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<font size="+1">[https://researchmap.jp/abababab 小池 春樹]</font><br> | <font size="+1">[https://researchmap.jp/abababab 小池 春樹]</font><br> | ||
''名古屋大学大学院医学系研究科 神経内科''<br> | ''名古屋大学大学院医学系研究科 神経内科''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年10月12日 原稿完成日:2020年12月19日<br> | ||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446/ 漆谷 真](滋賀医科大学 脳神経内科)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446/ 漆谷 真](滋賀医科大学 脳神経内科)<br> | ||
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{{box|text= 慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチーは慢性進行性、または再発性の経過を呈する免疫介在性の末梢神経疾患である。多様な臨床病型が含まれており、病態は単一ではないと考えられている。古典的にはマクロファージによる髄鞘の貪食が重要な役割を果たすとされてきたが、近年では傍絞輪部に存在するニューロファシン155などに対するIgG4自己抗体によるマクロファージを介さない病態が存在することが明らかになっている。第一選択の治療として経静脈的免疫グロブリン療法(IVIg)、副腎皮質ステロイド薬、血液浄化療法があるが、有効性には個人差がある。これらのうち現在最も多く用いられているのはIVIgであるが、一定期間有効であっても再発が多くみられることやIgG4自己抗体陽性例に対する効果が乏しいことを念頭に置く必要がある。繰り返しのIVIgで再発がみられる患者に対しては、病態の再燃による軸索障害などの不可逆的な障害の蓄積を回避するという観点から、再発を未然に防ぐための定期的なIVIgまたは免疫グロブリン製剤の皮下投与による維持療法を行うことが可能になっている。}} | {{box|text= 慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチーは慢性進行性、または再発性の経過を呈する免疫介在性の末梢神経疾患である。多様な臨床病型が含まれており、病態は単一ではないと考えられている。古典的にはマクロファージによる髄鞘の貪食が重要な役割を果たすとされてきたが、近年では傍絞輪部に存在するニューロファシン155などに対するIgG4自己抗体によるマクロファージを介さない病態が存在することが明らかになっている。第一選択の治療として経静脈的免疫グロブリン療法(IVIg)、副腎皮質ステロイド薬、血液浄化療法があるが、有効性には個人差がある。これらのうち現在最も多く用いられているのはIVIgであるが、一定期間有効であっても再発が多くみられることやIgG4自己抗体陽性例に対する効果が乏しいことを念頭に置く必要がある。繰り返しのIVIgで再発がみられる患者に対しては、病態の再燃による軸索障害などの不可逆的な障害の蓄積を回避するという観点から、再発を未然に防ぐための定期的なIVIgまたは免疫グロブリン製剤の皮下投与による維持療法を行うことが可能になっている。}} | ||
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== 慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチーとは == | == 慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチーとは == | ||
慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー(chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy, CIDP)は慢性進行性、または再発性の経過で[[筋力低下]]と[[感覚障害]]をきたす後天性の[[末梢神経]]疾患である<ref name=Koike2018><pubmed>30429275</pubmed></ref><ref name=Koike2020><pubmed>32410146</pubmed></ref>。発症には[[免疫]]性の機序が関与すると推測されているが、十分明らかになっていない部分が多い。再発性の経過を呈する後天性の[[脱髄性末梢神経障害]]という概念は1958年にAustinによって提唱され<ref name=Austin1958><pubmed>13572689</pubmed></ref>、1975年にDyckらによって慢性進行性や再発性の経過を呈し、左右対称で四肢近位部と遠位部同程度の障害をきたす、いわゆる[[典型的CIDP]]の疾患概念が確立された<ref name=Dyck1975><pubmed>1186294</pubmed></ref>。 | 慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー(chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy, CIDP)は慢性進行性、または再発性の経過で[[筋力低下]]と[[感覚障害]]をきたす後天性の[[末梢神経]]疾患である<ref name=Koike2018><pubmed>30429275</pubmed></ref><ref name=Koike2020><pubmed>32410146</pubmed></ref>。発症には[[免疫]]性の機序が関与すると推測されているが、十分明らかになっていない部分が多い。再発性の経過を呈する後天性の[[脱髄性末梢神経障害]]という概念は1958年にAustinによって提唱され<ref name=Austin1958><pubmed>13572689</pubmed></ref>、1975年にDyckらによって慢性進行性や再発性の経過を呈し、左右対称で四肢近位部と遠位部同程度の障害をきたす、いわゆる[[典型的CIDP]]の疾患概念が確立された<ref name=Dyck1975><pubmed>1186294</pubmed></ref>。 | ||
67行目: | 67行目: | ||
{| class="wikitable" | {| class="wikitable" | ||
|+表3. CIDPの電気診断基準(EFNS/PNS診療ガイドラインから引用)<ref name=JointTaskForceofthe2010><pubmed>20433600</pubmed></ref> | |+表3. CIDPの電気診断基準(EFNS/PNS診療ガイドラインから引用)<ref name=JointTaskForceofthe2010><pubmed>20433600</pubmed></ref> | ||
! style="text-align:left"|(1) Definite: 以下のうち少なくとも1項目を満たす | ! style="text-align:left"|(1) Definite: 以下のうち少なくとも1項目を満たす | ||
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73行目: | 73行目: | ||
(b) 2神経以上で運動神経伝導速度が正常下限値の30%以下に低下。<br> | (b) 2神経以上で運動神経伝導速度が正常下限値の30%以下に低下。<br> | ||
(c) 2神経以上でF波潜時が正常上限値の30%以上延長(複合筋活動電位振幅が正常下限値の80%未満の場合には50%以上延長)。<br> | (c) 2神経以上でF波潜時が正常上限値の30%以上延長(複合筋活動電位振幅が正常下限値の80%未満の場合には50%以上延長)。<br> | ||
(d) | (d) 複合筋活動電位振幅が正常下限値の20%以上の2神経でF波消失、および他の1神経以上でその他の脱髄所見[[慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー#脚注|<sup>脚注</sup>]]のいずれかを満たす。<br> | ||
(e) | (e) 伝導ブロック:遠位部複合筋活動電位振幅が正常下限値の20%以上である2神経で近位部の複合筋活動電位振幅が遠位部と比較して50%以上低下、または1神経で伝導ブロックがみられ他の1神経以上でその他の脱髄所見[[慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー#脚注|<sup>脚注</sup>]]のいずれか満たす。<br> | ||
(f) 異常な時間的分散(2神経以上で近位部・遠位部間での30%以上の複合筋活動電位持続時間延長)。<br> | (f) 異常な時間的分散(2神経以上で近位部・遠位部間での30%以上の複合筋活動電位持続時間延長)。<br> | ||
(g) 遠位部複合筋活動電位持続時間が1神経以上で延長(フィルターが20Hz〜2kHzの場合、正中神経6.6ms以上、尺骨神経6.7 ms以上、腓骨神経7.6 ms以上、脛骨神経8.8 | (g) 遠位部複合筋活動電位持続時間が1神経以上で延長(フィルターが20Hz〜2kHzの場合、正中神経6.6ms以上、尺骨神経6.7 ms以上、腓骨神経7.6 ms以上、脛骨神経8.8 ms以上)、および他の1神経以上でその他の脱髄所見[[慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー#脚注|<sup>脚注</sup>]]のいずれかを満たす。<br> | ||
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! style="text-align:left"|(2) Probable | ! style="text-align:left"|(2) Probable | ||
|- | |- | ||
| 脛骨神経以外の遠位部複合筋活動電位振幅が正常下限値の20%以上である2神経で近位部の複合筋活動電位振幅が遠位部と比較して30%以上低下、または1神経でこの基準を満たし他の1神経以上でその他の脱髄所見 | | 脛骨神経以外の遠位部複合筋活動電位振幅が正常下限値の20%以上である2神経で近位部の複合筋活動電位振幅が遠位部と比較して30%以上低下、または1神経でこの基準を満たし他の1神経以上でその他の脱髄所見[[慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー#脚注|<sup>脚注</sup>]]のいずれかを満たす。 | ||
|- | |- | ||
! style="text-align:left"|(3) Possible | ! style="text-align:left"|(3) Possible | ||
86行目: | 86行目: | ||
| (1)の基準を1神経のみで満たす。 | | (1)の基準を1神経のみで満たす。 | ||
|} | |} | ||
===== 脚注 ===== | |||
(a)から(g)で定めた所見 | |||
{| class="wikitable" | {| class="wikitable" | ||
|+ 表4. CIDP診断の支持基準(EFNS/PNS診療ガイドラインから引用)<ref name=JointTaskForceofthe2010><pubmed>20433600</pubmed></ref> | |+ 表4. CIDP診断の支持基準(EFNS/PNS診療ガイドラインから引用)<ref name=JointTaskForceofthe2010><pubmed>20433600</pubmed></ref> | ||
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| 1. 脳脊髄液のタンパク質細胞解離(白血球数<10/mm<sup>3</sup>)<br> | | 1. 脳脊髄液のタンパク質細胞解離(白血球数<10/mm<sup>3</sup>)<br> | ||
102行目: | 103行目: | ||
{| class="wikitable" | {| class="wikitable" | ||
|+表5. CIDP診断カテゴリー(EFNS/PNS診療ガイドラインから引用)<ref name=JointTaskForceofthe2010><pubmed>20433600</pubmed></ref> | |+表5. CIDP診断カテゴリー(EFNS/PNS診療ガイドラインから引用)<ref name=JointTaskForceofthe2010><pubmed>20433600</pubmed></ref> | ||
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| '''Definite CIDP'''<br> | | '''Definite CIDP'''<br> | ||
132行目: | 133行目: | ||
[[ファイル:Koike_CIDP_Fig6.png|サムネイル|'''図6.抗ニューロファシン155抗体陽性例でみられた傍絞輪部の解離。'''<br> | [[ファイル:Koike_CIDP_Fig6.png|サムネイル|'''図6.抗ニューロファシン155抗体陽性例でみられた傍絞輪部の解離。'''<br> | ||
髄鞘の終末ループと軸索の間隙を矢印で示す。(A)の黒枠の拡大を(B)に示す。腓腹神経生検電顕横断像。酢酸ウラン・クエン酸鉛染色。Scale bars = 0.5 μm (A) and 0.2 μm (B)。]] | 髄鞘の終末ループと軸索の間隙を矢印で示す。(A)の黒枠の拡大を(B)に示す。腓腹神経生検電顕横断像。酢酸ウラン・クエン酸鉛染色。Scale bars = 0.5 μm (A) and 0.2 μm (B)。]] | ||
== 病態生理 == | == 病態生理 == | ||
=== マクロファージによる脱髄 === | === マクロファージによる脱髄 === |