「手と眼の協調運動」の版間の差分

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 スポーツ、車の運転、お茶を淹れるなど、日常行為における目と手の動きを計測する試みが、1990年代から現在に至るまで、広く行われてきた(たとえば総説[1; 2])<ref name=Hayhoe2005><pubmed>15808501</pubmed></ref><ref name=Land2009><pubmed>19203425</pubmed></ref>。目の動かし方は、運動課題の種類に応じて大きく異なるものの、課題にとって重要な場所や物体に向かう視線移動、およびそれらに対する一定時間の固視などが頻繁に観察される。運動行為・課題を構成する複数の腕運動要素に着目した際、各腕運動にとって重要な視覚情報を受容するために、眼球運動が、腕運動に先行して生ずる。このような時空間的な目と手の協調運動は、各腕運動要素を正確に行う上で重要であり、結果として運動課題の適切な遂行に寄与すると考えられている。
 スポーツ、車の運転、お茶を淹れるなど、日常行為における目と手の動きを計測する試みが、1990年代から現在に至るまで、広く行われてきた(たとえば総説[1; 2])<ref name=Hayhoe2005><pubmed>15808501</pubmed></ref><ref name=Land2009><pubmed>19203425</pubmed></ref>。目の動かし方は、運動課題の種類に応じて大きく異なるものの、課題にとって重要な場所や物体に向かう視線移動、およびそれらに対する一定時間の固視などが頻繁に観察される。運動行為・課題を構成する複数の腕運動要素に着目した際、各腕運動にとって重要な視覚情報を受容するために、眼球運動が、腕運動に先行して生ずる。このような時空間的な目と手の協調運動は、各腕運動要素を正確に行う上で重要であり、結果として運動課題の適切な遂行に寄与すると考えられている。


== 目と手の運動:時間的な協調関係 ==
==時間的協調関係 ==
[[ファイル:Abekawa Hands-eye coordination Fig1.png|サムネイル|'''図1. 視覚目標への腕運動および眼球運動(サッカード)の反応時間'''<br>
[[ファイル:Abekawa Hands-eye coordination Fig1.png|サムネイル|'''図1. 視覚目標への腕運動および眼球運動(サッカード)の反応時間'''<br>
大半の試行において、サッカードは腕運動に先行して開始する。腕運動とサッカードの反応時間(Reaction Time: RT)の間には、正の相関が観察される。]]
大半の試行において、サッカードは腕運動に先行して開始する。腕運動とサッカードの反応時間(Reaction Time: RT)の間には、正の相関が観察される。]]
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 一方、眼球運動が腕制御系に与える影響についても、これまで検討されてきた。眼制御系は運動指令生成に加えて、視覚情報取得という側面を持ちうる。それゆえ、眼から腕への影響を検討する際には、その影響が視覚情報変化(網膜信号、retinal signals)に由来するのか、あるいはそれ以外の眼制御系に関連した信号(網膜外信号、extra-retinal signals)に由来するのか、分けて議論する必要がある。網膜信号が腕運動に影響を与えることは必然であり、視覚目標を注視することで腕運動の正確性は向上する(たとえば、文献<ref name=Prablanc1979><pubmed>518932</pubmed></ref>[19])。対して、網膜外信号が腕運動に寄与する可能性については、眼と腕の運動最終位置が相関するという知見から支持されてきた<ref name=Levine1979><pubmed>488202</pubmed></ref><ref name=Adam1993><pubmed>8285077</pubmed></ref><ref name=Epelboim1995><pubmed>8560808</pubmed></ref><ref name=Epelboim1997><pubmed>9373691</pubmed></ref><ref name=Flanders1999><pubmed>10333004</pubmed></ref>[20–24]。また、Dunker錯視、Müller-Lyer錯視といった錯視刺激を利用して眼球運動の最終位置を変化させた場合、腕運動の到達位置は、錯視刺激による直接的な影響から推定される場所よりも、目の最終位置(視線)に近くなることが報告されている<ref name=Binsted1999><pubmed>10442411</pubmed></ref><ref name=Soechting2001><pubmed>11160517</pubmed></ref>[25; 26]。これらの結果は、眼の最終位置が腕運動の目標表現として利用されている点を示唆する。また、眼の最終位置だけでなく、眼球運動の大きさが、同時に行う腕運動の最終位置あるいは初期加速度に影響を与えることも報告されている<ref name=vanDonkelaar1997><pubmed>9243599</pubmed></ref><ref name=vanDonkelaar1998><pubmed>9674585</pubmed></ref>[27; 28]。以上の知見は、眼球位置情報・眼球運動情報といった網膜外信号が、腕運動制御系に利用され、眼と腕が共通の場所に向かうように協調関係が築かれていることを示唆する。一方、網膜外信号(特に自己受容感覚に基づく目の位置情報)が腕運動に与える影響は非常に小さく、その機能的な貢献度については古くより議論の対象となっている(たとえば文献<ref name=Prablanc1979 />[19])。加えて、上述の錯視刺激を用いた実験などでは、視覚刺激が直接腕運動に与える影響を考慮しきれていない部分もあり(たとえば、Dunker錯視に利用される背景視覚運動刺激が直接的に腕運動に与える影響など<ref name=Gomi2008><pubmed>19095435</pubmed></ref>[29])、実験的な問題点も残されている。
 一方、眼球運動が腕制御系に与える影響についても、これまで検討されてきた。眼制御系は運動指令生成に加えて、視覚情報取得という側面を持ちうる。それゆえ、眼から腕への影響を検討する際には、その影響が視覚情報変化(網膜信号、retinal signals)に由来するのか、あるいはそれ以外の眼制御系に関連した信号(網膜外信号、extra-retinal signals)に由来するのか、分けて議論する必要がある。網膜信号が腕運動に影響を与えることは必然であり、視覚目標を注視することで腕運動の正確性は向上する(たとえば、文献<ref name=Prablanc1979><pubmed>518932</pubmed></ref>[19])。対して、網膜外信号が腕運動に寄与する可能性については、眼と腕の運動最終位置が相関するという知見から支持されてきた<ref name=Levine1979><pubmed>488202</pubmed></ref><ref name=Adam1993><pubmed>8285077</pubmed></ref><ref name=Epelboim1995><pubmed>8560808</pubmed></ref><ref name=Epelboim1997><pubmed>9373691</pubmed></ref><ref name=Flanders1999><pubmed>10333004</pubmed></ref>[20–24]。また、Dunker錯視、Müller-Lyer錯視といった錯視刺激を利用して眼球運動の最終位置を変化させた場合、腕運動の到達位置は、錯視刺激による直接的な影響から推定される場所よりも、目の最終位置(視線)に近くなることが報告されている<ref name=Binsted1999><pubmed>10442411</pubmed></ref><ref name=Soechting2001><pubmed>11160517</pubmed></ref>[25; 26]。これらの結果は、眼の最終位置が腕運動の目標表現として利用されている点を示唆する。また、眼の最終位置だけでなく、眼球運動の大きさが、同時に行う腕運動の最終位置あるいは初期加速度に影響を与えることも報告されている<ref name=vanDonkelaar1997><pubmed>9243599</pubmed></ref><ref name=vanDonkelaar1998><pubmed>9674585</pubmed></ref>[27; 28]。以上の知見は、眼球位置情報・眼球運動情報といった網膜外信号が、腕運動制御系に利用され、眼と腕が共通の場所に向かうように協調関係が築かれていることを示唆する。一方、網膜外信号(特に自己受容感覚に基づく目の位置情報)が腕運動に与える影響は非常に小さく、その機能的な貢献度については古くより議論の対象となっている(たとえば文献<ref name=Prablanc1979 />[19])。加えて、上述の錯視刺激を用いた実験などでは、視覚刺激が直接腕運動に与える影響を考慮しきれていない部分もあり(たとえば、Dunker錯視に利用される背景視覚運動刺激が直接的に腕運動に与える影響など<ref name=Gomi2008><pubmed>19095435</pubmed></ref>[29])、実験的な問題点も残されている。


== 目と手の協調機構を支える神経基盤 ==
==神経基盤 ==
 目と手の協調運動を支える神経基盤として、後頭頂葉(Posterior parietal Cortex :PPC)と小脳の関与を示す知見がいくつか報告されてきた。
 目と手の協調運動を支える神経基盤として、後頭頂葉(Posterior parietal Cortex :PPC)と小脳の関与を示す知見がいくつか報告されてきた。