「磁気共鳴画像法」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/takashihanakawa 花川 隆]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/takashihanakawa 花川 隆]</font><br>
''京都大学医学部医学研究科脳統合イメージング分野''<br>
''京都大学医学部医学研究科脳統合イメージング分野''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年3月28日 原稿完成日:2020年X月XX日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年3月28日 原稿完成日:2020年3月31日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)<br>
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英略号:MRI
英略号:MRI


{{box|text= 磁気共鳴画像法(MRI)は、生体中に多数存在する水素原子核(プロトン)と、外部から与える電磁波との相互作用を利用することで、多彩な生命現象を可視化する技術であり、特にヒトを対象とする非侵襲的脳科学計測研究においては最も重要な手法の一つである。MRIによる生体内情報の可視化には、強い静磁場を形成するドーナツ型の超電導磁石、生体内のプロトンにエネルギーを送信して核磁気共鳴を生じさせ、緩和で放出される電磁波を受信するコイル、プロトンの空間分布をエンコード・デコードするための勾配磁場コイルが必要となる。電磁波で励起されたプロトンが、エネルギーを放出して定常状態に戻る際に放出する電磁波は、プロトン周囲の微小環境を反映したT1, T2, T2<sup>*</sup>と呼ばれる時定数を持つ。RFコイルによる電磁波と勾配磁場の印加方法を巧みに操ることでこれらの時定数を強調した画像が得られる。さらに、複数の受信コイルから得られた信号を組み合わせる手法(パラレルイメージング)と併用することで、機能的磁気共鳴画像(fMRI)実験において1秒以内に全脳を撮像することも可能となっている。}}
{{box|text= 磁気共鳴画像法(MRI)は、生体中に多数存在する水素原子核(プロトン)と、外部から与える電磁波との相互作用を利用することで、多彩な生命現象を可視化する技術であり、特にヒトを対象とする非侵襲的脳科学計測研究においては最も重要な手法の一つである。MRIによる生体内情報の可視化には、強い静磁場を形成するドーナツ型の超電導磁石、生体内のプロトンにエネルギーを送信して核磁気共鳴を生じさせ、緩和で放出される電磁波を受信するコイル、プロトンの空間分布をエンコード・デコードするための勾配磁場コイルが必要となる。電磁波で励起されたプロトンが、エネルギーを放出して定常状態に戻る際に放出する電磁波は、プロトン周囲の微小環境を反映したT<sub>1</sub>, T<sub>2</sub>, T<sub>2</sub>T<sub>2</sub><sup>*</sup>と呼ばれる時定数を持つ。RFコイルによる電磁波と勾配磁場の印加方法を巧みに操ることでこれらの時定数を強調した画像が得られる。さらに、複数の受信コイルから得られた信号を組み合わせる手法(パラレルイメージング)と併用することで、機能的磁気共鳴画像(fMRI)実験において1秒以内に全脳を撮像することも可能となっている。}}


== はじめに ==
== はじめに ==
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=== 静磁場中の原子核スピンの振る舞い ===
=== 静磁場中の原子核スピンの振る舞い ===
 この超電導磁石により形成される[[wj:静磁場|静磁場]](外部磁場またはB0とも呼ばれる)中に置かれた[[wj:原子核|原子核]](典型的には生体内の水素原子核)は、固有の周波数([[wj:ラーモア歳差運動|ラーモア周波数]]ω)で静磁場の方向を回転軸とする[[wj:歳差運動|歳差運動]]を行う。ラーモア周波数は静磁場の強さに比例する(<math>\omega=\gamma B_0</math>、<math>B_0</math>は静磁場の強さ、<math>\gamma</math>は磁気回転比と呼ばれる定数)。強い静磁場内では、静磁場の向きと一致(+)した方向と逆(-)方向を向いて歳差運動を行う原子核の個数はわずかに異なることが知られている([[wj:ゼーマン効果|ゼーマン分裂]])。生体内の水素原子核の数が非常に多いため、強い静磁場内に置かれた生体内には+方向を向いた巨視的磁化が形成される。
 この超電導磁石により形成される[[wj:静磁場|静磁場]](外部磁場またはB0とも呼ばれる)中に置かれた[[wj:原子核|原子核]](典型的には生体内の水素原子核)は、固有の周波数([[wj:ラーモア歳差運動|ラーモア周波数]]ω)で静磁場の方向を回転軸とする[[wj:歳差運動|歳差運動]]を行う。ラーモア周波数は静磁場の強さに比例する(<math>\omega=\gamma B_0</math>、<math>B_0</math>は静磁場の強さ、<math>\gamma</math>は磁気回転比と呼ばれる定数)。強い静磁場内では、静磁場の向きと一致(+)した方向と逆(-)方向を向いて歳差運動を行う原子核の個数はわずかに異なることが知られている([[wj:ゼーマン効果|ゼーマン分裂]])。生体内の水素原子核の数が非常に多いため、強い静磁場内に置かれた生体内には+方向を向いた巨視的磁化が形成される。
[[File:Hanakawa Fig 2.gif|thumb|right|300px|'''図2. RFパルスによる励起、および<math>T_1</math>、<math>T_2</math>緩和>定常状態(緩和しきった状態)のスピン集団に対して、共鳴周波数でRFパルスを照射した後のスピンの緩和過程'''<br>共鳴周波数と同じ速度で回転する座標系から眺めているため、スピン集団は静止してみえる。上段の3つの図はスピン集団を各々上(xy平面)、横(xz平面およびyz平面)から眺めた図。下段左は斜め上方から眺めた図。下段右の上段には縦磁化の時間変化を、下段右の下段には横磁化の時間変化を示す。RFパルスを照射されたスピンはまず、xy平面上に倒れる(=横磁化の出現)。xy平面上で円弧を描くように広がる(<math>T_2^*</math>緩和)その後、z軸の(+)方向にむかって、z軸方向の磁化(=縦磁化)が回復して(定常状態に戻って)ゆく。]]
[[File:Hanakawa Fig 2.gif|thumb|right|300px|'''図2. RFパルスによる励起、および<math>T_1</math>、<math>T_2</math>緩和>定常状態(緩和しきった状態)のスピン集団に対して、共鳴周波数でRFパルスを照射した後のスピンの緩和過程 [https://bsd.neuroinf.jp/w/images/d/d7/Hanakawa_Fig_2.gif クリックにて動画表示]'''<br>共鳴周波数と同じ速度で回転する座標系から眺めているため、スピン集団は静止してみえる。上段の3つの図はスピン集団を各々上(xy平面)、横(xz平面およびyz平面)から眺めた図。下段左は斜め上方から眺めた図。下段右の上段には縦磁化の時間変化を、下段右の下段には横磁化の時間変化を示す。RFパルスを照射されたスピンはまず、xy平面上に倒れる(=横磁化の出現)。xy平面上で円弧を描くように広がる(<math>T_2^*</math>緩和)その後、z軸の(+)方向にむかって、z軸方向の磁化(=縦磁化)が回復して(定常状態に戻って)ゆく。]]
=== 外部からの電磁波による「核磁気共鳴現象または励起現象」 ===
=== 外部からの電磁波による「核磁気共鳴現象または励起現象」 ===
 例えば3T MRI装置における水素原子核のラーモア周波数は128MHzである。この周波数は[[wj:FMラジオ|FMラジオ]]が使用する周波数帯(radio frequency,RF)である。送信コイルを用いてラーモア周波数の回転磁場(RFパルスまたは<math>B_1</math>とも呼ばれる)を照射すると(通常は数ミリ秒程度のごく短時間)、水素原子核がエネルギーを吸収し、低い[[wj:エネルギー準位|エネルギー準位]]から高いエネルギー準位に遷移する(核磁気共鳴)。この際、外部から観測される磁化(巨視的磁化)は、[[wj:回転座標系|回転座標系]]において('''図2''')回転磁場および静磁場の双方に直交する方向を軸として回転する。この巨視的磁化は、静止座標系においては、静磁場と直交する平面上で、共鳴周波数で回転する磁化(横磁化)の出現および静磁場と平行な成分(縦磁化)の減少として観測される(励起)。
 例えば3T MRI装置における水素原子核のラーモア周波数は128MHzである。この周波数は[[wj:FMラジオ|FMラジオ]]が使用する周波数帯(radio frequency,RF)である。送信コイルを用いてラーモア周波数の回転磁場(RFパルスまたは<math>B_1</math>とも呼ばれる)を照射すると(通常は数ミリ秒程度のごく短時間)、水素原子核がエネルギーを吸収し、低い[[wj:エネルギー準位|エネルギー準位]]から高いエネルギー準位に遷移する(核磁気共鳴)。この際、外部から観測される磁化(巨視的磁化)は、[[wj:回転座標系|回転座標系]]において('''図2''')回転磁場および静磁場の双方に直交する方向を軸として回転する。この巨視的磁化は、静止座標系においては、静磁場と直交する平面上で、共鳴周波数で回転する磁化(横磁化)の出現および静磁場と平行な成分(縦磁化)の減少として観測される(励起)。
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== 主なMRI撮像法 ==
== 主なMRI撮像法 ==
 さまざまなMRI撮像法が提案されているが主な違いはRFパルスを照射する回数、タイミングや大きさ、勾配磁場の印加法である。これら電磁波の照射の時系列制御がキーであるため撮像シークエンスとも呼ぶ。代表的なMRI撮像法を簡単に紹介する。
 さまざまなMRI撮像法が提案されているが<ref>'''Matt Bernstein, Kevin King, Xiaohong Zhou'''<br>Handbook of MRI Pulse Sequences 1st Edition<br>''Elsevier, 2004''</ref>、主な違いはRFパルスを照射する回数、タイミングや大きさ、勾配磁場の印加法である。これら電磁波の照射の時系列制御がキーであるため撮像シークエンスとも呼ぶ。代表的なMRI撮像法を簡単に紹介する。
=== スピンエコー法 ===
=== スピンエコー法 ===
Spin echo
Spin echo
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Gradient echo
Gradient echo


 励起のための電磁波(RFパルス)を与えたのちに、再収束パルスを与えず、勾配磁場を用いて信号を取り出す手法。局所の静磁場の不均一性による位相分散の影響を取り除くことは出来ないが、再収束パルスを必要としないため高速撮像に向く。また、後述のBOLD fMRIのように、(鉄などによる)局所の静磁場の不均一性を強調したい場合にも用いられる。
 励起のための電磁波(RFパルス)を与えたのちに、再収束パルスを与えず、勾配磁場を用いて信号を取り出す手法。局所の静磁場の不均一性による位相分散の影響を取り除くことは出来ないが、再収束パルスを必要としないため高速撮像に向く。また、後述の[[機能的磁気共鳴画像法#BOLD信号の発見|blood oxygenation-level dependent (BOLD)コントラスト]]fMRIのように、(鉄などによる)局所の静磁場の不均一性を強調したい場合にも用いられる。


=== エコープラナー法 ===
=== エコープラナー法 ===
Echo planar imaging, EPI
Echo planar imaging, EPI


 一度のRFパルスの後、[[グラジエントエコー法]]あるいは[[スピンエコー法]]の信号収集時間を極端に延長し、読み出し勾配磁場を急速に変動させることで連続的なグラジエントエコーを発生させ、画像化に必要なデータを全て収集してしまう方法。<math>T_2^*</math>緩和の影響が強く、かつ原理的にもっとも高速な撮像法の一つである。fMRIで利用されるblood oxygenation-level dependent (BOLD)コントラスト(後述)は<math>T_2^*</math>緩和に依存し、かつ高い時間分解能が必要とされるため、本手法が用いられる('''図3''')。
 一度のRFパルスの後、[[グラジエントエコー法]]あるいは[[スピンエコー法]]の信号収集時間を極端に延長し、読み出し勾配磁場を急速に変動させることで連続的なグラジエントエコーを発生させ、画像化に必要なデータを全て収集してしまう方法。<math>T_2^*</math>緩和の影響が強く、かつ原理的にもっとも高速な撮像法の一つである。fMRIで利用されるBOLD信号(後述)は<math>T_2^*</math>緩和に依存し、かつ高い時間分解能が必要とされるため、本手法が用いられる('''図3''')。


[[ファイル:Hanakawa Fig 3.png|サムネイル|右|400px| '''図3. それぞれの強調像の比較'''<br>三次元撮像(3d)T1強調画像(magnetization-prepared rapid gradient echo, MPRAGE)では脳脊髄液が黒く、白質が明るい灰色、灰白質がその中間の暗い灰色に見える。<br>T2強調画像(sampling perfection with application optimized contrasts using different flip angle evolution, SPACE)では逆に白質が最も暗く、灰白質、脳脊髄液と明るく見える。<br>機能的MRI用のmulti-band echo planar imaging(MB-EPI)ではT2に似たコントラストを示すが、副鼻腔による磁場不均一の影響を受ける<math>T_2^*</math>強調であるため前頭部の信号の一部が欠損している。]]
[[ファイル:Hanakawa Fig 3.png|サムネイル|右|400px| '''図3. それぞれの強調像の比較'''<br>三次元撮像(3d)T<sub>1</sub>強調画像(magnetization-prepared rapid gradient echo, MPRAGE)では脳脊髄液が黒く、白質が明るい灰色、灰白質がその中間の暗い灰色に見える。<br>T<sub>2</sub>強調画像(sampling perfection with application optimized contrasts using different flip angle evolution, SPACE)では逆に白質が最も暗く、灰白質、脳脊髄液と明るく見える。<br>機能的MRI用のmulti-band echo planar imaging(MB-EPI)ではT<sub>2</sub>に似たコントラストを示すが、副鼻腔による磁場不均一の影響を受ける<math>T_2^*</math>強調であるため前頭部の信号の一部が欠損している。]]


== 主なMRIコントラスト ==
== 主なMRIコントラスト ==
=== T1強調像 ===
=== T<sub>1</sub>強調像 ===
T1-weighted image, T1WI
T<sub>1</sub>-weighted image, T<sub>1</sub>WI


 縦磁化が十分に回復しないうちに信号収集を行うことで、各組織における縦磁化回復の早さの違いを強調した画像が得られる。具体的にはスピンエコー法では励起から次の励起までの時間(repetition time, TR)および励起から収集までの時間(echo time, TE)を短くすることで、またグラジエントエコー法では[[wj:フリップ角|フリップ角]](FA)を適度に大きく、TEを短くすることで[[T1強調像]]が得られる。
 縦磁化が十分に回復しないうちに信号収集を行うことで、各組織における縦磁化回復の早さの違いを強調した画像が得られる。具体的にはスピンエコー法では励起から次の励起までの時間(repetition time, TR)および励起から収集までの時間(echo time, TE)を短くすることで、またグラジエントエコー法では[[wj:フリップ角|フリップ角]](FA)を適度に大きく、TEを短くすることで[[T1強調像|T<sub>1</sub>強調像]]が得られる。


 撮像部位に流入する血管内の血液が高信号を示すことを利用して、[[造影剤]]を用いずに[[脳血管]]を可視化する手法であるTime-of-flight (TOF)法では、グラジエントエコー法によるT1強調像が用いられる。
 撮像部位に流入する血管内の血液が高信号を示すことを利用して、[[造影剤]]を用いずに[[脳血管]]を可視化する手法であるTime-of-flight (TOF)法では、グラジエントエコー法によるT1強調像が用いられる。


=== T2強調像 ===
=== T<sub>2</sub>強調像 ===
T2-weighted image, T2WI
T<sub>2</sub>-weighted image, T<sub>2</sub>WI


 励起から収集までの時間(TE)を長くとれば、各組織における横磁化の減衰速度の違いを強調した画像が得られる('''図3''')。画像収集にスピンエコー法を用いた場合、得られる画像は時定数[[T2強調像]]となる。
 励起から収集までの時間(TE)を長くとれば、各組織における横磁化の減衰速度の違いを強調した画像が得られる('''図3''')。画像収集にスピンエコー法を用いた場合、得られる画像は時定数[[T2強調像|T<sub>2</sub>強調像]]となる。


=== T<sub>2</sub><sup>*</sup>強調像 ===
=== T<sub>2</sub><sup>*</sup>強調像 ===
T2-star-weighted image, T2<sup>*</sup>WI
T<sub>2</sub>-star-weighted image, T<sub>2</sub><sup>*</sup>WI


 TEを長くとり、画像収集にグラジエントエコー法を用いた場合、得られる画像は[[T2*強調像|T2<sup>*</sup>強調像]]となる('''図3''')。得られた画像に特殊な画像処理を施すことで、[[磁化率強調像]](susceptibility-weighted image, SWI)<ref name=Haacke2004><pubmed>15334582</pubmed></ref> や定量的磁化率マップ(quantitative susceptibility map, QSM)<ref name=Li2011><pubmed>21224002</pubmed></ref> といった画像が得られる。
 TEを長くとり、画像収集にグラジエントエコー法を用いた場合、得られる画像は[[T2*強調像|T<sub>2</sub><sup>*</sup>強調像]]となる('''図3''')。得られた画像に特殊な画像処理を施すことで、[[磁化率強調像]](susceptibility-weighted image, SWI)<ref name=Haacke2004><pubmed>15334582</pubmed></ref> や定量的磁化率マップ(quantitative susceptibility map, QSM)<ref name=Li2011><pubmed>21224002</pubmed></ref> といった画像が得られる。


=== 拡散強調像 ===
=== 拡散強調像 ===

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