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<div align="right"> 
<font size="+1">鈴木 淳、[http://researchmap.jp/noriko1128 大隅 典子]</font><br>
''東北大学 大学院医学系研究科''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年6月9日 原稿完成日:2012年6月17日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/fujiomurakami 村上 富士夫](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br>
</div>
英:neural crest、独:Neuralleiste、仏:crête neurale  
英:neural crest、独:Neuralleiste、仏:crête neurale  


同義語:神経冠  
同義語:神経冠  


[[Image:スライド1.PNG|thumb|300px|<b>図1 神経堤の形成</b>]] [[Image:図2 神経堤からの分化.png|thumb|300px|<b>図2 神経堤からの分化</b>]]  
[[Image:スライド1.PNG|thumb|300px|<b>図1.神経堤の形成</b>]] [[Image:図2 神経堤からの分化.png|thumb|300px|<b>図2.神経堤からの分化</b>]]  


 神経堤は、[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]の初期発生において表皮[[外胚葉]]と[[神経板]]の間に一時的に形成される構造であり<ref name="ref1">'''C Kalcheim, N Le Douarin'''<br>The neural crest.<br>''Cambridge, UK: Cambridge University Press.'':1999</ref>、その重要性から脊椎動物が進化の過程で獲得した「第四の[[wikipedia:ja:胚葉|胚葉]]」とも呼ばれる(図1)。
{{box|text= 神経堤は、脊椎動物の初期発生において表皮外胚葉と神経板の間に一過性に形成される構造であり、その重要性から脊椎動物が進化の過程で獲得した「第四の胚葉」とも呼ばれる。神経堤細胞は神経堤から脱上皮化し、上皮から間葉への転換(epithelial-mesenchymal transition, EMT)を行った後に、胚体内の様々な部位に遊走する細胞群である。神経堤細胞は各種末梢神経系の神経細胞やシュワン細胞・メラニン細胞(メラノサイト・皮膚の色素細胞)・副腎髄質などのクロム親和性細胞・心臓の平滑筋・顔面の骨や軟骨・角膜や虹彩の実質・歯髄など多様な細胞種に分化する。神経堤細胞はその発生生物学的な観点からの研究のみならず、EMTの機序や高い移動能が癌研究の領域において注目されるとともに、多分化能を有する細胞として癌幹細胞生物学や再生医療の分野でも関心を集めている。}}


 神経堤細胞(neural crest cells)は神経堤から脱上皮化(delamination)し、[[wikipedia:ja:上皮|上皮]]から[[wikipedia:ja:間葉|間葉]]への転換([[wikipedia:en:Epithelial-mesenchymal transition|epithelial-mesenchymal transition]], EMT)を行った後に胚体内の様々な部位に遊走する細胞群である。神経堤細胞は各種[[末梢神経]]系の[[神経細胞]]や[[グリア細胞]]・[[wikipedia:ja:メラニン細胞|メラニン細胞]](メラノサイト)・[[副腎髄質]]などの[[クロム親和性細胞]]・[[wikipedia:ja:心臓|心臓]]の[[wikipedia:ja:平滑筋|平滑筋]]・顔面の[[wikipedia:ja:骨|骨]]や[[wikipedia:ja:軟骨|軟骨]]・[[wikipedia:ja:角膜|角膜]]や[[wikipedia:ja:虹彩|虹彩]]の実質・[[wikipedia:ja:歯髄|歯髄]]など多様な細胞種に分化する(図2)。神経堤細胞はその発生生物学的な観点からの研究のみならず、EMTの機序や高い移動能が癌研究の領域において注目されるとともに、多分化能を有する細胞として癌幹細胞生物学や再生医療の分野でも関心を集めている。<br>
== 歴史  ==


== 歴史  ==
 神経堤は[[脊髄]][[後根神経節]]の由来を調べる研究の中で発見された('''図1''')。19世紀後半において脊髄[[神経節]]は[[体節]]に由来すると考えられていたが、1868年に[[wj:ヴィルヘルム・ヒス (1831年生)|His]]は[[ニワトリ]]胚の表皮外胚葉と[[神経上皮]]に介在する細胞群を神経節原基として同定し、間索(Zwischenstrang)と呼んだ。これは神経堤が文献的に記載された最初の報告である<ref name="ref2">'''W. His, (1868).'''<br>Untersuchungen über die erste Anlage des Wirbeltierleibes. Die erste Entwicklung des Hühnchens im Ei.<br>''Leipzig, Germany: F.C.W. Vogel.''</ref>。その後1940年代まで、神経堤は[[メラニン細胞]]や[[脊髄神経節]]の供給源として、主に[[wj:両生類|両生類]][[wj:胚|胚]]を用いて研究が行われた。
 
 1960年代に入り、[[wj:鳥類|鳥類]]胚を用いて神経堤細胞の移動能を調べる実験が行われるようになった<ref name="ref3">'''B. K. Hall, S. Hörstadius'''<br>The neural crest.<br>''London, UK: Oxford University Press.'':1988</ref>。そして1969年に、フランスの[[w:Nicole Marthe Le Douarin|Le Douarin]]らのグループがニワトリ・[[wj:ウズラ|ウズラ]]の[[wj:キメラ|キメラ]]胚を作成し、神経堤細胞を本格的に標識可能にしたことで神経堤研究が大きく前進した<ref name="ref1">'''C. Kalcheim, N. Le Douarin'''<br>The neural crest.<br>''Cambridge, UK: Cambridge University Press.'':1999</ref>。彼女らは、ニワトリに比較してウズラの細胞の[[wj:ヘテロクロマチン|ヘテロクロマチン]]の凝集が著明であることに着目し、神経外胚葉全体を除去したニワトリ胚にウズラ胚から摘出した神経外胚葉全体を移植し、ニワトリ体内の様々な部位に移動したウズラ由来細胞(つまり神経堤細胞)の挙動を観察した。この研究によって、神経堤細胞が脊髄後根神経節、[[交感神経節]]、[[腸管神経節]]などの末梢神経細胞やシュワン細胞、心臓の平滑筋細胞、副腎や[[wj:甲状腺|甲状腺]]の内分泌細胞、メラニン細胞、頭部の骨軟部組織などの多種多様な組織を作り出していることが明らかになった('''図2''')。
 
 その後、[[w:DiI|DiI]]やDiOなどの脂溶性[[wj:蛍光色素|蛍光色素]]を注入し神経堤細胞を特異的に標識する方法が開発され<ref name="ref4"><pubmed> 2562671 </pubmed></ref><ref name="ref5"><pubmed> 8045344 </pubmed></ref>、鳥類胚ならびに[[wj:齧歯類|齧歯類]]胚において、神経堤の領域ごとに詳細な[[細胞系譜]]が明らかにされていった。


 神経堤は[[脊髄]][[後根神経節]]の由来を調べる研究の中で発見された。19世紀後半において脊髄[[神経節]]は[[体節]]に由来すると考えられていたが、1868年にHisは[[ニワトリ]]胚の表皮外胚葉と[[神経上皮]]に介在する細胞群を神経節原基として同定し、間索(Zwischenstrang)と呼んだ。これは神経堤が文献的に記載された最初の報告である<ref name="ref2">'''W His'''<br>Untersuchungen über die erste Anlage des Wirbeltierleibes. Die erste Entwicklung des Hühnchens im Ei.<br>''Leipzig, Germany: F.C.W. Vogel.'':1868</ref>。その後1940年代まで、神経堤はメラニン細胞や脊髄神経節の供給源として、主に[[wikipedia:ja:両生類|両生類]][[wikipedia:ja:胚|胚]]を用いて研究が行われた。
[[Image:図3 P0-Cre LacZ E12.5.png|thumb|225px|<b>図3.P0-Cre/LacZマウス(E12.5)</b>]]


 1960年代に入り、[[wikipedia:ja:鳥類|鳥類]]胚を用いて神経堤細胞の移動能を調べる実験が行われるようになった<ref name="ref3">'''B K Hall, S Hörstadius'''<br>The neural crest.<br>''London, UK: Oxford University Press.'':1988</ref>。そして1969年に、フランスのLe Douarinらのグループがニワトリ・[[wikipedia:ja:ウズラ|ウズラ]]の[[wikipedia:ja:キメラ|キメラ]]胚を作成し、神経堤細胞を本格的に標識可能にしたことで神経堤研究が大きく前進した<ref name="ref1" />。彼女らは、ニワトリに比較してウズラの細胞の[[wikipedia:ja:ヘテロクロマチン|ヘテロクロマチン]]の凝集が著明であることに着目し、神経外胚葉全体を除去したニワトリ胚にウズラ胚から摘出した神経外胚葉全体を移植し、ニワトリ体内の様々な部位に移動したウズラ由来細胞(つまり神経堤細胞)の挙動を観察した。この研究によって、神経堤細胞が脊髄後根神経節、[[交感神経節]]、[[腸管神経節]]などの末梢神経細胞やグリア細胞、心臓の平滑筋細胞、副腎や[[wikipedia:ja:甲状腺|甲状腺]]の内分泌細胞、メラニン細胞、頭部の骨軟部組織などの多種多様な組織を作り出していることが明らかになった。その後、[[wikipedia:DiI|DiI]]やDiOなどの脂溶性[[wikipedia:ja:蛍光色素|蛍光色素]]を注入し神経堤細胞を特異的に標識する方法が開発され<ref name="ref4"><pubmed> 2562671 </pubmed></ref><ref name="ref5"><pubmed> 8045344 </pubmed></ref>、鳥類胚ならびに[[wikipedia:ja:齧歯類|齧歯類]]胚において、神経堤の領域ごとに詳細な[[細胞系譜]]が明らかにされていった。
 歴史的に神経堤の研究は鳥類胚や両生類胚を用いたものが多く、[[wj:哺乳類|哺乳類]]での解析は十分に行われてこなかったが、1990年代後半以降、[[Cre-loxPシステム]]を利用した[[マウス]]の神経堤研究が急速に発展した。神経堤細胞特異的な遺伝子[[プロモーター]]下流に[[Cre]]遺伝子を接続したマウス(P0Cre<ref name="ref6"><pubmed> 10419695 </pubmed></ref>、Wnt1Cre<ref name="ref7"><pubmed> 10725237 </pubmed></ref>、Ht-PaCre<ref name="ref8"><pubmed> 12812797 </pubmed></ref>、S4FCre<ref name="ref9"><pubmed> 19830815 </pubmed></ref>)と、Creの存在下で[[w:Beta-galactosidase|β-ガラクトシダーゼ]]や[[蛍光タンパク質]]を発現するレポーターマウスを交配することにより、生後でも神経堤由来細胞(neural crest-derived cells, NCDCs)でこれらの酵素や色素を発現し続けるマウスが作製された('''図3''')。これらのマウスを用いた実験により、これまで報告されてきたニワトリ・ウズラのキメラ実験やDiI トレーサー実験の結果が確証された。また、成体においても、神経堤由来の組織中に多分化能を有する未分化な神経堤由来細胞(神経堤幹細胞:neural crest stem cells<ref name="ref10">'''Maya Seiber-Blum (Author, Editor)'''<br>Neural Crest Stem Cells: Breakthroughs and Applications.<br>''Singapore, Singapore: World Scientific.'':2012</ref>)が存在することが明らかになった ([[wj:骨髄|骨髄]]<ref name="ref11"><pubmed> 18397758  </pubmed></ref>、脊髄後根神経節<ref name="ref11" />、心臓<ref name="ref12"><pubmed> 16186259 </pubmed></ref>、角膜<ref name="ref13"><pubmed> 16888282 </pubmed></ref>、虹彩<ref name="ref14"><pubmed> 21306482  </pubmed></ref>、歯髄<ref name="ref15"><pubmed> 22087335  </pubmed></ref>、嗅粘膜<ref name="ref16"><pubmed> 21943152 </pubmed></ref>)。神経堤幹細胞は自己の組織から採取可能であり、免疫[[wj:拒絶反応|拒絶反応]]や[[胚性幹細胞|胚性幹細胞]]が有する倫理的問題を避けることができるため、再生医療の細胞ソースとしても注目されている。また、頸部・肩の筋骨格の形成に神経堤細胞と中胚葉由来の細胞が共に貢献することも明らかなった<ref name="ref17"><pubmed> 16034409 </pubmed></ref>。さらに、感覚器プラコードから形成されると考えられていた[[wj:内耳|内耳]]<ref name="ref18"><pubmed> 22110056 </pubmed></ref>や[[嗅上皮]]の構築<ref name="ref16" /><ref name="ref19"><pubmed> 21543621 </pubmed></ref>に、神経堤細胞が貢献することも明らかとなった。
[[Image:図3 P0-Cre LacZ E12.5.png|thumb|225px|<b>図3 P0-Cre/LacZマウス(E12.5)</b>スケールバーを御願い致します。]]
 歴史的に神経堤の研究は鳥類胚や両生類胚を用いたものが多く、[[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]での解析は十分に行われてこなかったが、1990年代後半以降、[[Cre-loxPシステム]]を利用した[[マウス]]の神経堤研究が急速に発展した。神経堤細胞特異的な遺伝子[[プロモーター]]下流にCre遺伝子を接続したマウス(P0Cre<ref name="ref6"><pubmed> 10419695 </pubmed></ref>、Wnt1Cre<ref name="ref7"><pubmed> 10725237 </pubmed></ref>、Ht-PaCre<ref name="ref8"><pubmed> 12812797 </pubmed></ref>、S4FCre<ref name="ref9"><pubmed> 19830815 </pubmed></ref>)と、Creの存在下で[[wikipedia:Beta-galactosidase|β-galactosidase]]や[[蛍光タンパク質]]を発現するレポーターマウスを交配することにより、生後でも神経堤由来細胞(neural crest-derived cells, NCDCs)でこれらの酵素や色素を発現し続けるマウスが作製された(図3)。これらのマウスを用いた実験により、これまで報告されてきたニワトリ・ウズラのキメラ実験やDiI トレーサー実験の結果が確証された。また、成体においても、神経堤由来の組織中に多分化能を有する未分化な神経堤由来細胞(神経堤幹細胞:neural crest stem cells<ref name="ref10">'''Maya Seiber-Blum (Author, Editor)'''<br>Neural Crest Stem Cells: Breakthroughs and Applications.<br>''Singapore, Singapore: World Scientific.'':2012</ref>)が存在することが明らかになった ([[wikipedia:ja:骨髄|骨髄]]<ref name="ref11"><pubmed> 18397758  </pubmed></ref>、脊髄後根神経節<ref name="ref11" />、心臓<ref name="ref12"><pubmed> 16186259 </pubmed></ref>、角膜<ref name="ref13"><pubmed> 16888282 </pubmed></ref>、虹彩<ref name="ref14"><pubmed> 21306482  </pubmed></ref>、歯髄<ref name="ref15"><pubmed> 22087335  </pubmed></ref>、嗅粘膜<ref name="ref16"><pubmed> 21943152 </pubmed></ref>)。神経堤幹細胞は自己の組織から採取可能であり、免疫[[wikipedia:ja:拒絶反応|拒絶反応]]や[[胚性幹細胞|胚性幹細胞]]が有する倫理的問題を避けることができるため、再生医療の細胞ソースとしても注目されている。また、頸部・肩の筋骨格の形成に神経堤細胞と中胚葉由来の細胞が共に貢献することも明らかなった<ref name="ref17"><pubmed> 16034409 </pubmed></ref>。さらに、感覚器プラコードから形成されると考えられていた[[wikipedia:ja:内耳|内耳]]<ref name="ref18"><pubmed> 22110056 </pubmed></ref>や[[嗅上皮]]の構築<ref name="ref16" /><ref name="ref19"><pubmed> 21543621 </pubmed></ref>に、神経堤細胞が貢献することも明らかとなった。


== 分類  ==
== 分類  ==


 神経堤は前後軸に沿って五つの部位に大別され、その機能は各部位で大きく異なる。
 神経堤は[[前後軸]]に沿って五つの部位に大別され、その機能は各部位で大きく異なる。


==== 頭部神経堤  ====
==== 頭部神経堤  ====


 背外側に移動し、顔面頭蓋の[[wikipedia:ja:間葉|間葉]]組織や[[wikipedia:ja:咽頭弓|咽頭弓]]・[[wikipedia:ja:咽頭嚢|咽頭嚢]]に侵入する。顔面頭蓋の間葉に移動した神経堤細胞より、[[脳神経]]節([[第V脳神経|Ⅴ]]・[[第VII脳神経|ⅤII]]・[[第IX脳神経|IX]]・[[第X脳神経|X]])の神経細胞、グリア細胞、顔面頭蓋の[[wikipedia:ja:骨格筋|骨格筋]]・骨・軟骨、血管平滑筋や[[wikipedia:ja:血管周皮細胞|血管周皮細胞]]、角膜や虹彩の実質、[[くも膜]]や[[軟膜]]などが形成される。咽頭弓・咽頭嚢に侵入した神経堤細胞は、[[wikipedia:ja:甲状腺|甲状腺]][[wikipedia:ja:傍濾胞細胞|傍濾胞細胞]]、[[wikipedia:ja:耳小骨|耳小骨]]、[[wikipedia:ja:下顎骨|下顎骨]]、[[wikipedia:ja:象牙芽細胞|象牙芽細胞]]などを形成するとともに、[[wikipedia:ja:胸腺|胸腺]]や[[wikipedia:ja:副甲状腺|副甲状腺]]の形成を誘導する。  
 背外側に移動し、顔面頭蓋の[[wikipedia:ja:間葉|間葉]]組織や[[wikipedia:ja:咽頭弓|咽頭弓]]・[[wikipedia:ja:咽頭嚢|咽頭嚢]]に侵入する。顔面頭蓋の間葉に移動した神経堤細胞より、[[脳神経]]節([[第V脳神経|Ⅴ]]・[[第VII脳神経|ⅤII]]・[[第IX脳神経|IX]]・[[第X脳神経|X]])の神経細胞、シュワン細胞、顔面頭蓋の[[wikipedia:ja:骨格筋|骨格筋]]・骨・軟骨、血管平滑筋や[[wikipedia:ja:血管周皮細胞|血管周皮細胞]]、角膜や虹彩の実質、[[くも膜]]や[[軟膜]]などが形成される。咽頭弓・咽頭嚢に侵入した神経堤細胞は、[[wikipedia:ja:甲状腺|甲状腺]][[wikipedia:ja:傍濾胞細胞|傍濾胞細胞]]、[[wikipedia:ja:耳小骨|耳小骨]]、[[wikipedia:ja:下顎骨|下顎骨]]、[[wikipedia:ja:象牙芽細胞|象牙芽細胞]]などを形成するとともに、[[wikipedia:ja:胸腺|胸腺]]や[[wikipedia:ja:副甲状腺|副甲状腺]]の形成を誘導する。  


==== 心臓神経堤  ====
==== 心臓神経堤  ====
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== 多分化能  ==
== 多分化能  ==


 移動を開始する前の神経堤細胞には、神経細胞や[[シュワン細胞]]、メラニン細胞など複数の細胞種に分化できる多能性を有した細胞が存在すると報告されている<ref name="ref32"><pubmed> 2457813 </pubmed></ref>。しかしながら、神経堤細胞の全てが多能性を有している訳ではなく、遊走前から分化の方向が決定されている細胞も存在する。初期に神経堤を離脱した細胞の多くは、神経細胞には分化するがメラニン細胞には分化せず、逆に後期に神経堤を離脱した細胞はメラニン細胞には分化するが神経細胞には分化できない<ref name="ref33"><pubmed> 9334283 </pubmed></ref>。これらの神経堤細胞の分化方向は、[[wikipedia:en:SOX9|Sox9]]や[[wikipedia:en:SOX10|Sox10]]によって活性化される[[wikipedia:en:Microphthalmia-associated transcription factor|Mitf]]・[[wikipedia:en:CD117|c-Kit]](メラニン細胞)や[[wikipedia:en:Myelin protein zero|P0]](シュワン細胞)などによって運命づけられる<ref name="ref20" />。一方、神経堤細胞の最終的な分化は移動後の環境にも大きく依存するとされる。例えば、脊髄神経節の形成には[[脳由来神経成長因子]](brain-derived neurotrophic factor, BDNF)が、シュワン細胞への分化にはグリア増殖因子である[[ニューレグリン]](neuregulin)が、平滑筋の形成には[[wikipedia:en:Transforming growth factor beta|TGF-β]]の存在が重要である。  
 移動を開始する前の神経堤細胞には、神経細胞やシュワン細胞、メラニン細胞など複数の細胞種に分化できる多能性を有した細胞が存在すると報告されている<ref name="ref32"><pubmed> 2457813 </pubmed></ref>。しかしながら、神経堤細胞の全てが多能性を有している訳ではなく、遊走前から分化の方向が決定されている細胞も存在する。初期に神経堤を離脱した細胞の多くは、神経細胞には分化するがメラニン細胞には分化せず、逆に後期に神経堤を離脱した細胞はメラニン細胞には分化するが神経細胞には分化できない<ref name="ref33"><pubmed> 9334283 </pubmed></ref>。これらの神経堤細胞の分化方向は、[[wikipedia:en:SOX9|Sox9]]や[[wikipedia:en:SOX10|Sox10]]によって活性化される[[wikipedia:en:Microphthalmia-associated transcription factor|Mitf]]・[[wikipedia:en:CD117|c-Kit]](メラニン細胞)や[[wikipedia:en:Myelin protein zero|P0]](シュワン細胞)などによって運命づけられる<ref name="ref20" />。一方、神経堤細胞の最終的な分化は移動後の環境にも大きく依存するとされる。例えば、脊髄神経節の形成には[[脳由来神経成長因子]](brain-derived neurotrophic factor, BDNF)が、シュワン細胞への分化にはグリア増殖因子である[[ニューレグリン]](neuregulin)が、平滑筋の形成には[[wikipedia:en:Transforming growth factor beta|TGF-β]]の存在が重要である。  


== 神経堤症(neurocristopathy)  ==
== 神経堤症(neurocristopathy)  ==


 神経堤からは多様な細胞が分化するため、その特定の細胞系譜に発生・分化・遊走の異常が生じると様々な疾患が誘導される。ヒトにおいて、神経堤に由来するとされる組織の先天[[wikipedia:ja:奇形|奇形]]や[[wikipedia:ja:腫瘍|腫瘍]]などは神経堤症と総称される。代表的な疾患としては、腸管末端部における神経節細胞の先天的欠損に起因する[[wikipedia:ja:ヒルシュスプルング病|Hirschsprung病]](先天性巨大結腸症)、副腎髄質のクロム親和性細胞の腫瘍である[[wikipedia:ja:褐色細胞腫|褐色細胞腫]]、カフェオレ斑や神経線維腫を主徴とする全身性[[wikipedia:ja:母斑症|母斑症]]である[[神経線維腫症]]1型([[von Recklinghausen病]])、感音難聴・白髪・[[wikipedia:ja:虹彩異色症|虹彩異色症]]をきたす[[wikipedia:ja:ワールデンブルグ症候群|Waardenburg症候群]]、第3第4咽頭嚢の発生異常により心奇形・顔面異常・胸腺の低形成・[[wikipedia:ja:口唇口蓋裂|口蓋裂]]・低[[カルシウム]]血症などをきたす[[wikipedia:ja:22q11.2欠失症候群|22q11.2欠失症候群]]などがある。近年、[[CHARGE症候群]](虹彩欠損・心疾患・後鼻孔閉鎖・成長障害と精神発達障害・性器の低形成・耳介の変形・[[wikipedia:ja:難聴|難聴]]を特徴とする)の原因遺伝子であるCHD7遺伝子が、[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]ならびに[[アフリカツメガエル]]の神経堤形成に必須であることが明らかになりCHARGE症候群が神経堤症であると実証された<ref name="ref34"><pubmed> 20130577 </pubmed></ref>。<br>
 神経堤からは多様な細胞が分化するため、その特定の細胞系譜に発生・分化・遊走の異常が生じると様々な疾患が誘導される。ヒトにおいて、神経堤に由来するとされる組織の先天[[wikipedia:ja:奇形|奇形]]や[[wikipedia:ja:腫瘍|腫瘍]]などは神経堤症と総称される。代表的な疾患としては、腸管末端部における神経節細胞の先天的欠損に起因する[[wikipedia:ja:ヒルシュスプルング病|Hirschsprung病]](先天性巨大結腸症)、副腎髄質のクロム親和性細胞の腫瘍である[[wikipedia:ja:褐色細胞腫|褐色細胞腫]]、カフェオレ斑や神経線維腫を主徴とする全身性[[wikipedia:ja:母斑症|母斑症]]である[[神経線維腫症]]1型([[von Recklinghausen病]])、感音難聴・白髪・[[wikipedia:ja:虹彩異色症|虹彩異色症]]をきたす[[wikipedia:ja:ワールデンブルグ症候群|Waardenburg症候群]]、第3第4咽頭嚢の発生異常により心奇形・顔面異常・胸腺の低形成・[[wikipedia:ja:口唇口蓋裂|口蓋裂]]・低[[カルシウム]]血症などをきたす[[wikipedia:ja:22q11.2欠失症候群|22q11.2欠失症候群]]などがある。近年、[[CHARGE症候群]](虹彩欠損・心疾患・後鼻孔閉鎖・成長障害と精神発達障害・性器の低形成・耳介の変形・[[wikipedia:ja:難聴|難聴]]を特徴とする)の原因遺伝子であるCHD7遺伝子が、[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]ならびに[[アフリカツメガエル]]の神経堤形成に必須であることが明らかになりCHARGE症候群が神経堤症であると実証された<ref name="ref34"><pubmed> 20130577 </pubmed></ref>。
 
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== 参考文献  ==
== 参考文献  ==
<references />  
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== 日本語総説・教科書  ==
== 日本語総説・教科書  ==
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#'''若松義雄'''<br>「神経堤細胞分化」第3章 細胞の分化過程<br>''『わかる実験医学シリーズ 発生生物学がわかる』 (上野直人/野地澄晴 編)羊土社(東京)'':2003
#'''若松義雄'''<br>「神経堤細胞分化」第3章 細胞の分化過程<br>''『わかる実験医学シリーズ 発生生物学がわかる』 (上野直人/野地澄晴 編)羊土社(東京)'':2003
#'''若松義雄'''<br>「神経堤細胞のEMT過程の制御」<br>''『EMT研究がいま面白い 発生・癌・病態研究から見えてきた接点』 細胞工学:2008,27(4);332-336''
#'''若松義雄'''<br>「神経堤細胞のEMT過程の制御」<br>''『EMT研究がいま面白い 発生・癌・病態研究から見えてきた接点』 細胞工学:2008,27(4);332-336''
#'''齋藤大介、田所竜介、高橋淑子'''<br>「神経冠細胞の移動メカニズム」<br>''『幹細胞研究の最新の進歩(後篇)多能性幹細胞』 最新医学:2009,64;1244-1258''  
#'''齋藤大介、田所竜介、高橋淑子'''<br>「神経冠細胞の移動メカニズム」<br>''『幹細胞研究の最新の進歩(後篇)多能性幹細胞』 最新医学:2009,64;1244-1258''
 
(執筆担当者: 鈴木 淳、大隅典子 担当編集委員: 村上富士夫)

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