「防衛機制」の版間の差分

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<div align="right"> 
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0151637 袴田 優子]</font><br>
''北里大学 医療衛生学部 健康科学科''<br>
<font size="+1">[http://www.p.u-tokyo.ac.jp/shimoyama/?page_id=304 下山 晴彦]</font><br>
''東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース ''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年3月8日 原稿完成日:2013年3月15日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
</div>
英語名:defence menchanisms 独:Abwehrmechanismus 仏:mécanisme de défense
英語名:defence menchanisms 独:Abwehrmechanismus 仏:mécanisme de défense


{{box|text=
 [[wikipedia:ja:フロイト|フロイト]]([[wikipedia:Sigmund Freud|Sigmund Freud]], 1856-1939)が最初に提唱した概念で、後の精神分析家らにより発展した。フロイトは、人のこころは3つの要素から構成されると考えた。すなわち、人間が根源的に抱いている本能的欲動である[[イド]](または[[エス]])、イドを制止する[[超自我]]([[スーパーエゴ]])、そして両者の間で懸命に適切な道を探る[[自我]]([[エゴ]])である。イドはそれ自体、本人にとっても認めがたいものであるため、自我はそれを意識に上らないように様々なかたちで抵抗する。
 [[wikipedia:ja:フロイト|フロイト]]([[wikipedia:Sigmund Freud|Sigmund Freud]], 1856-1939)が最初に提唱した概念で、後の精神分析家らにより発展した。フロイトは、人のこころは3つの要素から構成されると考えた。すなわち、人間が根源的に抱いている本能的欲動である[[イド]](または[[エス]])、イドを制止する[[超自我]]([[スーパーエゴ]])、そして両者の間で懸命に適切な道を探る[[自我]]([[エゴ]])である。イドはそれ自体、本人にとっても認めがたいものであるため、自我はそれを意識に上らないように様々なかたちで抵抗する。
防衛機制とは、自我がイドに対して抵抗するために用いる手段をいう。
防衛機制とは、自我がイドに対して抵抗するために用いる手段をいう。
}}


== フロイトによる防衛機制 ==
== フロイトによる防衛機制 ==
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== フロイト以後の防衛機制論 ==
== フロイト以後の防衛機制論 ==


 その後、フロイトの娘である[[アンナ・フロイト]] (Anna Freud, 1895-1982) は、フロイトの防衛機制論を発展させ、昇華 (sublimation) を新たに加えた10種類の防衛機制を提唱している。この他、学説によってさまざまな分類が可能だが、[[グリート・ビブリング]] (Grete L. Bibring (1899-1977) による分類も有名である。
 その後、フロイトの娘である[[wikipedia:ja:アンナ・フロイト|アンナ・フロイト]] (Anna Freud, 1895-1982) は、フロイトの防衛機制論を発展させ、昇華 (sublimation) を新たに加えた10種類の防衛機制を提唱している。この他、学説によってさまざまな分類が可能だが、[[wikipedia:Grete L. Bibring|グリート・ビブリング]] (Grete L. Bibring (1899-1977) による分類も有名である。


===昇華 ===
===昇華 ===
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===抑圧===
===抑圧===


 一言に抑圧といっても、含まれる心的働きは幅広い。たとえば、上述のヒステリー症状や、[[意識]]・[[記憶]]・[[パーソナリティ]]の不連続性を示す[[解離性症状]] ([[dissociative symptoms]]) は、もともとは抑圧から生じた精神症状であるとフロイトは記述している<ref name=ref2>'''Freud, S.'''<br>The neuro-psychoses of defence.<br>1984</ref>[注:[[アーネスト・ヒルガード]] ([[Ernest R. Hilgard]], 1904- 2001) は、解離を抑圧とは異なる機制として位置付けている<ref name=ref4>'''Hilgard, E.'''<br>Divided consciousness.<br>W''illey'', New York.1977</ref>]。
 一言に抑圧といっても、含まれる心的働きは幅広い。たとえば、上述のヒステリー症状や、[[意識]]・[[記憶]]・[[パーソナリティ]]の不連続性を示す[[解離性症状]] ([[dissociative symptoms]]) は、もともとは抑圧から生じた精神症状であるとフロイトは記述している<ref name=ref2>'''Freud, S.'''<br>The neuro-psychoses of defence.<br>1984</ref>[注:[[wikipedia:Ernest Hilgard|アーネスト・ヒルガード]] ([[wikipedia:Ernest Hilgard|Ernest R. Hilgard]], 1904- 2001) は、解離を抑圧とは異なる機制として位置付けている<ref name=ref4>'''Hilgard, E.'''<br>Divided consciousness.<br>W''illey'', New York.1977</ref>]。


 たとえば解離症状は、トラウマ体験の記憶を抑圧し、こころの奥深くにしまい込む[[心的外傷後ストレス障害]]([[PTSD]])においても認められる。解離症状が優勢なPTSD患者では、トラウマ体験想起時に、[[扁桃体]]活動や[[島]]で活動の低下がみられるのに対し、[[内側前頭前皮質]]([[mPFC]])や[[前帯状皮質]] ([[ACC]]) の吻側部(rACC)では活動の増加がみとめられるという<ref name=ref7><pubmed>20360318</pubmed></ref>。一般的に、[[交感神経]]系の活動亢進がみとめられる[[不安障害]]では、情動刺激処理時には、扁桃体や島の活動は増加しており、mPFCやrACCの活動は低下している<ref name=ref16><pubmed>19625997</pubmed></ref>。これは、通常mPFCやrACCは情動中枢である扁桃体や身体感覚への気づきを司る島の働きを制御しているが、不安障害ではその機能が低下して、扁桃体や島の過剰活動を制御できなくなっているためと考えられている<ref name=ref15><pubmed>19625997</pubmed></ref> <ref name=ref16 />。しかし、解離症状主体のPTSDは、これとは正反対のパターンを示すのである。このことから、解離において過剰に働いているのはむしろmPFCやrACCで、扁桃体や島は本来あるべき機能を果たすことができない状態に陥っているという可能性が指摘されている<ref name=ref7 />。
 たとえば解離症状は、トラウマ体験の記憶を抑圧し、こころの奥深くにしまい込む[[心的外傷後ストレス障害]]([[PTSD]])においても認められる。解離症状が優勢なPTSD患者では、トラウマ体験想起時に、[[扁桃体]]活動や[[島]]で活動の低下がみられるのに対し、[[内側前頭前皮質]]([[mPFC]])や[[前帯状皮質]] ([[ACC]]) の吻側部(rACC)では活動の増加がみとめられるという<ref name=ref7><pubmed>20360318</pubmed></ref>。一般的に、[[交感神経]]系の活動亢進がみとめられる[[不安障害]]では、情動刺激処理時には、扁桃体や島の活動は増加しており、mPFCやrACCの活動は低下している<ref name=ref16><pubmed>19625997</pubmed></ref>。これは、通常mPFCやrACCは情動中枢である扁桃体や身体感覚への気づきを司る島の働きを制御しているが、不安障害ではその機能が低下して、扁桃体や島の過剰活動を制御できなくなっているためと考えられている<ref name=ref15><pubmed>19625997</pubmed></ref> <ref name=ref16 />。しかし、解離症状主体のPTSDは、これとは正反対のパターンを示すのである。このことから、解離において過剰に働いているのはむしろmPFCやrACCで、扁桃体や島は本来あるべき機能を果たすことができない状態に陥っているという可能性が指摘されている<ref name=ref7 />。
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===退行===
===退行===


 [[カタトニア]] ([[catatonia]], [[緊張病]]) は[[統合失調症]]にみられ、激しい精神運動性の興奮状態と昏迷状態を繰り返し顕わす病態である。[[ハリー・サリヴァン]] (Harry S. Sullivan,1892-1949) は、強力な不安の影響下で自己体系がその統一を失う事態を統合失調症と捉え、カタトニアは未熟で小児的な体験様式が蘇ってくるために出現すると考えた。このため精神分析的立場では、カタトニアは感覚運動性の退行として捉えられる。
 [[カタトニア]] ([[catatonia]], [[緊張病]]) は[[統合失調症]]にみられ、激しい精神運動性の興奮状態と昏迷状態を繰り返し顕わす病態である。[[wikipedia:Harry Stack Sullivan|ハリー・サリヴァン]] ([[wikipedia:Harry Stack Sullivan|Harry S. Sullivan]],1892-1949) は、強力な不安の影響下で自己体系がその統一を失う事態を統合失調症と捉え、カタトニアは未熟で小児的な体験様式が蘇ってくるために出現すると考えた。このため精神分析的立場では、カタトニアは感覚運動性の退行として捉えられる。


 無動性カタトニアを持つ統合失調症患者では、無動性カタトニアを持たない統合失調症患者や健常者と比べて、情動刺激処理時、内側OFCからmPFC、[[運動前野]]および[[運動野]]に対する機能的連結性 (functional connectivity) が有意に減少していたことが報告されている<ref name=ref13><pubmed>15279056</pubmed></ref>。このため、内側OFCやmPFCといった[[大脳皮質]]正中内側部構造(Cortical Midline Structures)は、カタトニア患者における自己関連づけや同時発生的動作 (concurrent behavior) の破綻に関与し、感覚運動性の退行と関連する可能性が指摘されている<ref name=ref10><pubmed>15301749</pubmed></ref> <ref name=ref11 /> <ref name=ref12><pubmed>14755839</pubmed></ref>。
 無動性カタトニアを持つ統合失調症患者では、無動性カタトニアを持たない統合失調症患者や健常者と比べて、情動刺激処理時、内側OFCからmPFC、[[運動前野]]および[[運動野]]に対する機能的連結性 (functional connectivity) が有意に減少していたことが報告されている<ref name=ref13><pubmed>15279056</pubmed></ref>。このため、内側OFCやmPFCといった[[大脳皮質]]正中内側部構造(Cortical Midline Structures)は、カタトニア患者における自己関連づけや同時発生的動作 (concurrent behavior) の破綻に関与し、感覚運動性の退行と関連する可能性が指摘されている<ref name=ref10><pubmed>15301749</pubmed></ref> <ref name=ref11 /> <ref name=ref12><pubmed>14755839</pubmed></ref>。
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== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
<references />
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(執筆者:袴田優子、下山晴彦 担当編集委員:加藤忠史)