「ナルコレプシー」の版間の差分

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ナルコレプシー 執筆 本多真 編集担当 Dr加藤忠史
narcolepsy


同義語  
同義語  
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狭義の過眠症の診断には、睡眠覚醒中枢の働きを直接評価する方法がないため、二次的に日中の眠気をきたす様々な疾患を否定してから行う除外診断が原則である。まず眠気をきたす薬物使用、季節性感情障害や筋強直性ジストロフィーなど過眠を伴う精神神経疾患を除外する。次に様々な睡眠障害を順次鑑別する。睡眠表(睡眠日誌)により睡眠時間の不足や概日リズム睡眠障害を除外、そして睡眠時無呼吸症候群や周期性四肢運動障害など夜間睡眠に質的障害をもたらす疾患がないことを終夜睡眠ポリグラフ検査で確認する。ナルコレプシーは日中の居眠りの反復と情動脱力発作の存在から、除外診断を待つだけでなく積極的に臨床診断を行うことが可能である。典型的な情動脱力発作の既往の確認が診断の鍵となるが、脱力の有無ではなく、発作経過の体験として聴取すると判断しやすい。 ナルコレプシーには診断に有用な3つの指標が存在する。ひとつは睡眠ポリグラフ検査上の入眠時レム睡眠の出現である。健常者では約90分の睡眠周期の後半にレム睡眠が出現するのが通常であるが、ナルコレプシー患者では夜間も日中も入眠直後にレム睡眠が出現しやすい。これは1960年Vogel(10)が報告したあと追試で確認され、入眠時レム睡眠期に一致して入眠時幻覚が出現することも確認され(11-14)、以後ナルコレプシーはレム睡眠の発現異常の疾患として注目されている。2つ目は情動脱力発作を伴うナルコレプシー患者の約90%(日本人ではほぼ100%)がHLA-DQB1*06:02遺伝子型をもつことである。1983年に日本人ナルコレプシー症例とHLA-DR2血清型との密接な関連が報告され(15, 16)、その後HLA-DQB1*06:02が人種を越えてナルコレプシーと強い連鎖を示すことが見いだされた(17)。日本人の一般人口では12-13%、白人では20-25%がこの遺伝子型をもつため疾患特異性は低いが、感度は高くHLA遺伝子型が不一致な例は診断を再考する必要がある。3つ目は、情動脱力発作を伴うナルコレプシーの約90%では脳脊髄液中のオレキシンA蛋白濃度が測定限界値以下に低下していること、この所見がナルコレプシーに疾患特異的で発症直後から明瞭な差があることである(18)。死後脳を用いた検討で視床下部に局在する覚醒性のオレキシン細胞が変性脱落することが確認され、脳脊髄液中のオレキシン低値の原因と考えられる(19, 20)。この所見は早期診断のほか身体合併症例や小児例など診断が難しい場合に有用である。  
狭義の過眠症の診断には、睡眠覚醒中枢の働きを直接評価する方法がないため、二次的に日中の眠気をきたす様々な疾患を否定してから行う除外診断が原則である。まず眠気をきたす薬物使用、季節性感情障害や筋強直性ジストロフィーなど過眠を伴う精神神経疾患を除外する。次に様々な睡眠障害を順次鑑別する。睡眠表(睡眠日誌)により睡眠時間の不足や概日リズム睡眠障害を除外、そして睡眠時無呼吸症候群や周期性四肢運動障害など夜間睡眠に質的障害をもたらす疾患がないことを終夜睡眠ポリグラフ検査で確認する。ナルコレプシーは日中の居眠りの反復と情動脱力発作の存在から、除外診断を待つだけでなく積極的に臨床診断を行うことが可能である。典型的な情動脱力発作の既往の確認が診断の鍵となるが、脱力の有無ではなく、発作経過の体験として聴取すると判断しやすい。 ナルコレプシーには診断に有用な3つの指標が存在する。ひとつは睡眠ポリグラフ検査上の入眠時レム睡眠の出現である。健常者では約90分の睡眠周期の後半にレム睡眠が出現するのが通常であるが、ナルコレプシー患者では夜間も日中も入眠直後にレム睡眠が出現しやすい。これは1960年Vogel(10)が報告したあと追試で確認され、入眠時レム睡眠期に一致して入眠時幻覚が出現することも確認され(11-14)、以後ナルコレプシーはレム睡眠の発現異常の疾患として注目されている。2つ目は情動脱力発作を伴うナルコレプシー患者の約90%(日本人ではほぼ100%)がHLA-DQB1*06:02遺伝子型をもつことである。1983年に日本人ナルコレプシー症例とHLA-DR2血清型との密接な関連が報告され(15, 16)、その後HLA-DQB1*06:02が人種を越えてナルコレプシーと強い連鎖を示すことが見いだされた(17)。日本人の一般人口では12-13%、白人では20-25%がこの遺伝子型をもつため疾患特異性は低いが、感度は高くHLA遺伝子型が不一致な例は診断を再考する必要がある。3つ目は、情動脱力発作を伴うナルコレプシーの約90%では脳脊髄液中のオレキシンA蛋白濃度が測定限界値以下に低下していること、この所見がナルコレプシーに疾患特異的で発症直後から明瞭な差があることである(18)。死後脳を用いた検討で視床下部に局在する覚醒性のオレキシン細胞が変性脱落することが確認され、脳脊髄液中のオレキシン低値の原因と考えられる(19, 20)。この所見は早期診断のほか身体合併症例や小児例など診断が難しい場合に有用である。  


2005年の国際睡眠障害分類第2版(ICSD2)(21)(日本睡眠学会による翻訳版が入手可能(22))では、このうち入眠時レム睡眠期が生じやすい特徴を重視して、ナルコレプシーの病名を含む「情動脱力発作を伴うナルコレプシー」「情動脱力発作を伴わないナルコレプシー」「身体疾患によるナルコレプシー」を分類している。
2005年の国際睡眠障害分類第2版(ICSD2)(21)(日本睡眠学会による翻訳版が入手可能(22))では、このうち入眠時レム睡眠期が生じやすい特徴を重視して、ナルコレプシーの病名を含む「情動脱力発作を伴うナルコレプシー」「情動脱力発作を伴わないナルコレプシー」「身体疾患によるナルコレプシー」を分類している。  


[[Image:本多表1.JPG]]
[[Image:本多表1.JPG|RTENOTITLE]]  


臨床的な持続性の過眠症状があり、終夜睡眠ポリグラフ検査で夜間睡眠が6時間以上で質的障害がないことを確認した上で、翌日の反復睡眠潜時検査(MSLT)で眠気の重症度(平均睡眠潜時8分以下)とレム睡眠への移行のしやすさ(入眠後15分以内にレム睡眠期が生じることが2回以上)を確認することが、ICSD2におけるナルコレプシーの基本的な概念である。明確な情動脱力発作がある場合はPSG-MSLT検査は必須ではないが、確認することが推奨されている。ICSD2の診断基準の要点を表1に示す。  
臨床的な持続性の過眠症状があり、終夜睡眠ポリグラフ検査で夜間睡眠が6時間以上で質的障害がないことを確認した上で、翌日の反復睡眠潜時検査(MSLT)で眠気の重症度(平均睡眠潜時8分以下)とレム睡眠への移行のしやすさ(入眠後15分以内にレム睡眠期が生じることが2回以上)を確認することが、ICSD2におけるナルコレプシーの基本的な概念である。明確な情動脱力発作がある場合はPSG-MSLT検査は必須ではないが、確認することが推奨されている。ICSD2の診断基準の要点を表1に示す。  
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ナルコレプシー発症の原因は未解明である。オレキシン発見の契機となったイヌモデル(25)とは異なり、ナルコレプシーの原因としてオレキシンやその受容体の遺伝子異常は見出されていない(19)。一方で、HLA遺伝子型自体がナルコレプシーの一遺伝子である(homozygoteはheterozygoteの4-5倍の有病率)。また健常者をMSLTの結果で群分けすると入眠時レム睡眠数や眠気が強い群ほど(つまりナルコレプシー診断基準に近いほど)HLA-DQB1*06:02遺伝子型をもつ頻度が高まること(26)、さらにこのHLA遺伝子型をもつ人は疲労度や眠気尺度が高く、部分断眠後でも徐波睡眠持続が悪く、睡眠が分断化する傾向があること(27)、からHLA遺伝子自体が睡眠制御機能をもつことが示唆されている。  
ナルコレプシー発症の原因は未解明である。オレキシン発見の契機となったイヌモデル(25)とは異なり、ナルコレプシーの原因としてオレキシンやその受容体の遺伝子異常は見出されていない(19)。一方で、HLA遺伝子型自体がナルコレプシーの一遺伝子である(homozygoteはheterozygoteの4-5倍の有病率)。また健常者をMSLTの結果で群分けすると入眠時レム睡眠数や眠気が強い群ほど(つまりナルコレプシー診断基準に近いほど)HLA-DQB1*06:02遺伝子型をもつ頻度が高まること(26)、さらにこのHLA遺伝子型をもつ人は疲労度や眠気尺度が高く、部分断眠後でも徐波睡眠持続が悪く、睡眠が分断化する傾向があること(27)、からHLA遺伝子自体が睡眠制御機能をもつことが示唆されている。  


慢性関節リウマチやSLEなど既知のHLA関連疾患はすべて自己免疫機序をもつことから、ナルコレプシーの病態にも自己免疫機序が関与することが信じられてきた。しかし通常の自己免疫疾患とは様々な点で異なる特徴があり、鍵となる自己抗原も同定されておらず真偽は不明のままである。ナルコレプシーの自己免疫仮説を支持する知見、否定的な知見の主なものを表2に示す。[[Image:本多表2R.jpg]]
慢性関節リウマチやSLEなど既知のHLA関連疾患はすべて自己免疫機序をもつことから、ナルコレプシーの病態にも自己免疫機序が関与することが信じられてきた。しかし通常の自己免疫疾患とは様々な点で異なる特徴があり、鍵となる自己抗原も同定されておらず真偽は不明のままである。ナルコレプシーの自己免疫仮説を支持する知見、否定的な知見の主なものを表2に示す。[[Image:本多表2R.jpg|RTENOTITLE]]  


ナルコレプシーの自己免疫疾患仮説を支持する最大の根拠は、HLA遺伝子型との関連、そして全ゲノム遺伝子関連解析で同定されたT細胞受容体alpha遺伝子座にあるSNPと関連である(この際HLA遺伝子型を合わせた対照群が用いられている)(28)。特別な抗原を特定のHLA分子が呈示し、それが特定のT細胞受容体を介して免疫反応の司令塔であるT細胞の賦活化が生じ、それに伴い自己反応性T細胞が生じて末梢での免疫寛容にほころびが生じたり、T細胞受容体のレパートリーを変化させて胸腺での自己抗原反応性T細胞が選択されやすくなる、といった機序が想定されている(29)。最近ナルコレプシー症例の16-26%に、疾患特異的にTRIB2自己抗原が同定された(30-32)。TRIB2自己抗体の臨床的意義は未解明であるが、視床下部ではオレキシン細胞に共局在するため、TRIB2自己抗体がオレキシン細胞を標的とする可能性が示唆されている(30)。一方、自己免疫仮説に反する知見としては、血清学的検査所見(赤血球沈降速度、CRPレベル、補体レベル、リンパ球サブセットの割合、免疫グロブリンレベル)に、炎症を示す異常値がないこと(33)、また脳脊髄液中のoligoclonal bandの増加やIgG指標の増加や抗核抗体など通常の自己免疫疾患に合併しうる自己抗体も見られないこと(34)、さらに大部分のナルコレプシー症例では抗オレキシン自己抗体や2つのオレキシン受容体に対する自己抗体は検出されず(35)、オレキシン神経細胞が局在する視床下部外側野において、自己免疫機序の組織学的な特徴であるHLA分子の発現増強や、神経変性疾患の特徴である反応性のミクログリアやアストログリア増生が欠落していること(19, 36)、があげられる。最近、後述のように発症経過に感染が関わることが示されており、自己免疫機序の有無は別として、ナルコレプシー発症機序に何らかの免疫異常が関わることは確実と考えられる。  
ナルコレプシーの自己免疫疾患仮説を支持する最大の根拠は、HLA遺伝子型との関連、そして全ゲノム遺伝子関連解析で同定されたT細胞受容体alpha遺伝子座にあるSNPと関連である(この際HLA遺伝子型を合わせた対照群が用いられている)(28)。特別な抗原を特定のHLA分子が呈示し、それが特定のT細胞受容体を介して免疫反応の司令塔であるT細胞の賦活化が生じ、それに伴い自己反応性T細胞が生じて末梢での免疫寛容にほころびが生じたり、T細胞受容体のレパートリーを変化させて胸腺での自己抗原反応性T細胞が選択されやすくなる、といった機序が想定されている(29)。最近ナルコレプシー症例の16-26%に、疾患特異的にTRIB2自己抗原が同定された(30-32)。TRIB2自己抗体の臨床的意義は未解明であるが、視床下部ではオレキシン細胞に共局在するため、TRIB2自己抗体がオレキシン細胞を標的とする可能性が示唆されている(30)。一方、自己免疫仮説に反する知見としては、血清学的検査所見(赤血球沈降速度、CRPレベル、補体レベル、リンパ球サブセットの割合、免疫グロブリンレベル)に、炎症を示す異常値がないこと(33)、また脳脊髄液中のoligoclonal bandの増加やIgG指標の増加や抗核抗体など通常の自己免疫疾患に合併しうる自己抗体も見られないこと(34)、さらに大部分のナルコレプシー症例では抗オレキシン自己抗体や2つのオレキシン受容体に対する自己抗体は検出されず(35)、オレキシン神経細胞が局在する視床下部外側野において、自己免疫機序の組織学的な特徴であるHLA分子の発現増強や、神経変性疾患の特徴である反応性のミクログリアやアストログリア増生が欠落していること(19, 36)、があげられる。最近、後述のように発症経過に感染が関わることが示されており、自己免疫機序の有無は別として、ナルコレプシー発症機序に何らかの免疫異常が関わることは確実と考えられる。  
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ナルコレプシーの認知度はまだ低いが、治療の有効性が高いため、早期診断が患者の社会生活改善の上で大きな意味を持つ。知識の普及と適切な診断治療体制の整備が前提として重要である。  
ナルコレプシーの認知度はまだ低いが、治療の有効性が高いため、早期診断が患者の社会生活改善の上で大きな意味を持つ。知識の普及と適切な診断治療体制の整備が前提として重要である。  


I 非薬物療法:
I 非薬物療法:  


過眠症は「睡眠の病気」であることを本人および周囲が理解し受容することが第一歩である。患者自身が過眠症状を「なまけ癖」「やる気の問題」と考え、無理を重なることが多い。睡眠不足により日中の眠気のさらなる悪化が生じるため、健常者以上に睡眠時間の確保など規則的な生活習慣の維持が大切である。様々な理由で夜間睡眠の確保が困難な場合は、通勤通学時間や休み時間に短時間の計画的昼寝(10-30分程度)をとることが有効である。
過眠症は「睡眠の病気」であることを本人および周囲が理解し受容することが第一歩である。患者自身が過眠症状を「なまけ癖」「やる気の問題」と考え、無理を重なることが多い。睡眠不足により日中の眠気のさらなる悪化が生じるため、健常者以上に睡眠時間の確保など規則的な生活習慣の維持が大切である。様々な理由で夜間睡眠の確保が困難な場合は、通勤通学時間や休み時間に短時間の計画的昼寝(10-30分程度)をとることが有効である。  


II 薬物療法:
II 薬物療法:  


一般にナルコレプシー患者は薬物反応性がよい。現在の中枢刺激剤による薬物療法は対症療法にすぎず、寝不足をなくすものではない点は強調すべきである。また患者は消極的で諦めやすい性格変化を来しやすく、服薬指導や副作用の知識と対応の仕方をあらかじめ十分伝えることが、治療上大切である。  
一般にナルコレプシー患者は薬物反応性がよい。現在の中枢刺激剤による薬物療法は対症療法にすぎず、寝不足をなくすものではない点は強調すべきである。また患者は消極的で諦めやすい性格変化を来しやすく、服薬指導や副作用の知識と対応の仕方をあらかじめ十分伝えることが、治療上大切である。  
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関連語: 睡眠障害、睡眠、睡眠制御の神経回路、視床下部、間脳、覚醒中枢、精神刺激薬、(入眠時)幻覚  
関連語: 睡眠障害、睡眠、睡眠制御の神経回路、視床下部、間脳、覚醒中枢、精神刺激薬、(入眠時)幻覚  
(執筆 本多真 編集担当委員 Dr加藤忠史)<br>


文献  
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