「抗不安薬」の版間の差分

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== 歴史 ==
== 歴史 ==
[[image:抗不安薬1.jpg|thumb|300px|'''図1. ベンゾジアゼピン系薬物の作用機序'''<br>(渡邊, 2013)]]
[[image:抗不安薬2.jpg|thumb|300px|'''図2. ベンゾジアゼピン受容体'''<br>(木内, 2002)]]
[[image:抗不安薬3.jpg|thumb|300px|'''表1. 抗不安薬の半減期と作用強度'''<br>(渡邊, 2013)]]


 [[不安障害]]など不安を持つ患者に対して、1940年代まではアルコールやバルビツール酸製剤(barbiturate)が、その鎮静効果を活かして用いられてきた。しかしこれらは不安そのものを解消する薬物ではなかった。1951年に臨床に登場したメプロバメート(meprobamate)は、不安を特異的に軽減する作用にちなんでトランキライザー(tranquilizer、 精神安定剤)と名付けられ一時代を築いたが、依存性・乱用などの問題のため短期間で臨床から姿を消した(越野、 2012)。 1955年Sternbachにより最初のベンゾジアゼピン(BZD)(benzodiazepine)系薬物クロルジアゼポキシド(chlordiazepoxide)が合成され、1957年、これが強い鎮静作用、抗けいれん作用、筋弛緩作用を持つことが確認された。この薬物はメプロバメートより抗不安作用、安全性において遙かに優れており、その後1960年に海外で上市された。続いて合成されたのが、1963年に上市されたジアゼパム(diazepam)である。この2剤は世界的に広く汎用され、ジアゼパムは本邦でもいまだに広く使用されている(Lader、 2011)(寺尾、 2012)。以後、多数のBZD系薬物が開発され全盛を誇った。しかし、BZD系抗不安薬をもってしても過鎮静効果(oversedation)や精神運動機能低下などの有害作用、あるいはアルコールとの併用により生じる問題などに加え、長期服用に伴う弊害が指摘されるようになった。
 [[不安障害]]など不安を持つ患者に対して、1940年代まではアルコールやバルビツール酸製剤(barbiturate)が、その鎮静効果を活かして用いられてきた。しかしこれらは不安そのものを解消する薬物ではなかった。1951年に臨床に登場したメプロバメート(meprobamate)は、不安を特異的に軽減する作用にちなんでトランキライザー(tranquilizer、 精神安定剤)と名付けられ一時代を築いたが、依存性・乱用などの問題のため短期間で臨床から姿を消した(越野、 2012)。 1955年Sternbachにより最初のベンゾジアゼピン(BZD)(benzodiazepine)系薬物クロルジアゼポキシド(chlordiazepoxide)が合成され、1957年、これが強い鎮静作用、抗けいれん作用、筋弛緩作用を持つことが確認された。この薬物はメプロバメートより抗不安作用、安全性において遙かに優れており、その後1960年に海外で上市された。続いて合成されたのが、1963年に上市されたジアゼパム(diazepam)である。この2剤は世界的に広く汎用され、ジアゼパムは本邦でもいまだに広く使用されている(Lader、 2011)(寺尾、 2012)。以後、多数のBZD系薬物が開発され全盛を誇った。しかし、BZD系抗不安薬をもってしても過鎮静効果(oversedation)や精神運動機能低下などの有害作用、あるいはアルコールとの併用により生じる問題などに加え、長期服用に伴う弊害が指摘されるようになった。
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== BZD系薬物 ==
== BZD系薬物 ==
[[image:抗不安薬1.jpg|thumb|300px|'''図1. ベンゾジアゼピン系薬物の作用機序'''<br>(渡邊, 2013)]]
[[image:抗不安薬2.jpg|thumb|300px|'''図2. ベンゾジアゼピン受容体'''<br>(木内, 2002)]]
[[image:抗不安薬3.jpg|thumb|300px|'''表1. 抗不安薬の半減期と作用強度'''<br>(渡邊, 2013)]]
===作用機序===
===作用機序===
 BZD系薬は、神経細胞の細胞体と樹上突起に分布するγ-アミノ酪酸A(GABAA)受容体(GABAA receptor)に存在するBZD受容体(benzodiazepine receptor)にアゴニストとして作用する(MöhlerH、 2002)(辻、 2012)。BZD受容体は[[GABAA受容体]]と塩素イオン(Cl-)チャンネル(Cl- channel)と複合体を形成する。薬物が受容体に結合するとアロステリック(allosteric)にGABAA受容体が活性化され、Cl-チャンネルが開口し、Cl-が細胞内に流入し、過分極となることで鎮静に働くとされる(図1)。こうして大脳辺縁系の神経活動を抑制し、効果をもたらす(Stahl、 2010)(渡邊、 2013)。  
 BZD系薬は、神経細胞の細胞体と樹上突起に分布するγ-アミノ酪酸A(GABAA)受容体(GABAA receptor)に存在するBZD受容体(benzodiazepine receptor)にアゴニストとして作用する(MöhlerH、 2002)(辻、 2012)。BZD受容体は[[GABAA受容体]]と塩素イオン(Cl-)チャンネル(Cl- channel)と複合体を形成する。薬物が受容体に結合するとアロステリック(allosteric)にGABAA受容体が活性化され、Cl-チャンネルが開口し、Cl-が細胞内に流入し、過分極となることで鎮静に働くとされる(図1)。こうして大脳辺縁系の神経活動を抑制し、効果をもたらす(Stahl、 2010)(渡邊、 2013)。  
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 作用の強弱と半減期の長短に応じた分類は表1のようになる。臨床ではその強弱よりも半減期の長短に注目するとわかりやすい。半減期と特徴との関係を表2に示す(渡邊、 2013)。
 作用の強弱と半減期の長短に応じた分類は表1のようになる。臨床ではその強弱よりも半減期の長短に注目するとわかりやすい。半減期と特徴との関係を表2に示す(渡邊、 2013)。
{| class="wikitable"
|+ 表2.ベンゾジアゼピン系抗不安薬の半減期による違い (渡邊, 2013)
|-
| style="text-align:center" | 半減期
| style="text-align:center" | 使用される場合
| style="text-align:center" | 欠 点
|-
| 短い
| ・発作性の症状を抑える際に<br>・不安が予想される状況での症状出現の予防に
| ・依存性がつきやすい<br>・離脱症状が出現しやすい<br>・1日何度も服用しなければならない
|-
| 長い
| ・いつ起こるかわからない症状の予防に<br>・夜間や早朝に出現する症状
| ・持ち越し効果
|-
|}


===投与法===
===投与法===
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 しかしながら、不安に対するセロトニンのメカニズムに関して、越野はさまざまな研究をレビューし、表3のように「不安障害において、セロトニンは過剰なのか、あるいは不足しているのかといった基本的なことが不明のままである。」と論じている(越野、 2012)。
 しかしながら、不安に対するセロトニンのメカニズムに関して、越野はさまざまな研究をレビューし、表3のように「不安障害において、セロトニンは過剰なのか、あるいは不足しているのかといった基本的なことが不明のままである。」と論じている(越野、 2012)。
{| class="wikitable"
|+ 表3.不安障害における�セロトニン過剰説と不足説の根拠 (越野, 2012)
|-
| '''●5-HT過剰説'''
*急性のSSRIあるいはclomipramineは不安を惹起する
*急性のm-chlorphenylpiperazine(mCPP)(セロトニンアゴニスト)が不安を惹起する
*急性のfenfluramine(セロトニン放出物質)は不安を惹起する
*パニック障害で脳内セロトニン回転が増加
*全般性不安障害で尿中5-hydoroxy indoleacetic acid(セロトニン分解物)の増加
'''●5-HT不足説'''
*SSRIの慢性投与はすべての不安障害において有効
*脳内セロトニンを減少させるacute tryptophan depletionテストは,不安患者に不安を惹起する
*動物でのmicrodialysisで,SSRIによる臨床効果がみられるときに脳内セロトニンが増加している
|-
|}


== おわりに ==
== おわりに ==


 現段階では不安障害に対し抗不安作用を発揮する薬物間の特徴において表4のように対比できる。こうしたメリット・デメリットを把握して、個々の患者の背景や希望に即して薬物を選択することが望ましいと考える。
 現段階では不安障害に対し抗不安作用を発揮する薬物間の特徴において表4のように対比できる。こうしたメリット・デメリットを把握して、個々の患者の背景や希望に即して薬物を選択することが望ましいと考える。
{| class="wikitable"
|+ 表4.不安障害治療に用いる薬物の比較<br>(天野ら, 2009を一部改変して引用)
|-
| style="background-color:#d3d3d3; text-align:center" | 薬物
| style="background-color:#d3d3d3; text-align:center" | SSRI/SNRI
| style="background-color:#d3d3d3; text-align:center" | BZD系薬
| style="background-color:#d3d3d3; text-align:center" | セロトニン1A作動薬
|-
| style="text-align:center" | 効果発現
| style="text-align:center" | 遅い
| style="text-align:center" | 速い
| style="text-align:center" | 遅い
|-
| style="text-align:center" | 治療耐性
| style="text-align:center" | No
| style="text-align:center" | Little
| style="text-align:center" | No
|-
| style="text-align:center" | 乱用
| style="text-align:center" | -
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | -
|-
| style="text-align:center" | 離脱症状
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | ++
| style="text-align:center" | -
|-
| style="text-align:center" | アルコールとの相互作用
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +++
| style="text-align:center" | +
|-
| style="text-align:center" | 鎮静
| style="text-align:center" | -
| style="text-align:center" | ++
| style="text-align:center" | -
|-
| style="text-align:center" | 健忘
| style="text-align:center" | -
| style="text-align:center" | ++
| style="text-align:center" | -
|-
| style="text-align:center" | 過量服薬用時の危険性
| style="text-align:center" | -
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | -
|-
|}


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==