「言語進化」の版間の差分

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 家畜化とは、人類が何らかの用途に基づき他の動物を飼育し、その動物の繁殖を制御することで、設定した用途によりよく適応した品種を作り出することである。ウシは搾乳や食肉の目的で、豚はもっぱら食肉の目的で、ニワトリは採卵の目的で家畜化(家禽化)されてきた。家畜化の過程には、これら明瞭な目的以外に、攻撃性の少ない、狭いところでもストレスを感じない個体を選択する過程も含まれる。家畜化された動物は、白地が現われる、顔が丸くなり口吻が短くなる、ストレスレベルが低下するなど、共通した変化を示す。これを家畜化症候群という。
 家畜化とは、人類が何らかの用途に基づき他の動物を飼育し、その動物の繁殖を制御することで、設定した用途によりよく適応した品種を作り出することである。ウシは搾乳や食肉の目的で、豚はもっぱら食肉の目的で、ニワトリは採卵の目的で家畜化(家禽化)されてきた。家畜化の過程には、これら明瞭な目的以外に、攻撃性の少ない、狭いところでもストレスを感じない個体を選択する過程も含まれる。家畜化された動物は、白地が現われる、顔が丸くなり口吻が短くなる、ストレスレベルが低下するなど、共通した変化を示す。これを家畜化症候群という。


 これらの共通した変化には、家畜化のために攻撃性の少ない個体を選択してきた影響がある。これを統一的に説明するのが家畜化の神経堤細胞仮説である(Wilkins, Wrangham, & Fitch, 2014)。神経堤細胞は、胚発生初期に現れる細胞で、色素細胞、副腎皮質細胞、顔面の骨などに分化することがわかっている。攻撃性の少ない個体を選択することで、神経堤細胞の拡散が遅い個体を選択していることになった。そのことで、白地があらわれる、顔が丸くなり口吻が短くなる、ストレスレベルが低下するなどの共通した変化が生じるのかもしれない。
 これらの共通した変化には、家畜化のために攻撃性の少ない個体を選択してきた影響がある。これを統一的に説明するのが家畜化の神経堤細胞仮説である<ref name=ref7><pubmed>25024034</pubmed></ref>。神経堤細胞は、胚発生初期に現れる細胞で、色素細胞、副腎皮質細胞、顔面の骨などに分化することがわかっている。攻撃性の少ない個体を選択することで、神経堤細胞の拡散が遅い個体を選択していることになった。そのことで、白地があらわれる、顔が丸くなり口吻が短くなる、ストレスレベルが低下するなどの共通した変化が生じるのかもしれない。


 ヒトは集団生活・集団防衛により天敵から逃れてきた。このことで、それまで以上の密度で生活する必要が生じ、攻撃性を制御できることが重要な形質となった。この過程は、家畜化の過程と同じであり、自己家畜化とよばれる<ref name=ref2><pubmed>25342776</pubmed></ref>。ヒトは他者の心の状態を斟酌することで社会の中での地位を高める。この仕組みは、協調性の高い形質を選択し、同時に心の埋め込み構造の理解を促進したであろう。これが思考を助けて、言語への前適応となった可能性もある。鳥類においては、家禽化により歌に複雑さが現れた事例がある。前段で説明したジュウシマツである。家禽種は、野生種に比べて歌が複雑で羽色が白く嘴の力が弱い。これらはすべて家畜化症候群の現れであり、神経堤細胞の拡散が抑制されたという仮説と整合する。ヒトの発声が複雑で多様なのは、ジュウシマツの家禽化と同様な過程が働いているからかもしれない。すなわち、天敵がいなくなり、発声が性淘汰の信号として重要になったことで、可塑性が表れてきたというシナリオが考えられる。このように、言語の起源を説明する変化の一部が、ヒトの自己家畜化過程から生じている可能性は強い。
 ヒトは集団生活・集団防衛により天敵から逃れてきた。このことで、それまで以上の密度で生活する必要が生じ、攻撃性を制御できることが重要な形質となった。この過程は、家畜化の過程と同じであり、自己家畜化とよばれる<ref name=ref2><pubmed>25342776</pubmed></ref>。ヒトは他者の心の状態を斟酌することで社会の中での地位を高める。この仕組みは、協調性の高い形質を選択し、同時に心の埋め込み構造の理解を促進したであろう。これが思考を助けて、言語への前適応となった可能性もある。鳥類においては、家禽化により歌に複雑さが現れた事例がある。前段で説明したジュウシマツである。家禽種は、野生種に比べて歌が複雑で羽色が白く嘴の力が弱い。これらはすべて家畜化症候群の現れであり、神経堤細胞の拡散が抑制されたという仮説と整合する。ヒトの発声が複雑で多様なのは、ジュウシマツの家禽化と同様な過程が働いているからかもしれない。すなわち、天敵がいなくなり、発声が性淘汰の信号として重要になったことで、可塑性が表れてきたというシナリオが考えられる。このように、言語の起源を説明する変化の一部が、ヒトの自己家畜化過程から生じている可能性は強い。
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 現在言語と呼ばれるものの萌芽的な形質が成立して5-6万年しか経っていない。このような短い間に言語が成立するということは、ホモ・サピエンスが作った社会・文化環境そのものが特有のニッチとなり、言語を用いることの適応度が急速に増した結果であろう。また、言語それ自体がホモ・サピエンスの脳に適応しやすいよう文化進化を起こしていることも明らかである。
 現在言語と呼ばれるものの萌芽的な形質が成立して5-6万年しか経っていない。このような短い間に言語が成立するということは、ホモ・サピエンスが作った社会・文化環境そのものが特有のニッチとなり、言語を用いることの適応度が急速に増した結果であろう。また、言語それ自体がホモ・サピエンスの脳に適応しやすいよう文化進化を起こしていることも明らかである。


 文化進化の一例として、文法化という現象がある。これは、動詞や名詞など内容を指す語が、助動詞や代名詞のような機能を持つようになる過程である。例として、英語のbackを取り上げよう。この単語はもともと「背中」を表していた。これが「~のうしろに」や「以前に」のような空間的・時間的な副詞的用法で使われるようになり、さらにはfeedback, kickbackなどの接尾辞として使われるようになった(橋本敬 & 中塚雅也, 2007)。このような変化は文献資料から辿ることができる。「~について」は「付く」から、「~において」は「置く」から文法化したのであろう。初期の言語に機能語がなかったとしても、文法化の過程で機能語が生じてきたと考えられる。
 文化進化の一例として、文法化という現象がある。これは、動詞や名詞など内容を指す語が、助動詞や代名詞のような機能を持つようになる過程である。例として、英語のbackを取り上げよう。この単語はもともと「背中」を表していた。これが「~のうしろに」や「以前に」のような空間的・時間的な副詞的用法で使われるようになり、さらにはfeedback, kickbackなどの接尾辞として使われるようになった<ref name=ref8>'''橋本敬, & 中塚雅也'''<br>文法化の構成的モデル化–進化言語学からの考察–<br>''日本認知言語学会論文集'', 7, 33-43. 2007</ref>。このような変化は文献資料から辿ることができる。「~について」は「付く」から、「~において」は「置く」から文法化したのであろう。初期の言語に機能語がなかったとしても、文法化の過程で機能語が生じてきたと考えられる。


 文化進化は実験室で再現することもできる。色・形・動きのさまざまな組み合わせをもった図形にランダムに3音節の名前をつけ、これをある被験者に学習させる。この被験者は、自分の記憶している図形-名前対応関係を次の被験者に学習させる。これを10名程度の被験者に順次伝言ゲームのように伝達すると、最終的にはある命名規則が発生することが多い。たとえば最初の音節が色を、次が形を、最後が動きを、という具合である<ref name=ref4><pubmed>18667697</pubmed></ref>。このような学習を使ったモデルを反復学習モデルという<ref name=ref3>'''Kirby, S.'''<br>Spontaneous evolution of linguistic structure-an iterated learning model of the emergence of regularity and irregularity. <br>''IEEE Transactions on Evolutionary Computation'', 5(2), 102-110. 2001</ref>。
 文化進化は実験室で再現することもできる。色・形・動きのさまざまな組み合わせをもった図形にランダムに3音節の名前をつけ、これをある被験者に学習させる。この被験者は、自分の記憶している図形-名前対応関係を次の被験者に学習させる。これを10名程度の被験者に順次伝言ゲームのように伝達すると、最終的にはある命名規則が発生することが多い。たとえば最初の音節が色を、次が形を、最後が動きを、という具合である<ref name=ref4><pubmed>18667697</pubmed></ref>。このような学習を使ったモデルを反復学習モデルという<ref name=ref3>'''Kirby, S.'''<br>Spontaneous evolution of linguistic structure-an iterated learning model of the emergence of regularity and irregularity. <br>''IEEE Transactions on Evolutionary Computation'', 5(2), 102-110. 2001</ref>。