「滑面小胞体」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
 
(同じ利用者による、間の2版が非表示)
6行目: 6行目:
</div>
</div>


英: smooth endoplasmic reticulum 独:glattes endoplasmatisches Retikulum, agranuläres Endoplasmatisches retikulum 仏:réticulum endoplasmique lisse
英: smooth endoplasmic reticulum 独:glattes endoplasmatisches Retikulum, agranuläres endoplasmatisches Retikulum 仏:réticulum endoplasmique lisse


英略号:smooth ER, SER
英略号:smooth ER, SER


{{box|text= 細胞内小器官である小胞体のうち、リボゾームが膜上に存在する粗面小胞体ではない部分を滑面小胞体と総称する。タンパク質輸送、脂質合成、物質代謝、オートファゴソーム生成などの多様な機能を担うとともに、細胞内カルシウムストアとして機能する。}}  
{{box|text= 細胞内小器官である小胞体のうち、リボソームが膜上に存在する粗面小胞体ではない部分を滑面小胞体と総称する。タンパク質輸送、脂質合成、物質代謝、オートファゴソーム生成などの多様な機能を担うとともに、細胞内カルシウムストアとして機能する。}}  


== 滑面小胞体とは ==
== 滑面小胞体とは ==
20行目: 20行目:
 一方、粗面小胞体は細胞体とその周辺に分布が限られている。
 一方、粗面小胞体は細胞体とその周辺に分布が限られている。
[[ファイル:Ohkubo sER Fig2.png|サムネイル|'''図2. グルタミン酸作動性シナプスにおける滑面小胞体依存性Ca<sup>2+</sup>動態'''<br>シナプス前部および後部における、滑面小胞体からのCa<sup>2+</sup>放出による局所的Ca<sup>2+</sup>濃度上昇機構。SER: 滑面小胞体、RyR: リアノジン受容体、SV: シナプス小胞、VGCC: 電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル、NMDAR: NMDA型グルタミン酸受容体、mGluR: 代謝型グルタミン酸受容体、IP3R: イノシトール三リン酸受容体。]]
[[ファイル:Ohkubo sER Fig2.png|サムネイル|'''図2. グルタミン酸作動性シナプスにおける滑面小胞体依存性Ca<sup>2+</sup>動態'''<br>シナプス前部および後部における、滑面小胞体からのCa<sup>2+</sup>放出による局所的Ca<sup>2+</sup>濃度上昇機構。SER: 滑面小胞体、RyR: リアノジン受容体、SV: シナプス小胞、VGCC: 電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル、NMDAR: NMDA型グルタミン酸受容体、mGluR: 代謝型グルタミン酸受容体、IP3R: イノシトール三リン酸受容体。]]
[[ファイル:Ohkubo sER Fig3.png|サムネイル|'''図3. 小脳プルキンエ細胞における滑面小胞体を介したCa<sup>2+</sup>輸送'''<br>プルキンエ細胞へのシナプス入力に伴い惹起されるCa<sup>2+</sup>の流れ。mGluR: 代謝型グルタミン酸受容体、IP3R: イノシトール三リン酸受容体、PMCA/NCX: 細胞膜Ca<sup>2+</sup> ATPアーゼ/Na+-Ca<sup>2+</sup>交換体、AMPAR: AMPA型グルタミン酸受容体、VGCC: 電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル、SERCA: 筋小胞体/小胞体Ca<sup>2+</sup> ATPアーゼ、Ca<sup>2+</sup> flux: Ca<sup>2+</sup>の流れ、PF: 平行線維、CF: 登上線維、Cyt: 細胞質、SER: 滑面小胞体。文献<<ref name=ohkubo2015></ref>より改変。]]
[[ファイル:Ohkubo sER Fig3.png|サムネイル|'''図3. 小脳プルキンエ細胞における滑面小胞体を介したCa<sup>2+</sup>輸送'''<br>プルキンエ細胞へのシナプス入力に伴い惹起されるCa<sup>2+</sup>の流れ。mGluR: 代謝型グルタミン酸受容体、IP3R: イノシトール三リン酸受容体、PMCA/NCX: 細胞膜Ca<sup>2+</sup> ATPアーゼ/Na<sup>+</sup>-Ca<sup>2+</sup>交換体、AMPAR: AMPA型グルタミン酸受容体、VGCC: 電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル、SERCA: 筋小胞体/小胞体Ca<sup>2+</sup> ATPアーゼ、Ca<sup>2+</sup> flux: Ca<sup>2+</sup>の流れ、PF: 平行線維、CF: 登上線維、Cyt: 細胞質、SER: 滑面小胞体。文献<ref name=ohkubo2015></ref>より改変。]]
 
== 機能 ==
== 機能 ==
=== 細胞内カルシウムストア ===
=== 細胞内カルシウムストア ===
 滑面小胞体は[[カルシウム|Ca<sup>2+</sup>]]取り込みおよびCa<sup>2+</sup>放出機構を有し、様々な細胞で細胞内[[カルシウム]]ストアとして中心的な役割を担っている(詳細は細胞内カルシウムストアを参照)。神経細胞においても滑面小胞体は細胞内カルシウムストアとして機能し、多様なCa<sup>2+</sup>依存性シグナルに関与する<ref><pubmed>9697848</pubmed></ref>。
 滑面小胞体は[[カルシウム|Ca<sup>2+</sup>]]取り込みおよびCa<sup>2+</sup>放出機構を有し、様々な細胞で細胞内[[カルシウム]]ストアとして中心的な役割を担っている(詳細は[[細胞内カルシウムストア]]を参照)。神経細胞においても滑面小胞体は細胞内カルシウムストアとして機能し、多様なCa<sup>2+</sup>依存性シグナルに関与する<ref><pubmed>9697848</pubmed></ref>。


 特筆すべき機能としては、[[シナプス前部]]および[[シナプス後部|後部]]における局所的なCa<sup>2+</sup>動態の形成を通じて、シナプス機能を制御することが挙げられる('''図2''')。シナプス前終末において、[[リアノジン受容体]]を介した小胞体からのCa<sup>2+</sup>放出は自発的および活動依存的伝達物質放出を亢進させる<ref><pubmed>11100146</pubmed></ref><ref><pubmed>11182091</pubmed></ref><ref><pubmed>12818178</pubmed></ref><ref><pubmed>14657182</pubmed></ref><ref><pubmed>18687898</pubmed></ref>、ただし<ref><pubmed>11756484</pubmed></ref>も参照)。また小胞体のCa<sup>2+</sup>取込能力や内腔Ca<sup>2+</sup>量の低下は[[シナプス小胞]]の放出や[[リサイクリング]]を阻害する<ref><pubmed>28162809</pubmed></ref><ref><pubmed>31441084</pubmed></ref>。
 特筆すべき機能としては、[[シナプス前部]]および[[シナプス後部|後部]]における局所的なCa<sup>2+</sup>動態の形成を通じて、シナプス機能を制御することが挙げられる('''図2''')。シナプス前終末において、[[リアノジン受容体]]を介した小胞体からのCa<sup>2+</sup>放出は自発的および活動依存的伝達物質放出を亢進させる<ref><pubmed>11100146</pubmed></ref><ref><pubmed>11182091</pubmed></ref><ref><pubmed>12818178</pubmed></ref><ref><pubmed>14657182</pubmed></ref><ref><pubmed>18687898</pubmed></ref>、ただし<ref><pubmed>11756484</pubmed></ref>も参照)。また小胞体のCa<sup>2+</sup>取込能力や内腔Ca<sup>2+</sup>量の低下は[[シナプス小胞]]の放出や[[リサイクリング]]を阻害する<ref><pubmed>28162809</pubmed></ref><ref><pubmed>31441084</pubmed></ref>。
36行目: 37行目:
 神経細胞の細胞体においては他の細胞同様、粗面小胞体近傍に存在する[[ER exit site]]から[[ゴルジ体]]への[[小胞輸送]]により[[膜タンパク質]]が輸送される。そしてゴルジ体から分泌された小胞は、[[細胞内輸送系]]により樹状突起および軸索先端まで届けられる。しかし神経細胞は長大な突起を有し、さらに活動依存的に突起局所の膜タンパク質発現量が調節され得るため、ゴルジ体を介した通常の経路だけでは効率的な制御が困難であると考えられる。
 神経細胞の細胞体においては他の細胞同様、粗面小胞体近傍に存在する[[ER exit site]]から[[ゴルジ体]]への[[小胞輸送]]により[[膜タンパク質]]が輸送される。そしてゴルジ体から分泌された小胞は、[[細胞内輸送系]]により樹状突起および軸索先端まで届けられる。しかし神経細胞は長大な突起を有し、さらに活動依存的に突起局所の膜タンパク質発現量が調節され得るため、ゴルジ体を介した通常の経路だけでは効率的な制御が困難であると考えられる。


 実際にもう一つのメカニズムとして、細胞体から離れた樹状突起において、膜タンパク質の局所タンパク質合成が行われることが報告されている。樹状突起にはゴルジ体様の小器官である[[Golgi outpost]]が存在し、近傍の滑面小胞体からの小胞輸送を受けて、翻訳された膜タンパク質を樹状突起局所の細胞膜に輸送する<ref name=Horton2003></ref>。またGolgi outpostを経ない局所分泌経路の存在も示唆されている<ref name=Horton2003><pubmed>12867502</pubmed></ref>。さらに翻訳された膜タンパク質が滑面小胞体の膜上を拡散することが、樹状突起に沿った膜タンパク質輸送機構として機能し得ることも報告されている<ref><pubmed>22265418</pubmed></ref>。
 実際にもう一つのメカニズムとして、細胞体から離れた樹状突起において、膜タンパク質の[[局所タンパク質合成]]が行われることが報告されている。樹状突起にはゴルジ体様の小器官である[[Golgi outpost]]が存在し、近傍の滑面小胞体からの小胞輸送を受けて、翻訳された膜タンパク質を樹状突起局所の細胞膜に輸送する<ref name=Horton2003></ref>。またGolgi outpostを経ない局所分泌経路の存在も示唆されている<ref name=Horton2003><pubmed>12867502</pubmed></ref>。さらに翻訳された膜タンパク質が滑面小胞体の膜上を拡散することが、樹状突起に沿った膜タンパク質輸送機構として機能し得ることも報告されている<ref><pubmed>22265418</pubmed></ref>。


== 疾患との関わり ==
== 疾患との関わり ==