「模倣」の版間の差分

2 バイト追加 、 2012年4月26日 (木)
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==ヒトにおける模倣==
==ヒトにおける模倣==


<br>===未開社会における模倣===<br>
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===未開社会における模倣===
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言語・音楽・舞踏などのように、模倣もいかなる人間集団にも見られる普遍的認知能力のようである。チャールズ・ダーウィンは「ビーグル号航海記」(1839)の第十章に、ダーウィン一行の咳や欠伸をフエゴ人がいちいち模倣し苛立ったと書いている<ref>'''Darwin, Charles'''<br>Narrative of the surveying voyages of His Majesty's Ships Adventure and Beagle between the years 1826 and 1836, describing their examination of the southern shores of South America, and the Beagle's circumnavigation of the globe. Journal and remarks. 1832-1836. III<br>''Henry Colburn, London'':1839</ref>。一人の若いフエゴ人はダーウィンらの英語をそっくり真似することができ、ダーウィンはその模倣能力に驚嘆している。またオーストラリア・アボリジニにおける歩行を真似することで個人を特定しうる能力についても触れ、未開状態の人類における観察の鋭さにその高い模倣能力の原因を求めている。  
言語・音楽・舞踏などのように、模倣もいかなる人間集団にも見られる普遍的認知能力のようである。チャールズ・ダーウィンは「ビーグル号航海記」(1839)の第十章に、ダーウィン一行の咳や欠伸をフエゴ人がいちいち模倣し苛立ったと書いている<ref>'''Darwin, Charles'''<br>Narrative of the surveying voyages of His Majesty's Ships Adventure and Beagle between the years 1826 and 1836, describing their examination of the southern shores of South America, and the Beagle's circumnavigation of the globe. Journal and remarks. 1832-1836. III<br>''Henry Colburn, London'':1839</ref>。一人の若いフエゴ人はダーウィンらの英語をそっくり真似することができ、ダーウィンはその模倣能力に驚嘆している。またオーストラリア・アボリジニにおける歩行を真似することで個人を特定しうる能力についても触れ、未開状態の人類における観察の鋭さにその高い模倣能力の原因を求めている。  
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==神経メカニズム==
==神経メカニズム==


<br>===神経心理学===<br>模倣の神経メカニズムの研究は1900年のLiepmannの観念運動失行の症例報告を嚆矢とする<ref>'''Liepmann, Hugo'''<br>Das Krankheitsbild der Apraxie (Motorische Asymbolie) auf Grund eines Falles von einseitiger Apraxie. <br>''Monatschrift für Psychiatrie und Neurologie'':1900</ref>(Liepmann 1900)。観念運動失行とは感覚や単純な運動には障害が存在しないのに動作の模倣や口頭命令による動作が出来ないという病態を指し、左頭頂葉に蓄えられた習熟行為の運動表象の記憶が破壊されることで生じると考えられている。近年のMRIやCTなどによって病巣が正確に同定された研究においても一貫して左頭頂葉が最も重要な病巣である。手指の型の模倣は左下前頭回、手の型の模倣は左下頭頂葉と分離しているという報告もある<ref><pubmed>16763035</pubmed></ref>。  
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===神経心理学===
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模倣の神経メカニズムの研究は1900年のLiepmannの観念運動失行の症例報告を嚆矢とする<ref>'''Liepmann, Hugo'''<br>Das Krankheitsbild der Apraxie (Motorische Asymbolie) auf Grund eines Falles von einseitiger Apraxie. <br>''Monatschrift für Psychiatrie und Neurologie'':1900</ref>(Liepmann 1900)。観念運動失行とは感覚や単純な運動には障害が存在しないのに動作の模倣や口頭命令による動作が出来ないという病態を指し、左頭頂葉に蓄えられた習熟行為の運動表象の記憶が破壊されることで生じると考えられている。近年のMRIやCTなどによって病巣が正確に同定された研究においても一貫して左頭頂葉が最も重要な病巣である。手指の型の模倣は左下前頭回、手の型の模倣は左下頭頂葉と分離しているという報告もある<ref><pubmed>16763035</pubmed></ref>。  


===神経画像法===
<br>===神経画像法===<br>
<br>PET、fMRI、MEG等を使った神経画像法による模倣の神経メカニズムの研究ではIacoboniらによる1999年の論文の影響が強い<ref><pubmed> </pubmed></ref>(iacoboni et al., 1999)。この研究では指の上下運動をビデオで提示してそれを模倣させる条件と静止した手の画像上に動かすべき指を指示する条件とを比較し、ブローカ野(左半球ブロードマン皮質地図44野)の活動が模倣条件で高くなることが見出された。Iacoboniらはこの結果をサルにおけるブローカ野ホモローグであるF5がミラーニューロンを含むということと結び付け、ブローカ野が模倣の中枢であると主張した。その後、この仮説を支持する研究が多く発表された<ref><pubmed>  </pubmed></ref>(Wohlschläger and Bekkering 2002) (Heiser, Iacoboni et al. 2003)。しかし、この実験では指の運動をヴィデオで提示してはいるが、被験者は指の上げ下げのタイミングを抽出しさえすれば十分であり、模倣の特徴を十分捉えた課題であったか疑問である。実際、模倣対象となる運動のパターンを増やした実験では、ブローカ野は運動タイミングのコントロールに関与するが、模倣そのものには関与しないという結果が得られた<ref><pubmed>15319311</pubmed></ref>。また、神経心理学研究の結果と一致して、模倣運動において左頭頂葉の賦活を見出した研究は多い<ref><pubmed> </pubmed></ref>(Hermsdoerfer, Goldenberg et al. 2001; Makuuchi, Kaminaga et al. 2005; Muehlau, Hermsdoerfer et al. 2005)。脳機能画像法データのメタ分析によっても模倣による脳賦活は下前頭回ではなく頭頂葉に集中することが明らかにされている(Molenberghs, Cunnington et al. 2009; Caspers, Zilles et al. 2010)。<br>&nbsp; ミラーニューロンが存在するサルのF5とヒトのブローカ野がホモログであるという仮説は、少なくともサルには自発的に模倣することは見られないこと<ref><pubmed> 15161139 </pubmed></ref>(Whiten and Ham 1992) (Visalberghi and Fragaszy 2002)、及び解剖学的に異説もあること(Petrides, Cadoret et al. 2005)など、模倣と直接関係付けるには証拠が弱い。また、サルのミラーニューロンのような性質はヒトの神経画像法データでは再現性に乏しいこともメタ分析で指摘されている<ref><pubmed></pubmed></ref>(Turella, Pierno et al. 2009)。以上より、ミラーニューロン的性質を持った皮質領域の存在をもって模倣の神経メカニズムを単純に説明することは難しいと思われる。ミラーニューロン仮説で想定される様に他者の運動の視覚像を観察者の運動へ変換する感覚運動(sensorimotor)仮説ではどうやって運動視覚像を自己の運動指令に変換するのかという難問を解かねばらない。一方、他者の運動視覚像が運動意図を惹起し、観察者に同じ運動を導くとする観念運動(ideomotor)仮説ではそのような難問を解く必要もなく、また様々な実験観察を上手く説明できるとされている<ref><pubmed>19620106</pubmed></ref>(Massen and Prinz 2009)。  
PET、fMRI、MEG等を使った神経画像法による模倣の神経メカニズムの研究ではIacoboniらによる1999年の論文の影響が強い<ref><pubmed> </pubmed></ref>(iacoboni et al., 1999)。この研究では指の上下運動をビデオで提示してそれを模倣させる条件と静止した手の画像上に動かすべき指を指示する条件とを比較し、ブローカ野(左半球ブロードマン皮質地図44野)の活動が模倣条件で高くなることが見出された。Iacoboniらはこの結果をサルにおけるブローカ野ホモローグであるF5がミラーニューロンを含むということと結び付け、ブローカ野が模倣の中枢であると主張した。その後、この仮説を支持する研究が多く発表された<ref><pubmed>  </pubmed></ref>(Wohlschläger and Bekkering 2002) (Heiser, Iacoboni et al. 2003)。しかし、この実験では指の運動をヴィデオで提示してはいるが、被験者は指の上げ下げのタイミングを抽出しさえすれば十分であり、模倣の特徴を十分捉えた課題であったか疑問である。実際、模倣対象となる運動のパターンを増やした実験では、ブローカ野は運動タイミングのコントロールに関与するが、模倣そのものには関与しないという結果が得られた<ref><pubmed>15319311</pubmed></ref>。また、神経心理学研究の結果と一致して、模倣運動において左頭頂葉の賦活を見出した研究は多い<ref><pubmed> </pubmed></ref>(Hermsdoerfer, Goldenberg et al. 2001; Makuuchi, Kaminaga et al. 2005; Muehlau, Hermsdoerfer et al. 2005)。脳機能画像法データのメタ分析によっても模倣による脳賦活は下前頭回ではなく頭頂葉に集中することが明らかにされている(Molenberghs, Cunnington et al. 2009; Caspers, Zilles et al. 2010)。<br>&nbsp; ミラーニューロンが存在するサルのF5とヒトのブローカ野がホモログであるという仮説は、少なくともサルには自発的に模倣することは見られないこと<ref><pubmed> 15161139 </pubmed></ref>(Whiten and Ham 1992) (Visalberghi and Fragaszy 2002)、及び解剖学的に異説もあること(Petrides, Cadoret et al. 2005)など、模倣と直接関係付けるには証拠が弱い。また、サルのミラーニューロンのような性質はヒトの神経画像法データでは再現性に乏しいこともメタ分析で指摘されている<ref><pubmed></pubmed></ref>(Turella, Pierno et al. 2009)。以上より、ミラーニューロン的性質を持った皮質領域の存在をもって模倣の神経メカニズムを単純に説明することは難しいと思われる。ミラーニューロン仮説で想定される様に他者の運動の視覚像を観察者の運動へ変換する感覚運動(sensorimotor)仮説ではどうやって運動視覚像を自己の運動指令に変換するのかという難問を解かねばらない。一方、他者の運動視覚像が運動意図を惹起し、観察者に同じ運動を導くとする観念運動(ideomotor)仮説ではそのような難問を解く必要もなく、また様々な実験観察を上手く説明できるとされている<ref><pubmed>19620106</pubmed></ref>(Massen and Prinz 2009)。  


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