「神経症性障害」の版間の差分

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英語名:Neurotic Disorder
英語名:Neurotic Disorder


 「神経症性障害 Neurotic disorder」とは、1992年、現在(2017年3月時点)も使用されている世界保健機関WHO(World Health Organization)によって作成された、国際疾病分類(International Classification of Disease)の第10版、すなわちICD-10(1992)によって、初めて公式に用いられた病名あるいは疾患分類上の名称(大分類)である。そしてそれは、文字通り解釈すると、「神経症 neurosis」の性質・傾向を持つ[[精神疾患]]を意味し、「神経症性障害」≒「神経症」と捉えることが可能に思える。しかしながら、問題はそう単純ではない。
 神経症性障害という国際疾病分類の大分類は、無意識の葛藤により症状が生まれ、現実検討の障害を引き起こさないレベルの精神機能の障害を示す「神経症」という歴史的概念の名残であり、恐怖症、パニック障害、強迫性障害、解離性(転換性)障害などを含む。


 ICD-10の序論には、『「神経症性 neurotic」という用語は、機会に応じて用いられるように、なお、残されている。----(中略)----今や、神経症と精神病という二分法に従う代わりに、各障害は共通の主題あるいは記述上の類似性に従って群別され、これによる使用上の便宜が増している。』との記述がなされている<ref name=ref1>'''融 道男、中根允文、小見山実、岡崎祐士、大久保善朗'''<br>ICD-10 精神および行動の障害:臨床記述と診断ガイドライン 新訂版<br>''医学書院''、東京、2005.</ref>。つまり、以前のICD-9(1975)までは、器質性以外の精神疾患を、伝統的に「神経症」と「精神病 psychosis」の2つに大別していたが、それぞれの概念の明確な定義はなく、ICD-10ではその二分法は採用されなかったということである<ref name=ref1 />。
 「神経症(Neurosis [英], Neurose [独])」とは、元々、英国の医師ウイリアム・カレン(1712~1790年)が精神機能を障害する神経疾患全般に対して用いた言葉であった。その後医学の発達に伴い、脳器質疾患、内分泌疾患などが独立した疾患として神経症から除外され、さらにいわゆる内因性精神病(精神病性障害)が区別され、最後に残ったその他の精神疾患が神経症と呼ばれた。
 その後、器質的な原因の見当たらない「神経症」に関心を持ったジグムント・フロイトが、「無意識の葛藤により症状が生まれる」という病因論的解釈、「現実検討の障害を引き起こさないレベルの精神機能の障害」という病態の深さ、という2つの観点を混在させた形で神経症を再定義し、こうした考えが米国精神医学会の診断基準であるDSM-Ⅲが確立するまで続いていた。病態水準の深さという観点から、精神疾患が精神病と神経症に二分するとも考えられていた。当時の主な神経症には、不安神経症、恐怖症、強迫神経症、抑うつ神経症、神経衰弱、ヒステリー、心気症などが含まれていた。
 その後、こうした疾患群から、パニック障害、強迫性障害の生物学的な基盤を持つ障害が独立し、次第に神経症概念は解体された。


 では、これまでの「神経症」は、ICD-10診断ではどのような分類・病名になっているのであろうか。さらにICD-10では以下のように書かれている。つまり、『神経症という概念を用いる人びとにとって神経症とみなされる障害は、抑うつ神経症 depressive neurosisを除くと、ほとんどがF40-48「神経症障害、[[ストレス]]関連障害および[[身体表現性障害]]」に含まれるし、他のいくつかのものはそれに続くF50-59「生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群」に含まれている。』のである<ref name=ref1 />。したがって、概念的には「神経症性障害」<「神経症」となる。
 世界保健機関WHO(World Health Organization)によって作成された、国際疾病分類(International Classification of Disease)では、第9版(ICD-9)(1975)まで、器質性以外の精神疾患を「神経症」と「精神病 psychosis」の2つに大別するという二分法が採用されていたが、第10版(ICD-10)(1992)では、こうした二分法は廃止された。ただし、序論に、『「神経症性 neurotic」という用語は、機会に応じて用いられるように、なお、残されている。』との記述があるように[1]、(無意識の葛藤によって起きる、あるいは現実検討の障害がないことを示すために)形容詞的に用いることは認められた。また、「神経症性障害 Neurotic disorder」という大分類も形の上では残され、それまで神経症とみなされていた障害は、「気分(感情)障害」に含まれる抑うつ神経症(depressive neurosis)および「生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群」に含まれるいくつかの障害を除き、ほとんどが「神経症障害、ストレス関連障害および身体表現性障害」に含まれている<ref name=ref1>'''融 道男、中根允文、小見山実、岡崎祐士、大久保善朗'''<br>ICD-10 精神および行動の障害:臨床記述と診断ガイドライン 新訂版<br>''医学書院''、東京、2005.</ref>。したがって、ICD-10における「神経症性障害」は、従来の「神経症」の一部を示すものであるといえる。
 
 従来「神経症」と言われていたもののうちICD-10で「神経症性障害」に含まれているのは、「恐怖症性不安障害」(恐怖症を含む)、「他の不安障害」(パニック障害を含む)、「強迫性障害」、「解離性(転換性)障害」(以前ヒステリーと呼ばれたもの)などである(図の下線)。


 下図に「神経症」が具体的にICD-10のどの節とどの病名に当たるのか、示している。これによると、「神経症性障害」とは、従来「神経症」と言われていたものの中で、F40「[[恐怖]]症性[[不安障害]]」、F41「他の不安障害」、F42「[[強迫性障害]]」、F44「[[解離性(転換性)障害]]」、そしてF48「他の神経症性障害」の5つ(図の太字下線)のICD-10診断を指す概念である<ref name=ref1 />、と言える。
   
   
{| class="wikitable"
{| class="wikitable"
|+表1.ICD-10診断
|+表1.ICD-10診断
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|-
| rowspan="2" | 神経症
| 神経症
| ◆ '''F40-48 神経症障害、ストレス関連障害および身体表現性障害'''<br>
| ◆ '''F40-48 神経症障害、ストレス関連障害および身体表現性障害'''<br>
*F40 <u>恐怖症性不安障害</u>
*F40 <u>恐怖症性不安障害</u>
28行目: 31行目:
*F45 身体表現性障害
*F45 身体表現性障害
*F48 <u>他の神経症性障害</u>
*F48 <u>他の神経症性障害</u>
|-
| ◆ '''F50-59 「生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群'''<br>
*F50 摂食障害
*F51 非器質性睡眠障害
*F52 性機能不全、器質性の障害あるいは疾患によらないもの
*F53 産褥に関連した精神および行動の障害、他に分類できないもの
*F54 他に分類される障害あるいは疾患に関連した心理的および行動的要因
*F55 依存を生じない物質の乱用
*F59 生理的障害および身体的要因に関連した到底不能の行動症候群
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|}
|}

2017年3月22日 (水) 19:10時点における版

塩入 俊樹
岐阜大学大学院医学系研究科 精神病理学分野
DOI:10.14931/bsd.7418 原稿受付日:2017年3月13日 原稿完成日:2017年月日
担当編集委員:加藤 忠史(国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)

英語名:Neurotic Disorder

 神経症性障害という国際疾病分類の大分類は、無意識の葛藤により症状が生まれ、現実検討の障害を引き起こさないレベルの精神機能の障害を示す「神経症」という歴史的概念の名残であり、恐怖症、パニック障害、強迫性障害、解離性(転換性)障害などを含む。

 「神経症(Neurosis [英], Neurose [独])」とは、元々、英国の医師ウイリアム・カレン(1712~1790年)が精神機能を障害する神経疾患全般に対して用いた言葉であった。その後医学の発達に伴い、脳器質疾患、内分泌疾患などが独立した疾患として神経症から除外され、さらにいわゆる内因性精神病(精神病性障害)が区別され、最後に残ったその他の精神疾患が神経症と呼ばれた。  その後、器質的な原因の見当たらない「神経症」に関心を持ったジグムント・フロイトが、「無意識の葛藤により症状が生まれる」という病因論的解釈、「現実検討の障害を引き起こさないレベルの精神機能の障害」という病態の深さ、という2つの観点を混在させた形で神経症を再定義し、こうした考えが米国精神医学会の診断基準であるDSM-Ⅲが確立するまで続いていた。病態水準の深さという観点から、精神疾患が精神病と神経症に二分するとも考えられていた。当時の主な神経症には、不安神経症、恐怖症、強迫神経症、抑うつ神経症、神経衰弱、ヒステリー、心気症などが含まれていた。  その後、こうした疾患群から、パニック障害、強迫性障害の生物学的な基盤を持つ障害が独立し、次第に神経症概念は解体された。

 世界保健機関WHO(World Health Organization)によって作成された、国際疾病分類(International Classification of Disease)では、第9版(ICD-9)(1975)まで、器質性以外の精神疾患を「神経症」と「精神病 psychosis」の2つに大別するという二分法が採用されていたが、第10版(ICD-10)(1992)では、こうした二分法は廃止された。ただし、序論に、『「神経症性 neurotic」という用語は、機会に応じて用いられるように、なお、残されている。』との記述があるように[1]、(無意識の葛藤によって起きる、あるいは現実検討の障害がないことを示すために)形容詞的に用いることは認められた。また、「神経症性障害 Neurotic disorder」という大分類も形の上では残され、それまで神経症とみなされていた障害は、「気分(感情)障害」に含まれる抑うつ神経症(depressive neurosis)および「生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群」に含まれるいくつかの障害を除き、ほとんどが「神経症障害、ストレス関連障害および身体表現性障害」に含まれている[1]。したがって、ICD-10における「神経症性障害」は、従来の「神経症」の一部を示すものであるといえる。

 従来「神経症」と言われていたもののうちICD-10で「神経症性障害」に含まれているのは、「恐怖症性不安障害」(恐怖症を含む)、「他の不安障害」(パニック障害を含む)、「強迫性障害」、「解離性(転換性)障害」(以前ヒステリーと呼ばれたもの)などである(図の下線)。


表1.ICD-10診断
神経症 F40-48 神経症障害、ストレス関連障害および身体表現性障害
  • F40 恐怖症性不安障害
  • F41 他の不安障害
  • F42 強迫性障害
  • F43 重度ストレス反応〔重度ストレスへの反応〕および適応障害
  • F44 解離性(転換性)障害
  • F45 身体表現性障害
  • F48 他の神経症性障害

参考文献

  1. 融 道男、中根允文、小見山実、岡崎祐士、大久保善朗
    ICD-10 精神および行動の障害:臨床記述と診断ガイドライン 新訂版
    医学書院、東京、2005.