「ネットワーク結合推定」の版間の差分

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 [[脳]]は、さまざまな階層においてネットワーク的構造を有する。例えば、ミクロな階層である[[神経回路]]は、[[神経細胞]]が[[シナプス]]で接続されたネットワークと考えられる。また、マクロな階層である脳全体は、[[視覚野]]や[[運動野]]などの脳領域が[[神経線維]]で接続されたネットワークと考えられる。脳機能がこれらネットワーク内を伝播する神経活動の時空間パターンと密接な関係があるため、そのような神経活動を媒介するネットワーク結合を明らかにすることは、脳情報処理機構の理解の手がかりになると期待されている。
 [[脳]]は、さまざまな階層においてネットワーク的構造を有する。例えば、ミクロな階層である[[神経回路]]は、[[神経細胞]]が[[シナプス]]で接続されたネットワークと考えられる。また、マクロな階層である脳全体は、[[視覚野]]や[[運動野]]などの脳領域が[[神経線維]]で接続されたネットワークと考えられる。脳機能がこれらネットワーク内を伝播する神経活動の時空間パターンと密接な関係があるため、そのような神経活動を媒介するネットワーク結合を明らかにすることは、脳情報処理機構の理解の手がかりになると期待されている。


 ネットワーク結合を明らかにする方法としては、シナプスや神経線維連絡に対し、[[順行性トレーサー|順行性]]・[[逆行性トレーサー]][[拡散強調トラクトグラフィー]]などの物質の移動に基づく解剖学的方法がある。このような結合の物理的構造は、構造的結合(structural connectivity)と呼ばれ、それに関する研究は構造的結合解析と呼ばれる。一方、ネットワーク結合の機能的な側面、すなわち、ニューロン間や脳領域間の神経活動間の繋がりに着目し、「機能上」の結合を導出する研究がある。こうした機能上のネットワーク結合は[[機能的結合]](functional connectivity)、その研究は機能的結合解析と呼ばれる。
 ネットワーク結合を明らかにする方法としては、シナプスや神経線維連絡に対し、[[順行性トレーサー|順行性]]・[[逆行性トレーサー]]を用いる解剖学的方法や、[[拡散強調トラクトグラフィー]]のように物質の移動の非侵襲計測に基づく方法などがある。このような結合の物理的構造は、構造的結合(structural connectivity)と呼ばれ、それに関する研究は構造的結合解析と呼ばれる。一方、ネットワーク結合の機能的な側面、すなわち、ニューロン間や脳領域間の神経活動間の繋がりに着目し、「機能上」の結合を導出する研究がある。こうした機能上のネットワーク結合は[[機能的結合]](functional connectivity)、その研究は機能的結合解析と呼ばれる。


 このように、構造的結合解析が、実体としての結合を直接的対象として扱うのに対し、機能的結合解析は、少なくとも実体としての結合を直接的対象とはしない。機能的結合は構造的結合から生じるという暗黙の前提が置かれていて、機能的結合が構造的結合の推定になるという期待が持たれている場合がほとんどであるが、必ずしもそうでない場合もあることは注意すべき点である。実際には、この構造的結合と機能的結合の関係自体が現在も議論の対象となっている。
 このように、構造的結合解析が、実体としての結合を直接的対象として扱うのに対し、機能的結合解析は、少なくとも実体としての結合を直接的対象とはしない。機能的結合は構造的結合から生じるという暗黙の前提が置かれていて、機能的結合が構造的結合の推定になるという期待が持たれている場合がほとんどであるが、必ずしもそうでない場合もあることは注意すべき点である。実際には、この構造的結合と機能的結合の関係自体が現在も議論の対象となっている。
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===構造的結合と機能的結合の関係について===
===構造的結合と機能的結合の関係について===
====脳領域間の結合====
====脳領域間の結合====
 脳領域間の物理的結合については、拡散強調トラフトグラフィーなどの神経線維の走行を可視化する解析が用いられる。機能的結合については、fMRIのデータに基づいた機能的結合の研究が進んでいる。この場合、課題遂行中ではなく安静時に計測された脳活動に基づく[[安静時機能的結合]]([[resting state functional connectivity]])が用いられることが多い<ref name=Biswal1995><pubmed>8524021</pubmed></ref><ref name=vandenHeuvel2010><pubmed>20471808</pubmed></ref>。機能的結合を導出する最も基本的な方法は、[[ピアソンの積率相関係数]](いわゆる通常の意味での[[相関係数]])である。したがって、2つの脳領域の間に機能的な相関があるからといって、これらの脳領域間に物理的結合があるとは限らず、機能的結合は物理的結合を反映したものであるか、あるいは、機能的結合から物理的結合を推定することは可能であるか、が議論の対象となっている<ref name=Uddin2013><pubmed>24094797</pubmed></ref>。物理的結合が存在しない脳領域においても機能的結合が検出されることがある。これは、第三者の領域を介した物理的結合が間接的に寄与していることが考えられる。しかし、基本的には物理的結合と機能的結合には相関が見られることが分かっている<ref name=Greicius2009><pubmed>18403396</pubmed></ref><ref name=Honey2009><pubmed>19188601</pubmed></ref>。物理的結合と機能的結合の間には、[[BOLD信号]]の時間変化をもたらす血行動態があり、その[[非線形ダイナミクス]]と物理的結合とが相まって、機能的結合の変動をもたらしていると考えられる。
 脳領域間の物理的結合については、拡散強調トラクトグラフィーなどの神経線維の走行を可視化する解析が用いられる。機能的結合については、fMRIのデータに基づいた機能的結合の研究が進んでいる。この場合、課題遂行中ではなく安静時に計測された脳活動に基づく[[安静時機能的結合]]([[resting state functional connectivity]])が用いられることが多い<ref name=Biswal1995><pubmed>8524021</pubmed></ref><ref name=vandenHeuvel2010><pubmed>20471808</pubmed></ref>。機能的結合を導出する最も基本的な方法は、[[ピアソンの積率相関係数]](いわゆる通常の意味での[[相関係数]])である。したがって、2つの脳領域の間に機能的な相関があるからといって、これらの脳領域間に物理的結合があるとは限らず、機能的結合は物理的結合を反映したものであるか、あるいは、機能的結合から物理的結合を推定することは可能であるか、が議論の対象となっている<ref name=Uddin2013><pubmed>24094797</pubmed></ref>。物理的結合が存在しない脳領域においても機能的結合が検出されることがある。これは、第三者の領域を介した物理的結合が間接的に寄与していることが考えられる。しかし、基本的には物理的結合と機能的結合には相関が見られることが分かっている<ref name=Greicius2009><pubmed>18403396</pubmed></ref><ref name=Honey2009><pubmed>19188601</pubmed></ref>。物理的結合と機能的結合の間には、[[BOLD信号]]の時間変化をもたらす血行動態があり、その[[非線形ダイナミクス]]と物理的結合とが相まって、機能的結合の変動をもたらしていると考えられる。


 一方、脳波に基づく機能的結合解析は、その空間解像度が劣り、構造的結合解析との比較の難しさからか、fMRIによる研究ほど進展していない。
 一方、脳波に基づく機能的結合解析は、その空間解像度が劣り、構造的結合解析との比較の難しさからか、fMRIによる研究ほど進展していない。
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 神経細胞間の 機能的結合は、[[膜電位]]と[[スパイク]]の2種類のデータから推定される。細胞内同時計測により神経細胞の膜電位を測定できる。機能的結合は、各神経細胞を刺激して発火させ、他の細胞の膜電位の変化を観察することで推定する<ref name=Mason1991></ref><ref name=Song2005></ref>。この方法には、機能的結合を[[シナプス後電位]]という単位で精密に推定できるという強みがある。一方、この方法の限界として、① 推定には[[脳スライス標品]]を作成する必要があること、② 同時計測できる細胞数は最大4個程度であるため神経ネットワークの分析には不向きであること、の2点がある。
 神経細胞間の 機能的結合は、[[膜電位]]と[[スパイク]]の2種類のデータから推定される。細胞内同時計測により神経細胞の膜電位を測定できる。機能的結合は、各神経細胞を刺激して発火させ、他の細胞の膜電位の変化を観察することで推定する<ref name=Mason1991></ref><ref name=Song2005></ref>。この方法には、機能的結合を[[シナプス後電位]]という単位で精密に推定できるという強みがある。一方、この方法の限界として、① 推定には[[脳スライス標品]]を作成する必要があること、② 同時計測できる細胞数は最大4個程度であるため神経ネットワークの分析には不向きであること、の2点がある。


 一方、多くの研究では、[[テトロード]]や[[シリコンプローブ]]を用いた[[細胞外同時計測]]により計測された[[多細胞スパイクデータ]]から神経細胞間の機能的結合が推定される。スパイクデータから機能的結合を推定する手法についても、モデルフリーとモデルベースの2種類に分類される。モデルフリーの代表的手法として、① 相互相関に基づく手法、② 情報理論的手法の2つがよく使われる。スパイクデータから機能的結合を計算する最もよく使われる手法は[[Cross-Correlation]] ([[相互相関解析]]) 法 <ref name=Perkel1967><pubmed>4292792</pubmed></ref>である。この方法は、各細胞ペアから相互相関を計算して機能的結合を計算する。詳しくは、関連項目 (相互相関解析)、あるいは 解説<ref name=伊藤浩之2000>'''伊藤 浩之 (2000).'''<br>多細胞同時記録データの統計解析法, 日本神経回路学会誌, 7, p.8-19, [https://www.jstage.jst.go.jp/article/jnns/7/1/7_1_8/_article/-char/ja/ PDF]</ref>を参照してほしい。また、Cross-Correlation を発展させた手法として、Shuffling<ref name=Toyama1981><pubmed>6267212</pubmed></ref>、 Jittering <ref name=Amarasingham2012><pubmed>22031767</pubmed></ref> 、GLMCC  <ref name=Kobayashi2019></ref>、CoNNECT<ref name=Endo2021><pubmed>34103546</pubmed></ref>などがある。情報理論的手法ではTransfer Entropy <ref name=Garofalo2009><pubmed>19652720</pubmed></ref><ref name=Ito2011><pubmed>22102894</pubmed></ref>がよく使われる。また、モデルベースの手法では、GLM (Generalized Linear Model) <ref name=Pillow2008><pubmed>18650810</pubmed></ref><ref name=Okatan2005><pubmed>15992486</pubmed></ref><ref name=Nakae2014><pubmed>25393874</pubmed></ref>や Ising モデル <ref name=Schneidman2006><pubmed>16625187</pubmed></ref><ref name=Terada2020><pubmed>32946715</pubmed></ref>を仮定し、結合パラメータを推定することで機能的結合を求める。
 一方、多くの研究では、[[テトロード]]や[[シリコンプローブ]]を用いた[[細胞外同時計測]]により計測された[[多細胞スパイクデータ]]から神経細胞間の機能的結合が推定される。スパイクデータから機能的結合を推定する手法についても、モデルフリーとモデルベースの2種類に分類される。モデルフリーの代表的手法として、① 相互相関に基づく手法、② 情報理論的手法の2つがよく使われる。スパイクデータから機能的結合を計算する最もよく使われる手法は[[Cross-Correlation]] ([[相互相関解析]]) 法 <ref name=Perkel1967><pubmed>4292792</pubmed></ref>である。この方法は、各細胞ペアから相互相関を計算して機能的結合を計算する。詳しくは、[[#関連項目|関連項目]] ([[相互相関解析]])、あるいは 解説<ref name=伊藤浩之2000>'''伊藤 浩之 (2000).'''<br>多細胞同時記録データの統計解析法, 日本神経回路学会誌, 7, p.8-19, [https://www.jstage.jst.go.jp/article/jnns/7/1/7_1_8/_article/-char/ja/ PDF]</ref>を参照してほしい。また、Cross-Correlation を発展させた手法として、[[Shuffling]]<ref name=Toyama1981><pubmed>6267212</pubmed></ref>、 [[Jittering]] <ref name=Amarasingham2012><pubmed>22031767</pubmed></ref> 、GLMCC  <ref name=Kobayashi2019></ref>、CoNNECT<ref name=Endo2021><pubmed>34103546</pubmed></ref>などがある。情報理論的手法では[[Transfer Entropy]] <ref name=Garofalo2009><pubmed>19652720</pubmed></ref><ref name=Ito2011><pubmed>22102894</pubmed></ref>がよく使われる。また、モデルベースの手法では、[[Generalized Linear Model]]<ref name=Pillow2008><pubmed>18650810</pubmed></ref><ref name=Okatan2005><pubmed>15992486</pubmed></ref><ref name=Nakae2014><pubmed>25393874</pubmed></ref>や [[Isingモデル]]<ref name=Schneidman2006><pubmed>16625187</pubmed></ref><ref name=Terada2020><pubmed>32946715</pubmed></ref>を仮定し、結合パラメータを推定することで機能的結合を求める。


==関連項目==
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