「探索眼球運動」の版間の差分

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{{box|text=
{{box|text= 探索眼球運動はものを見ようとする時の注視点の動きであり、これを統合失調症研究に用いた。横S字型の幾何学図形の標的図および標的図と一部異なった図を用い、記銘課題、比較照合課題、念押し課題時の注視点を調べた。いずれの条件でも統合失調症患者の注視点の動きは乏しかったが、特に念押し課題時の反応的探索スコアの低下は統合失調症患者に特徴的であった。注視点の動きが主体性を反映し、特にこのスコアが強く反映することから、統合失調症の基本的障害が主体性の障害であると考察した。}}
 探索眼球運動はものを見ようとする時の[[注視点]]の動きであり、[[主体性]]を反映していることから、[[自発性]]、主体性の障害が基本的な障害であるといわれる[[統合失調症]]研究に用いられてきた。横S字型の幾何学図形の標的図および標的図と一部異なった図を用い、記銘課題、比較照合課題、比較照合課題直後の念押し課題を行った際の、念押し課題時の反応的探索スコアが指標として用いられている。統合失調症患者では、健常者に比べてこの指標が有意に低値を示すことから、臨床診断の補助的役割が期待される。}}


[[image:図1ナイサーの知覚循環.jpg|thumb|350px|'''図1.ナイサーの知覚循環''']]
[[image:図1ナイサーの知覚循環.jpg|thumb|350px|'''図1.ナイサーの知覚循環''']]


== 探索眼球運動とは何か ==
== 探索眼球運動とは何か ==
 
 診察場面では患者の表情や目の動きに注目し精神内界の一端を推察しようとする。こうしたことを踏まえて1968年頃から、[[統合失調症]]患者の注視点の動きを客観的に記録する研究が日本で行われた。Neisser<ref name=ref11>'''Neisser U'''<br>Cognition and reality. Freeman (1976) <br>古崎 敬、村瀬 旻(訳)<br>認知の構図<br>''サイエンス社、東京''、1978</ref>によれば、ものを見るとき漠然と見ているのではなく、スキーマ(構え)に基づいて注視点による探索行動が行われ、得られた情報に基づき構えが修正され、また探索行動がなされ構えが修正される。このような循環の中で[[知覚]]が生じるという('''図1''')。つまり[[注視点]]を調べることによりどのような構えで見ようとしているのか、換言すれば被験者の自発性、主体性を調べることができるという特徴を持っている。精神病理学的にいえば統合失調症の中核的障害は自発性、主体性の障害であるといわれており、探索眼球運動は統合失調症における主体性の障害を客観的に研究する方法として適していると考えられる。
 診察場面では患者の表情や目の動きに注目し精神内界の一端を推察しようとする。こうしたことを踏まえて昭和43年頃から、統合失調症患者の注視点の動きを客観的に記録する研究が日本で行われた。Neisser<ref name=ref11>'''Neisser U'''<br>Cognition and reality. Freeman (1976) <br>古崎 敬、村瀬 旻(訳)<br>認知の構図<br>''サイエンス社、東京''、1978</ref>によれば、ものを見るとき漠然と見ているのではなく、スキーマ(構え)に基づいて注視点による探索行動が行われ、得られた情報に基づき構えが修正され、また探索行動がなされ構えが修正される。このような循環の中で[[知覚]]が生じるという(図1)。つまり注視点を調べることによりどのような構えで見ようとしているのか、換言すれば被験者の自発性、主体性を調べることができるという特徴を持っている。精神病理学的にいえば統合失調症の中核的障害は自発性、主体性の障害であるといわれており、探索眼球運動は統合失調症における主体性の障害を客観的に研究する方法として適していると考えられる。


== 測定方法 ==
== 測定方法 ==
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===アイマークレコーダー===
===アイマークレコーダー===
 アイマークレコーダーを用いて注視点の動きを記録した。原理は[[wikipedia:ja:角膜|角膜]]に光源から光を当ててその反射光をカメラで捉える。眼球が動くと反射光もそれに対応して動くので、これと被験者が見ている背景を別のカメラで捉えた映像を重ね合わせることによって被験者がどこを見ているかを観察することができる。
 [[アイマークレコーダー]]を用いて注視点の動きを記録した。原理は[[角膜]]に光源から光を当ててその反射光をカメラで捉える。眼球が動くと反射光もそれに対応して動くので、これと被験者が見ている背景を別のカメラで捉えた映像を重ね合わせることによって被験者がどこを見ているかを観察することができる。


===呈示図について===
===呈示図について===
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===課題の特徴===
===課題の特徴===
#横S字図形を呈示して(図2-a)「後で描いてもらいますのでよく見てください」という記銘課題<br>
#横S字図形を呈示して('''図2a''')「後で描いてもらいますのでよく見てください」という記銘課題<br>
#標的図と一部異なった図(図2b,c)をイメージ上の標的図と比較させる比較照合課題
#標的図と一部異なった図('''図2b,c''')をイメージ上の標的図と比較させる比較照合課題
#違いについて質問し他に違いはないかと質問し「ありません」と答えるときの念押し課題
#違いについて質問し他に違いはないかと質問し「ありません」と答えるときの念押し課題


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===実際の記録法===
===実際の記録法===
 検査は図2の3種類の図を用いて行う<ref name=ref14>'''島薗安雄監修、安藤克己、安藤晴延、小島卓也'''<br>眼とこころ 眼球運動による精神疾患へのアプローチ<br>''創造出版、東京''、1991</ref>。
 検査は'''図2'''の3種類の図を用いて行う<ref name=ref14>'''島薗安雄監修、安藤克己、安藤晴延、小島卓也'''<br>眼とこころ 眼球運動による精神疾患へのアプローチ<br>''創造出版、東京''、1991</ref>。


#「はじめに、スクリーン上にある図形を映しますので自由に見て下さい」と指示し、標的図(図2a)を15秒間呈示する。
#「はじめに、スクリーン上にある図形を映しますので自由に見て下さい」と指示し、標的図('''図2a''')を15秒間呈示する。
#「次にこれから見て頂く図形を後で描いてもらいますので、そのつもりで見て下さい」と指示して、再度標的図を15秒間呈示する。
#「次にこれから見て頂く図形を後で描いてもらいますので、そのつもりで見て下さい」と指示して、再度標的図を15秒間呈示する。
#この標的図をスクリーンから消し、思い出してもらいながら紙に描いてもらう。
#この標的図をスクリーンから消し、思い出してもらいながら紙に描いてもらう。
#(i)「次にまた図形を映しますが、今度は先ほど絵を描いて頂いたときに見ていた図形と、これからお見せする図形が同じか、違うか後で質問しますのでそのつもりで見て下さい」と指示し、標的図と突起の位置が一部異なった図(図2- b)を15秒間呈示する。<br>(ii)呈示し終わった直後に、そのまま図(図2-b)を見せながら標的図との異同を質問する。さらに被験者が「違う」と答えた場合には、どこが違うかを質問する(ここまでが再認にあたる)。<br>(iii)質問に対する答えが出尽くした後で、引き続いて図(図2-a)を見せながら「他に違いはありませんか」と念押しの質問をする。そこで被験者が標的図との違いを答えた場合には、その後さらに「他に違いはありませんか」と尋ね直し、被験者が「ありません」または「わかりません」と答えるまで続ける。
#(i)「次にまた図形を映しますが、今度は先ほど絵を描いて頂いたときに見ていた図形と、これからお見せする図形が同じか、違うか後で質問しますのでそのつもりで見て下さい」と指示し、標的図と突起の位置が一部異なった図('''図2b''')を15秒間呈示する。<br>(ii)呈示し終わった直後に、そのまま図('''図2b''')を見せながら標的図との異同を質問する。さらに被験者が「違う」と答えた場合には、どこが違うかを質問する(ここまでが再認にあたる)。<br>(iii)質問に対する答えが出尽くした後で、引き続いて図('''図2a''')を見せながら「他に違いはありませんか」と念押しの質問をする。そこで被験者が標的図との違いを答えた場合には、その後さらに「他に違いはありませんか」と尋ね直し、被験者が「ありません」または「わかりません」と答えるまで続ける。
#標的図と同じ図(図2-a)を呈示して、4.の(i)~(iii)と同じ課題を施行する。
#標的図と同じ図('''図2a''')を呈示して、4.の(i)~(iii)と同じ課題を施行する。
#標的図から2つの突起をなくした図(図2-c)を呈示し、4.の(i)~(iii)と同じ課題を施行する。
#標的図から2つの突起をなくした図('''図2c''')を呈示し、4.の(i)~(iii)と同じ課題を施行する。
#「最後に図形を映しますが、今度はこれから見て頂く図形をまた描いてもらいますので、そのつもりで見て下さい」と指示し、標的図と同じ図を15秒間呈示する。
#「最後に図形を映しますが、今度はこれから見て頂く図形をまた描いてもらいますので、そのつもりで見て下さい」と指示し、標的図と同じ図を15秒間呈示する。
#標的図をスクリーンから消して、図を思い出して別の紙を渡して描いてもらう。
#標的図をスクリーンから消して、図を思い出して別の紙を渡して描いてもらう。
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== 反応的探索スコアの意味 ==
== 反応的探索スコアの意味 ==
 注視点の動き、探索眼球運動は、Neisserが述べているように、スキーム(構え)を反映しており、被験者の主体性を表していると考えられる。反応的探索スコアは、この主体性を客観的に評価したものだといえる。


 注視点の動き、探索眼球運動は、Neisserが述べているように、スキーム(構え)を反映しており、被験者の主体性を表していると考えられる。反応的探索スコアは、この主体性を客観的に評価したものだといえる。
 諏訪ら<ref name=ref13>'''諏訪 浩、松島英介、小島卓也、森 克己、桜田美寿寿、守屋裕文、宮坂松衛'''<br>アイマーク絵コーダーを用いた精神分裂病患者の視覚性認知障害に関する研究<br>''精神医学''、33:679-704, 1991</ref> <ref name=ref14 />は、以下に述べる実験を行った。標的図と一部異なった図2枚と標的図1枚、合計3枚の図について異なった図、標的図、異なった図の順序でみせ、標的図との異同がわかったらボタンを押してもらう課題を与えた。[[反応時間]](呈示からボタン押しまでの時間)については、標的図と同じ図では、標的図と異なった図と比べて、健常者で有意に延長していた。一方、統合失調症患者では図による差が見られなかった。その時の注視点が停留した領域数をスコアした指標について調べると、健常者では、標的図と同じ図で、異なった図と比べて有意に高いスコアを示した。これに対して統合失調患者では図による差はみられなかった(Effective Search Score :ESS)。更にボタンを押した直後の5秒間の注視点をみると健常者では異なった図、同じ図共によく動き、そのスコアは統合失調症患者と比べて有意に高かった(Post-cognitive Search Score:PSS)。
 諏訪ら<ref name=ref13>'''諏訪 浩、松島英介、小島卓也、森 克己、桜田美寿寿、守屋裕文、宮坂松衛'''<br>アイマーク絵コーダーを用いた精神分裂病患者の視覚性認知障害に関する研究<br>''精神医学''、33:679-704, 1991</ref> <ref name=ref14 />は、以下に述べる実験を行った。標的図と一部異なった図2枚と標的図1枚、合計3枚の図について異なった図、標的図、異なった図の順序でみせ、標的図との異同がわかったらボタンを押してもらう課題を与えた。[[反応時間]](呈示からボタン押しまでの時間)については、標的図と同じ図では、標的図と異なった図と比べて、健常者で有意に延長していた。一方、統合失調症患者では図による差が見られなかった。その時の注視点が停留した領域数をスコアした指標について調べると、健常者では、標的図と同じ図で、異なった図と比べて有意に高いスコアを示した。これに対して統合失調患者では図による差はみられなかった(Effective Search Score :ESS)。更にボタンを押した直後の5秒間の注視点をみると健常者では異なった図、同じ図共によく動き、そのスコアは統合失調症患者と比べて有意に高かった(Post-cognitive Search Score:PSS)。


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== 急性・慢性・寛解統合失調症の探索眼球運動 ==
== 急性・慢性・寛解統合失調症の探索眼球運動 ==
 記憶課題時の要素的指標である運動数は急性、慢性、[[寛解]]統合失調症群とも健常者群よりも有意に減少していた<ref name=ref4><pubmed>2334747</pubmed></ref>。守屋<ref name=ref9>'''守屋裕文'''<br>注視点記録装置を用いた慢性分裂病患者とその家族の開瞼時眼球運動の研究<br>''精神経誌''、81:523-558, 1979</ref>の報告によれば統合失調症の家族でも健常者に比べて運動数が少なく、運動数は統合失調症の素因を反映していると考えられた。しかし別に調べたうつ病患者や[[覚せい剤]][[精神疾患]]患者でも運動数の減少があり統合失調症に特徴的な所見とはいえない。総移動距離は慢性患者群が他の3群に比し有意に短い結果であった。急性患者群の総移動距離は健常者群に比べて有意に短いものの、寛解患者群と健常者群との間に有意差はなかった。平均移動距離は慢性患者群でのみ他の3群に比べて有意に短い値を示していた。平均移動距離は統合失調症の慢性化の指標を示していると考えられた。
 記憶課題時の要素的指標である運動数は急性、慢性、[[寛解]]統合失調症群とも健常者群よりも有意に減少していた<ref name=ref4><pubmed>2334747</pubmed></ref>。守屋<ref name=ref9>'''守屋裕文'''<br>注視点記録装置を用いた慢性分裂病患者とその家族の開瞼時眼球運動の研究<br>''精神経誌''、81:523-558, 1979</ref>の報告によれば統合失調症の家族でも健常者に比べて運動数が少なく、運動数は統合失調症の素因を反映していると考えられた。しかし別に調べた[[うつ病]]患者や[[覚せい剤]][[精神疾患]]患者でも運動数の減少があり統合失調症に特徴的な所見とはいえない。総移動距離は慢性患者群が他の3群に比し有意に短い結果であった。急性患者群の総移動距離は健常者群に比べて有意に短いものの、寛解患者群と健常者群との間に有意差はなかった。平均移動距離は慢性患者群でのみ他の3群に比べて有意に短い値を示していた。平均移動距離は統合失調症の慢性化の指標を示していると考えられた。


 反応的探索スコアについてみると、急性・慢性・寛解統合失調症群のいずれでも健常群よりも有意に低い値を示していた。これまで覚せい剤精神疾患患者<ref name=ref3><pubmed>3797583</pubmed></ref>、うつ病患者<ref name=ref4 /> <ref name=ref8><pubmed>11705714</pubmed></ref> <ref name=ref14 />、[[てんかん]]患者<ref name=ref6 /><ref name=ref14 />、[[前頭葉]]損傷患者<ref name=ref6 /> <ref name=ref14 />、[[アルコール依存症]]患者<ref name=ref6 /> <ref name=ref14 />等について検査を行ってきたがいずれの群でも反応的探索スコアは統合失調症群のそれよりも有意に高かった。このスコアの低値が統合失調症の特徴を示す指標と考えられた。
 反応的探索スコアについてみると、急性・慢性・寛解統合失調症群のいずれでも健常群よりも有意に低い値を示していた。これまで覚せい剤精神疾患患者<ref name=ref3><pubmed>3797583</pubmed></ref>、うつ病患者<ref name=ref4 /> <ref name=ref8><pubmed>11705714</pubmed></ref> <ref name=ref14 />、[[てんかん]]患者<ref name=ref6 /><ref name=ref14 />、[[前頭葉]]損傷患者<ref name=ref6 /> <ref name=ref14 />、[[アルコール依存症]]患者<ref name=ref6 /> <ref name=ref14 />等について検査を行ってきたがいずれの群でも反応的探索スコアは統合失調症群のそれよりも有意に高かった。このスコアの低値が統合失調症の特徴を示す指標と考えられた。
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== 統合失調症のハイリスク者と探索眼球運動 ==
== 統合失調症のハイリスク者と探索眼球運動 ==
 
 統合失調症になりやすさを反映する指標、脆弱性マーカーを調べるために、統合失調症のハイリスク群について探索眼球運動を調べた。反応的探索スコアは統合失調症の[[wj:一卵性双生児|一卵性双生児]]の例で、一方が統合失調症患者、他方が健常者という不一致例同士の間においてその値が近似していた<ref name=ref6 /> <ref name=ref14 />。うつ病患者で1度の親族に統合失調症患者がいると、統合失調症患者がいないうつ病患者に比べてこのスコアが低値を示した<ref name=ref6 /> <ref name=ref14 />。統合失調症患者の同胞のスコアは統合失調症を発症していなくても健常者のスコアよりも有意に低かった<ref name=ref14 /> <ref name=ref16><pubmed>18950366</pubmed></ref> 。統合失調症で1度の親族に統合失調症患者が多いほどこのスコアが低値を示した<ref name=ref6 /> <ref name=ref14 />。以上の結果は反応的探索スコアが強力な統合失調症の脆弱性素因マーカー(遺伝素因マーカー)であることを示している。また、記銘課題時の注視点の運動数、総移動距離については、統合失調症の家族の値が統合失調症患者と健常者の間に位置していた<ref name=ref9 />。このことは運動数や総移動距離も程度は弱くても脆弱性素因マーカーということができる。
 統合失調症になりやすさを反映する指標、脆弱性マーカーを調べるために、統合失調症のハイリスク群について探索眼球運動を調べた。反応的探索スコアは統合失調症の[[wikipedia:ja:一卵性双生児|一卵性双生児]]の例で、一方が統合失調症患者、他方が健常者という不一致例同士の間においてその値が近似していた<ref name=ref6 /> <ref name=ref14 />。うつ病患者で1度の親族に統合失調症患者がいると、統合失調症患者がいないうつ病患者に比べてこのスコアが低値を示した<ref name=ref6 /> <ref name=ref14 />。統合失調症患者の同胞のスコアは統合失調症を発症していなくても健常者のスコアよりも有意に低かった<ref name=ref14 /> <ref name=ref16><pubmed>18950366</pubmed></ref> 。統合失調症で1度の親族に統合失調症患者が多いほどこのスコアが低値を示した<ref name=ref6 /> <ref name=ref14 />。以上の結果は反応的探索スコアが強力な統合失調症の脆弱性素因マーカー(遺伝素因マーカー)であることを示している。また、記銘課題時の注視点の運動数、総移動距離については、統合失調症の家族の値が統合失調症患者と健常者の間に位置していた<ref name=ref9 />。このことは運動数や総移動距離も程度は弱くても脆弱性素因マーカーということができる。


== 遺伝子研究 ==
== 遺伝子研究 ==
 
 探索眼球運動とくに反応的探索スコアの異常が統合失調症の[[中間表現型]]であることがわかり、これを用いて統合失調症患者、同胞を用いて[[連鎖解析]]を行ったところ、反応的探索時運動数(反応的探索スコア時の運動数)と22q11.2-12.1との連鎖が認められた<ref name=ref15><pubmed>14582142</pubmed></ref>。22q11は、統合失調症の連鎖領域の中でも最も注目されている場所のひとつであり、[[22q11.2欠失症候群および22q11.2重複症候群|22q11.2欠失症候群]]患者は高い確率で統合失調症と診断されている<ref name=ref1><pubmed>16969581</pubmed></ref>。
 探索眼球運動とくに反応的探索スコアの異常が統合失調症の[[中間表現型]]であることがわかり、これを用いて統合失調症患者、同胞を用いて[[連鎖解析]]を行ったところ、反応的探索時運動数(反応的探索スコア時の運動数)と22q11.2-12.1との連鎖が認められた<ref name=ref15><pubmed>14582142</pubmed></ref>。22q11は、統合失調症の連鎖領域の中でも最も注目されている場所のひとつであり、22q11.2欠失症候群患者は高い確率で統合失調症と診断されている<ref name=ref1><pubmed>16969581</pubmed></ref>。


== 統合失調症とその他の疾患との判別分析―診断補助装置の開発 ==
== 統合失調症とその他の疾患との判別分析―診断補助装置の開発 ==
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 統合失調症診断補助装置を開発し自動的に解析できるようにして多施設大量の対象者に判別分析を行った。統合失調症の脆弱性素因マーカーである、反応的探索スコアを含む探索眼球運動の4つの指標を用いた。すなわち「後で描いてもらいますからよくみてください」という記銘課題時の運動数、平均移動距離、総移動距離と「他に違いはありませんか」と聞く、念押し課題時の反応的探索スコア、合わせて4指標を用いて判別分析を行ったが、ステップワイズの指標選択でまず反応的探索スコアが選択され、次に運動数か総移動距離(記銘課題)が選択され、2つの指標で判別式が構成された<ref name=ref10><pubmed>9789207</pubmed></ref> <ref name=ref14 /> <ref name=ref17><pubmed>19165524</pubmed></ref>。
 統合失調症診断補助装置を開発し自動的に解析できるようにして多施設大量の対象者に判別分析を行った。統合失調症の脆弱性素因マーカーである、反応的探索スコアを含む探索眼球運動の4つの指標を用いた。すなわち「後で描いてもらいますからよくみてください」という記銘課題時の運動数、平均移動距離、総移動距離と「他に違いはありませんか」と聞く、念押し課題時の反応的探索スコア、合わせて4指標を用いて判別分析を行ったが、ステップワイズの指標選択でまず反応的探索スコアが選択され、次に運動数か総移動距離(記銘課題)が選択され、2つの指標で判別式が構成された<ref name=ref10><pubmed>9789207</pubmed></ref> <ref name=ref14 /> <ref name=ref17><pubmed>19165524</pubmed></ref>。


 反応的探索スコアは遺伝的素因と精神症状(陰性症状)を、運動数や総移動距離は主に精神症状(興味関心の低下など[[抑うつ症状]])と一部遺伝素因を反映すると考えられる。これらの判別分析の研究結果では、臨床診断された統合失調症のうち探索眼球運動の2つの指標で統合失調症と診断できた割合(感受性)は70~75%であった。この値70%という割合は何を意味するだろうか。Gottesman<ref name=ref2>'''Gottesman I.I.'''<br>Schizophrenia Genesis  The Origins of Madness (1991)<br>(訳)内沼幸雄、南光進一郎<br>分裂病の起源 ''日本評論社 東京'' 1992</ref>によれば「人類遺伝学者が分裂病の罹病性における遺伝因の重要性を推定したところ、統計学でいう遺伝率は約70%である」と書かれており、統合失調症の遺伝率に近いと考えられる。判別結果は遺伝的素因を強く反映する反応的探索スコアと弱い遺伝的素因と精神症状等を反映する運動数や総移動距離によって判別されているが、主に反応的探索スコアによって素因の強い統合失調症が70%程度判別されていることを示唆している。
 反応的探索スコアは遺伝的素因と精神症状([[陰性症状]])を、運動数や総移動距離は主に精神症状(興味関心の低下など[[抑うつ症状]])と一部遺伝素因を反映すると考えられる。これらの判別分析の研究結果では、臨床診断された統合失調症のうち探索眼球運動の2つの指標で統合失調症と診断できた割合(感受性)は70~75%であった。この値70%という割合は何を意味するだろうか。Gottesman<ref name=ref2>'''Gottesman I.I.'''<br>Schizophrenia Genesis. The Origins of Madness (1991)<br>(訳)内沼幸雄、南光進一郎<br>分裂病の起源 ''日本評論社 東京'' 1992</ref>によれば「人類遺伝学者が[[分裂病]]の罹病性における遺伝因の重要性を推定したところ、統計学でいう遺伝率は約70%である」と書かれており、統合失調症の遺伝率に近いと考えられる。判別結果は遺伝的素因を強く反映する反応的探索スコアと弱い遺伝的素因と精神症状等を反映する運動数や総移動距離によって判別されているが、主に反応的探索スコアによって素因の強い統合失調症が70%程度判別されていることを示唆している。


== 中核型統合失調症の抽出―異種性の問題を超えて ==
== 中核型統合失調症の抽出―異種性の問題を超えて ==
 
 Suzukiら<ref name=ref18><pubmed>22369367</pubmed></ref>は多施設共同研究で行った判別分析の結果の中から、判別分析で統合失調症と判別できた群(統合失調症判別群)と判別できなかった群(統合失調症非判別群)の間でBrief Psychiatric Rating Scaleで評価した臨床症状を比較した。まず統合失調症全体251名の臨床症状を因子分析したところ、5つの因子①hostility/excitement因子、②negative symptoms 因子、③depression/anxiety因子 ④positive symptoms因子  ⑤disorganization因子に分けられた。これらの因子とBrief Psychiatric Rating Scale総得点について、統合失調症判別群と統合失調症非判別群の間で比較したところ、統合失調症判別群で①hostility/excitement因子、②negative symptoms 因子、⑤disorganization因子、Brief Psychiatric Rating Scale総得点が有意に高く、統合失調症判別群は中核型統合失調症であることがわかった。
 Suzukiら<ref name=ref18><pubmed>22369367</pubmed></ref>は多施設共同研究で行った判別分析の結果の中から、判別分析で統合失調症と判別できた群(統合失調症判別群)と判別できなかった群(統合失調症非判別群)の間でBPRSで評価した臨床症状を比較した。まず統合失調症全体251名の臨床症状を因子分析したところ、5つの因子①hostility/excitement因子、②negative symptoms 因子、③depression/anxiety因子 ④positive symptoms因子  ⑤disorganization因子に分けられた。これらの因子とBPRS総得点について、統合失調症判別群と統合失調症非判別群の間で比較したところ、統合失調症判別群で①hostility/excitement因子、②negative symptoms 因子、⑤disorganization因子、BPRS総得点が有意に高く、統合失調症判別群は中核型統合失調症であることがわかった。


 国際診断基準で診断される統合失調症は成因的には異種の統合失調症が含まれている。これらのうち、興奮や敵意を示しやすく、陰性症状が強く、まとまりが悪く、重症な統合失調症は遺伝的素因も強く中核型の統合失調症として探索眼球運動によって抽出され、統合失調症全体の70~75%程度存在することが分かった。また、これらの統合失調症は精神病理学でいう主体性の障害を示す一群であるということもできる。
 国際診断基準で診断される統合失調症は成因的には異種の統合失調症が含まれている。これらのうち、興奮や敵意を示しやすく、陰性症状が強く、まとまりが悪く、重症な統合失調症は遺伝的素因も強く中核型の統合失調症として探索眼球運動によって抽出され、統合失調症全体の70~75%程度存在することが分かった。また、これらの統合失調症は精神病理学でいう主体性の障害を示す一群であるということもできる。