神経幹細胞

提供:脳科学辞典
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英語名:neural stem cell


神経幹細胞とは、分裂・増殖することができる自己複製能を有し、様々な神経細胞・グリア細胞に分化する多分化能をもつ神経系の組織幹細胞である。


目次

  • 神経幹細胞とは
  • “common progenitor説”
  • “fate-restricted progenitor説”
  • 胎生期の神経幹細胞と成体の神経幹細胞
  • 関連項目
  • 参考文献


神経前駆細胞とは

 神経幹細胞は、自己複製能と多分化能を併せもった、未分化な細胞である。胎生期の脳では、神経幹細胞が先ずは盛んに増殖することで自らの数を指数関数的に増やし、次いで神経細胞を生み出す[1,2]。また、胎生後期や生後の脳では、アストロサイトやオリゴデンドロサイトを生み出すことが知られている。すなわち、神経幹細胞は、中枢神経系を構成する主要な細胞型であるニューロン、アストロサイト、およびオリゴデンドロサイトの供給源となる細胞である。  神経幹細胞の自己複製と多分化能はbHLH型転写因子によって制御されていると考えられており、神経細胞の分化を制御するAscl1、アストロサイトの分化を制御するHes1、オリゴデンドロサイトの分化を制御するOlig2という3種類のbHLH型転写因子が主要な働きを担っている。最近の研究で、神経幹細胞が自己複製する状態では、これらの転写因子の発現が振動している状態である一方で、分化に向かう際には、単一の分化運命決定因子が持続的に発現している状態であることが明らかになっている[3,4]。


“common progenitor説”

 それでは、比較的均一な集団である神経幹細胞は、どのようにして脳を構成する多種多様な細胞を生み出すことができるのであろうか?神経幹細胞が多様な分化細胞を生み出す分子機構を解く上で、二つの概念が存在し、いずれの説が正しいかについては今後の研究が必要と考えられている。  一つは“common progenitor説”であり、中枢神経系を構成する全ての細胞が、共通の神経幹細胞から生み出されるという考え方である。大脳皮質では、組織を構成する神経細胞のうち、終脳背側の脳室帯を発生起源とするグルタミン酸作動性の神経細胞は、共通の神経幹細胞が非対称分裂を繰り返す過程で、経時的に発現する転写因子が切り替わり、この結果、神経幹細胞が時間と共に変化すると考えられてきた。これは、発生期のマウス中枢神経系では、ドナーの神経幹細胞を異なる誕生日の脳室帯に移植すると、誕生日の早い神経幹細胞は多様な分化能を示すが、誕生日の遅い神経幹細胞は分化能力が制限されるという知見に基づいている[5]。実際、大脳皮質発生初期に分化する深層の神経細胞の運命決定は、より誕生日の早いCajal-Retzius細胞への分化を転写因子FoxG1が抑制する一方で[6]、転写因子Fezlが促進することが確認されている[7]。こうした神経幹細胞の時間依存的な性質の変化は細胞周期が関与しているとの仮説が提唱されていたが[8]、最近の研究で、細胞周期を止めても幹細胞の時間が進行することが見出されている[9]。  ショウジョウバエ胚中枢神経系に関する研究は、“common progenitor説”を支持する数多くの重要な知見を見出している。ショウジョウバエ胚中枢神経系では、まず一層の神経上皮からneuroblast (NB)とよばれる神経幹細胞様の細胞が生じ、NBは神経幹細胞様に非対称に分裂し、自己複製とganglion mother cell (GMC)とよばれる小さな神経前駆細胞の産生を繰り返す。GMCは、通常1回だけ分裂して2つの最終分化した神経細胞あるいはグリア細胞を生み出すが、順次、生み出されるGMCは生まれた順番に応じて、NBからそれぞれ異なる個性を与えられる。このとき、NBはHunchback、Kruppel、Pdm、Castor、Grainyheadという5種類の転写因子のセットを順次発現し、その発現を分裂とカップルして切り替えていくことで[10,11,12]、共通の神経幹細胞様の細胞が時間と共に性質を変化する結果として、多様な細胞を生み出すことが可能となる。しかしながら、脊椎動物においては、特定の神経幹細胞や前駆細胞を個体内で同定することは極めて困難であり、この過程を司る分子メカニズムを追求するには数多くの障壁が存在している。


“fate-restricted progenitor説”

もう一つの概念が“fate-restricted progenitor説”であり、発生期の早い時期から異なる細胞系譜の神経幹細胞が混在し、各々が固有の細胞型を生み出すという考え方である。実際、神経幹細胞が不均一な細胞集団であることは古くから指摘されてきた[13]。たとえば、増殖因子に対する応答性[14]、形態[15]、細胞周期の長さ[16]、など神経幹細胞の不均一性を示唆する様々な報告が認められる。また、発生初期の神経上皮細胞でさえも、多数の異なる細胞集団が観察され、異なるコンピテンスを示す幹細胞型が分取可能であることが示されている[17]。最近の研究では、大脳皮質発生初期の神経幹細胞に発現する転写因子Fezlを欠損したマウスは、深層の神経細胞の分化が阻止されているにも係らず、後期に誕生する上層の神経細胞は正常なタイミングで分化すること[7]、神経幹細胞の未分化性を一過的に促進した細胞は、深層の神経細胞を生み出すことなしに、正しい時期に上層の神経細胞を生み出すことが明らかにされている[18]。さらには、脳室帯に位置する神経幹細胞は、より未分化性の高い幹細胞集団と比較的分化に傾いた幹細胞集団が不均一に存在しており、これがNotchシグナルの強弱で区別されている[19]ことが明らかになっている。また、下層の神経細胞で発現する転写因子Fezlと上層の神経細胞で発現する転写因子Cux2が脳室帯の異なる神経幹細胞で発現する可能性も示されている[20]が、これと相反する報告も認められる[21]ため、神経幹細胞の不均一性を司る分子機構は未だ不明な点が多いのが現状である。


胎生期の神経幹細胞と成体の神経幹細胞

 脳の発生に寄与した胎生期の神経幹細胞の一部の集団は、成体でも限られた領域において成体神経幹細胞として保持され、一生に渡って神経細胞を産生し、高次機能の発現に重要な役割を果たすと考えられているが、このような成体神経幹細胞がどのようにして長期間維持できるのかについては未解明の問題として残されてきた。最近、成体神経幹細胞の分裂頻度を低く保つ責任因子がp57であることが同定されており[22]、神経幹細胞の分裂できる回数には上限があって、長期間保つためにはp57による細胞周期の制御が決定的な役割を担うことが示唆されている。  今後、脳室帯に局在する神経幹細胞の時間依存的な特性の変化や細胞系譜の多様性を司る分子機構がさらに明確化されることで、成体神経幹細胞による神経新生の分子機構や、これらが破綻することによって生じる様々な疾患との関連性が解明されることが期待される。


関連項目

・神経幹細胞 ・自己複製能 ・多分化能 ・大脳皮質の発生 ・多様性 ・Hes1 ・Notch ・Ascl1 ・Olig2 ・Fezl ・Cux2 ・p57 ・成体神経幹細胞

参考文献