有毛細胞

提供:脳科学辞典
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大森 治紀
京都大学
DOI:10.14931/bsd.6398 原稿受付日:2015年8月12日 原稿完成日:2015年月日
担当編集委員:柚崎 通介(慶應義塾大学 医学部生理学)

英語名:Hair cell

概要

 音、加速度、重力場での体軸方向などの感覚は内耳の有毛細胞で受容され電気信号に変換される事で我々の脳神経回路ははじめて感覚情報として取り扱うことができる。有毛細胞には感覚毛が頂部に生えており感覚刺激はわずかなずれの刺激量として感覚毛を偏位させる。聴覚、前庭覚、さらに魚類では側線器官の受容器細胞でもある。

構造と機能

 有毛細胞は頂部に感覚毛を持つ。感覚毛は数10本の不動毛と1本の動毛(動毛は無い場合もある)で構成される。感覚毛に加わる微小な機械刺激が電気信号に変換される (Hudspeth 1983)。有毛細胞体の基底部には求心性神経終末シナプスを作る。ヒトの蝸牛器官は機械振動を伝えるアブミ骨に面した基部から蝸牛器官の中心部分である頂部までおよそ35mmの長さがある。蝸牛器官にはコルチ器官が全長に亘り存在する。断面は丁度金太郎あめのようにコルチ器官を中心とする構造が切り出される。コルチ器官は基底膜上に位置する内外の有毛細胞および複数の支持細胞および蓋膜で構成される。有毛細胞(ほ乳類)には内有毛細胞と外有毛細胞の2種類ある。およそ3,500個の内有毛細胞が蝸牛軸の近くに1列の細胞群として分布する。その外側にはおよそ20,000個の外有毛細胞が3ないし4列存在する。そしておよそ30,000本の求心性神経(聴神経)は蝸牛軸を通って蝸牛器官内に入り、内側(蝸牛軸側)から有毛細胞に分布する。聴神経線維の95%が内有毛細胞体に分布する。数10本の聴神経線維が1個の内有毛細胞体にシナプス形成する。これに対して聴神経線維全体の5%程度に相当する神経線維が分枝を繰り返して複数の外有毛細胞にシナプスを形成する(Spoendrin 1978)。遠心性神経線維(オリーブ蝸牛束)の多くは外有毛細胞体上にシナプス形成する。従って音を聞く細胞としての内有毛細胞に対して、外有毛細胞は蝸牛器官の感度を調節する役割が議論されている。これに関しては外有毛細胞が膜電位に応じて細胞体長を伸縮させる機能を持つ事との関連が議論されている (Zhen et al 2000; Liberman et al 2002)。音波による振動刺激に応じて基底膜の振動振幅を変動させることで内有毛細胞の感覚毛に加わる機械刺激量を調節し、結果として音刺激に対する受容器感度を上げる働きをしているものと考えられている(Ashmore 2008)。

 有毛細胞にはリボンシナプス構造があり、音刺激に対応して安定して高い頻度の伝達物質放出が実現される (Khimich etal. 2005)。有毛細胞からはグルタミン酸が神経伝達物質として放出される (Kataoka & Ohmori 1994; Glowatzki & Fuch 2002)。内有毛細胞体のリボンシナプスは大きさが蝸牛軸側(内側面)と支持細胞である柱細胞側(外側面)とで異なる。蝸牛軸側には構造の大きなリボンシナプスが形成され、柱細胞側には小さなリボンシナプスが形成される。シナプス構造の違いは聴神経の自発発火頻度および閾値の違いに対応する。発火特性の異なる数10本の聴神経が1個の内有毛細胞にシナプス形成する事により広い音圧域に対応した応答特性が実現される事が議論されている (Hickman et al. 2015)。

 遠心性神経線維(オリーブ蝸牛束) はアセチルコリンを神経伝達物質とし、一部は内有毛細胞に到る聴神経軸索終末にシナプス形成するが、多くは外有毛細胞体上にシナプス形成する。外有毛細胞体にはアセチルコリン受容体(α9)があり、Caイオンに対する透過性が高く、外有毛細胞ではCa活性化Kチャネルを活性化することで膜過分極を起こし抑制的に働く (Galambos 1956 ;Elgoyen et al 1994)。

 感覚毛に局在する機械受容器チャネルもCaイオンに対する透過性が高く(Ohmori 1985) TRPチャネルの1種と考えられているがクローニングには成功していない。内リンパ液の高いKイオン濃度により生理的にはKイオンが受容器電流を運ぶ。感覚毛の生えている有毛細胞体頂部の内外ではKイオン濃度がほぼ等しいと考えられKイオンの平衡電位は0mVとされる。また内リンパ腔(中心階)は+80mV程度の内リンパ腔電位をもつ。この電位と静止膜電位(-60mV程度)の差(170mV)が機械受容器チャンネルを通るKイオンの駆動力となり、内向きK電流を生ずる事で有毛細胞は機械刺激に応じて脱分極する (Davis 1965)。脱分極は側壁膜のLタイプCaチャネル(Cav1.3)を活性化し(Robertson & Paki, 2002; Brandt et al. 2005)、流入するCaイオンが神経伝達物質であるグルタミン酸を放出する (Kim et al. 2013)。

関連項目

参考文献