「放出可能プール」の版間の差分

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担当編集委員:[http://researchmap.jp/michisukeyuzaki 柚崎 通介](慶應義塾大学 医学部生理学)<br>
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==放出可能プールとは==
==放出可能プールとは==
 放出可能プールとは、活動電位発生に伴う細胞内[[カルシウム]]濃度上昇に応じて迅速に細胞膜へ融合して神経伝達物質を開口放出(エクソサイトーシス)できる状態にあるシナプス小胞の一群として生理学的には定義される。特に、シナプスを刺激した時にミリ秒で起きる伝達物質放出は、[[アクティブゾーン]] (活性帯, active zone)にドックした小胞が開口放出すると仮想されており、その仮想的な小胞群を即時放出可能プール (readily releasable pool, RRP)という。シナプス小胞は開口放出後 30-60秒で細胞内部にエンドサイトーシスで取り込まれ、シナプス終末内でシナプス小胞に再生されて即時放出可能プールに再び至る。この課程をリサイクリングと呼び、その小胞の集合体が再循環プール(recycling pool)である。即時放出可能プールと再循環プールを総合して、全放出可能プールあるいは全リサイクリングプール (total recycling pool, TRP)という呼称が使われる。また、軸索終末に存在するがすぐには放出されない小胞群を、静止プール(resting pool)と呼ぶ <ref><pubmed> 22745285 </pubmed></ref>。再循環プールや静止プールを貯蔵プール(reserve pool)と呼ぶこともある。
 放出可能プールとは、活動電位発生に伴う細胞内[[カルシウム]]濃度上昇に応じて迅速に細胞膜へ融合して神経伝達物質を開口放出(エクソサイトーシス)できる状態にあるシナプス小胞の一群として生理学的には定義される。
 
 特に、シナプスを刺激した時にミリ秒で起きる伝達物質放出は、[[アクティブゾーン]] (活性帯, active zone)にドックした小胞が開口放出すると仮想されており、その仮想的な小胞群を[[即時放出可能プール]] (readily releasable pool, RRP)という。シナプス小胞は開口放出後 30-60秒で細胞内部にエンドサイトーシスで取り込まれ、シナプス終末内でシナプス小胞に再生されて即時放出可能プールに再び至る。この課程を[[リサイクリング]]と呼び、その小胞の集合体が[[再循環プール]](recycling pool)である。即時放出可能プールと再循環プールを総合して、[[全放出可能プール]]あるいは[[全リサイクリングプール]] (total recycling pool, TRP)という呼称が使われる。また、軸索終末に存在するがすぐには放出されない小胞群を、[[静止プール]](resting pool)と呼ぶ<ref><pubmed> 22745285 </pubmed></ref>。再循環プールや静止プールを[[貯蔵プール]](reserve pool)と呼ぶこともある。


 ただし実験標本の違いや、使用する刺激の方法や強度の違い(神経軸索の直接刺激、高カリウム溶液投与などによる[[神経終末]]の脱分極、カルシウム[[アンケイジング]]等)、伝達物質放出の記録法(電気生理学的、光学的手法)の違い、そして解析法の違いによって放出可能プールの定義は異なっており、統一的な定義はない。また、放出可能プールは生理学的な概念であるため、形態的な実体がどのようなものか([[形質膜]]に張り付いた小胞すべてがそうなのか)もよくわかっていない。こうした不確定な放出可能プールの定義の現状は、小胞の放出可能な状態に対応する分子機構・実体が、現在のところ不明で、もっぱら生理的な測定法で小胞プールを推定していることに起因する。たとえば、放出可能プールを推定する際に、神経線維の高頻度刺激により起こる[[シナプス短期抑圧]]が放出可能プールの枯渇によるものだと仮定して(シナプス終末の[[活動電位]]波形、活動電位毎のカルシウム流入量が変化しないという強い仮定をおくのと同義)推定する場合、[[ノイズ解析]]<ref><pubmed> 9660900 </pubmed></ref>を用いる場合、シナプス前終末の脱分極ないしカルシウムアンケイジングで強制的な放出をおこさせる場合を比較すると、同じ標本でも“プール”の大きさは異なる<ref><pubmed> 11998689 </pubmed></ref>。
 ただし実験標本の違いや、使用する刺激の方法や強度の違い(神経軸索の直接刺激、高カリウム溶液投与などによる[[神経終末]]の脱分極、カルシウム[[アンケイジング]]等)、伝達物質放出の記録法(電気生理学的、光学的手法)の違い、そして解析法の違いによって放出可能プールの定義は異なっており、統一的な定義はない。また、放出可能プールは生理学的な概念であるため、形態的な実体がどのようなものか([[形質膜]]に張り付いた小胞すべてがそうなのか)もよくわかっていない。こうした不確定な放出可能プールの定義の現状は、小胞の放出可能な状態に対応する分子機構・実体が、現在のところ不明で、もっぱら生理的な測定法で小胞プールを推定していることに起因する。たとえば、放出可能プールを推定する際に、神経線維の高頻度刺激により起こる[[シナプス短期抑圧]]が放出可能プールの枯渇によるものだと仮定して(シナプス終末の[[活動電位]]波形、活動電位毎のカルシウム流入量が変化しないという強い仮定をおくのと同義)推定する場合、[[ノイズ解析]]<ref><pubmed> 9660900 </pubmed></ref>を用いる場合、シナプス前終末の脱分極ないしカルシウムアンケイジングで強制的な放出をおこさせる場合を比較すると、同じ標本でも“プール”の大きさは異なる<ref><pubmed> 11998689 </pubmed></ref>。

2020年2月1日 (土) 16:11時点における最新版

川口 真也坂場 武史
同志社大学
DOI:10.14931/bsd.2507 原稿受付日:2012年9月13日 原稿完成日:2012年10月3日 更新日:2013年8月13日
担当編集委員:柚崎 通介(慶應義塾大学 医学部生理学)

英:releasable pool 仏:le pool compétent pour la libération

 放出可能プールとは、生理学的には、神経軸索終末において神経伝達物質が充填された細胞内膜小胞(シナプス小胞)のうち、活動電位発生に伴う細胞内Ca2+濃度上昇に応じて迅速(ms程度)に細胞膜へ融合して神経伝達物質開口放出エクソサイトーシス)できる準備が整った状態にある群を意味する[1]。 シナプス小胞は、貯蔵プールにある状態から、軸索終末のアクティブゾーンの細胞膜近傍にドッキングし、開口放出に至るための準備過程(プライミング)を経る。これを終えた状態が、放出可能プールである。多くのタンパク質が担う放出可能プールの制御メカニズムは、短期シナプス可塑性の重要な要素となる[2]

放出可能プールとは

 放出可能プールとは、活動電位発生に伴う細胞内カルシウム濃度上昇に応じて迅速に細胞膜へ融合して神経伝達物質を開口放出(エクソサイトーシス)できる状態にあるシナプス小胞の一群として生理学的には定義される。

 特に、シナプスを刺激した時にミリ秒で起きる伝達物質放出は、アクティブゾーン (活性帯, active zone)にドックした小胞が開口放出すると仮想されており、その仮想的な小胞群を即時放出可能プール (readily releasable pool, RRP)という。シナプス小胞は開口放出後 30-60秒で細胞内部にエンドサイトーシスで取り込まれ、シナプス終末内でシナプス小胞に再生されて即時放出可能プールに再び至る。この課程をリサイクリングと呼び、その小胞の集合体が再循環プール(recycling pool)である。即時放出可能プールと再循環プールを総合して、全放出可能プールあるいは全リサイクリングプール (total recycling pool, TRP)という呼称が使われる。また、軸索終末に存在するがすぐには放出されない小胞群を、静止プール(resting pool)と呼ぶ[3]。再循環プールや静止プールを貯蔵プール(reserve pool)と呼ぶこともある。

 ただし実験標本の違いや、使用する刺激の方法や強度の違い(神経軸索の直接刺激、高カリウム溶液投与などによる神経終末の脱分極、カルシウムアンケイジング等)、伝達物質放出の記録法(電気生理学的、光学的手法)の違い、そして解析法の違いによって放出可能プールの定義は異なっており、統一的な定義はない。また、放出可能プールは生理学的な概念であるため、形態的な実体がどのようなものか(形質膜に張り付いた小胞すべてがそうなのか)もよくわかっていない。こうした不確定な放出可能プールの定義の現状は、小胞の放出可能な状態に対応する分子機構・実体が、現在のところ不明で、もっぱら生理的な測定法で小胞プールを推定していることに起因する。たとえば、放出可能プールを推定する際に、神経線維の高頻度刺激により起こるシナプス短期抑圧が放出可能プールの枯渇によるものだと仮定して(シナプス終末の活動電位波形、活動電位毎のカルシウム流入量が変化しないという強い仮定をおくのと同義)推定する場合、ノイズ解析[4]を用いる場合、シナプス前終末の脱分極ないしカルシウムアンケイジングで強制的な放出をおこさせる場合を比較すると、同じ標本でも“プール”の大きさは異なる[5]

 シナプス小胞は、活動電位が発生しても放出されない貯蔵プールにある状態から、軸索終末のアクティブゾーン細胞膜近傍にドッキングし、その後カルシウム依存的な開口放出に至るための準備過程(プライミング)を経る。このプライミングを終えた状態が、放出可能プールであると考えられているが、生理学的な概念との対応は完全には明らかではない。放出可能プールは多くのタンパク質によって制御されており、連発刺激時にシナプス伝達効率が変化する短期シナプス可塑性の重要な要素となると考えられている。

 放出可能プールを含む小胞プールの定義は研究者(実験方法)によってまちまちであり、小胞の動態に時間軸に対して複数の成分が観察される場合、速度の早いものから順にimmediately releasable pool(IRP), readily relesable pool(RRP), releasable pool, recycling pool/resting poolなどの名前で呼ばれる。しかし、それらの状態を規定する分子実体は明らかでない。比較的、実体がはっきりしているのは電気生理学全反射顕微鏡TIRF)などのイメージングの組み合わせによる小胞(顆粒)動態の直接測定が可能な、クロム親和細胞網膜双極細胞などであるが、この場合でさえ、異なる研究者によって同一(と考えられる)小胞プールに別名を与えている場合がある。したがって、プールの定義は絶対的なものではないと考えておくのが安全であり、文献を注意深く読まないと混乱する。

放出可能プールに至るまで

貯蔵プール

図.シナプス小胞の開口放出とリサイクリング

 軸索終末の多くのシナプス小胞は、貯蔵プールと呼ばれる状態で、活動電位が発生してもただちに開口放出されない。

ドッキング

 貯蔵プールにあるシナプス小胞は、アクティブゾーンへ輸送されるターゲッティングを経て、細胞膜貫通タンパク質とシナプス小胞膜のタンパク質が相互作用することによりテザリングされる。そして、シナプス小胞膜上のVAMP2シナプス前膜に存在するシンタキシン1およびSNAP-25が結合してSNARE複合体を形成することにより、シナプス小胞がシナプス前膜のアクティブゾーン近傍に結合する。これをドッキングという。VAMPシンタキシン1およびSNAP-25は、4本のαへリックスからなるコイルドコイル構造を形成して強固に結合し、ジッパーのような構造で小胞膜をシナプス前膜に近づけると考えられている。ドッキングの分子メカニズムの詳細は不明であるが、ドッキングに関与する分子を阻害すると、1放出部位レベルではシナプス小胞がドッキングできないのでall-or-noneにシナプス伝達が阻害される。

プライミング

 ドッキングされたシナプス小胞は、その後さらにCa2+上昇に応じて即時に膜融合に至るためのプライミング過程を経て、放出可能プールとなると考えられている。このプライミング過程は、Munc-13Rimなどのタンパク質が関わっていると考えられているが、プライミングの分子実体はよくわかっていない。コンプレキシン(complexin)タンパク質がプライミングに関わることも報告されているが、どのようにプライミングに寄与するのかははっきりしていない。プライミング関連タンパク質の機能修飾はシナプス伝達の不全や、反復刺激に対する短期シナプス可塑性の変化につながるようである。

膜融合

 活動電位の発生によりアクティブゾーンのCa2+チャネルが開いてCa2+が流入する。Ca2+チャネルはアクティブゾーンでクラスターを形成しており、その近傍では局所的に数十μM程度のCa2+濃度に達する。これにより、シナプトタグミン等のCa2+センサータンパク質が構造変化を起こすことにより、即時に(Ca2+流入から0.2 ms程度)エクソサイトーシスが起こり、伝達物質はシナプス間隙へ放出されると考えられている。

小胞のリサイクリング

 エクソサイトーシスされた小胞膜は、クラスリンが結合して重合することにより作り出すΩ型の被覆ピットとなり、そのくびれ部をダイナミンGTP依存的にくびり切ることによりシナプス前膜からエンドサイトーシスされて細胞内に回収される。その後、小胞からクラスリンが解離して小胞内が酸性化し、再度神経伝達物質が充填されて貯蔵プールへ移行する。ただし、リサイクリングがクラスリン依存性経路を介してゆっくりおこるのか、kiss-and-runのような早いリサイクリングをとるのかわかっていない。また、中枢神経系では、高頻度刺激時の小胞再利用を効果的に達成する仕組みとして、大きな膜領域がまとめてエンドサイトーシスされて、そこから小胞が出芽するバルクエンドサイトーシス経路も提唱されている。

関連項目

参考文献

  1. 石渡信一、桂 勲、桐野豊、三宅成樹 編 
    生物物理学 ハンドブック
     朝倉書店:2007
  2. Zucker, R.S., & Regehr, W.G. (2002).
    Short-term synaptic plasticity. Annual review of physiology, 64, 355-405. [PubMed:11826273] [WorldCat] [DOI]
  3. Alabi, A.A., & Tsien, R.W. (2012).
    Synaptic vesicle pools and dynamics. Cold Spring Harbor perspectives in biology, 4(8), a013680. [PubMed:22745285] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  4. Silver, R.A., Momiyama, A., & Cull-Candy, S.G. (1998).
    Locus of frequency-dependent depression identified with multiple-probability fluctuation analysis at rat climbing fibre-Purkinje cell synapses. The Journal of physiology, 510 ( Pt 3), 881-902. [PubMed:9660900] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  5. Schneggenburger, R., Sakaba, T., & Neher, E. (2002).
    Vesicle pools and short-term synaptic depression: lessons from a large synapse. Trends in neurosciences, 25(4), 206-12. [PubMed:11998689] [WorldCat] [DOI]