操作的診断基準(精神疾患の)

2014年6月13日 (金) 17:03時点におけるTfuruya (トーク | 投稿記録)による版

(差分) ← 古い版 | 承認済み版 (差分) | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)
印刷用ページはサポート対象外です。表示エラーが発生する可能性があります。ブラウザーのブックマークを更新し、印刷にはブラウザーの印刷機能を使用してください。

塩入 俊樹
岐阜大学 精神科
DOI:10.14931/bsd.912 原稿受付日:2012年3月28日 原稿完成日:2013年1月17日
担当編集委員:加藤 忠史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)

英語名:operational diagnostic criteria

 操作的診断基準は、原因不明なため、検査法がなく、臨床症状に依存して診断せざるを得ない精神疾患に対し、信頼性の高い診断を与えるために、明確な基準を設けた診断基準である。操作的診断基準を用いて均一の患者群を抽出することによって、病態解明の研究や疫学調査を推進することに加え、治療成績や転帰の比較検討を可能にするといった意義がある。

操作的診断基準の意義

 診断信頼性を減少させる主な要因としては、①情報分散、②観察/解釈分散、③基準分散の3つが知られている。それに対して、診断のために必要な情報を提示し、その観察や解釈についての説明を明記し、得られた情報から診断が下されるための一種の規則、すなわち診断基準を明確に定義することで、それらの要因を最小限にしようとする試みがなされる。特に、③基準分散を重視すると、明確な操作的定義(=診断基準)の設定が必要となる。これが操作的診断基準である。言い換えれば、操作的診断基準とは、「診断を下すためには、以下の基準の三つ(またはそれ以上)が過去12ヶ月の間に存在すること」というように、明確な基準を設けた診断基準である。これによって、症状項目リストの提示が必然的に行われ、症状学の不足による①情報分散も同時に大きく改善される。一方、②観察/解釈分散については、症状学に対する十分な研修が必要である。そして、適切な診断基準によってより均一の患者群を抽出することが可能となる。その目的は、①病態解明だけでなく、それぞれの医療機関や医師の間での②治療成績や③転帰の比較検討を可能にすること、そして④疫学的調査への有用性である。したがって、極言すれば、診断基準は元々、個々の患者での診断を正確に行うために作られたものではないとも言える。

 現在、診断基準が臨床現場でよく用いられる身体疾患としては、関節リウマチ全身性エリテマトーデス等の膠原病があるが、これの疾患の原因がまだ十分に解明されていないことやそもそも単一疾患かどうかも不明であることがその理由である。適切な診断基準には感度(sensitivity)と特異度(specitivity)のバランスが求められ、その作成には十分な検討が必要となる。

歴史

 精神医学においてもほとんどの疾患が原因不明なため、診断基準が有用である。しかしながら1980年以前までは本格的な診断基準は皆無で、精神科医間の診断信頼性は極端に低く、国際的な比較等は到底できない状況にあった。これらの問題を解決するために、米国精神医学会による公式診断基準DSM-Ⅲ(1980)が作成された。また、世界保健機関(WHO)によるICD-10(1992)も同様である。重要な点は、客観的な検査法がほとんどなく、臨床症状のみに依存せざるを得ない(=症状記述主義)精神疾患に関する診断基準では、感度と特異度のバランスの前に、まずその診断の高い妥当性(validity)と信頼性(reliability)が求められることである。そのためDSMでは、さらに妥当性と信頼性を高めるための診断基準の改訂に向けて、DSM-Ⅲの刊行直後から個々の疾患に関する様々な情報の蓄積に努め、その結果1987年にはDSM-Ⅲ-R、そして1994年にはDSM-Ⅳと継続した改訂がなされてきた。逆を言えば、DSM-Ⅲ診断基準はbestでもbetterでもなく、その時点ではgood程度のものでしかない。つまり、原因不明の精神疾患の診断基準は、病因・病態だけでなく、治療反応性や転帰、疫学等に関する新たな情報が十分に得られた時点で、また新たな診断基準へと進化し続けていく宿命にある。精神科医には診断基準に翻弄されるのではなく、それらの本質を見抜き、それを治療的に有効活用する姿勢が重要である。

疾患分類の2つの方式

 疾患分類には、カテゴリー的(categorical)分類とディメンション(dimensional)方式がある。前者は現在DSM-ⅣやICD-10で主に用いられ、精神疾患を定義する特徴を記した基準の組み合わせに基づいて病型に分ける、つまり、臨床症状を各カテゴリーによって割り付けるものである。しかしながらこの分類方式は、①分類された一群が均一である時、②各分類間の境界が明確である時、そして③他の分類とは相互背反的である時、最も有効なため、そもそも精神疾患での使用には限界がある。一方、ディメンション方式は、各要素の数量化に基づいて分類し、分散が連続的で明瞭な境界線を持たない現象の記述に最も適する。つまり、ディメンジョン方式は、症状の重症度を“症状なし”から“重度”まで評価することで、カテゴリー方式では閾値以下であった臨床的特徴も記述でき、個々の患者へのより適切な治療を提供できるかもしれない。一方で、数量的なディメンション式記述はカテゴリー式病名に比べ、はるかになじみのないことや生き生きとした描写にも欠ける等の欠点もある。したがって、どちらが精神疾患の分類に適しているかはまだ合意がなされていない。なお、2010年2月に発表されたDSM-5のドラフト(案)では、新たにディメンジョン要素を追加するために、抑うつ不安睡眠自殺等を横断的に評価する患者自己記入尺度の導入も提案されているものの、基本的には従来のカテゴリー診断アプローチを踏襲している。

関連項目