「抗精神病薬」の版間の差分

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==抗精神病薬の歴史==
==抗精神病薬の歴史==
抗精神病薬の歴史は、1950年に中枢作用の強い抗histamine薬として開発されたchlorpromazineに端を発する。当初は外科医のLaboritが、強化麻酔(人工冬眠)に用いて外科手術後のショックを予防する目的で使用した。その後、1952年に精神科医のDelayとDenikerが、統合失調症や躁病患者に投与したところ、覚醒状態で抗幻覚・妄想作用と鎮静作用を示すことを報告した。1958年にベルギーのJanssenは、butyrophenone系抗精神病薬のhaloperidolを開発した。1963年にはCarlssonとLindqvistが、これらの薬物が脳内dopamineの代謝産物を増加させることを報告し、統合失調症の「dopamine仮説」(dopamine神経の過剰興奮が統合失調症の病因)の糸口を作った。その後benzamide系、iminodibenzyl系などの第1世代(定型または従来型)抗精神病薬 (First-Generation Antipsychotics; FGA)が数多く開発され上市された。
抗精神病薬の歴史は、1950年に中枢作用の強い抗histamine薬として開発されたchlorpromazineに端を発する。当初は外科医のLaboritが、強化麻酔(人工冬眠)に用いて外科手術後のショックを予防する目的で使用した。その後、1952年に精神科医のDelayとDenikerが、統合失調症や躁病患者に投与したところ、覚醒状態で抗幻覚・妄想作用と鎮静作用を示すことを報告した。1958年にベルギーのJanssenは、butyrophenone系抗精神病薬のhaloperidolを開発した。1963年にはCarlssonとLindqvistが、これらの薬物が脳内dopamineの代謝産物を増加させることを報告し、統合失調症の「dopamine仮説」(dopamine神経の過剰興奮が統合失調症の病因)の糸口を作った。その後benzamide系、iminodibenzyl系などの第1世代(定型または従来型)抗精神病薬 (First-Generation Antipsychotics; FGA)が数多く開発され上市された。
FGAの開発コンセプトは、抗精神病薬の臨床用量(または血漿中濃度)が、dopamine D2受容体遮断作用と正の相関を示すため、D2受容体の遮断作用が抗精神病効果の発現に本質的に重要であるというものであった。しかしFGAは、①アカシジア (akathisia)や遅発性ジスキネジア (tardive dyskinesia; TD)などの急性および慢性の錐体外路系副作用 (extrapyramidal side effects; EPS)を高率に生じさせたり、②乳汁分泌や性機能障害を生じる可能性のある高prolactin血症を起こしたり、③陰性症状(意欲低下、感情の平板化、社会的引きこもりなど)や認知機能障害(記憶力低下、注意力低下、遂行機能障害など)に対して無効あるいは増悪させたりするなどの宿命的問題点があった <ref name=ref1>’’’Miyamoto S, Merrill DB, Lieberman JA et al. ’’’<br>Antipsychotic Drugs, In PSYCHIATRY (Third edition) <br>Tasman A, Kay J, Lieberman JA et al.  eds<br>pp. 2161-2201<br>’’John Wiley & Sons, Ltd (Chichester)’’:2008</ref>。
FGAの開発コンセプトは、抗精神病薬の臨床用量(または血漿中濃度)が、dopamine Dx<sub>2</sub>受容体遮断作用と正の相関を示すため、Dx<sub>2</sub>受容体の遮断作用が抗精神病効果の発現に本質的に重要であるというものであった。しかしFGAは、①アカシジア (akathisia)や遅発性ジスキネジア (tardive dyskinesia; TD)などの急性および慢性の錐体外路系副作用 (extrapyramidal side effects; EPS)を高率に生じさせたり、②乳汁分泌や性機能障害を生じる可能性のある高prolactin血症を起こしたり、③陰性症状(意欲低下、感情の平板化、社会的引きこもりなど)や認知機能障害(記憶力低下、注意力低下、遂行機能障害など)に対して無効あるいは増悪させたりするなどの宿命的問題点があった <ref name=ref1>’’’Miyamoto S, Merrill DB, Lieberman JA et al. ’’’<br>Antipsychotic Drugs, In PSYCHIATRY (Third edition) <br>Tasman A, Kay J, Lieberman JA et al.  eds<br>pp. 2161-2201<br>’’John Wiley & Sons, Ltd (Chichester)’’:2008</ref>。
1958年に合成された第2世代(非定型または新規)抗精神病薬(Second-Generation Antipsychotics; SGA)の原型であるclozapineは、FGAの欠点をかなり克服したが、約1%の頻度で無顆粒球症という致死的副作用が発現したため、本邦を含む多くの国で開発が中断された。しかし、clozapineの薬理作用の研究が進むにつれて、抗D2受容体作用に比べて相対的に強いserotonin 5-HT2A受容体遮断作用が注目されるようになった。Janssenは、5-HT2A受容体遮断作用を有するpipamperoneが、陰性症状に比較的有効でEPSの発現が少ない事実に気づき、1984年にserotonin dopamine遮断薬 (Serotonin Dopamine Antagonist; SDA)の原型といえるrisperidoneの開発を導いた。さらに無顆粒球症を伴わず、clozapine類似の薬理学的プロフィールを持つ抗精神病薬の開発が進み、1982年にolanzapine、1985年にquetiapineが合成された。本邦でも1987年にSDAとしてperospironeが開発された。Clozapineは、1988年に米国のKaneらによって治療抵抗性統合失調症に対するchlorpromazineとの二重盲検比較試験で優位性が証明されたのを受け、1990年米国で承認された。現在厳密な副作用モニタリングのもと、世界100ヶ国以上の国々で上市されている。
1958年に合成された第2世代(非定型または新規)抗精神病薬(Second-Generation Antipsychotics; SGA)の原型であるclozapineは、FGAの欠点をかなり克服したが、約1%の頻度で無顆粒球症という致死的副作用が発現したため、本邦を含む多くの国で開発が中断された。しかし、clozapineの薬理作用の研究が進むにつれて、抗Dx<sub>2</sub>受容体作用に比べて相対的に強いserotonin 5-HT2A受容体遮断作用が注目されるようになった。Janssenは、5-HT2A受容体遮断作用を有するpipamperoneが、陰性症状に比較的有効でEPSの発現が少ない事実に気づき、1984年にserotonin dopamine遮断薬 (Serotonin Dopamine Antagonist; SDA)の原型といえるrisperidoneの開発を導いた。さらに無顆粒球症を伴わず、clozapine類似の薬理学的プロフィールを持つ抗精神病薬の開発が進み、1982年にolanzapine、1985年にquetiapineが合成された。本邦でも1987年にSDAとしてperospironeが開発された。Clozapineは、1988年に米国のKaneらによって治療抵抗性統合失調症に対するchlorpromazineとの二重盲検比較試験で優位性が証明されたのを受け、1990年米国で承認された。現在厳密な副作用モニタリングのもと、世界100ヶ国以上の国々で上市されている。
本邦では2006年にD2受容体部分作動薬のaripiprazoleが、2008年にblonanserin、2009年にclozapine、2011年にrisperidoneの主要活性代謝産物であるpaliperidoneが上市され、2012年4月現在8種類のSGAが統合失調症の薬物治療の中心となっている。特に、aripiprazoleをはじめとするD2受容体部分作動薬は、FGAやSGAとは異なる機序でdopamine伝達の安定化作用を有しているため、第3世代抗精神病薬 (Third-Generation Antipsychotics; TGA)と位置付ける研究者もいる。
本邦では2006年にD2受容体部分作動薬のaripiprazoleが、2008年にblonanserin、2009年にclozapine、2011年にrisperidoneの主要活性代謝産物であるpaliperidoneが上市され、2012年4月現在8種類のSGAが統合失調症の薬物治療の中心となっている。特に、aripiprazoleをはじめとするD2受容体部分作動薬は、FGAやSGAとは異なる機序でdopamine伝達の安定化作用を有しているため、第3世代抗精神病薬 (Third-Generation Antipsychotics; TGA)と位置付ける研究者もいる。


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===第3世代抗精神病薬===
===第3世代抗精神病薬===
Aripiprazoleが現在上市されており、dopamine system stabilizer (DSS)とも称される。D2受容体と5-HT1A部分作動作用などを有するOPC-34712と、D2とD3受容体の遮断作用と部分作動作用を有するcariprazineは、2012年4月現在臨床試験中である。
Aripiprazoleが現在上市されており、dopamine system stabilizer (DSS)とも称される。Dx<sub>2</sub>受容体と5-HT1A部分作動作用などを有するOPC-34712と、Dx<sub>2</sub>とD3受容体の遮断作用と部分作動作用を有するcariprazineは、2012年4月現在臨床試験中である。


==抗精神病薬の作用機序==
==抗精神病薬の作用機序==
===共通の作用機序===
===共通の作用機序===
Dopamine神経系は、中脳辺縁系、中脳皮質系、黒質線条体系、下垂体漏斗系の4つの回路がある。Dopamine受容体はD1からD5まで5種類のsubtypeが存在し、脳内分布も異なる。また存在する場所によっては、シナプス前部位受容体(自己受容体)やシナプス後部位受容体に分けられる。幻覚や妄想などの精神病症状は、中脳辺縁系においてdopamine神経の過活動が生じて神経終末からのdopamine放出が増加し、シナプス後部のD2受容体が過剰に刺激されて生じると推定されている。現在使用可能なすべての抗精神病薬は、程度の差はあるがシナプス後部位D2受容体に対して遮断作用を有し、中脳辺縁系のdopamineの過剰な伝達を阻害して精神病症状を緩和すると推定されている<ref name=ref2><pubmed> 15289815 </pubmed></ref>。
Dopamine神経系は、中脳辺縁系、中脳皮質系、黒質線条体系、下垂体漏斗系の4つの回路がある。Dopamine受容体はD1からD5まで5種類のsubtypeが存在し、脳内分布も異なる。また存在する場所によっては、シナプス前部位受容体(自己受容体)やシナプス後部位受容体に分けられる。幻覚や妄想などの精神病症状は、中脳辺縁系においてdopamine神経の過活動が生じて神経終末からのdopamine放出が増加し、シナプス後部のDx<sub>2</sub>受容体が過剰に刺激されて生じると推定されている。現在使用可能なすべての抗精神病薬は、程度の差はあるがシナプス後部位Dx<sub>2</sub>受容体に対して遮断作用を有し、中脳辺縁系のdopamineの過剰な伝達を阻害して精神病症状を緩和すると推定されている<ref name=ref2><pubmed> 15289815 </pubmed></ref>。
前述したようにin vitroでは、抗精神病薬の臨床用量とD2受容体阻害能は正の相関を示すが、D2受容体阻害作用が強ければ強いほど抗精神病効果が高まるわけではない。抗精神病薬の用量を上げてD2受容体の阻害がある一定のレベルを超えると、臨床効果は頭打ちとなり、EPSや過鎮静などの副作用の発現頻度が増加する。
前述したようにin vitroでは、抗精神病薬の臨床用量とDx<sub>2</sub>受容体阻害能は正の相関を示すが、Dx<sub>2</sub>受容体阻害作用が強ければ強いほど抗精神病効果が高まるわけではない。抗精神病薬の用量を上げてDx<sub>2</sub>受容体の阻害がある一定のレベルを超えると、臨床効果は頭打ちとなり、EPSや過鎮静などの副作用の発現頻度が増加する。
抗精神病薬がヒト脳内のD2受容体とどのような結合状態にあるかに関して、1990年代後半からPositron Emission Tomography (PET)やSingle Photon Emission Computed Tomography (SPECT)を用いた脳画像研究が盛んに行われ、患者の脳内 (in vivo)での挙動が視覚的に把握できるようになり、新しい知見が得られた。すなわち、抗精神病薬投与による抗精神病効果の出現には、65~70% 以上の線条体でのD2受容体の占拠率が必要であるが、80%以上占拠するとEPSの頻度が有意に増加する。したがって、治療効果を最大にしてEPSを最小限にするための至適な線条体D2 受容体の占拠率は、65~80%であることが判明した。しかし、多数のPETやSPECT研究結果を分析したStoneら <ref><pubmed> 18303092 </pubmed></ref>のメタ解析では、線条体のD2受容体阻害は治療効果よりもEPSの発現に関与し、抗精神病効果に関係するのは側頭葉皮質のD2受容体であると主張している。しかし、側頭葉皮質以外のD2受容体も抗精神病効果に関与する可能性は十分あり、今後真の標的部位を探求する脳画像研究が必要である。
抗精神病薬がヒト脳内のDx<sub>2</sub>受容体とどのような結合状態にあるかに関して、1990年代後半からPositron Emission Tomography (PET)やSingle Photon Emission Computed Tomography (SPECT)を用いた脳画像研究が盛んに行われ、患者の脳内 (in vivo)での挙動が視覚的に把握できるようになり、新しい知見が得られた。すなわち、抗精神病薬投与による抗精神病効果の出現には、65~70% 以上の線条体でのDx<sub>2</sub>受容体の占拠率が必要であるが、80%以上占拠するとEPSの頻度が有意に増加する。したがって、治療効果を最大にしてEPSを最小限にするための至適な線条体Dx<sub>2</sub> 受容体の占拠率は、65~80%であることが判明した。しかし、多数のPETやSPECT研究結果を分析したStoneら <ref><pubmed> 18303092 </pubmed></ref>のメタ解析では、線条体のDx<sub>2</sub>受容体阻害は治療効果よりもEPSの発現に関与し、抗精神病効果に関係するのは側頭葉皮質のDx<sub>2</sub>受容体であると主張している。しかし、側頭葉皮質以外のD2受容体も抗精神病効果に関与する可能性は十分あり、今後真の標的部位を探求する脳画像研究が必要である。


===第2世代抗精神病薬の薬理学的特徴===
===第2世代抗精神病薬の薬理学的特徴===
ほとんどのSGAは、有効治療用量内ではEPSや高prolactin血症の発現頻度が少ない。このSGAのメリットは、薬理学的にFGAとはいくつか異なった作用機序に由来する。ただし、D2受容体阻害作用を除いて、すべてのSGAに共通する薬理学的作用機序はいまだ明らかでない。
ほとんどのSGAは、有効治療用量内ではEPSや高prolactin血症の発現頻度が少ない。このSGAのメリットは、薬理学的にFGAとはいくつか異なった作用機序に由来する。ただし、Dx<sub>2</sub>受容体阻害作用を除いて、すべてのSGAに共通する薬理学的作用機序はいまだ明らかでない。
Meltzerら<ref><pubmed> 2571717 </pubmed></ref>は1989年に、SGAの「非定型性 (atypicality)」すなわちEPSを惹起しない用量範囲内で抗精神病効果を示すという特性に対して最も重要なのは、D2受容体遮断作用に比べて5-HT2A受容体遮断作用が相対的に強いことであると主張し、「serotonin-dopamine仮説」を提唱した。縫線核を起始核とするserotonin神経は、中脳黒質から線条体に投射するdopamine神経に対して抑制的に作用しており、dopamine神経上の5-HT2A受容体を遮断することで、dopamine神経の抑制が解除(脱抑制)されてdopamineの放出を促進し、抗精神病薬によるD2受容体遮断を一部緩和してEPSを軽減すると考えられている。またD2受容体遮断作用に5-HT2A受容体遮断作用が加わると、前頭前野や海馬でdopamineの放出が亢進して、陰性症状や認知機能障害に対して効果を発揮すると推定されている。
Meltzerら<ref><pubmed> 2571717 </pubmed></ref>は1989年に、SGAの「非定型性 (atypicality)」すなわちEPSを惹起しない用量範囲内で抗精神病効果を示すという特性に対して最も重要なのは、Dx<sub>2</sub>受容体遮断作用に比べて5-HT2A受容体遮断作用が相対的に強いことであると主張し、「serotonin-dopamine仮説」を提唱した。縫線核を起始核とするserotonin神経は、中脳黒質から線条体に投射するdopamine神経に対して抑制的に作用しており、dopamine神経上の5-HT2A受容体を遮断することで、dopamine神経の抑制が解除(脱抑制)されてdopamineの放出を促進し、抗精神病薬によるDx<sub>2</sub>受容体遮断を一部緩和してEPSを軽減すると考えられている。またDx<sub>2</sub>受容体遮断作用に5-HT2A受容体遮断作用が加わると、前頭前野や海馬でdopamineの放出が亢進して、陰性症状や認知機能障害に対して効果を発揮すると推定されている。
次に多くのSGAは、FGAよりもD2受容体遮断作用が弱いという特徴がある。抗精神病薬のD2受容体に対する親和性の強さは、内因性のdopamineと比較して強い場合には固い結合 (tight binding)、弱い場合には緩い結合 (loose binding)と呼ばれる。また抗精神病薬とD2受容体との結合-解離の時間経過に関して、PETやSPECTによる研究および血漿中prolactin値の変動などにより、1日1回投与でも24時間以上D2受容体の阻害が持続する抗精神病薬と、24時間以内にD2受容体の占拠率が速やかに低下するかD2受容体から速やかに解離する薬物に分類される。KapurとSeemanら <ref><pubmed> 11229973 </pubmed></ref>は、抗精神病薬がいかに速くD2受容体に結合するかよりも、D2受容体からいかに速く解離するか(koffで示す)が、SGAの“非定型性”に重要であるとする「急速解離 (fast dissociation)仮説」を提唱した。すなわちすべての抗精神病薬は、D2受容体からの解離の速度にかかわらず、その占拠率に応じて持続性の dopamine伝達を抑制する。しかし、D2受容体から素早く解離できる薬剤は、ストレスなどによるdopamineの一過性の過剰放出に反応して速やかに置換することで、dopamine伝達をより生理的に近い状態に保持できると考えた。
次に多くのSGAは、FGAよりもDx<sub>2</sub>受容体遮断作用が弱いという特徴がある。抗精神病薬のDx<sub>2</sub>受容体に対する親和性の強さは、内因性のdopamineと比較して強い場合には固い結合 (tight binding)、弱い場合には緩い結合 (loose binding)と呼ばれる。また抗精神病薬とDx<sub>2</sub>受容体との結合-解離の時間経過に関して、PETやSPECTによる研究および血漿中prolactin値の変動などにより、1日1回投与でも24時間以上Dx<sub>2</sub>受容体の阻害が持続する抗精神病薬と、24時間以内にDx<sub>2</sub>受容体の占拠率が速やかに低下するかDx<sub>2</sub>受容体から速やかに解離する薬物に分類される。KapurとSeemanら <ref><pubmed> 11229973 </pubmed></ref>は、抗精神病薬がいかに速くDx<sub>2</sub>受容体に結合するかよりも、D2受容体からいかに速く解離するか(koffで示す)が、SGAの“非定型性”に重要であるとする「急速解離 (fast dissociation)仮説」を提唱した。すなわちすべての抗精神病薬は、Dx<sub>2</sub>受容体からの解離の速度にかかわらず、その占拠率に応じて持続性の dopamine伝達を抑制する。しかし、Dx<sub>2</sub>受容体から素早く解離できる薬剤は、ストレスなどによるdopamineの一過性の過剰放出に反応して速やかに置換することで、dopamine伝達をより生理的に近い状態に保持できると考えた。
Loose bindingは、内因性のdopamineよりD2受容体に対する親和性が弱いclozapine、quetiapine、olanzapineでEPSが少ない理由の一つとなり、fast dissociationはclozapine、quetiapine、perospironeによるEPSや高prolactin血症の発現頻度が少ない機序を説明可能である。しかしrisperidoneは、内因性のdopamineより強く結合し、1日1回投与でも24時間以上D2受容体の阻害が持続する抗精神病薬であり、彼らの理論に当てはまらない。同様に、SGAのblonanserinやolanzapineは遅いkoffを示す。したがって「serotonin-dopamine仮説」や「急速解離仮説」は、多くのSGAの作用機序を説明できるのは事実であるが、すべてのSGAに共通した機序ではない点に留意する必要がある <ref name=ref2><pubmed> 15289815 </pubmed></ref>。
Loose bindingは、内因性のdopamineよりDx<sub>2</sub>受容体に対する親和性が弱いclozapine、quetiapine、olanzapineでEPSが少ない理由の一つとなり、fast dissociationはclozapine、quetiapine、perospironeによるEPSや高prolactin血症の発現頻度が少ない機序を説明可能である。しかしrisperidoneは、内因性のdopamineより強く結合し、1日1回投与でも24時間以上Dx<sub>2</sub>受容体の阻害が持続する抗精神病薬であり、彼らの理論に当てはまらない。同様に、SGAのblonanserinやolanzapineは遅いkoffを示す。したがって「serotonin-dopamine仮説」や「急速解離仮説」は、多くのSGAの作用機序を説明できるのは事実であるが、すべてのSGAに共通した機序ではない点に留意する必要がある <ref name=ref2><pubmed> 15289815 </pubmed></ref>。
SGAの中には5-HT2C、5-HT6、5-HT7受容体遮断作用や5-HT1A 受容体部分作動作用を有する薬剤がある。5-HT1A 受容体は、縫線核ではシナプス前の細胞体に自己受容体として存在し、5-HT ニューロンの発火率を抑制する。また辺縁系や大脳皮質ではシナプス後に存在し、発火率を抑制している。Clozapine、perospirone、quetiapineおよびziprasidoneは、5-HT1A 受容体部分作動作用を有しており、D2と5-HT2A受容体間の相互作用と5-HT1A 受容体の機能的活性化を介して、前頭葉皮質のdopamine遊離を促進することで、陰性症状や認知機能障害、不安・抑うつ症状に対する効果が期待できる可能性がある。
SGAの中には5-HT2C、5-HT6、5-HT7受容体遮断作用や5-HT1A 受容体部分作動作用を有する薬剤がある。5-HT1A 受容体は、縫線核ではシナプス前の細胞体に自己受容体として存在し、5-HT ニューロンの発火率を抑制する。また辺縁系や大脳皮質ではシナプス後に存在し、発火率を抑制している。Clozapine、perospirone、quetiapineおよびziprasidoneは、5-HT1A 受容体部分作動作用を有しており、Dx<sub>2</sub>と5-HT2A受容体間の相互作用と5-HT1A 受容体の機能的活性化を介して、前頭葉皮質のdopamine遊離を促進することで、陰性症状や認知機能障害、不安・抑うつ症状に対する効果が期待できる可能性がある。


===Dopamine部分作動薬の作用機序===
===Dopamine部分作動薬の作用機序===
Aripiprazoleは、D2 受容体の部分作動薬でありD2 に高い親和性を示すが、その固有活性は内因性のdopamineよりも低い。この特性によりシナプス間隙のdopamine量に応じて、遮断薬 (antagonist)あるいは作動薬 (agonist)として作用が変化する。例えばdopamineが過剰な状態では、シナプス前のdopamine自己受容体に作動薬として働き、dopamineの合成と放出を抑制する。またシナプス後D2受容体には遮断薬として働いて、抗精神病効果を発揮すると推定されている。一方、dopamine伝達が低下した状態では、aripiprazoleは機能的に本来の作動薬として作用し、dopamine機能を調節することで、D2受容体の完全遮断薬であるFGAがもたらすようなdopamine神経伝達の低下状態が持続することを防ぐことが可能となる。なお、aripiprazoleは5-HT1A受容体部分作動作用も有しているが、臨床効果にどれほど寄与するかは不明である。
Aripiprazoleは、Dx<sub>2</sub> 受容体の部分作動薬でありD2 に高い親和性を示すが、その固有活性は内因性のdopamineよりも低い。この特性によりシナプス間隙のdopamine量に応じて、遮断薬 (antagonist)あるいは作動薬 (agonist)として作用が変化する。例えばdopamineが過剰な状態では、シナプス前のdopamine自己受容体に作動薬として働き、dopamineの合成と放出を抑制する。またシナプス後Dx<sub>2</sub>受容体には遮断薬として働いて、抗精神病効果を発揮すると推定されている。一方、dopamine伝達が低下した状態では、aripiprazoleは機能的に本来の作動薬として作用し、dopamine機能を調節することで、Dx<sub>2</sub>受容体の完全遮断薬であるFGAがもたらすようなdopamine神経伝達の低下状態が持続することを防ぐことが可能となる。なお、aripiprazoleは5-HT1A受容体部分作動作用も有しているが、臨床効果にどれほど寄与するかは不明である。


==抗精神病薬の有効性==
==抗精神病薬の有効性==
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==抗精神病薬の副作用==
==抗精神病薬の副作用==
抗精神病薬は中枢性、末梢性に多様な副作用を示すが、その出現頻度や程度は薬物ごとに異なり用量も影響する。副作用はD2 受容体、ムスカリン性acetylcholine (Ach)受容体、adrenaline (α1)受容体、histamine (H1)受容体が、抗精神病薬で遮断された結果生じるものが多い <ref name=ref1 />。多くの副作用は投与早期に出現し、長期投与で耐性を生じやすいが、持続的使用の後出現するものもある。軽微な副作用は、抗精神病薬の減量や薬物の変更、副作用止めの薬物の追加などで対応可能な場合が多い。しかし、頻度は低いが悪性症候群など重篤な副作用もある。一般的にSGAは、FGAと比較して、EPS、過鎮静、抗コリン性副作用の発現頻度は低いが、体重増加や高血糖など代謝性の副作用に注意が必要である。
抗精神病薬は中枢性、末梢性に多様な副作用を示すが、その出現頻度や程度は薬物ごとに異なり用量も影響する。副作用はDx<sub>2</sub> 受容体、ムスカリン性acetylcholine (Ach)受容体、adrenaline (α1)受容体、histamine (H1)受容体が、抗精神病薬で遮断された結果生じるものが多い <ref name=ref1 />。多くの副作用は投与早期に出現し、長期投与で耐性を生じやすいが、持続的使用の後出現するものもある。軽微な副作用は、抗精神病薬の減量や薬物の変更、副作用止めの薬物の追加などで対応可能な場合が多い。しかし、頻度は低いが悪性症候群など重篤な副作用もある。一般的にSGAは、FGAと比較して、EPS、過鎮静、抗コリン性副作用の発現頻度は低いが、体重増加や高血糖など代謝性の副作用に注意が必要である。
===錐体外路症状===
===錐体外路症状===
抗精神病薬が黒質線条体系のD2 受容体を遮断した結果、脳内のdopamineとAchのバランスが崩れて出現する。Haloperidolなど高力価薬で多く、低力価薬やSGAでは少ない。投与開始後早期に現れる急性のEPSと、長期投与で出現する遅発性のEPSがある。
抗精神病薬が黒質線条体系のDx<sub>2</sub>受容体を遮断した結果、脳内のdopamineとAchのバランスが崩れて出現する。Haloperidolなど高力価薬で多く、低力価薬やSGAでは少ない。投与開始後早期に現れる急性のEPSと、長期投与で出現する遅発性のEPSがある。
急性のEPSとして、急性ジストニア (dystonia)、parkinsonism、アカシジア (akathisia)がある。急性dystoniaは、眼球上転、舌・頚部・体幹のねじれや突っ張りが特徴的である。Parkinsonismは、筋固縮、振戦、無動 (akinesia)を3徴候とし、仮面様顔貌、小刻み歩行や流涎もみられる。Akathisia(静座不能症)は、「じっとしていられない、足がムズムズする」などの異常な感覚を自覚し、不眠、不安、焦燥感を伴うことが多く、精神症状との鑑別が重要である。
急性のEPSとして、急性ジストニア (dystonia)、parkinsonism、アカシジア (akathisia)がある。急性dystoniaは、眼球上転、舌・頚部・体幹のねじれや突っ張りが特徴的である。Parkinsonismは、筋固縮、振戦、無動 (akinesia)を3徴候とし、仮面様顔貌、小刻み歩行や流涎もみられる。Akathisia(静座不能症)は、「じっとしていられない、足がムズムズする」などの異常な感覚を自覚し、不眠、不安、焦燥感を伴うことが多く、精神症状との鑑別が重要である。
遅発性のEPSは、D2 受容体の過感受性によるとされるTDが代表的である。口唇や舌をモグモグ動かすような口周囲の不随意運動がほとんどである。抗コリン薬はTDを悪化させるので注意が必要である。
遅発性のEPSは、D2 受容体の過感受性によるとされるTDが代表的である。口唇や舌をモグモグ動かすような口周囲の不随意運動がほとんどである。抗コリン薬はTDを悪化させるので注意が必要である。
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