「注意欠如・多動性障害」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0046287 金生 由紀子]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0046287 金生 由紀子]</font><br>
''東京大学大学院医学系研究科''<br>
''東京大学大学院医学系研究科''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2015年6月3日 原稿完成日:2015年xx月xx日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2015年6月3日 原稿完成日:2015年6月5日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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英語名:attention-deficit/hyperactivity disorder 独:Aufmerksamkeitsdefizit-/Hyperaktivitätsstörung 仏:trouble du déficit de l'attention avec ou sans hyperactivité
英語名:attention-deficit/hyperactivity disorder 独:Aufmerksamkeitsdefizit-/Hyperaktivitätsstörung 仏:trouble du déficit de l'attention/hyperactivité


略語:ADHD
略語:ADHD
同義語:注意欠陥・多動性障害、注意欠如・多動症
{{box|text= 注意欠如・多動性障害は、不注意、多動性、衝動性という症状で定義され、12歳以前から症状を認める発達障害である。様々な精神疾患を併発することも特徴の一つである。成人後も機能障害が残存する場合が少なくないことが明らかになり、成人での診断・治療にも関心が高まっている。歴史的に早い時期から脳機能障害と認識されており、それを踏まえた病態モデルが検討されてきた。実行機能及び報酬系の障害に加えて、最近では時間的処理や情動制御の障害も想定されている。治療は、本人及び親をはじめとする周囲の人々がADHDの特性を適切に理解して対応できるようにする心理社会的治療と薬物療法が中心である。}}
{{box|text= 注意欠如・多動性障害は、不注意、多動性、衝動性という症状で定義され、12歳以前から症状を認める発達障害である。様々な精神疾患を併発することも特徴の一つである。成人後も機能障害が残存する場合が少なくないことが明らかになり、成人での診断・治療にも関心が高まっている。歴史的に早い時期から脳機能障害と認識されており、それを踏まえた病態モデルが検討されてきた。実行機能及び報酬系の障害に加えて、最近では時間的処理や情動制御の障害も想定されている。治療は、本人及び親をはじめとする周囲の人々がADHDの特性を適切に理解して対応できるようにする心理社会的治療と薬物療法が中心である。}}


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 なお、[[wikipedia:ja:世界保健機関|世界保健機関]]による「[[wikipedia:ja:精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン第10版|精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン第10版]]([[ICD-10]])」にはADHDという診断名はない。「[[hyperkinetic disorders]](多動性障害)」が存在し、注意の障害と多動が基本的な特徴とされ、不注意および多動性―衝動性の両方ともが目立つADHDと近似している。
 なお、[[wikipedia:ja:世界保健機関|世界保健機関]]による「[[wikipedia:ja:精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン第10版|精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン第10版]]([[ICD-10]])」にはADHDという診断名はない。「[[hyperkinetic disorders]](多動性障害)」が存在し、注意の障害と多動が基本的な特徴とされ、不注意および多動性―衝動性の両方ともが目立つADHDと近似している。


==診断==
==症状==
 不注意および/または多動性―衝動性が持続的に認められて、機能または発達の妨げとなっている場合、ADHDと診断される。DSM-5の診断基準は、以下のとおりである。
 子どもで気づかれやすい症状は、授業中に立ち歩いたり、席に着いていたとしてもじっとしていずに近くの席の子に繰り返しちょっかいを出したり、手いたずらや落書きをずっとしていたり、などの多動性に関連する症状と思われる。遊びの場面で加減が分からずに夢中になり過ぎてしまうとか、しゃべりだすと止まらずに頭に浮かんだことをどんどんしゃべり続ける、なども多動性の症状に含まれる。ADHDの子どもはしばしば姿勢の保持が苦手で、椅子からずり落ちそうになったりするので、余計に落ち着きなく見えるかもしれない。


*不注意の症状としては、注意を持続することが困難である、すぐ気が散ってしまうなどの9つがあげられており、そのうち6つ以上が6ヶ月以上持続すると基準を満たす。多動性―衝動性としては、席を離れる、じっとしていない、順番を待つことが困難であるなどの9つがあげられており、そのうち6つ以上が6ヶ月以上持続すると基準に満たす。但し、17歳以上であれば、それぞれ6つ以上ではなくて5つ以上でよい。
 衝動性は必ずしも攻撃性につながるわけではないが、自己制御がうまくいかずに周囲とのトラブルに発展することも少なくない。興味を引くことややりたいことがあると、周囲が目に入らずにまっしぐらに向かっていってしまうために、人を押しのけたり列に割り込んだりすることになってしまう。
*症状のいくつかが12歳以前から存在している。
*症状のいくつかが家庭、学校、職場など2つ以上の状況において存在する。
*症状が、社会的、学業的または職業的機能を損なわせているまたはその質を低下させているという明確な証拠がある。


 以上に加えて、[[統合失調症]]などが鑑別対象としてあげられているが、DSM-IV-TRまでと異なり、自閉症スペクトラム障害/自閉スペクトラム症(ASD)は鑑別対象となっていない。すなわち、自閉症状を有していても、上記の診断基準を満たしていれば、ADHDと診断される。
 多動性や衝動性と比べると、不注意に関連する症状は一見すると人目をひかないかもしれない。しかし、学習などの課題を行う際に、集中が続かない、注意が散りやすい、注意を適切に振り分けられないことはしばしば大きな問題になる。コツコツと努力を積み重ねることが苦手で、いろいろなことに手を出すものの優先順位が付けられずにどれも途中で投げ出してしまうかもしれない。ふと目についたことや耳にしたことに気がそれてしまって課題を続けにくいこともある。そうかと思うと、好きなことには過度に集中して声をかけても気づかないなど注意の切り替えが悪いこともある。忘れ物やなくし物が多く、通常であれば考えられないような物を置き忘れてくることもある。
 
==診断・鑑別診断==
 不注意および/または多動性―衝動性が持続的に認められて、機能または発達の妨げとなっている場合、ADHDと診断される。DSM-5の診断基準は、以下のとおりである<ref name=ref01>'''高橋三郎、大野裕(監訳)染矢俊幸、神庭重信、尾崎紀夫、三村將、村井俊哉(訳)'''<br>日本精神神経学会(日本語版用語監修):DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル<br>''医学書院''、2014</ref> <ref name=ref1>American Psychiatric Association, 2013. <br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed. <br>''American Psychiatric Association'', Arlington, VA.</ref>。
{| class="wikitable"
|+表. ADHDの診断基準 DSM-5に基づく<ref name=ref01 /> <ref name=ref1/>
|-
| '''A. (1)および/または(2)によって特徴づけられる、不注意および/または多動性ー衝動性の持続的な様式で、機能または発達の妨げとなっているもの'''<br>
'''(1) 不注意:以下の症状のうち6つ(またはそれ以上)が少なくとも6カ月持続したことがあり、その程度は発達の水準に不相応で、社会的および学業的/職業的活動に直接、悪影響を及ぼすほどである'''<br>
''注:それらの症状は、単なる反抗的行動、挑戦、敵意の表れではなく、課題や指示を理解できないことでもない。青年期後期および成人(17歳以上)では、少なくとも5つ以上の症状が必要である。''
:(a) 学業、仕事、または他の活動中に、しばしば綿密に注意することができない、または不注意な間違いをする(例:細部を見過ごしたり、見逃してしまう、作業が不正確である)<br>
:(b) 課題または遊びの活動中に、しばしば注意を持続することが困難である(例:講義、会話、または長時間の読書に集中し続けることが難しい)<br>
:(c) 直接話しかけられたときに、しばしば聞いていないように見える(例:明らかな注意を逸らすものがない状況でさえ、心がどこか他所にあるように見える)<br>
:(d) しばしば指示に従えず、学業、用事、または職場での義務をやり遂げることができない(例:課題を始めるがすぐに集中できなくなる、また容易に脱線する)<br>
:(e) 課題や活動を順序立てることがしばしば困難である(例:一連の課題を遂行することが難しい、資料や持ち物を整理しておくことが難しい、作業が乱雑でまとまりがない、時間の管理が苦手、締め切りを守れない)<br>
:(f) 精神的努力の持続を要する課題(例:学業や宿題、青年期後期および成人では報告書の作成、書類に漏れなく記入すること、長い文書を見直すこと)に従事することをしばしば避ける、嫌う、またはいやいや行う<br>
:(g) 課題や活動に必要なもの(例:学校教材、鉛筆、本、道具、財布、鍵、書類、眼鏡、携帯電話)をしばしばなくしてしまう<br>
:(h) しばしば外的な刺激(青年期後期および成人では、無関係な考えも含まれる)によってすぐ気が散ってしまう<br>
:(i) しばしば日々の活動(例:用事を足すこと、お使いをすること、青年期後期および成人では、電話を折り返しかけること、お金の支払い、会合の約束を守ること)で忘れっぽい<br>
'''(2) 多動性および衝動性:以下の症状のうち6つ(またはそれ以上)が少なくとも6カ月持続したことがあり、その程度は発達の水準に不相応で、社会的および学業的/職業的活動に直接、悪影響を及ぼすほどである'''<br>
''注:それらの症状は、単なる反抗的行動、挑戦、敵意の表れではなく、課題や指示を理解できないことでもない。青年期後期および成人(17歳以上)では、少なくとも5つ以上の症状が必要である。''
:(a) しばしば手足をそわそわと動かしたりトントン叩いたりする。またはいすの上でもじもじする。<br>
:(b) 席についていることが求められる場面でしばしば席を離れる(例:教室、職場、その他の作業場所で、またはそこにとどまることを要求される他の場面で、自分の場所を離れる)。<br>
:(c) 不適切な状況でしばしば走り回ったり高い所へ登ったりする(注:青年または成人では、落ち着かない感じのみに限られるかもしれない)。<br>
:(d) 静かに遊んだり余暇活動につくことがしばしばできない。<br>
:(e) しばしば「じっとしていない」、またはまるで「エンジンで動かされるように」行動する(例:レストランや会議に長時間とどまることができないかまたは不快に感じる;他の人達には、落ち着かないとか、一緒にいることが困難と感じられるかもしれない)。<br>
:(f) しばしばしゃべりすぎる。<br>
:(g) しばしば質問を終わる前にだし抜けに答え始めてしまう(例:他の人達の言葉の続きを言ってしまう;会話で自分の番を待つことができない)。<br>
:(h) しばしば自分の順番を待つことが困難である(例:列に並んでいるとき)。<br>
:(i) しばしば他人を妨害し、邪魔する(例:会話、ゲーム、または活動に干渉する;相手に聞かずにまたは許可を得ずに他人の物を使い始めるかもしれない;青年または成人では、他人のしていることに口出ししたり、横取りすることがあるかもしれない)。<br>
|+
|'''B. 不注意または多動性―衝動性の症状のうちいくつかが12歳になる前から存在していた。'''
|+
|'''C. 不注意または多動性―衝動性の症状のうちいくつかが2つ以上の状況(例:家庭、学校、職場;友人や親戚といるとき;その他の活動中)において存在する。'''
|+
|'''D. これらの症状が、社会的、学業的または職業的機能を損なわせているまたはその質を低下させているという明確な証拠がある。'''
|+
|'''E. その症状は、統合失調症、または他の精神病性障害の経過中に起こるものではなく、他の精神疾患(例:気分障害、不安症、解離症、パーソナリティ障害、物質中毒または離脱)ではうまく説明されない。'''
|}
 
 DSM-IV-TRまでは、[[自閉症スペクトラム障害]]/[[自閉スペクトラム症]](ASD)が鑑別対象に含まれるが、DSM-5では異なっている。すなわち、自閉症状を有していても、上記の診断基準を満たしていれば、ADHDと診断される。


 症状の組み合わせから、不注意、多動性―衝動性の両方とも基準を満たす場合(混合して存在)、不注意のみ基準を満たす場合(不注意優勢に存在)、多動性―衝動性のみ基準を満たす場合(多動・衝動優勢に存在)がある。経過中で、異なる存在に変わることもある。
 症状の組み合わせから、不注意、多動性―衝動性の両方とも基準を満たす場合(混合して存在)、不注意のみ基準を満たす場合(不注意優勢に存在)、多動性―衝動性のみ基準を満たす場合(多動・衝動優勢に存在)がある。経過中で、異なる存在に変わることもある。


==併発症==
==併発症==
 ADHDには様々な精神疾患が併発することがよく知られている。併発症を、行動障害群、情緒的障害群、神経性習癖群、発達障害群と4群に分けることが、日本の診断・治療ガイドラインで提案されている。
 ADHDには様々な精神疾患が併発することがよく知られている。併発症を、行動障害群、情緒的障害群、神経性習癖群、発達障害群と4群に分けることが、日本の診断・治療ガイドラインで提案されている<ref name=ref8>'''齊藤万比古、渡部京太(編集)'''<br>第3版 注意欠如・多動性障害―ADHD―の診断・治療ガイドライン<br>''じほう'' 2008.</ref>。


*行動障害群とは、攻撃行動で代表されるように、行動として外側から見える問題を示すものである。[[反抗挑戦症]]や[[素行症]]などが該当する。
*行動障害群とは、攻撃行動で代表されるように、行動として外側から見える問題を示すものである。[[反抗挑戦症]]や[[素行症]]などが該当する。
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==経過・予後==
==経過・予後==
 以前は、ADHDは成長に伴って改善することが多いと考えられていた。しかし、成人までに、ADHD症状の数が基準以下となる者が約60%であるのに対して、機能障害がなくなる者は約10%と低率であることが明らかになった。ADHD症状の中でも不注意は成長に伴って改善する割合が低かった。学童期には不注意と多動性―衝動性の両方ともが目立つ場合が主であるが、成人期には不注意が目立つ場合が主であるという報告もある。
 以前は、ADHDは成長に伴って改善することが多いと考えられていた。しかし、成人までに、ADHD症状の数が基準以下となる者が約60%であるのに対して、機能障害がなくなる者は約10%と低率であることが明らかになった<ref name=ref2><pubmed>10784477</pubmed></ref>。ADHD症状の中でも不注意は成長に伴って改善する割合が低かった。学童期には不注意と多動性―衝動性の両方ともが目立つ場合が主であるが、成人期には不注意が目立つ場合が主であるという報告もある<ref name=ref11><pubmed>19252145</pubmed></ref>。


 また、同じ症状であっても年齢によって表れ方が異なる。例えば、不注意は、子どもでは気が散りやすく一つの行動が長続きしないということで表れる一方、成人では約束を忘れるとか見通しが立てられず時間管理が苦手であるというかたちをとるかもしれない。なお、DSM-5では[[DSM-IV]]-TRと比べて成人での症状を詳しく記述して診断しやすくしている。
 また、同じ症状であっても年齢によって表れ方が異なる。例えば、不注意は、子どもでは気が散りやすく一つの行動が長続きしないということで表れる一方、成人では約束を忘れるとか見通しが立てられず時間管理が苦手であるというかたちをとるかもしれない。なお、DSM-5では[[DSM-IV]]-TRと比べて成人での症状を詳しく記述して診断しやすくしている。
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==疫学==
==疫学==
 ADHDの頻度は、DSM-5では子どもで約5%、成人で約2.5%とされている。[[wikipedia:ja:アメリカ疾病管理予防センター|アメリカ疾病管理予防センター]]([[wikipedia:Centers for Disease Control and Prevention|Centers for Disease Control and Prevention]]: CDC)の報告によると、ADHDと診断された4~17歳の子どもが2011年に11.0%であり、2003年に7.8%であったのと比べて大きく増加している[http://www.cdc.gov/ncbddd/adhd/prevalence.html]。日本では通常の学級に在籍する児童生徒に関する質問紙調査でADHD症状を有する割合が3.1%との報告があり、アメリカよりも若干低いかもしれない[http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/__icsFiles/afieldfile/2012/12/10/1328729_01.pdf]。性別では、女性よりも男性に多く、子どもでその傾向が強い。女性では男性より不注意が目立つ。
 ADHDの頻度は、DSM-5では子どもで約5%、成人で約2.5%とされている。[[wikipedia:ja:アメリカ疾病管理予防センター|アメリカ疾病管理予防センター]]([[wikipedia:Centers for Disease Control and Prevention|Centers for Disease Control and Prevention]]: CDC)の報告によると、ADHDと診断された4~17歳の子どもが2011年に11.0%であり、2003年に7.8%であったのと比べて大きく増加している<ref>[http://www.cdc.gov/ncbddd/adhd/prevalence.html Centers for Disease Control and Prevention]</ref>。日本では通常の学級に在籍する児童生徒に関する質問紙調査でADHD症状を有する割合が3.1%との報告があり、アメリカよりも若干低いかもしれない<ref>[http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/__icsFiles/afieldfile/2012/12/10/1328729_01.pdf 文部科学省]</ref>。性別では、女性よりも男性に多く、子どもでその傾向が強い。女性では男性より不注意が目立つ。


==病因・病態==
==病因・病態==
 ADHDの病態モデルとして、[[実行機能]]及び[[報酬系]]の障害という2つの経路からなるdual pathway modelが有力視されてきた。
 ADHDの病態モデルとして、[[実行機能]]及び[[報酬系]]の障害という2つの経路からなるdual pathway modelが有力視されてきた<ref name=ref12><pubmed>14624804</pubmed></ref>。


 実行機能は高次のトップダウンの認知処理過程であり、障害されると[[抑制欠如]]が生じる。脳基盤としては、背外側[[前頭皮質]]から背側[[線条体]]、[[尾状核]]に投射され、[[淡蒼球]]、[[黒質]]、[[視床下核]]から[[視床]]を経て前頭皮質に至る回路が想定されている。報酬系の障害によっては遅延報酬の嫌悪が生じる。すなわち、将来の大きな報酬よりも目前の小さな報酬に飛びつきやすくなり、報酬遅延に際してじっと待てなくなる。脳基盤としては、[[前頭眼窩皮質]]、[[前帯状回]]から腹側線条体、[[側坐核]]に投射され、腹側淡蒼球、視床を経て前頭皮質に至る回路が想定されている。
 実行機能は高次のトップダウンの認知処理過程であり、障害されると[[抑制欠如]]が生じる。脳基盤としては、背外側[[前頭皮質]]から背側[[線条体]]、[[尾状核]]に投射され、[[淡蒼球]]、[[黒質]]、[[視床下核]]から[[視床]]を経て前頭皮質に至る回路が想定されている。報酬系の障害によっては遅延報酬の嫌悪が生じる。すなわち、将来の大きな報酬よりも目前の小さな報酬に飛びつきやすくなり、報酬遅延に際してじっと待てなくなる。脳基盤としては、[[前頭眼窩皮質]]、[[前帯状回]]から腹側線条体、[[側坐核]]に投射され、腹側淡蒼球、視床を経て前頭皮質に至る回路が想定されている。
しかし、dual pathway modelを提唱してきた研究者自身が、最近3つ目の経路として時間的処理の障害を提案している。脳基盤としては、実行機能及び報酬系の障害の経路と重なる部分があるものの、[[小脳]]が重要な要素である。また、左下前頭皮質、[[島]]、左下[[頭頂葉]]の関与も示唆されている。


 さらに、近年、ADHDにおける[[情動]]の制御異常についても関心が高まっている。そのメカニズムとして、顕著な情動刺激への志向性及び小さくても即時の報酬の優先というボトムアップの過程が想定されると同時に、情動刺激への反応のトップダウンの制御に困難があると考えられている。脳基盤としては、ボトムアップについては[[扁桃体]]、腹側線条体、前頭眼窩皮質が、トップダウンについては[[前頭前皮質]]腹外側部、前頭前皮質内側部、前部帯状回が重要とされる。
 しかし、dual pathway modelを提唱してきた研究者自身が、最近3つ目の経路として時間的処理の障害を提案している
<ref name=ref13><pubmed>20410727</pubmed></ref>。脳基盤としては、実行機能及び報酬系の障害の経路と重なる部分があるものの、[[小脳]]が重要な要素である。また、左下前頭皮質、[[島]]、左下[[頭頂葉]]の関与も示唆されている<ref name=ref4><pubmed>22922163</pubmed></ref>。
 
 さらに、近年、ADHDにおける[[情動]]の制御異常についても関心が高まっている。そのメカニズムとして、顕著な情動刺激への志向性及び小さくても即時の報酬の優先というボトムアップの過程が想定されると同時に、情動刺激への反応のトップダウンの制御に困難があると考えられている<ref name=ref10><pubmed>24480998</pubmed></ref>。脳基盤としては、ボトムアップについては[[扁桃体]]、腹側線条体、前頭眼窩皮質が、トップダウンについては[[前頭前皮質]]腹外側部、前頭前皮質内側部、前部帯状回が重要とされる。


 いずれにしても、ADHDの病態を前頭―線条体回路だけでは説明できないと言えよう。
 いずれにしても、ADHDの病態を前頭―線条体回路だけでは説明できないと言えよう<ref name=ref15><pubmed>21541845</pubmed></ref>。


 上記のような脳内のネットワークにおいてドーパミン及び[[ノルアドレナリン]]が中心的な役割を果たしていると考えられている。[[シナプス]]におけるドーパミン及びノル[[アドレナリン]]が平生は少量であるので、一時的にかえって通常よりも大量の放出が起こることが、ADHDの基盤にあるとされる。
 上記のような脳内のネットワークにおいてドーパミン及び[[ノルアドレナリン]]が中心的な役割を果たしていると考えられている。[[シナプス]]におけるドーパミン及びノル[[アドレナリン]]が平生は少量であるので、一時的にかえって通常よりも大量の放出が起こることが、ADHDの基盤にあるとされる<ref name=ref9><pubmed>24259638</pubmed></ref>。


 ADHDに家族集積性があることから、遺伝要因の関与が注目され、ドーパミン及びノルアドレナリンに関連する遺伝子を含めて検討されてきた。稀な[[コピー数多型]]や候補[[遺伝子多型]]に加えて、発達早期の逆境体験、周生期の[[wikipedia:ja:鉛|鉛]]への曝露、低出生体重などが関連する可能性が示唆されているが、いずれについても決定的とは言い難い。また、遺伝的要因については、ASDなど他の神経発達症との重複が指摘されてもいる。
 ADHDに家族集積性があることから、遺伝要因の関与が注目され、ドーパミン及びノルアドレナリンに関連する遺伝子を含めて検討されてきた<ref name=ref3><pubmed>22825876</pubmed></ref>。稀な[[コピー数多型]]や候補[[遺伝子多型]]に加えて、発達早期の逆境体験、周生期の[[wikipedia:ja:鉛|鉛]]への曝露、低出生体重などが関連する可能性が示唆されているが、いずれについても決定的とは言い難い<ref name=ref14><pubmed>22963644</pubmed></ref>。また、遺伝的要因については、ASDなど他の神経発達症との重複が指摘されてもいる。


 なお、ADHDが均質の疾患とは言い難いため、ADHDの病因・病態の検討がいっそう困難になっている面がある。 
 なお、ADHDが均質の疾患とは言い難いため、ADHDの病因・病態の検討がいっそう困難になっている面がある<ref name=ref7><pubmed>24214656</pubmed></ref>。 


==治療==
==治療==
===治療の構成===
===治療の構成===
 日本の診断・治療ガイドラインでは、ADHD治療の基本キットとして、親ガイダンス、学校との連携、子どもとの面接、薬物療法の4つをあげている。
 日本の診断・治療ガイドラインでは、ADHD治療の基本キットとして、親ガイダンス、学校との連携、子どもとの面接、薬物療法の4つをあげている<ref name=ref8 />。


 親をはじめとして関わりのある人々が、発達的な観点に立ってADHDの特性を理解して適切に対応できるようにすることが必須である。このような基盤を持つ包括的な治療の中で薬物療法がより効果を発揮する。
 親をはじめとして関わりのある人々が、発達的な観点に立ってADHDの特性を理解して適切に対応できるようにすることが必須である。このような基盤を持つ包括的な治療の中で薬物療法がより効果を発揮する。


 アメリカのMultimodal Treatment Study of Children with ADHD(MTA研究)では、治療の柱として[[行動療法]]と薬物療法を設定して、大規模なランダム化比較試験による効果検証が行われた。14ヶ月間の治療後では行動療法と薬物療法の併用で効果が有意に高かった。但し、長期的に自然経過を追うと、薬物療法の優越性は減少した。この結果は治療の構成を考える上で参考になる。
 アメリカのMultimodal Treatment Study of Children with ADHD(MTA研究)では、治療の柱として[[行動療法]]と薬物療法を設定して、大規模なランダム化比較試験による効果検証が行われた<ref name=ref6><pubmed>25558298</pubmed></ref>。14ヶ月間の治療後では行動療法と薬物療法の併用で効果が有意に高かった。但し、長期的に自然経過を追うと、薬物療法の優越性は減少した。この結果は治療の構成を考える上で参考になる。


 青年・成人でも、行動療法を中心とする心理社会的治療と薬物療法からなる包括的な治療が基本と考える。
 青年・成人でも、行動療法を中心とする心理社会的治療と薬物療法からなる包括的な治療が基本と考える<ref name=ref5>'''樋口輝彦、齊藤万比古(監修)'''<br>成人期ADHD診療ガイドブック<br>''じほう'' 2013.</ref>。


 いずれにしても、治療は、ADHDを持つ本人が自己評価を低下させずに生活していけるようにすることを目指す。
 いずれにしても、治療は、ADHDを持つ本人が自己評価を低下させずに生活していけるようにすることを目指す。
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==参考文献==
==参考文献==
American Psychiatric Association, 2013. <br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed. <br>American Psychiatric Association, Arlington, VA.
<ref name=ref2><pubmed>10784477</pubmed></ref>
<ref name=ref3><pubmed>22825876</pubmed></ref>
<ref name=ref4><pubmed>22922163</pubmed></ref>
'''樋口輝彦、齊藤万比古(監修)'''<br>成人期ADHD診療ガイドブック<br>''じほう'' 2013.
<ref name=ref6><pubmed>25558298</pubmed></ref>
<ref name=ref7><pubmed>24214656</pubmed></ref>
'''齊藤万比古、渡部京太(編集)'''<br>第3版 注意欠如・多動性障害―ADHD―の診断・治療ガイドライン<br>''じほう'' 2008.
<ref name=ref9><pubmed>24259638</pubmed></ref>
<ref name=ref10><pubmed>24480998</pubmed></ref>
<ref name=ref11><pubmed>19252145</pubmed></ref>
<ref name=ref12><pubmed>14624804</pubmed></ref>
<ref name=ref13><pubmed>20410727</pubmed></ref>
<ref name=ref14><pubmed>22963644</pubmed></ref>
<ref name=ref15><pubmed>21541845</pubmed></ref>
<references />
<references />