「摂食障害」の版間の差分

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== '''症状''' ==
== '''症状''' ==
主な精神症状、行動異常、身体症状を表1に示した2)。
症状は精神症状、行動異常、身体症状に分けられる2)。
(1) 精神症状
(1) 精神症状
やせ願望や肥満恐怖、身体像の障害などを認める。さらに病識が欠如しているか乏しい。その他抑うつ、不安、強迫症状、失感情症などをしばしば伴う。
主な精神症状を表1に示した。やせ願望や肥満恐怖、身体像の障害などを認める。さらに病識が欠如しているか乏しい。その他抑うつ、不安、強迫症状、失感情症などをしばしば伴う。
①やせ願望と肥満恐怖:痩せ願望が強く、体重が標準体重以下であってもより低体重を望み、体重が少し増加すると肥満するのではないかと恐れる肥満恐怖を示す。患者に希望体重を尋ねれば、低体重であってもさらなる低体重や標準体重以下の体重を望む。
①やせ願望と肥満恐怖:痩せ願望が強く、体重が標準体重以下であってもより低体重を望み、体重が少し増加すると肥満するのではないかと恐れる肥満恐怖を示す。患者に希望体重を尋ねれば、低体重であってもさらなる低体重や標準体重以下の体重を望む。
②身体像の障害:低体重で痩せていても、自分ではそれほど痩せていると思っていない。多いのは大腿部、腹部、頬などが太っているや、膨れていると感じている。
②身体像の障害:低体重で痩せていても、自分ではそれほど痩せていると思っていない。多いのは大腿部、腹部、頬などが太っているや、膨れていると感じている。
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④その他の精神症状:低栄養や体重減少により2次的に抑うつ症状を生じる。体重増加や肥満に対する不安や恐怖が強く、食事時になると不安、緊張が高まる。さらに食物やカロリ-などへの強いとらわれ、徹底した摂食制限などのANの中核症状以外にも、「整理整頓」などの強迫症状を高率に認める。また感情の気づきと表現が抑制されている失感情症(alexithymia)をしばしば認める。
④その他の精神症状:低栄養や体重減少により2次的に抑うつ症状を生じる。体重増加や肥満に対する不安や恐怖が強く、食事時になると不安、緊張が高まる。さらに食物やカロリ-などへの強いとらわれ、徹底した摂食制限などのANの中核症状以外にも、「整理整頓」などの強迫症状を高率に認める。また感情の気づきと表現が抑制されている失感情症(alexithymia)をしばしば認める。
(2)行動異常
(2)行動異常
主な行動異常を表2に示した。摂食行動、排出行動、活動性、問題行動などがある。
①摂食行動:食思不振、拒食、摂食制限、隠れ食い、盗み食い、過食などの摂食行動異常を示す。食思不振は家庭、学校、職場などにおけるストレスや対人関係の悩みなどにより生じる。拒食は母親に対する反抗や家族の注目や関心を引いたり、優しさや愛情を一身に受けるために行われる。摂食制限は美容上、健康上またはスポ-ツの競技能力の向上を目指して行われる。
①摂食行動:食思不振、拒食、摂食制限、隠れ食い、盗み食い、過食などの摂食行動異常を示す。食思不振は家庭、学校、職場などにおけるストレスや対人関係の悩みなどにより生じる。拒食は母親に対する反抗や家族の注目や関心を引いたり、優しさや愛情を一身に受けるために行われる。摂食制限は美容上、健康上またはスポ-ツの競技能力の向上を目指して行われる。
患者の多くは食思不振、拒食、摂食制限などにより摂食量低下が持続すると、空腹感を生じなくなる。そして少し食べると腹部不快感や膨満感などを訴えては、摂食量がさらに減少して体重が急激に低下する。さらに摂食量低下に対する反動として過食を生じたりする。過食についてはBNの項で述べる。
患者の多くは食思不振、拒食、摂食制限などにより摂食量低下が持続すると、空腹感を生じなくなる。そして少し食べると腹部不快感や膨満感などを訴えては、摂食量がさらに減少して体重が急激に低下する。さらに摂食量低下に対する反動として過食を生じたりする。過食についてはBNの項で述べる。
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④問題行動:自傷行為や自殺企図、アルコ-ルや薬物乱用などの自己破壊的行為や万引きなどの社会的逸脱行為を、過食を呈する患者に多く認める。
④問題行動:自傷行為や自殺企図、アルコ-ルや薬物乱用などの自己破壊的行為や万引きなどの社会的逸脱行為を、過食を呈する患者に多く認める。
(3)身体症状
(3)身体症状
ANの診断基準の低体重は、我が国において標準体重の20%以上、DSM-Ⅳ-TRでは標準体重の15%以上の減少とされている。一方、ICD-10では国際比較出来るようにBody Mass Index(体重kg/身長m2、BMI)で17.5以下とされている。ANの必須症状として無月経がある。一部の患者は痩せる以前か同時期に無月経となるが、大部分の患者は体重減少後に生じる。その他、徐脈、低体温、低血圧、浮腫、産毛の密生などを生じる。
主な身体症状を表3に示した。低体重や無月経などがある。
①低体重:ANの診断基準の低体重は、我が国において標準体重の20%以上、DSM-Ⅳ-TRでは標準体重の15%以上の減少とされている。一方、ICD-10では国際比較出来るようにBody Mass Index(体重kg/身長m2、BMI)で17.5以下とされている。
②無月経:ANの必須症状として無月経がある。一部の患者は痩せる以前か同時期に無月経となるが、大部分の患者は体重減少後に生じる。
③その他:徐脈、低体温、低血圧、浮腫、産毛の密生などを生じる。
(4)合併症
(4)合併症
①身体合併症:痩せや低栄養状態による身体合併症の症状と徴候および検査デ-タを表23)に示した。
①身体合併症:痩せや低栄養状態による身体合併症の症状と徴候および検査デ-タを表43)に示した。
②精神障害のcomorbidity:comorbidityとはある疾患をもつ患者が、その疾患の経過中またはその前後に罹患した別の疾患または病態を指し、必ずしも合併症を意味しない。摂食障害患者においてうつ病、強迫性障害、社会恐怖、恐慌性障害などの不安障害、境界性、演技性、強迫性、回避性、依存性などの人格障害、さらにアルコ-ルや薬物依存などのcomorbidityを高率に認める。
②精神障害のcomorbidity:comorbidityとはある疾患をもつ患者が、その疾患の経過中またはその前後に罹患した別の疾患または病態を指し、必ずしも合併症を意味しない。摂食障害患者においてうつ病、強迫性障害、社会恐怖、恐慌性障害などの不安障害、境界性、演技性、強迫性、回避性、依存性などの人格障害、さらにアルコ-ルや薬物依存などのcomorbidityを高率に認める。


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==''' 診断''' ==
==''' 診断''' ==
ANの診断について、表3にICD-10の診断基準を示した。これらの診断基準をすべて満たす場合にANと診断され、一部の項目を満たさない場合は非定型ANと診断される。DSM-Ⅳ(2000年にDSM--(TR)の診断基準では、さらに過食や排出行動の有無により、摂食制限型と過食/排出型に分けられている。そして診断基準の一部を満たさない場合には特定不能の摂食障害と診断される。
ANの診断について、表5にDSM-ⅣとICD-10の診断基準を示した。それぞれの診断基準ですべて満たす場合にANと診断され、一部の項目を満たさない場合には、DSM-Ⅳで特定不能の摂食障害、ICD-10で非定型ANと診断される。DSM-Ⅳの診断基準では、さらに過食や排出行動の有無により、摂食制限型と過食/排出型に分けられている。
鑑別診断として、痩せをきたす身体疾患や精神疾患が鑑別の対象となる。身体疾患の鑑別に際して末梢血、血清蛋白、電解質、肝・腎機能、脂質、消化器系、循環器系の検査や頭部CTスキャンなどがある。これらの諸検査は、症状や徴候、緊急度に応じて適宜選択して行うもので、闇雲に行うものではない。
鑑別診断として、痩せをきたす身体疾患や精神疾患が鑑別の対象となる。身体疾患の鑑別に際して末梢血、血清蛋白、電解質、肝・腎機能、脂質、消化器系、循環器系の検査や頭部CTスキャンなどがある。これらの諸検査は、症状や徴候、緊急度に応じて適宜選択して行うもので、闇雲に行うものではない。
痩せをきたす内分泌疾患との鑑別については、
痩せをきたす内分泌疾患との鑑別については、
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== '''症状''' ==
== '''症状''' ==
主な精神症状、行動異常、身体症状を表1に示した2)。
主な精神症状、行動異常、身体症状を表1に示した2)。
(1)精神症状
(1)精神症状(表1)
やせ願望はそれほど強くないが、強い肥満恐怖を認める。したがって希望体重を尋ねれば、標準範囲の下限以内の体重を望む。身体像の障害について、これを伴わない場合もある。自ら症状に苦しみ病感を有しているが、恥ずかしいこと、自分がだらしないことと思い、真の病識は形成されていない場合が多い。その他抑うつ、不安、強迫症状、失感情症などをしばしば伴う。
やせ願望はそれほど強くないが、強い肥満恐怖を認める。したがって希望体重を尋ねれば、標準範囲の下限以内の体重を望む。身体像の障害について、これを伴わない場合もある。自ら症状に苦しみ病感を有しているが、恥ずかしいこと、自分がだらしないことと思い、真の病識は形成されていない場合が多い。その他抑うつ、不安、強迫症状、失感情症などをしばしば伴う。
(2) 行動異常
(2) 行動異常(表2)
①摂食行動:過食、だらだら食い、絶食、摂食制限、隠れ食い、盗み食い、噛んで吐き出す(Chewing and spitting out food)などを示す。BNの中核症状は過食(binge eating)であり、bingeは「どんちゃん騒ぎ、酒宴、大騒ぎ、パ-ティ」などを意味し、binge eatingはこの様な際に大量の食物を無茶食いすることを云う。
①摂食行動:過食、だらだら食い、絶食、摂食制限、隠れ食い、盗み食い、噛んで吐き出す(Chewing and spitting out food)などを示す。BNの中核症状は過食(binge eating)であり、bingeは「どんちゃん騒ぎ、酒宴、大騒ぎ、パ-ティ」などを意味し、binge eatingはこの様な際に大量の食物を無茶食いすることを云う。
しかし、これが摂食障害との関連で用いられる場合において、DSM-Ⅳ(-TR)では、1)一定の時間内(例えば2時間以内)に大部分の人が食べるより明らかに大量の食物を摂取し、2)その間、摂食を自制できないという感じをともなう(例えば、食べるのを途中で止められない感じや、何をどれだけ食べるかをコントロ-ルできない感じ)と定義されている。
しかし、これが摂食障害との関連で用いられる場合において、DSM-Ⅳ(-TR)では、1)一定の時間内(例えば2時間以内)に大部分の人が食べるより明らかに大量の食物を摂取し、2)その間、摂食を自制できないという感じをともなう(例えば、食べるのを途中で止められない感じや、何をどれだけ食べるかをコントロ-ルできない感じ)と定義されている。
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④問題行動:自傷行為や自殺企図、アルコ-ルや薬物乱用などの自己破壊的行為や万引きなどの社会的逸脱行為をしばしば認める。自傷行為として、手首自傷症候群が多い。鋭利なもので切りつけた時に、イライラや緊張感が一時的に緩和すると云う。
④問題行動:自傷行為や自殺企図、アルコ-ルや薬物乱用などの自己破壊的行為や万引きなどの社会的逸脱行為をしばしば認める。自傷行為として、手首自傷症候群が多い。鋭利なもので切りつけた時に、イライラや緊張感が一時的に緩和すると云う。
自殺企図として、薬物によるものが最も多く、向精神薬の投与は注意を要する。欧米の研究ではBN患者の約3割弱にアルコ-ルや薬物依存を合併すると云われているが、我が国ではそれ程多くない。万引きについて、約1/3の患者にみられ、食品類を盗む場合が多い。
自殺企図として、薬物によるものが最も多く、向精神薬の投与は注意を要する。欧米の研究ではBN患者の約3割弱にアルコ-ルや薬物依存を合併すると云われているが、我が国ではそれ程多くない。万引きについて、約1/3の患者にみられ、食品類を盗む場合が多い。
(3)身体症状
(3)身体症状(表3)
体重は標準範囲内かむしろ肥満に傾き、無月経や稀発月経、あるいは過剰月経などの月経異常をしばしば認める。また、浮腫や過食後に微熱を生じたりする。
体重は標準範囲内かむしろ肥満に傾き、無月経や稀発月経、あるいは過剰月経などの月経異常をしばしば認める。また、浮腫や過食後に微熱を生じたりする。
(4)合併症
(4)合併症
過食や嘔吐、下剤乱用による身体合併症の症状と徴候および検査デ-タを表43)に示した。
過食や嘔吐、下剤乱用による身体合併症の症状と徴候および検査デ-タを表63)に示した。
この中で最も注意を要するのは電解質異常で、低K血症により心機能異常を呈し致死性頻拍性心室性不整脈を生じることである。
この中で最も注意を要するのは電解質異常で、低K血症により心機能異常を呈し致死性頻拍性心室性不整脈を生じることである。
精神障害のcomorbidityとして、うつ病、強迫性障害、社会不安障害、恐慌性障害などの不安障害、境界性、演技性、強迫性、回避性、依存性などの人格障害、さらにアルコ-ルや薬物依存などを高率に認める。
精神障害のcomorbidityとして、うつ病、強迫性障害、社会不安障害、恐慌性障害などの不安障害、境界性、演技性、強迫性、回避性、依存性などの人格障害、さらにアルコ-ルや薬物依存などを高率に認める。
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== '''診断''' ==
== '''診断''' ==
BNの診断について、表5にWHOのICD-10の診断基準を示した。これらの診断基準の一部を満たさない場合、非定型(atypical)BNと診断される。一方DSM-Ⅳ(-TR)の診断基準ではさらに排出行動の有無により排出型と非排出型に分けられている。
BNの診断について、表7にDSM-ⅣとICD-10の診断基準を示した。それぞれの診断基準ですべて満たす場合にBNと診断され、一部の項目を満たさない場合には、DSM-Ⅳで特定不能の摂食障害、ICD-10で非定型BNと診断される。DSM-Ⅳの診断基準では、さらに排出行動の有無により、排出型と非排出型に分けられている。


== '''治療''' ==
== '''治療''' ==
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== '''参考文献''' ==
== '''参考文献''' ==
1)切池信夫:摂食障害、精神医学、48:
1)切池信夫:摂食障害、精神医学、48:356—369,2006
356—369,2006


2)切池信夫:さまざまな臨床像、「摂食障害-食べない、食べられない、食べたら止まらない」-、医学書院、東京、pp51-59、2000
2)切池信夫:さまざまな臨床像、「摂食障害-食べない、食べられない、食べたら止まらない」第2版、医学書院、東京、pp61-69、2009


3)切池信夫:さまざまな合併症、「摂食障害-食べない、食べられない、食べたら止まらない-」、医学書院、東京、pp113-137、2000
3)切池信夫:さまざまな合併症、「摂食障害-食べない、食べられない、食べたら止まらない-」第2版、医学書院、東京、pp125-149、2009


4)切池信夫:治療は難しい、「摂食障害-食べない、食べられない、食べたら止まらない-」、医学書院、東京、pp139-189、2000
4)切池信夫:治療は難しい、「摂食障害-食べない、食べられない、食べたら止まらない-」第2版、医学書院、東京、pp151-220、2009


5)切池信夫:摂食障害の子供を抱える家族に対して、みんなで学ぶ過食と拒食とダイエット、
5)切池信夫:摂食障害の子供を抱える家族に対して、みんなで学ぶ過食と拒食とダイエット、
146行目: 149行目:
Psychological Medicine,9:429,1979.
Psychological Medicine,9:429,1979.


8)Fairburn CG:Cognitive-behavioral
8)Fairburn CG:Cognitive-behavioral treatment for bulimia,In Handbook of  
treatment for bulimia,In Handbook of  
Psychotherapy for Anorexia Nervosa and Bulimia(edited by Garner DM & Garfinkel PE,
Psychotherapy for Anorexia Nervosa and
Bulimia(edited by Garner DM & Garfinkel PE,
Guilford Press,New York.160-192,1985
Guilford Press,New York.160-192,1985


9)Quadflieg N,Fichter MM: The course and outcome of bulimia nervosa, European Child & Adolescent Psychiatry(Suppl 1),
9)Quadflieg N,Fichter MM: The course and outcome of bulimia nervosa, European Child & Adolescent Psychiatry(Suppl 1),12:99-109,2003
12:99-109,2003
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