攻撃性

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英:Aggression, Aggressiveness

類義語 '攻撃行動 Aggressive behavior、闘争Attack、敵対行動Agonistic behavior

要約 攻撃行動とは一般に、肉体的もしくは言語的な行為あるいは威嚇などによって、意図的に相手に危害を与えようとする行動で、その結果として、相手をある領域から排除したり、所有物を放棄させたりするなど、相手の行動を自分が意図する方向に変容させることを指向する行動である。攻撃行動は動物の生存にとって必須の基本的な本能行動の一つであり、とくに餌や配偶者、なわばりを巡る個体間闘争や、群れ内の順位決定などの社会的秩序の構築に重要な役割を果たす。


行動神経科学における「攻撃性」の定義と分類  攻撃行動Aggressive behaviorとは一般に、相手に対し身体的もしくは精神的な危害を与える行動、もしくは危害を与える意図を伝える威嚇行為を指す。その結果として、相手個体をある領域から排除したり、所有物を放棄させたりするなど、相手の行動を自分が意図する方向に変容させることを指向する(Miczek and Meyer-Lindenberg, 2014)[1]。攻撃行動は種特異的な行動であり、その行動表出(肉体的、言語的)や原因(恐怖、怒り、快楽)は複雑であるため、「攻撃」を厳密に定義・分類することは難しいと指摘されている。攻撃性とは、動物に攻撃行動を行わせる内的状態であり、個体差が存在する。遺伝、環境、発達段階など様々な要因が、攻撃性の個体差に影響を与える。

1-1 攻撃の対象  攻撃性Aggressionは多くの場合、「同種の個体に対する闘争の衝動」(ローレンツ, 1970 (原著1963)) [2]を指す。広義には、他種個体に対する行動、例えば防御に付随する捕食者への攻撃行動(”窮鼠猫を噛む”)や、捕食行動Predatory behaviorを含める場合もある。後者には異論もあるが、例えば共食いなど、厳密に攻撃と補食を分離できない場合もある(ウィルソン, 1975 (原著), 1982(日本語版)) [3]

1-2 攻撃行動の分類

①目的からみた分類  攻撃行動を、主たる目的が相手に危害を加えるための攻撃Offensive aggressionと、自己を守るための攻撃Defensive aggressionに分けることがある(Blanchard et al., 2003)[4]。オス同士の縄張りを巡る攻撃では、元来居住者側の攻撃をOffense, 侵入者の行動をDefenseと呼ぶことがあるが、一方で捕食行動をOffense、居住者側の行動をDefenseと呼ぶ研究者もいるなど、用語の混乱も見られる点に注意が必要である。  またよく子どもに見られる「レスリングのような遊び」も、時に本当の攻撃に転ずることがあり、遊びの要素と攻撃の要素を明確に区分しがたいことがある。

②発生機序から見た分類  攻撃行動を、反応的攻撃Reactive aggression(自らが危険にさらされたり、思い通りにいかない欲求不満をきっかけに攻撃する)と、道具的攻撃Instrumental aggression(自ら利益を得るために、先制的に攻撃する。Proactive aggressionとも)に分類することがある。前者は、①のDefensive aggressionに、後者は捕食行動にオーバーラップする。 この分類の利点はいくつかある。まず、両者では、見た目の行動や関与する自律神経系が異なる。反応的攻撃の場合には交感神経系が興奮し、心拍数上昇、立毛や発汗、発声などがみられる一方、道具的攻撃の場合は必ずしも交感神経系の興奮の特徴を伴わないとされる。ネコ同士の闘争では、ネコは毛を逆立て、背を丸め、身体の側面を相手に向けて自分をできるだけ大きく見せながら、威嚇の唸り声をあげるが、ネズミを捕える際にはそのようなことはせず、静かに伏せて獲物を狙い噛みついて攻撃する。それぞれの攻撃行動を関与する脳部位も異なる。

③攻撃の手法による分類  肉体的な暴力などによる直接的な攻撃行動Overt aggressionと、無視や陰口、言語や対人操作などの間接的・心理的な攻撃をRelational aggression(Social / latent / indirect aggressionとも)と分類することがある。後者は職場や学校におけるいじめ問題や、デマや風評被害といった社会的問題の視点から、2000年以降注目されるようになった(Putallaz and Bierman, 2004) [5]

④具体的な社会的状況による分類 例えばウィルソンは、動物に攻撃性が見られる社会的な状況として、1縄張りを巡る攻撃、2順位に関する攻撃、3性的な攻撃(マントヒヒのオスがハレムからメスが出ないように脅す、オランウータンなど霊長類が交尾のためにメスを攻撃したり交尾中に噛みつくことなど)、4親のしつけとしての攻撃、5離乳を巡る攻撃(子別れ)、6道徳的な攻撃(規律に従わせるための違反者への罰則など)、7補食的な攻撃、8捕食者に対する攻撃(モビングなど)、をあげている(ウィルソン, 1975 (原著), 1982(日本語版)) [3]。他にも、様々な状況下で子殺し行動も多くの動物種に見られる(黒田公美 et al., 2016)。[6]

⑤病的な攻撃性  ④のように、攻撃行動はその種において適応的な意義がある一方で、それが適度な程度を超えて過剰になってしまうと、それは病的な攻撃性と考えられる。人間社会においても、暴力のように過剰な攻撃性が大きな問題となっている。このような過剰な攻撃性の動物モデルげっ歯類)として、社会的隔離による幼少期のストレス経験や、思春期における筋肉増強剤などのステロイド処置により、過剰な攻撃行動が生ずることが知られている。また、アルコールの摂取によって、一部の個体で過剰な攻撃行動が観察される。これらは、人間社会で実際に問題となっている現象であり、その生物学的なメカニズムの理解が求められる。(Haller and Kruk, 2006; Takahashi and Miczek, 2014) (高橋阿貴, 2017)[7][8][9]。また、動物を低グルココルチコイド状態にすることで、HPA系の活性が低下して低覚醒状態であるのに高い攻撃行動を示すことが分かっており、これがヒト反社会性パーソナリティー障害のモデルとなる可能性がある(Haller and Kruk, 2006; Takahashi and Miczek, 2014) [7][8]。これらの過剰な攻撃行動を示す動物は、メスは攻撃しない、オス同士であっても咽喉など致命傷になりうる危険な体の部位は攻撃しない、といった通常の種内攻撃行動では守られるべきルールが守られなくなるという(下記1-3参照)。


1-3 攻撃の抑制、威嚇や儀式化による攻撃の危険性の低減  攻撃力の高い食肉類などの動物では、オス同士の闘争には攻撃側にも相応の危険性が伴う。またもしその攻撃性が子どもやメスなどに対して無秩序に発動すると、自らの繁殖を阻害する場合もある。そのため、攻撃性が社会的文脈に応じて適切に制御される必要がある。  攻撃行動による損害を低減する工夫には様々なものがあるが、その中でも威嚇Threatは実戦を避ける上で重要である。これによって、強さのわからない相手にまず自分の意向を知らせ、相手がどう出るのかを見定めることができる。例えばチンパンジーでは、地位の高い個体が「睨む、顔をぐいと動かす、腕をふりあげる、肩をいからせる、いばって歩く、足を踏み鳴らす、木の枝を振り回す、毛を逆立てる、石を投げる、発声する」などの多様な行動によって相手を威嚇する(ハインド, 1974(原著), 1977(日本語版)) [10]。ネコやラットでは、背を丸め、毛を逆立て、身体の横側を相手に向けることで、自分を大きく見せる側面威嚇Lateral threatを行う。  また、いったん実戦によって群れの中の順位階層dominance hierarchyが決定すると、下位の個体が譲歩し服従姿勢Submissive postureをとることで、相手の攻撃行動を消滅させ、さらなる衝突が避けられる。チンパンジーでは、「臀部を見せる、泣き叫ぶ、身を屈める、お辞儀をする、うずくまる、歩み寄る、キスをする」などの行動で服従を示すという。これによって、お互いを良く知っている個体同士では暴力行為が見知らぬ同士よりもはるかに低く抑えられる。若年の個体(コドモ)も、匂いや声などのシグナルによって、群れの中の成体からの攻撃を押さえていると考えられる。  さらに実戦となった場合でも、その中には様々な「ルール」が存在する。例えばオスラット同士の攻撃行動(インターネットで(Koolhaas et al., 2013) [11]の詳細な実験の紹介動画を視聴できる)では、毛を逆立てて一見激しく興奮した攻撃側の居住オスの攻撃対象は、90%が相手の背中・尻に絞られ、傷つきやすい部位である咽喉や腹部などにはあまり向かわない。侵入者が仰向けになった服従姿勢をとると、攻撃側は腹部や顔面を攻撃できるにも関わらず攻撃せず、かわりに威圧姿勢をとる。マウスハムスターでも、主に背中が攻撃のターゲットとなる(Blanchard et al., 2003) [4]。すなわち攻撃行動には儀式的な組織化Ritual organizationがあり、秩序だって制御されていると言える。

 このような観察を強調したローレンツの古典的著書『攻撃』[2](ローレンツ, 1970 (原著1963))の影響もあり、過去には、動物は同種間の闘いで実際に致命傷を受けることはほとんどない、そのような残酷なことをするのは人間だけ、あるいは人間とチンパンジーだけだ、と主張されたこともある。しかしその後の観察では、同種の動物の間で致命傷に至る攻撃行動は決してまれではない。異種間においても、ライオンは必ずしも空腹だから獲物を殺すのではなく、気まぐれに狩猟しているように見える(Schaller, 1972)。[12]子殺しも、当初考えられていたよりもはるかに広範な種に認められている(Opie et al., 2013)。従って「実際の暴力を減弱する方法が自然の中にこうして存在するにしても、攻撃性が珍事であるわけではなく、やはり生起するのである。」(ハインド, 1974(原著), 1977(日本語版)) [10]

  1. ’’’ Miczek, K.A., and Meyer-Lindenberg, A.’’’
    Neuroscience of aggression
    ‘’Springer’’; 2014
  2. 2.0 2.1 ’’’ローレンツ, K.’’’
    攻撃:悪の自然史
    ’’みすず書房’’; 1970(原著1963)
  3. 3.0 3.1 ’’’ウィルソン, E.O.’’’
    社会生物学
    ’’新思索社’’ p. 1341; 1982(原著1975)
  4. 4.0 4.1 Blanchard, R.J., Wall, P.M., & Blanchard, D.C. (2003).
    Problems in the study of rodent aggression. Hormones and behavior, 44(3), 161-70. [PubMed:14609538] [WorldCat]
  5. ’’’Putallaz, M., and Bierman, K.L.’’’
    Aggression, antisocial behavior, and violence among girls : a developmental perspective
    ’’ Guilford Press‘’; 2004
  6. ’’’ 黒田公美, 白石優子, 篠塚一貴, 時田賢一、加藤忠史, ed.’’’
    子ども虐待はなぜ起こるのか―親子関係の脳科学. In ここまでわかった!脳とこころ
    ’’ 日本評論社’’, pp. 16-24; 2016
  7. 7.0 7.1 Haller, J., & Kruk, M.R. (2006).
    Normal and abnormal aggression: human disorders and novel laboratory models. Neuroscience and biobehavioral reviews, 30(3), 292-303. [PubMed:16483889] [WorldCat] [DOI]
  8. 8.0 8.1 Takahashi, A., & Miczek, K.A. (2014).
    Neurogenetics of aggressive behavior: studies in rodents. Current topics in behavioral neurosciences, 17, 3-44. [PubMed:24318936] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  9. ’’’高橋阿貴’’’
    過剰な攻撃行動の神経生物学
    ’’臨床精神医学 46’’, pp. 1077-1082; 2017
  10. 10.0 10.1 ’’’ ハインド, R.A.’’’
    行動生物学
    ’’ 講談社’’; 1977 (原著1974)
  11. Koolhaas, J.M., Coppens, C.M., de Boer, S.F., Buwalda, B., Meerlo, P., & Timmermans, P.J. (2013).
    The resident-intruder paradigm: a standardized test for aggression, violence and social stress. Journal of visualized experiments : JoVE, (77), e4367. [PubMed:23852258] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  12. ’’’ George B. Schaller ‘’’
    The Serengeti lion: a study of predator-prey relations
    ’’ University Chicago Press ‘’; 1972