「物体探索」の版間の差分

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 物体探索行動は新奇な物体の出現や物体の配置の変化など、環境内に生じた新たな変化によって引き起こされる行動である。この時、新奇な事象が行動の誘因であり、いわば報酬の役割をもつといえる。神経細胞レベルにおいても、新奇刺激が報酬系すなわちドーパミンニューロンの活動を引き起こすことが報告されている<ref><pubmed>9658025</pubmed></ref>。新奇刺激のインパクトによって反応の強度や持続性は異なるが、刺激が繰り返し提示されると、その活動は鎮静化していく。ドーパミンニューロンの障害によるおこるパーキンソン病の患者では新奇探索傾向が減少し、危険回避傾向が増加する<ref><pubmed>15201352</pubmed></ref>。同様の行動傾向を、ドーパミンD4受容体ノックアウトマウスが示すことが報告されている<ref><pubmed>10531457</pubmed></ref>。
 物体探索行動は新奇な物体の出現や物体の配置の変化など、環境内に生じた新たな変化によって引き起こされる行動である。この時、新奇な事象が行動の誘因であり、いわば報酬の役割をもつといえる。神経細胞レベルにおいても、新奇刺激が報酬系すなわちドーパミンニューロンの活動を引き起こすことが報告されている<ref><pubmed>9658025</pubmed></ref>。新奇刺激のインパクトによって反応の強度や持続性は異なるが、刺激が繰り返し提示されると、その活動は鎮静化していく。ドーパミンニューロンの障害によるおこるパーキンソン病の患者では新奇探索傾向が減少し、危険回避傾向が増加する<ref><pubmed>15201352</pubmed></ref>。同様の行動傾向を、ドーパミンD4受容体ノックアウトマウスが示すことが報告されている<ref><pubmed>10531457</pubmed></ref>。


 これまで、物体探索行動を指標として測定された物体認知の神経基盤としては、海馬が物体の空間的情報処理に関与するが、物体認知そのものには重要でないという一致した見解が得られてきた。同一の物体の情報処理が、処理内容によって異なる経路を介することは、Mishkinによっても二つの処理系として提案されてきた<ref><pubmed>7126325</pubmed></ref> 。彼らは、視覚的に提示された物体について、空間的情報は一次視覚野から背側に流れる経路「where patyway」で処理され、物体認知は一次視覚野から腹側に流れる経路「whatpathway」で処理されるとした。
 これまで、物体探索行動を指標として測定された物体認知の神経基盤としては、海馬が物体の空間的情報処理に関与するが、物体認知そのものには重要でないという一致した見解が得られてきた。同一の物体の情報処理が、処理内容によって異なる経路を介することは、Mishkinによって二つの処理系として提案されてきた<ref><pubmed>7126325</pubmed></ref> 。彼らは、視覚的に提示された物体について、空間的情報は一次視覚野から背側に流れる経路「where patyway」で処理され、物体認知は一次視覚野から腹側に流れる経路「what pathway」で処理されるとした。


 ただし物体探索課題では、物体認知に関わる脳領域についての積極的な結果が得られていない。一方、物体認知記憶を測定する[[遅延非見本合わせ課題]](delayed nonmatching to sample, DNMS)を用いた損傷研究により、[[嗅皮質]]([[rhinal cortex]])が物体認知に重要であると考えられている。この課題は、ある刺激を前に見たかどうかについての物体認知記憶を測定するために使用される。見本試行において、テーブル上に見本物体が短時間提示され、遅延時間後の選択試行では、見本物体と同じ物体が新奇物体とともに提示される。動物が新奇物体を選択すると報酬が与えられる。 この課題を用いた初期の実験<ref><pubmed>418358</pubmed></ref>では、[[wikipedia:ja:マカクザル|マカクザル]]の海馬と[[扁桃体]]を含む側頭葉内側部の損傷の効果が検討された。見本試行と選択試行の遅延時間が10秒以内である場合、この課題の遂行に損傷の影響はなかったが、それよりも長い遅延時間が挿入されると、その時間依存的に課題の正答率が低くなった。後に同研究者によって損傷の精度を高めて追試が行われた結果、この障害は海馬や扁桃体単独の損傷では生じず、むしろそれらの近辺領域にある嗅皮質の損傷が障害を引き起こしたことが明らかになった<ref><pubmed>9698344</pubmed></ref>。したがって、物体認知記憶には海馬や扁桃体ではなく嗅皮質が重要な役割を担うと考えられる。
 ただし物体探索課題では、物体認知に関わる脳領域についての積極的な結果が得られていない。一方、物体認知記憶を測定する[[遅延非見本合わせ課題]](delayed nonmatching to sample, DNMS)を用いた損傷研究により、[[嗅皮質]]([[rhinal cortex]])が物体認知に重要であると考えられている。この課題は、ある刺激を前に見たかどうかについての物体認知記憶を測定するために使用される。見本試行において、テーブル上に見本物体が短時間提示され、遅延時間後の選択試行では、見本物体と同じ物体が新奇物体とともに提示される。動物が新奇物体を選択すると報酬が与えられる。 この課題を用いた初期の実験<ref><pubmed>418358</pubmed></ref>では、[[wikipedia:ja:マカクザル|マカクザル]]の海馬と[[扁桃体]]を含む側頭葉内側部の損傷の効果が検討された。見本試行と選択試行の遅延時間が10秒以内である場合、この課題の遂行に損傷の影響はなかったが、それよりも長い遅延時間が挿入されると、その時間依存的に課題の正答率が低くなった。後に同研究者によって損傷の精度を高めて追試が行われた結果、この障害は海馬や扁桃体単独の損傷では生じず、むしろそれらの近辺領域にある嗅皮質の損傷が障害を引き起こしたことが明らかになった<ref><pubmed>9698344</pubmed></ref>。したがって、物体認知記憶には海馬や扁桃体ではなく嗅皮質が関与すると考えられる。


== 関連項目  ==
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