「攻撃性」の版間の差分

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<font size="+1">[https://researchmap.jp/takahashi_aki 高橋 阿貴]</font><br>
<font size="+1">[https://researchmap.jp/takahashi_aki 高橋 阿貴]</font><br>
''筑波大学 人間系''<br>
''筑波大学 人間系''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2018年3月14日 原稿完成日:<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2018年3月14日 原稿完成日:2018年4月12日<br>
担当編集委員:[https://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
担当編集委員:[https://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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=== 攻撃の対象 ===
=== 攻撃の対象 ===
 攻撃性は多くの場合、「同種の個体に対する闘争の衝動<ref name=Lorenz1963>'''ローレンツ, K.'''<br>攻撃:悪の自然史<br>''みすず書房''; 1970(原著1963)</ref>を指す。広義には、他種個体に対する行動、例えば防御に付随する捕食者への攻撃行動(”窮鼠猫を噛む”)や、[[捕食行動]]predatory behaviorを含める場合もある。後者には異論もあるが、例えば共食いなど、厳密に攻撃と補食を分離できない場合もある<ref name=Wilson1975>'''ウィルソン, E.O.'''<br>社会生物学<br>''新思索社'' p. 1341; 1982(原著1975)</ref>。
 攻撃性は多くの場合、「同種の個体に対する闘争の衝動<ref name=Lorenz1963>'''ローレンツ, K.'''<br>攻撃:悪の自然史<br>''みすず書房''; 1970(原著1963)</ref>を指す。広義には、他種個体に対する行動、例えば防御に付随する捕食者への攻撃行動(”窮鼠猫を噛む”)や、[[捕食行動]] predatory behaviorを含める場合もある。後者には異論もあるが、例えば共食いなど、厳密に攻撃と補食を分離できない場合もある<ref name=Wilson1975>'''ウィルソン, E.O.'''<br>社会生物学<br>''新思索社'' p. 1341; 1982(原著1975)</ref>。


=== 分類 ===
=== 分類 ===
 
 次のような観点から分類される。
==== 目的 ====
==== 目的 ====
 攻撃行動を、主たる目的が相手に危害を加えるための攻撃offensive aggressionと、自己を守るための攻撃defensive aggressionに分けることがある<ref name=Blanchard2003><pubmed> 14609538</pubmed></ref>。オス同士の縄張りを巡る攻撃では、元来居住者側の攻撃をoffense, 侵入者の行動をdefenseと呼ぶことがあるが、一方で捕食行動をoffense、居住者側の行動をdefenseと呼ぶ研究者もいるなど、用語の混乱も見られる点に注意が必要である。
 攻撃行動を、主たる目的が相手に危害を加えるための攻撃offensive aggressionと、自己を守るための攻撃defensive aggressionに分けることがある<ref name=Blanchard2003><pubmed> 14609538</pubmed></ref>。オス同士の縄張りを巡る攻撃では、元来居住者側の攻撃をoffense, 侵入者の行動をdefenseと呼ぶことがあるが、一方で捕食行動をoffense、居住者側の行動をdefenseと呼ぶ研究者もいるなど、用語の混乱も見られる点に注意が必要である。
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==== 発生機序 ====
==== 発生機序 ====
 攻撃行動を、[[反応的攻撃]]reactive aggression(自らが危険にさらされたり、思い通りにいかない欲求不満をきっかけに攻撃する)と、[[道具的攻撃]]instrumental aggression(自ら利益を得るために、先制的に攻撃する。proactive aggressionとも)に分類することがある。
 攻撃行動を、[[反応的攻撃]] reactive aggression(自らが危険にさらされたり、思い通りにいかない欲求不満をきっかけに攻撃する)と、[[道具的攻撃]] instrumental aggression(自ら利益を得るために、先制的に攻撃する。proactive aggressionとも)に分類することがある。


 前者は、defensive aggressionに、後者は捕食行動にオーバーラップする。
 前者は、defensive aggressionに、後者は捕食行動にオーバーラップする。
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====社会的状況 ====
====社会的状況 ====
 例えばウィルソンは、動物に攻撃性が見られる社会的な状況として、1縄張りを巡る攻撃、2順位に関する攻撃、3性的な攻撃([[wj:マントヒヒ|マントヒヒ]]のオスがハレムからメスが出ないように脅す、[[オランウータン]]など[[霊長類]]が交尾のためにメスを攻撃したり交尾中に噛みつくことなど)、4親のしつけとしての攻撃、5離乳を巡る攻撃(子別れ)、6道徳的な攻撃(規律に従わせるための違反者への罰則など)、7補食的な攻撃、8捕食者に対する攻撃(モビングなど)、をあげている<ref name=Wilson1975/>。他にも、様々な状況下で[[子殺し行動]]も多くの動物種に見られる<ref>'''黒田公美, 白石優子, 篠塚一貴, 時田賢一、加藤忠史, ed.'''<br>子ども虐待はなぜ起こるのか―親子関係の脳科学. In ここまでわかった!脳とこころ<br>''日本評論社'', pp. 16-24; 2016</ref>。
 例えば[[wj:エドワード・オズボーン・ウィルソン|ウィルソン]]は、動物に攻撃性が見られる社会的な状況として、
# 縄張りを巡る攻撃
# 順位に関する攻撃
# 性的な攻撃([[wj:マントヒヒ|マントヒヒ]]のオスがハレムからメスが出ないように脅す、[[オランウータン]]など[[霊長類]]が交尾のためにメスを攻撃したり交尾中に噛みつくことなど)
# 親のしつけとしての攻撃
# 離乳を巡る攻撃(子別れ)
# 道徳的な攻撃(規律に従わせるための違反者への罰則など)
# 補食的な攻撃
# 捕食者に対する攻撃([[モビング]]など)
をあげている<ref name=Wilson1975/>。他にも、様々な状況下で[[子殺し行動]]も多くの動物種に見られる<ref>'''黒田公美, 白石優子, 篠塚一貴, 時田賢一、加藤忠史, ed.'''<br>子ども虐待はなぜ起こるのか―親子関係の脳科学. In ここまでわかった!脳とこころ<br>''日本評論社'', pp. 16-24; 2016</ref>。


==== 病的な攻撃性 ====
=== 病的な攻撃性 ===
 攻撃行動はその種において適応的な意義がある一方で、それが適度な程度を超えて過剰になってしまうと、それは病的な攻撃性と考えられる。人間社会においても、暴力のように過剰な攻撃性が大きな問題となっている。このような過剰な攻撃性の[[動物モデル]]([[げっ歯類]])として、社会的[[隔離]]による幼少期の[[ストレス]]経験や、思春期における[[筋肉増強剤]]などの[[ステロイド]]処置により、過剰な攻撃行動が生ずることが知られている。
 攻撃行動はその種において適応的な意義がある一方で、それが適度な程度を超えて過剰になってしまうと、それは病的な攻撃性と考えられる。人間社会においても、暴力のように過剰な攻撃性が大きな問題となっている。このような過剰な攻撃性の[[動物モデル]]([[げっ歯類]])として、社会的[[隔離]]による幼少期の[[ストレス]]経験や、思春期における[[筋肉増強剤]]などの[[ステロイド]]処置により、過剰な攻撃行動が生ずることが知られている。


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 [[wj:ヴァルター・ヘス|ヘス]]は、ネコの視床下部の電気刺激によって攻撃と逃走を誘発できることを発見した<ref> '''Hess, W.R.'''<br>Stammganglien-Reizversuche.<br>''Berichte der gesamten Physiologie'' 42, 554-555.; 1928</ref>。当時、視床下部は自律神経の中枢と考えられていたが、上述のバードの実験とあわせ、生得的な行動の中枢も視床下部にあると考えられるようになった。
 [[wj:ヴァルター・ヘス|ヘス]]は、ネコの視床下部の電気刺激によって攻撃と逃走を誘発できることを発見した<ref> '''Hess, W.R.'''<br>Stammganglien-Reizversuche.<br>''Berichte der gesamten Physiologie'' 42, 554-555.; 1928</ref>。当時、視床下部は自律神経の中枢と考えられていたが、上述のバードの実験とあわせ、生得的な行動の中枢も視床下部にあると考えられるようになった。


 ヘス自身は視床下部内で「攻撃」特異的な解剖学的領域の存在には否定的であった。しかし九州大学の安河内五郎(Yasukochi, 1960)<ref><pubmed> 13787257</pubmed></ref>は反応の強い刺激脳部位、すなわち低い閾値で明確な反応が出た場所だけをマップすると、特定の行動に対応する部位が存在すること、特に激怒+攻撃は[[視床下部]][[腹内側核]] (ventromedial hypothalamic nucleus; VMH)への刺激で起こりやすいことを示した。ネコ、ラット、[[有袋類]][[wj:オポッサム|オポッサム]]、[[霊長類]][[wj:コモンマーモセット|マーモセット]]においても、VMHに重なる視床下部腹内側の刺激で防御的威嚇行動が、その背外側で[[逃走行動]]が生じることから、これらの視床下部における行動誘発マップは哺乳類内でよく保存されていると考えられる(Lipp and Hunsperger, 1978)<ref><pubmed>100172</pubmed></ref>。
 ヘス自身は視床下部内で「攻撃」特異的な解剖学的領域の存在には否定的であった。しかし九州大学の安河内五郎<ref><pubmed> 13787257</pubmed></ref>は反応の強い刺激脳部位、すなわち低い閾値で明確な反応が出た場所だけをマップすると、特定の行動に対応する部位が存在すること、特に激怒+攻撃は[[視床下部]][[腹内側核]] (ventromedial hypothalamic nucleus; VMH)への刺激で起こりやすいことを示した。ネコ、ラット、[[有袋類]][[wj:オポッサム|オポッサム]]、[[霊長類]][[wj:コモンマーモセット|マーモセット]]においても、VMHに重なる視床下部腹内側の刺激で防御的威嚇行動が、その背外側で[[逃走行動]]が生じることから、これらの視床下部における行動誘発マップは哺乳類内でよく保存されていると考えられる<ref><pubmed>100172</pubmed></ref>。


 クルックらはラットを用い、攻撃やそのほかの行動を誘発する視床下部内領域をより詳細にマッピングし、「攻撃」誘発領域をhypothalamic attack area, HAAと命名した。
 クルックらはラットを用い、攻撃やそのほかの行動を誘発する視床下部内領域をより詳細にマッピングし、「攻撃」誘発領域をhypothalamic attack area, HAAと命名した。


=== 光遺伝学的実験 ===
=== 光遺伝学的実験 ===
 アメリカのカリフォルニア工科大学のリン、[[w:David J. Anderson|アンダーソン]]らはマウスにおいて[[光遺伝学]] (optogenetics)の手法を用い、VMHの腹外側部(VMHvl)、とくに[[エストロゲン受容体α]](ERα)を発現するニューロン特異的な光遺伝学的刺激が、攻撃行動を起こすことを見出した<ref><pubmed> 24739975</pubmed></ref><ref><pubmed>21307935</pubmed></ref>。オスマウスVMHのERα発現細胞を光遺伝学により活性化すると、普段なら攻撃が起こらない状況においても、攻撃行動が誘発される。例えば膨らませた手袋や、性行動をしている相手のメスマウスに対しても、光を照射するとただちに攻撃行動が誘発される。ERαとほぼ局在が同じプロゲステロンレセプターPR陽性VMHvlニューロンのDREADD-Gqを用いた薬理遺伝学的活性化でも、居住オスは本来行わないメスや手袋、自分の鏡像に対する攻撃を行った(Yang et al., 2017)<ref><pubmed>28757304</pubmed></ref>。オスを[[去勢]]したり、[[フェロモン受容体]]のノックアウトをしても、VMHvlを活性化すると攻撃は起こる。
 アメリカのカリフォルニア工科大学のリン、[[w:David J. Anderson|アンダーソン]]らはマウスにおいて[[光遺伝学]] (optogenetics)の手法を用い、VMHの腹外側部(VMHvl)、とくに[[エストロゲン受容体α]](ERα)を発現するニューロン特異的な光遺伝学的刺激が、攻撃行動を起こすことを見出した<ref><pubmed> 24739975</pubmed></ref><ref><pubmed>21307935</pubmed></ref>。オスマウスVMHのERα発現細胞を光遺伝学により活性化すると、普段なら攻撃が起こらない状況においても、攻撃行動が誘発される。例えば膨らませた手袋や、性行動をしている相手のメスマウスに対しても、光を照射するとただちに攻撃行動が誘発される。ERαとほぼ局在が同じプロゲステロンレセプターPR陽性VMHvlニューロンのDREADD-Gqを用いた薬理遺伝学的活性化でも、居住オスは本来行わないメスや手袋、自分の鏡像に対する攻撃を行った<ref><pubmed>28757304</pubmed></ref>。オスを[[去勢]]したり、[[フェロモン受容体]]のノックアウトをしても、VMHvlを活性化すると攻撃は起こる。
 
 さらに、VMHvl ニューロンの光遺伝学的機能抑制によって攻撃行動が抑制され、また、ERα発現 “攻撃” ニューロンは侵入者オスに対する自発的な攻撃中に発火する。これらのことから、マウスVMHvlのERα発現ニューロンは、攻撃行動の発動に必要かつ十分であると考えられた。
 さらに、VMHvl ニューロンの光遺伝学的機能抑制によって攻撃行動が抑制され、また、ERα発現 “攻撃” ニューロンは侵入者オスに対する自発的な攻撃中に発火する。これらのことから、マウスVMHvlのERα発現ニューロンは、攻撃行動の発動に必要かつ十分であると考えられた。


=== 視床下部VMH以外の脳部位 ===
=== 視床下部VMH以外の脳部位 ===
 攻撃性に関与する脳部位はVMHvl以外にもある。[[前頭前野]]、[[中隔]]、[[扁桃体]]、[[側坐核]]、[[分界条庄核]]、[[視索前野]]、[[視床下部前核]]、[[前乳頭体核]]、[[室傍核]]、[[手綱核]]、[[中脳水道周囲灰白質]]、[[背側縫線核]]、[[青斑核]]などが攻撃行動に関与することが明らかになってきている(Newman et al., 1997) (Veening et al., 2005)<ref><pubmed> 9071355</pubmed></ref><ref><pubmed> 16263109 </pubmed></ref>。これらの領域は視床下部などの各領域と投射(結合)関係を持ち、情報をやりとりしながら、行動を解発する刺激(感覚)の情報処理や、実際の行動の際の計画・運動などに関与し、全体としてネットワークを形成していると考えられる(de Boer et al., 2015) (篠塚一貴 et al., 2017)<ref><pubmed> 26066717</pubmed></ref><ref>'''篠塚一貴, 矢野沙織, Menno, R.K., 黒田公美'''<br>攻撃性の脳内基盤II.<br>''臨床精神医学'' 46, 1067-1076.; 2017</ref>。
 攻撃性に関与する脳部位はVMHvl以外にもある。[[前頭前野]]、[[中隔]]、[[扁桃体]]、[[側坐核]]、[[分界条庄核]]、[[視索前野]]、[[視床下部前核]]、[[前乳頭体核]]、[[視床下部室傍核]]、[[手綱核]]、[[中脳水道周囲灰白質]]、[[背側縫線核]]、[[青斑核]]などが攻撃行動に関与することが明らかになってきている<ref><pubmed> 9071355</pubmed></ref><ref><pubmed> 16263109 </pubmed></ref>。これらの領域は視床下部などの各領域と投射(結合)関係を持ち、情報をやりとりしながら、行動を解発する刺激(感覚)の情報処理や、実際の行動の際の計画・運動などに関与し、全体としてネットワークを形成していると考えられる<ref><pubmed> 26066717</pubmed></ref><ref>'''篠塚一貴, 矢野沙織, Menno, R.K., 黒田公美'''<br>攻撃性の脳内基盤II.<br>''臨床精神医学'' 46, 1067-1076.; 2017</ref>。


== ホルモン・神経伝達物質 ==
== ホルモン・神経伝達物質 ==
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=== 性ステロイドホルモン ===
=== 性ステロイドホルモン ===
 多くの動物において、雄の方が雌よりも攻撃性が高く、特に精巣から[[テストステロン]]の分泌が増加する思春期から攻撃行動が増加する。また、成体雄の精巣を除去すると攻撃行動が低下し、そこにテストステロンを投与することで攻撃行動が回復することから、テストステロンが攻撃行動の出現に必須であることが示されている(近藤ら、2010)<ref>'''近藤保彦, 菊水健史, 山田一夫, 小川園子, 富原 一哉'''<br>脳とホルモンの行動学<br>''西村書店''; 2010</ref>。テストステロンは、直接[[アンドロゲン受容体]]に作用するのに加えて、[[アロマターゼ]]により芳香化され[[エストラジオール]]に代謝されることで、エストロゲン受容体にも作用する。攻撃行動には実はこのエストロゲン受容体を介した作用が重要な働きを持つことが明らかとなってきており、去勢した雄にエストラジオールを投与しても攻撃行動がある程度回復することや、アロマターゼを抑制するとテストステロンの効果が阻害されることが分かっている(Bowden and Brain, 1978)<ref><pubmed> 567355</pubmed></ref>。遺伝子ノックアウトマウスの仕事から、アンドロゲン受容体とエストロゲン受容体α(ERα)の両方が、攻撃行動の出現に関与することが明らかとなっており(Sato et al 2004, Ogawa et al 1997)<ref name=Sato2004><pubmed> 14747651 </pubmed></ref>、先に述べた視床下部VMHvlについても、ERα受容体の発現が攻撃行動の発動に関わることが示されている(Sano et al 2004)<ref name=Sato2004/>。
 多くの動物において、雄の方が雌よりも攻撃性が高く、特に精巣から[[テストステロン]]の分泌が増加する思春期から攻撃行動が増加する。また、成体雄の精巣を除去すると攻撃行動が低下し、そこにテストステロンを投与することで攻撃行動が回復することから、テストステロンが攻撃行動の出現に必須であることが示されている<ref>'''近藤保彦, 菊水健史, 山田一夫, 小川園子, 富原 一哉'''<br>脳とホルモンの行動学<br>''西村書店''; 2010</ref>。テストステロンは、直接[[アンドロゲン受容体]]に作用するのに加えて、[[アロマターゼ]]により芳香化され[[エストラジオール]]に代謝されることで、エストロゲン受容体にも作用する。攻撃行動には実はこのエストロゲン受容体を介した作用が重要な働きを持つことが明らかとなってきており、去勢した雄にエストラジオールを投与しても攻撃行動がある程度回復することや、アロマターゼを抑制するとテストステロンの効果が阻害されることが分かっている<ref><pubmed> 567355</pubmed></ref>。遺伝子ノックアウトマウスの仕事から、アンドロゲン受容体とエストロゲン受容体α(ERα)の両方が、攻撃行動の出現に関与することが明らかとなっており<ref name=Sato2004><pubmed> 14747651 </pubmed></ref>、先に述べた視床下部VMHvlについても、ERα受容体の発現が攻撃行動の発動に関わることが示されている<ref name=Sato2004/>。


=== セロトニンと攻撃性 ===
=== セロトニンと攻撃性 ===
 攻撃行動に関わる神経伝達物質として最もよく研究されているのが、セロトニン(5-HT)である。衝動的・暴力的な行動を示す個体において、血中や脳内のセロトニンが低下していることが様々な動物において観察されたことから、セロトニンが欠損すると攻撃性が昂進するという仮説が一般的に広く受け入れられているが、実はそう単純な関係ではないことが徐々に認識されてきている(de Boer and Koolhaas, 2005, Olivier 2004)<ref><pubmed>16310183 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15817750 </pubmed></ref>。
 攻撃行動に関わる神経伝達物質として最もよく研究されているのが、セロトニン(5-HT)である。衝動的・暴力的な行動を示す個体において、血中や脳内のセロトニンが低下していることが様々な動物において観察されたことから、セロトニンが欠損すると攻撃性が昂進するという仮説が一般的に広く受け入れられているが、実はそう単純な関係ではないことが徐々に認識されてきている<ref><pubmed>16310183 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15817750 </pubmed></ref>。


 実際、セロトニン合成([[トリプトファン水酸化酵素2]] (tryptophan hydroxylase 2; [[Tph2]])や、セロトニン神経発達に関わる遺伝子([[Pet-1]])を欠損させたり、[[5-HT1B]]受容体を欠損させた[[ノックアウトマウス]]において、攻撃行動が多くみられることは、セロトニン系の阻害が攻撃行動を昂進させることを示している(Hendricks et al. 2003, Saudou et al. 1994, Alenina et al. 2009)<ref><pubmed> 12546819 </pubmed></ref><ref><pubmed> 8091214 </pubmed></ref><ref><pubmed>19520831</pubmed></ref>。その一方で、[[モノアミン酸化酵素]][[MAOA]]が欠損したヒトやマウスにおいて、過剰な攻撃性が観察され、それらの個体ではセロトニン量が増加している(Brunner et al. 1993, Cases et al. 1995)<ref><pubmed> 8211186</pubmed></ref><ref><pubmed>7792602</pubmed></ref>。また、[[セロトニン再取り込み阻害薬]]([[SSRI]])は攻撃行動を減らすという報告と増加させるという報告が混在している(Sharma et al 2016, Carrillo et al 2009)<ref><pubmed>26819231</pubmed></ref><ref><pubmed> 19404614</pubmed></ref>。このことから、セロトニンは受容体のサブタイプや、作用する脳部位によって、攻撃行動に異なる作用をもたらしており、更に攻撃行動のタイプ(offensive, defensive, 母親攻撃行動など)や、攻撃の特性(trait)と状態(state)によっても、セロトニンと攻撃行動の関係は異なる可能性が示唆されている。
 実際、セロトニン合成([[トリプトファン水酸化酵素2]] (tryptophan hydroxylase 2; [[Tph2]])や、セロトニン神経発達に関わる遺伝子([[Pet-1]])を欠損させたり、[[5-HT1B]]受容体を欠損させた[[ノックアウトマウス]]において、攻撃行動が多くみられることは、セロトニン系の阻害が攻撃行動を昂進させることを示している<ref><pubmed> 12546819 </pubmed></ref><ref><pubmed> 8091214 </pubmed></ref><ref><pubmed>19520831</pubmed></ref>。その一方で、[[モノアミン酸化酵素]][[MAOA]]が欠損したヒトやマウスにおいて、過剰な攻撃性が観察され、それらの個体ではセロトニン量が増加している<ref><pubmed> 8211186</pubmed></ref><ref><pubmed>7792602</pubmed></ref>。また、[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]]([[SSRI]])は攻撃行動を減らすという報告と増加させるという報告が混在している<ref><pubmed>26819231</pubmed></ref><ref><pubmed> 19404614</pubmed></ref>。このことから、セロトニンは受容体のサブタイプや、作用する脳部位によって、攻撃行動に異なる作用をもたらしており、更に攻撃行動のタイプ(offensive, defensive, 母親攻撃行動など)や、攻撃の特性(trait)と状態(state)によっても、セロトニンと攻撃行動の関係は異なる可能性が示唆されている。


== 参考文献  ==
== 参考文献  ==
<references />
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