「意識障害」の版間の差分

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同義語:覚醒中枢
英語名:disturbance of consciousness 


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 意識がある状態(意識清明)とは、まず「[[覚醒]]」していること、加えて周囲を「認識」できる状態であり、開眼、言葉、動作などで外界からの刺激や情報に「反応」できることも必要である。これに対し、意識障害とは、何らかの形で意識清明でなくなった状態である。
 意識がある状態(意識清明)とは、まず「[[覚醒]]」していること、加えて周囲を「認識」できる状態であり、開眼、言葉、動作などで外界からの刺激や情報に「反応」できることも必要である。これに対し、意識障害とは、何らかの形で意識清明でなくなった状態である。急性期の意識障害は本邦の[[ジャパン・コーマ・スケール]]、英国の[[グラスゴー・コーマ・スケール]]によって数値評価され、原因疾患の重症度判定に用いられる。慢性期の意識障害には障害部位や意識清明度によって遷延性植物状態、最小意識障害、[[閉じ込め症候群]]、失外套症候群などが存在し疾患予後に密接に関連する。さらに意識障害は覚醒度のレベルやの低下による単純な意識混濁以外に、幻覚や失見当識の意識内容の変容状態を呈するせん妄等の複雑な意識混濁も存在する。


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[[Image:意識障害1.png|thumb|300px|'''図1.意識の3要素'''<br>太田富雄・松谷雅雄 「脳神経外科学 第8版」金芳堂 p.170より改変して転載]]
[[Image:意識障害1.png|thumb|300px|'''図1.意識の3要素'''<br>太田富雄・松谷雅雄 「脳神経外科学 第8版」金芳堂 p.170より改変して転載]]


 意識障害を厳密に定義することは困難であるため、臨床医学では、いくつかの[[意識評価スケール]]が用いられている。その基本的な考え方においては、意識は便宜的に、1.覚醒、2.運動反応、3.意識内容、の3つの要素に分けて評価される(図1)。
 意識障害を厳密に定義することは困難であるため、臨床医学では、いくつかの[[意識評価スケール]]が用いられている。その基本的な考え方においては、意識は便宜的に、1.覚醒、2.運動反応、3.意識内容、の3つの要素に分けて評価され(図1)、意識清明とはこれら3者が正常に保たれている状態である。清明度が低下した状態を意識混濁(clouding of consciousness)という。


 「覚醒」(図1のx軸)とは、意識清明という意味ではなく、動物と共通の意識要素として「目が覚めている(目を開けている)=覚醒している」という状態であり、覚めていない場合は覚醒させるのに必要な刺激の強さに応じて意識障害の程度を判断する。
 「覚醒」(図1のx軸)とは、意識清明という意味ではなく、動物と共通の意識要素として「目が覚めている(目を開けている)=覚醒している」という状態であり、覚めていない場合は覚醒させるのに必要な刺激の強さに応じて意識障害の程度を判断する。
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「運動反応」(y軸)とは、外界からの刺激に対する顔面・手足の動作による反応の度合いである。命令に従う、刺激部位に手足をもってくる、逃避する、異常な(合目的でない)反応、などの段階に応じて障害の程度が分けられる。
「運動反応」(y軸)とは、外界からの刺激に対する顔面・手足の動作による反応の度合いである。命令に従う、刺激部位に手足をもってくる、逃避する、異常な(合目的でない)反応、などの段階に応じて障害の程度が分けられる。


 「意識内容」(z軸)とは、人間に固有の認識内容として、自身の置かれている場所・時間・自分自身への認識の程度(これを[[見当識]]という)をあらわす。見当識に障害がある場合は発語する言葉の内容、発語がみられない場合は発声そのものの有無等に応じて障害の程度を分ける。
 「意識内容」(z軸)とは、人間に固有の認識内容として、自身の置かれている場所・時間・自分自身への認識の程度(これを[[見当識]]という)をあらわす。見当識に障害がある場合は発語する言葉の内容、発語がみられない場合は発声そのものの有無等に応じて障害の程度を分ける。意識内容の変容を伴う複雑な意識混濁として、さらに特に認知症や高齢者において、入院・手術や環境の変化を契機に出現する、幻覚や妄想を主徴とする[[せん妄]]が重要である。


 図1において、「意識」は暗闇の中でこの3つの座標(x, y, z)によって確保される明るい空間の容積として表現されている。何らかの障害(疾病・外傷)によって、3つの座標の値のいずれかが小さくなると、明るい空間の容積が狭窄する(=意識障害)。全ての座標が限りなく原点(ゼロ)に近づいて意識空間が極度に狭窄した時が(深)昏睡ということになる。なお、深昏睡は脳死と同義ではないが、[[脳死]]の判定基準の一部である。
 図1において、「意識」は暗闇の中でこの3つの座標(x, y, z)によって確保される明るい空間の容積として表現されている。何らかの障害(疾病・外傷)によって、3つの座標の値のいずれかが小さくなると、明るい空間の容積が狭窄する(=意識障害)。全ての座標が限りなく原点(ゼロ)に近づいて意識空間が極度に狭窄した時が(深)昏睡ということになる。なお、深昏睡は脳死と同義ではないが、[[脳死]]の判定基準の一部である。
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=== 施錠症候群またはとじこめ症候群===  
=== 施錠症候群またはとじこめ症候群===  


 [[施錠症候群]]または[[とじこめ症候群]](“locked-in”syndrome)<ref>'''Posner JB and Plum F'''<br>Plum and Posner's diagnosis of stupor and coma<br>(1st E.D.), 1966</ref>とは、両側[[皮質脊髄路]]([[錐体路]])および下部[[脳神経]]の障害により[[被蓋]]を含まない腹側[[橋]]部および[[延髄]]が障害され[[四肢麻痺]](両側[[錐体路障害]])および[[無言]](両側下位[[皮質球路]]障害)をきたした状態である。原因としては、[[脳底動脈]]閉塞による橋梗塞が圧倒的に多いが、[[脳幹]]部[[wikipedia:ja:腫瘍|腫瘍]]、[[脳炎]]、外傷等や[[筋萎縮性側索硬化症]]、Guillain-Barre症候群で全身麻痺に至り人工呼吸器管理下の状態によっても起こりえる。意識の3要素を用いて説明すれば、覚醒軸は(図1のx軸)と意識内容(z軸;精神活動)がほぼ完全に保たれているにもかかわらず、運動反応(y軸)ほぼ完全に障害された状態といえる(図1)。
 [[施錠症候群]]または[[とじこめ症候群]](“locked-in”syndrome)<ref>'''Posner JB and Plum F'''<br>Plum and Posner's diagnosis of stupor and coma<br>(1st E.D.), 1966</ref>とは、両側[[皮質脊髄路]]([[錐体路]])および下部[[脳神経]]の障害により[[被蓋]]を含まない腹側[[橋]]部および[[延髄]]が障害され[[四肢麻痺]](両側[[錐体路障害]])および[[無言]](両側下位[[皮質球路]]障害)をきたした状態である。原因としては、[[脳底動脈]]閉塞による橋梗塞が圧倒的に多いが、[[脳幹]]部[[wikipedia:ja:腫瘍|腫瘍]]、[[脳炎]]、外傷等、さらには[[筋萎縮性側索硬化症]]、Guillain-Barre症候群で全身麻痺に至り人工呼吸器管理下の状態で起こりえる。意識の3要素を用いて説明すれば、覚醒軸は(図1のx軸)と意識内容(z軸;精神活動)がほぼ完全に保たれているにもかかわらず、運動反応(y軸)ほぼ完全に障害された状態といえる(図1)。


 随意に動かせる身体部位は[[眼球]]の上下運動と[[まばたき]]だけになるため意思疎通に著しく困難をきたすため医療現場では植物状態と混同されることがあるが、本症候群はあくまで運動障害であり、内的な意識はほぼ完全に保たれているところが植物状態あるいは最小意識状態と決定的に異なる。
 随意に動かせる身体部位は[[眼球]]の上下運動と[[まばたき]]だけになるため意思疎通に著しく困難をきたすため医療現場では植物状態と混同されることがあるが、本症候群はあくまで運動障害であり、内的な意識はほぼ完全に保たれているところが植物状態あるいは最小意識状態と決定的に異なる。