「投射ニューロン」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
28行目: 28行目:
 投射ニューロンの神経伝達物質(neurotransmitter)は領域ごとに異なるが、グルタミン酸やγ-アミノ酪酸([[GABA]], Gamma Amino Butyric Acid)が使われ、投射先のニューロンを直接に脱分極または過分極させることが多い<ref name=ref1>'''McCormick DA'''<br>Membrane properties and neurotransmitter actions. <br>In: The synaptic organization of the brain 5th ed.(Shepherd GM ed). pp39–78. ''Oxford University Press'', 2004</ref>。一方、脳幹(brainstem)にある投射ニューロンの中には、[[アセチルコリン]]、[[ドーパミン]]、[[ノルアドレナリン]]、[[セロトニン]]を拡散的に放出する拡散性伝達(volume transmission)を介し、広範囲な脳活動を調節する汎性投射系([[脳幹網様体賦活系]]の項目を参照)タイプのものがある。これらはその機能から、神経調節物質(neuromodulator)と呼ばれることもある。汎性投射系は認知や覚醒レベルに影響するものが多く、神経疾患や[[精神疾患]]に対する薬物治療の標的となる。以下に、主な中枢神経系の投射ニューロンを説明する。
 投射ニューロンの神経伝達物質(neurotransmitter)は領域ごとに異なるが、グルタミン酸やγ-アミノ酪酸([[GABA]], Gamma Amino Butyric Acid)が使われ、投射先のニューロンを直接に脱分極または過分極させることが多い<ref name=ref1>'''McCormick DA'''<br>Membrane properties and neurotransmitter actions. <br>In: The synaptic organization of the brain 5th ed.(Shepherd GM ed). pp39–78. ''Oxford University Press'', 2004</ref>。一方、脳幹(brainstem)にある投射ニューロンの中には、[[アセチルコリン]]、[[ドーパミン]]、[[ノルアドレナリン]]、[[セロトニン]]を拡散的に放出する拡散性伝達(volume transmission)を介し、広範囲な脳活動を調節する汎性投射系([[脳幹網様体賦活系]]の項目を参照)タイプのものがある。これらはその機能から、神経調節物質(neuromodulator)と呼ばれることもある。汎性投射系は認知や覚醒レベルに影響するものが多く、神経疾患や[[精神疾患]]に対する薬物治療の標的となる。以下に、主な中枢神経系の投射ニューロンを説明する。


===グルタミン酸作動性(glutamatergic)===
===グルタミン酸作動性===
(glutamatergic)
 
 中枢神経系で速い[[興奮性]]伝達を担い、脳の広範囲で主に投射ニューロンとして機能する。[[軸索終末]]から放出されたグルタミン酸は、[[シナプス]]後膜の[[グルタミン酸受容体]]に結合し、脱分極や細胞内[[カルシウム]]上昇を引き起こす。このような興奮性入力が積算されることで、標的ニューロンに活動電位が誘起される。
 中枢神経系で速い[[興奮性]]伝達を担い、脳の広範囲で主に投射ニューロンとして機能する。[[軸索終末]]から放出されたグルタミン酸は、[[シナプス]]後膜の[[グルタミン酸受容体]]に結合し、脱分極や細胞内[[カルシウム]]上昇を引き起こす。このような興奮性入力が積算されることで、標的ニューロンに活動電位が誘起される。


36行目: 38行目:
Hierarchical organization of neocortical neuron types. In: Cortical Development<br>(Kageyama R, Yamamori T, eds), pp181–202. ''Springer Japan'', 2013</ref>。
Hierarchical organization of neocortical neuron types. In: Cortical Development<br>(Kageyama R, Yamamori T, eds), pp181–202. ''Springer Japan'', 2013</ref>。


===GABA作動性(GABAergic)===
===GABA作動性===
(GABAergic)
 
 中枢神経系で速い[[抑制性]]伝達を担う。GABA作動性のニューロンは主に介在ニューロンとして機能するが、投射ニューロンとして働くものもある。代表的なGABA作動性の投射ニューロンとして、大脳基底核(basal ganglia)の入力部である線条体や側坐核(nucleus accumbens)に分布する中型有棘細胞 (medium spiny neuron) <ref name=ref11><pubmed>2585039</pubmed></ref> <ref name=ref12 />、[[小脳]]皮質(cerebellar cortex)からの唯一の出力として深部小脳核(deep cerebellar nuclei)へ投射する[[プルキンエ細胞]](Purkinje cell)がある(図1)<ref name=ref13><pubmed>5910941</pubmed></ref> <ref name=ref14><pubmed>16759785</pubmed></ref> <ref name=ref15 />。また、近年、これまで介在ニューロンだと考えられてきた大脳皮質の一部のGABA作動性ニューロンが、投射ニューロンとしての性質を持ち合わせ、皮質領域間の投射に関与する可能性が示唆されている<ref name=ref16><pubmed>21151790</pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed>23394773</pubmed></ref>。
 中枢神経系で速い[[抑制性]]伝達を担う。GABA作動性のニューロンは主に介在ニューロンとして機能するが、投射ニューロンとして働くものもある。代表的なGABA作動性の投射ニューロンとして、大脳基底核(basal ganglia)の入力部である線条体や側坐核(nucleus accumbens)に分布する中型有棘細胞 (medium spiny neuron) <ref name=ref11><pubmed>2585039</pubmed></ref> <ref name=ref12 />、[[小脳]]皮質(cerebellar cortex)からの唯一の出力として深部小脳核(deep cerebellar nuclei)へ投射する[[プルキンエ細胞]](Purkinje cell)がある(図1)<ref name=ref13><pubmed>5910941</pubmed></ref> <ref name=ref14><pubmed>16759785</pubmed></ref> <ref name=ref15 />。また、近年、これまで介在ニューロンだと考えられてきた大脳皮質の一部のGABA作動性ニューロンが、投射ニューロンとしての性質を持ち合わせ、皮質領域間の投射に関与する可能性が示唆されている<ref name=ref16><pubmed>21151790</pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed>23394773</pubmed></ref>。


 GABA作動性投射ニューロンは、直接的な抑制作用で標的ニューロンの発火を抑えるだけでなく、脱抑制(disinhibition)やリバウンド発火(rebound spike)によって、投射領域のニューロンに発火を誘発する場合がある<ref name=ref18><pubmed>1695403</pubmed></ref> <ref name=ref19><pubmed>20007467</pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed>22198670</pubmed></ref> <ref name=ref21><pubmed>23970855</pubmed></ref>。脱抑制では、GABA作動性投射ニューロンが投射領域で抑制性介在ニューロンを抑制することで、間接的に他のニューロンを興奮させる。リバウンド発火では、標的ニューロンで一過性の過分極に引き続いて、発火が起きる。GABA作動性遠隔投射は、その投射ごとに固有の方法で領域間情報を伝えている可能性がある。
 GABA作動性投射ニューロンは、直接的な抑制作用で標的ニューロンの発火を抑えるだけでなく、脱抑制(disinhibition)やリバウンド発火(rebound spike)によって、投射領域のニューロンに発火を誘発する場合がある<ref name=ref18><pubmed>1695403</pubmed></ref> <ref name=ref19><pubmed>20007467</pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed>22198670</pubmed></ref> <ref name=ref21><pubmed>23970855</pubmed></ref>。脱抑制では、GABA作動性投射ニューロンが投射領域で抑制性介在ニューロンを抑制することで、間接的に他のニューロンを興奮させる。リバウンド発火では、標的ニューロンで一過性の過分極に引き続いて、発火が起きる。GABA作動性遠隔投射は、その投射ごとに固有の方法で領域間情報を伝えている可能性がある。


===コリン作動性(cholinergic)===
===コリン作動性===
(cholinergic)
 
 アセチルコリンを伝達物質とするコリン作動性投射の主要な起始核は、[[前脳]]では[[前脳基底部]](basal forebrain)の[[マイネルト基底核]](nucleus basalis of Meynert)や中隔核 (septal nucleus)がある。これらは大脳新皮質や海馬に広く投射し、[[アセチルコリン受容体]]を介して錐体細胞の細胞内カルシウム上昇と発火頻度の上昇を引き起こす。一方、錐体細胞が既に高頻度で発火している状態では、アセチルコリン受容体の活性化による細胞内カルシウム上昇は電位・カルシウム依存性[[カリウムチャネル]]の活性化を引き起こし、膜の興奮性を抑制する(cholinergic inhibition)ことが知られている<ref name=ref22><pubmed>14695351</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>16267239</pubmed></ref>。
 アセチルコリンを伝達物質とするコリン作動性投射の主要な起始核は、[[前脳]]では[[前脳基底部]](basal forebrain)の[[マイネルト基底核]](nucleus basalis of Meynert)や中隔核 (septal nucleus)がある。これらは大脳新皮質や海馬に広く投射し、[[アセチルコリン受容体]]を介して錐体細胞の細胞内カルシウム上昇と発火頻度の上昇を引き起こす。一方、錐体細胞が既に高頻度で発火している状態では、アセチルコリン受容体の活性化による細胞内カルシウム上昇は電位・カルシウム依存性[[カリウムチャネル]]の活性化を引き起こし、膜の興奮性を抑制する(cholinergic inhibition)ことが知られている<ref name=ref22><pubmed>14695351</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>16267239</pubmed></ref>。


50行目: 56行目:
 また、中枢神経系で唯一神経以外の組織とシナプス結合する脊髄の[[運動ニューロン]](motor neuronまたはmotoneuron)(図1)<ref name=ref27 />もコリン作動性ニューロンである。[[神経筋接合部]](neuromuscular junction)を介して筋の運動終板(end plate)へ投射し、アセチルコリンを放出することで筋収縮を引き起こす。
 また、中枢神経系で唯一神経以外の組織とシナプス結合する脊髄の[[運動ニューロン]](motor neuronまたはmotoneuron)(図1)<ref name=ref27 />もコリン作動性ニューロンである。[[神経筋接合部]](neuromuscular junction)を介して筋の運動終板(end plate)へ投射し、アセチルコリンを放出することで筋収縮を引き起こす。


===モノアミン作動性(monoaminergic)===
===モノアミン作動性===
(monoaminergic)
 
 モノアミンを伝達物質として用いる投射ニューロンはドーパミン作動性(dopaminergic)、ノル[[アドレナリン]]作動性(noradrenergic)、セロトニン作動性(serotonergic)ニューロンに分類でき、それぞれ脳の異なる神経核に局在している。[[中脳]]の黒質緻密部(substantia nigra pars compacta)のドーパミン作動性ニューロン(図1)<ref name=ref28 />は大脳基底核への投射を介して運動発現の調節に関与する。パーキンソン病ではこれらが選択的に脱落していることが知られている。報酬や意思決定の表現にも重要な役割を持つと言われており、腹側被蓋野(ventral tegmental area)のドーパミン作動性ニューロンの発火活動は予測した報酬と実際に得られた報酬の誤差(報酬予測誤差、reward prediction error)を表現することが示唆されている<ref name=ref29><pubmed>9054347</pubmed></ref> <ref name=ref30><pubmed>26322583</pubmed></ref>。
 モノアミンを伝達物質として用いる投射ニューロンはドーパミン作動性(dopaminergic)、ノル[[アドレナリン]]作動性(noradrenergic)、セロトニン作動性(serotonergic)ニューロンに分類でき、それぞれ脳の異なる神経核に局在している。[[中脳]]の黒質緻密部(substantia nigra pars compacta)のドーパミン作動性ニューロン(図1)<ref name=ref28 />は大脳基底核への投射を介して運動発現の調節に関与する。パーキンソン病ではこれらが選択的に脱落していることが知られている。報酬や意思決定の表現にも重要な役割を持つと言われており、腹側被蓋野(ventral tegmental area)のドーパミン作動性ニューロンの発火活動は予測した報酬と実際に得られた報酬の誤差(報酬予測誤差、reward prediction error)を表現することが示唆されている<ref name=ref29><pubmed>9054347</pubmed></ref> <ref name=ref30><pubmed>26322583</pubmed></ref>。


57行目: 65行目:
 中脳、橋、延髄(medulla oblongata)の[[縫線核]](raphe nucleus)群に局在するセロトニン作動性投射ニューロンの発射は覚醒状態の維持に寄与する。また、気分の安定にも寄与することから、シナプスに作用するセロトニン量を上げる目的で、セロトニンの再取り込み阻害薬が抗鬱剤の一種として用いられている。
 中脳、橋、延髄(medulla oblongata)の[[縫線核]](raphe nucleus)群に局在するセロトニン作動性投射ニューロンの発射は覚醒状態の維持に寄与する。また、気分の安定にも寄与することから、シナプスに作用するセロトニン量を上げる目的で、セロトニンの再取り込み阻害薬が抗鬱剤の一種として用いられている。


===ヒスタミン作動性(histaminergic)===
===ヒスタミン作動性===
(histaminergic)
 
 [[視床下部]](hypothalamus)の結節乳頭核(tuberomammillary nucleus)はヒスタミン作動性ニューロンを多く含む<ref name=ref31><pubmed>1846044</pubmed></ref>。これらのニューロンから大脳皮質への投射は直接的に皮質を活性化し、覚醒度を増加させる。また、前脳基底部などのコリン作動性ニューロンへの投射を介して大脳皮質へアセチルコリンを放出することにより、間接的に同様の作用を持つ。このため、アレルギー反応への対処として抗ヒスタミン薬を服用することで、眠気やふらつきなどの副作用が引き起こされる。
 [[視床下部]](hypothalamus)の結節乳頭核(tuberomammillary nucleus)はヒスタミン作動性ニューロンを多く含む<ref name=ref31><pubmed>1846044</pubmed></ref>。これらのニューロンから大脳皮質への投射は直接的に皮質を活性化し、覚醒度を増加させる。また、前脳基底部などのコリン作動性ニューロンへの投射を介して大脳皮質へアセチルコリンを放出することにより、間接的に同様の作用を持つ。このため、アレルギー反応への対処として抗ヒスタミン薬を服用することで、眠気やふらつきなどの副作用が引き起こされる。