標的認識

2012年2月13日 (月) 21:19時点におけるTakeshisakurai (トーク | 投稿記録)による版

Target recognition 標的認識

 ターゲット認識については大きく分けて2つの神経発生における過程で起こる可能性があるが、ここでは主にシナプス形成におけるターゲット認識を例にその概念を説明し、アクソンガイダンスにおけるインターミディエイトターゲットの認識については触れない(これについてはアクソンガイダンスの項及び、ガイドポスト細胞の項を参照のこと)。

 正常な脳機能がなされるにはそれを支える神経細胞群がシナプス結合によって回路を形成し、回路に入力してきた情報を的確に処理し、出力に変える必要がある。こういった神経回路は脳内のワイヤリングの過程により形成されるが、そのワイヤリングにおいて神経回路が「正しく」形成されるにはシナプス形成の過程で特異的なターゲット認識が行われる必要がある。そのためには神経細胞のアクソン(例えば延髄の下オリーブ核の神経細胞の軸索である登上線維)が正しい脳内の領域(小脳)に到着する必要があり、その領域内にある神経細胞の中から正しい神経細胞(プルキニエ細胞)を認識し、その細胞上の正しい細胞内のコンパートメント(デンドライトの一部)にシナプスを形成する必要がある。また、この場合、ある線維とある細胞がランダムではなく結合し(一本の登上繊維は1つのプルキニエ細胞と結合)、特異的な情報を処理維持しなければならない(トポグラフィックカルな情報)。このためには、これらのそれぞれの過程で特異的なターゲット認識を行う認識分子(recognition molecule)が関与していると考えられる。  

<ターゲット認識についての歴史的な考察>

 Santiago Ramon y Cajalがその詳細な組織学的解析から、神経の突起がまるであたりにあるシグナルを感知しながら目的地へ進んでいるのではないかと推測し、chemotaxisに似た現象が神経系の形成に重要なのではないかと前世紀の始めに提唱していた。それに対して主に末梢神経の再生の実験結果から1920年代から30年代にはPaul A Weissらによる神経系の線維の結合は主にメカニカルなレストリクションで決定され、その結合は決して特異的なものではなくランダムであり、その後にその回路を使用する事によってその使われた回路が最終的に残るという説が主流を占めていた。その説に対してPaul Weissの学生であったRoger Sperryは彼の一連のカエル、イモリといった動物の眼を使った神経再生の実験により、40年代から神経の回路形成にはやはりselectivityが存在し、そのメカニズムについてchemoaffinity theoryとして提唱してきた[1]。このchemoaffinity theoryには2つの大きな概念が含まれており、1つは神経細胞はそれぞれの細胞、線維におそらく化学物質からなる個人を認識するタグがついており、これによってお互いを区別して(おそらくシングル細胞のレベルで)、その化学親和性で神経細胞は特異的な神経結合を作る事ができるというもので、もう1つは特に視覚系で明らかであるが、その線維投射のパターンが規則正しい事から、少数のモルフォジェンの様なグレディエントで存在する分子群がこのchemoaffinityを担う物質として機能するというものである。Chemoaffinity theoryについては激しい論争があったが、やがて分子レベルでの解析、数理モデル等に支えられ、一般に受け入れられる概念となり、現在のターゲット認識の概念は基本的にこのchemoaffinity theoryの流れを汲んでいる。

<ターゲット認識における特異性について>

 シナプス形成をはじめとするターゲット認識においては2つのレベルでの特異性が必要となる。神経細胞が機能を果たすには、ある神経細胞は特異的な神経細胞とコネクションを形成し、神経回路を形成する必要があり(例えば、下オリーブ核の線維はプルキニエ細胞に、橋核の線維は顆粒細胞に、顆粒細胞の線維はプルキニエ細胞に)、このレベルでのターゲット認識の特異性がまず必要となる。また、情報処理において、同じ情報は同じ脳内での部位にいく必要がある。例えば嗅覚において嗅上皮内の同じ嗅レセプターからの線維は嗅球内の同じ糸球体につながる必要がある。また、視覚において、同側と対側の眼で捉えられた視覚野の同じ情報は最終的に視覚野の同じ位置につながる必要がある。したがって、この場合、同じ細胞のポピュレーションの中でも特異的な個々の細胞を認識する必要があり(トポグラフィカルな結合等)、このレベルでのターゲット認識の特異性も必要となる。

<ターゲット認識に関与する分子メカニズムと特異性をサポートする分子>

 上記の様にシナプス形成の過程には様々な過程を必要とし、様々な特異性を生み出す必要がある[2]。そのための分子メカニズムがどうなっているかについては完全には明らかにされていない。個々の細胞レベルでの特異性は鍵と鍵穴のような認識分子があり、それが無数に存在することで達成されるのではないかという様に提唱はされているが、それを支えることができるほどの多様性のある分子としてはDSCAM、neurexinとプロトカドヘリンしか存在しないし、こういった分子が本当にその多様性でこういった特異的なターゲット認識を担っているかどうかについてはまだ証明はされていない(以下のChemoaffinity revisitedを参照の事)。一つの分子ではなく、幾つかの分子の組み合わせでそういった多様性が生み出されるという説もある。但し、最近の報告では、ターゲットの領域にたどり着くのにはある分子メカニズムが必要であるが、そのあとの正しい細胞を見つけるのはどこの位置に正しい細胞があるかによって形成されるという例もあり、その場合、位置を変えるとつなぎ替えがおこってしまうことも報告されている[3]。したがって、それぞれのシングル細胞レベルで区別する様なメカニズムは存在しないのかもしれない。  いずれにしても分子メカニズムとしては、まず、目的の領域に達する機構(様々なアクソンガイダンスのメカニズム)、そして領域内のどこに到着するかを決定する機構(おそらく神経伸長促進因子か抑制性因子とそのレセプターの発現レベルによって形成される)、そして特異的な細胞集団を見つける機構(おそらく細胞接着因子)、そして細胞内の特異的なコンパートメントを見つける機構(おそらく細胞接着因子)が必要である。

<各論>

 ここでは限られた例につき、ごく簡単に述べるだけにする。詳しくは文献を参照のこと。

—Drosophila  Drosophilaの眼は8つの神経細胞(R1-R8)からなる単位の集合体として存在し、これらは高次視覚野であるlamina、medulla、に線維を送るが、R1-R6、R7、R8の軸索はそれぞれシナプスを形成するターゲットが異なる(Rubinら、Zipurskyら)。この分子メカニズムが解析されており、 カドヘリン、プロトカドヘリンやレセプター型のチロシンフォスファターゼ等が関与している事が示されている。また、標的野におけるグリア細胞の存在や標的に達するまでのアクソン—アクソン相互作用がこういった標的認識に重要である事も示されている[4]。  Drosophilaの体節の筋群はステレオティピックな配置をしており、それへの運動神経の支配は神経管からでてくる運動神経からでる。この筋群への運動神経のターゲティングの系は特異的なターゲッティングのメカニズムを探る系としてよく使われてきた系である[5]。様々な、アクソンガイダンスに関わる分子や神経細胞接着因子等が関与している。また、最後のところのNeuroMuscular Junctionの形成についても分子レベルで研究が行われている。ここには上記の分子の他、BMPなども関与している。  またDrosophilaのolfactory systemであるMushroom bodyヘのターゲッティングについても研究が進められている。ここではマウスで明らかにされている様なトポグラフィックなマッピングのメカニズムも関与しているようである[6]

—脊椎動物において  Sperryの流れをくみ、視覚系においてターゲット認識がどうなっているかは精力的に研究が進められてきた。これについてはトポグラフィックマッピングの項を参照されたい。網膜内でのトポグラフィックな情報が視蓋/上丘、外側膝状体、そして視覚野において保存される必要があり、それをさされる分子群が同定されている。代表的なものはEph-Ephrinシステムである[7]。  坂野らによってマウスの嗅覚系におけるトポグラフィックな情報を担ったターゲット認識の機構が明らかにされている[8]。トポグラフィックマッピングの項を参照されたい。

—大脳皮質での領域特異的ターゲティング  かつて、Pasko RakicとDennis O’learyの間で大脳皮質の発生に関して論争があった[9]。Protomap vs Protocortexと呼ばれたもので、端的に言えば大脳は領域ごとに発生の早い段階から決定されているという説と、そうではなくて大脳は他の神経とつながったあとに領域ごとに差が出てくるのであるという説である(Dennisが後者である事は今にして思うと興味深い)。Rakicの弟子であるPat Levittは、もし大脳皮質の領域が早い段階で決定されているならば、例えばlimbic領域に特異的にでている分子があるはずであると考え、それを探したところこの領域に特異的にでている分子を得た。これはLAMPと呼ばれる細胞接着因子であるが、この分子の発現をマーカーとしてこれに皮質のトランスプラントの実験を組み合わせる事によって、limbic areaはlimbic領域からの線維を引き寄せるメカニズムがある事が示されている[10]。このターゲット認識に関わる分子はLAMPの可能性もある。

—細胞内での局在について  マウスの海馬では、脳の様々な領域からの入力が錐体細胞のデンドライトの特異的な領域にターゲッティングをすることが知られている。CA3の一番外側にはentorhinal cortexから、中間部に錐体細胞から、そして一番の近位に歯状回の顆粒細胞からの苔状線維がシナプスを形成する。このレイヤー特異的なターゲッティングには様々なガイダンス分子が関与していることが知られている。それらは、Netrin、Eph、Semaphorins、slit、reelinそして細胞接着因子などである[11]。  大脳皮質や小脳皮質には様々なinterneuronsが存在し、多様な種類のものが錐体細胞やプルキニエ細胞の細胞内の特異的なコンパートメントにシナプスを形成することが知られている。例えばシャンデリア細胞はアクソンの起始部に、バスケット細胞はアクソンの起始部や樹状突起側の細胞体のところに、マルチノーニ細胞は樹上突起の遠位部に、それぞれシナプスを形成する[12]。プルキニエ細胞の場合にはこれは細胞接着因子に依存しておこることが示されている[13]

—小脳  小脳の回路については昔から精力的に研究が行われてきた。小脳に入ってくる2つの主な入力は延髄の下オリーブ核からの登上線維と橋の橋核からの苔状線維であるが、この2つは前者がプルキニエ細胞、後者が顆粒細胞とそれぞれターゲットが異なる。これらの線維が小脳皮質の発達に伴ってどうやってターゲットまできて、どういう発達経過を示すかについては詳細な観察による記載がされているが(例えばCarol Mason)、これについてターゲッティングが分子レベルでどうなっているかについてはまだわかっていない。Constantine Soteloは登上線維のプルキニエ細胞ヘのターゲティングにか変わる分子に非常に興味を持っていて、彼は小脳のプルキニエ細胞は矢状断面でグループを作り、それに下オリーブ核からの登上線維がトポグラフィックにターゲティングすることに注目、小脳で矢状断面に沿ったストライプ状に発現する細胞接着因子を探した。そのうちの一つが細胞接着因子のSC1である。しかしながら、SC1が登上線維とプルキニエ細胞のマッチングにきいているかどうかの検証はなされていない[14]

—脊髄(Tom Jessellら)  Tom Jessellは脊髄の系を使って神経発生の研究を続けてきている。その中で、脊髄の中では運動神経細胞はある特定の筋を支配するがその神経細胞はその支配筋からの感覚のフィードバックを受ける。そのループ系路の形成に関わる分子メカニズムが明らかにされつつある。また、脊髄の中での介在ニューロンを介した運動神経細胞への局所サーキットの形成にも特異的なターゲット認識が必要であるがこれについては細胞接着因子が関与していることが明らかにされつつある[15][16]。  また、運動神経細胞は四肢の筋肉を支配するが神経細胞の位置によって、支配する四肢の筋肉の位置が決定されるというトポグラフィックマップが存在する。この四肢の筋肉のターゲット認識は様々なガイダンス分子が関与することが知られ、SemaphorinsやEph-Ephrineが関与することが明らかにされている[17]

<Chemoaffinity revisited>

 上記のようなタイトルのレビューが2010年のCellにでた。内容は、DscamsやProtocadherinsの様な分子は多様性をもつので、上記のような特異性を担う分子タグとして役に立つかもしれないという様に考えられていたが、実はこれらの分子は特異的な相互作用を担う分子タグではなく、自己と他者を見分けるためのタグとして使われているのではないかという内容のレビューである。従って、特にSperryの仮想した多様な特異性を担う分子が存在しないということを意味する訳ではない。

<Waiting period>

 ターゲット認識に関連して、こういう概念がある。これはアクソンが脳内の正しい領域に到達したあとに、正しい神経細胞にシナプスを形成する前に、アクソンが待機するピリオドのことをさす。この間にターゲット細胞が成熟し、その後、アクソンがシナプスを形成する。大脳皮質にはいって来る視床からの線維や、小脳皮質にはいってくる線維がこういう行動を示すことが知られている。

同義語:

重要な関連語:axon guidance、synapse formation、topographic mapping、circuit formation

  1. SPERRY, R.W. (1963).
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(執筆者:櫻井武、担当編集委員:大隅典子)