘めている<ref name=小森憲治郎2019 /><ref name=Miller1998><pubmed>9781516</pubmed></ref>。
 非薬物的治療介入としては、エピソード記憶、手続き記憶、視空間認知機能が保たれることを利用した介入<ref name=池田学1995>'''池田 学,田邊敬貴,堀野 敬,小森憲治郎,平尾一幸,山田典史,橋本 衛,数井裕光,森 隆志 (1995).'''<br>Pick病のケア:保たれている手続き記憶を用いて. 精神神経誌 97: 179-192.</ref>、行動療法的な介入<ref name=池田学1996>'''池田 学, 今村 徹, 池尻義隆,下村辰雄,博野信次,中川賀嗣,森悦朗 (1996).'''<br>Pick 病患者の短期入院による在宅介護の支援.精神経誌 98: 822-829.</ref>、社会的に問題になる行動を別の行動に置き換える介入<ref name=Lough2002><pubmed>12169338</pubmed></ref>の有効性が報告されている。介護の取り組みとして個別性の高い少人数ケアを行う事で精神症状、行動障害、生活の質が改善する可能性も報告されている<ref name=Yokota2006><pubmed>16765875</pubmed></ref>。比較的病初期から取りくんだ活動性は進行期にもルーチンとして保たれる場合が多く、福祉サービスの利用時に役立つ場合も少なくない<ref name=Tanabe1999><pubmed>10436341</pubmed></ref><ref name=小森憲治郎2018>'''小森憲治郎、柴 球美、谷向 知 (2018).'''<br>原発性進行性失語のケア. 日本認知症ケア学会誌. 17: 546−553.</ref>。意味性認知症例が好む個別の活動では、ジグソーパズルや数独などがあげられ、特異な方法で高い習熟を示す<ref name=Green2009><pubmed>19014960</pubmed></ref>。塗り絵などにも熱心な関心を示す例があり、言語機能が衰退した進行期にも、新たな創造性発現の可能性を秘めている<ref name=小森憲治郎2019 /><ref name=Miller1998><pubmed>9781516</pubmed></ref>。


 意味性認知症は平成27年から指定難病の一つとなり、65歳未満の発症で重症度分類が3以上であるといった条件を満たした場合に医療助成が受けられるようになった。意味性認知症の生命予後に関しては、平均死亡時年齢が69.7 ± 5.8歳、50%生存期間は12.8年であったとの報告がある<ref name=Hodges2010></ref>。
 意味性認知症は平成27年から指定難病の一つとなり、65歳未満の発症で重症度分類が3以上であるといった条件を満たした場合に医療助成が受けられるようになった。意味性認知症の生命予後に関しては、平均死亡時年齢が69.7 ± 5.8歳、50%生存期間は12.8年であったとの報告がある<ref name=Hodges2010></ref>。


== 疫学 ==
== 疫学 ==
 臨床診断意味性認知症100例の検討では、男女比は6:4、平均発症年齢が60.3 ± 7.01歳、平均診断時年齢が64.24 ± 7.1歳、平均施設入所時年齢が66.9 ± 6.5歳であったとの報告がある<ref name=Hodges2010></ref>。発症年齢については46%が65歳以上で診断され、7例は75歳以上で診断されていたとされる<ref name=Hodges2010></ref>。ただし、意味性認知症の代表的な病理であるFTLD-TDPの本邦の剖検シリーズの検討では、88.9%が65歳未満で発症しているため<ref name=Yokota2009><pubmed>19194716</pubmed></ref>、高齢発症の意味性認知症ではFTLD-TDP以外の病理背景の頻度が高い可能性がある。萎縮の左右差が意味性認知症では認められやすく、左優位萎縮例:右優位萎縮例が70:24であったとの報告があるが<ref name=Hodges2010></ref>、右優位例が多いシリーズの報告もある<ref name=Miki2016><pubmed>26969837</pubmed></ref>。左優位萎縮例では失語を呈しやすいので脳神経内科を受診しやすく、右優位例は精神症状や行動異常が目立つ傾向があるため<ref name=Hodges2010></ref>、精神科を受診しやすいといった施設バイアスが生じやすいと推測され、左右差のデータの解釈には注意を要する<ref name=Miller2014></ref>。


 臨床診断意味性認知症100例の検討では、男女比は6:4、平均発症年齢が60.3±7.01歳、平均診断時年齢が64.24±7.1歳、平均施設入所時年齢が66.9±6.5歳であったとの報告がある<ref name=Hodges2010></ref> [35]。発症年齢については46%が65歳以上で診断され、7例は75歳以上で診断されていたとされる<ref name=Hodges2010></ref>[35]。ただし、意味性認知症の代表的な病理であるFTLD-TDPの本邦の剖検シリーズの検討では、88.9%が65歳未満で発症しているため<ref name=Yokota2009><pubmed>19194716</pubmed></ref>[26]、高齢発症の意味性認知症ではFTLD-TDP以外の病理背景の頻度が高い可能性がある。萎縮の左右差が意味性認知症では認められやすく、左優位萎縮例:右優位萎縮例が70:24であったとの報告があるが<ref name=Hodges2010></ref>[35]、右優位例が多いシリーズの報告もある<ref name=Miki2016><pubmed>26969837</pubmed></ref>[45]。左優位萎縮例では失語を呈しやすいので脳神経内科を受診しやすく、右優位例は精神症状や行動異常が目立つ傾向があるため<ref name=Hodges2010></ref>[35]、精神科を受診しやすいといった施設バイアスが生じやすいと推測され、左右差のデータの解釈には注意を要する<ref name=Miller2014></ref>[11]。
 欧米ではFTLDについて家族歴ある例が多く10~60%と高い頻度が報告される<ref name=Snowden2002><pubmed>11823324</pubmed></ref>。意味性認知症100連続例において2~7%の家族歴が推定されている<ref name=Hodges2010></ref>。一方、日本ではFTLDの家族例は極めて稀である<ref name=Ikeda2004><pubmed>15178933</pubmed></ref>。
 
 欧米ではFTLDについて家族歴ある例が多く10~60%と高い頻度が報告される<ref name=Snowden2002><pubmed>11823324</pubmed></ref>[46]。意味性認知症100連続例において2~7%の家族歴が推定されている<ref name=Hodges2010></ref>[35]。一方、日本ではFTLDの家族例は極めて稀である<ref name=Ikeda2004><pubmed>15178933</pubmed></ref>[47]


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
* [[前頭側頭葉変性症]]
* [[前頭側頭葉変性症]]
* [[行動異常型前頭側頭型認知症]]
* [[行動異常型前頭側頭型認知症]]
* [[TDP-43]]
* [[TDP-43]]
* [[進行性失語]]
* [[進行性失語]]
 
== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
<references />
<references />

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