「神経突起自己回避」の版間の差分

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== 神経突起自己回避とは ==
== 神経突起自己回避とは ==
神経突起自己回避の概念は、ヒル(Hirudo medicinalis)の機械感覚ニューロンの軸索の詳細な観察をもとに提唱された5711143[1]。すなわち、同じ機械感覚ニューロン由来の分岐した軸索はほとんどオーバーラップせずに空間を埋めるのに対し、異なるニューロン由来の軸索は頻繁に重なり合う。この観察から、神経突起は互いに “自己”か“非自己”を認識して自己を避ける機構が存在する可能性が示唆され、この機構は“Self-avoidance”と名付けられた<ref>2. Kramer, A.P. (1982).  
神経突起自己回避の概念は、ヒル(Hirudo medicinalis)の機械感覚ニューロンの軸索の詳細な観察をもとに提唱された<ref><pubmed>5711143</pubmed></ref>[1]。すなわち、同じ機械感覚ニューロン由来の分岐した軸索はほとんどオーバーラップせずに空間を埋めるのに対し、異なるニューロン由来の軸索は頻繁に重なり合う。この観察から、神経突起は互いに “自己”か“非自己”を認識して自己を避ける機構が存在する可能性が示唆され、この機構は“Self-avoidance”と名付けられた<ref>'''Kramer, A.P. (1982).'''<br>The development of neuronal arborizations in the leech.<br>
The development of neuronal arborizations in the leech.
Neuronal Development: Cellular Approaches in invertebrates, pp882-85
Neuronal Development: Cellular Approaches in invertebrates, 882-85
</ref>[2] <ref><pubmed>6317810</pubmed></ref>[3](図1)。一方、領域内でそれぞれのニューロンの神経突起が互いに“非自己”を避けて伸展して隙間なく空間を埋めていく機構を“タイリング(Tiling)”と呼ぶ。ショウジョウバエ感覚ニューロンとマウス網膜スターバーストアマクリン細胞は、いずれも自己回避機構によりほとんど交錯しない樹状突起構造をつくるが、周囲の細胞との関係では、ショウジョウバエ感覚ニューロンはタイリングによって互いを避けながら空間を埋めていくのに対し、スターバーストアマクリン細胞は周囲とオーバーラップして網膜内の空間を埋める(図1)。
</ref>[2] 6317810[3](図1)。一方、領域内でそれぞれのニューロンの神経突起が互いに“非自己”を避けて伸展して隙間なく空間を埋めていく機構を“タイリング(Tiling)”と呼ぶ。ショウジョウバエ感覚ニューロンとマウス網膜スターバーストアマクリン細胞は、いずれも自己回避機構によりほとんど交錯しない樹状突起構造をつくるが、周囲の細胞との関係では、ショウジョウバエ感覚ニューロンはタイリングによって互いを避けながら空間を埋めていくのに対し、スターバーストアマクリン細胞は周囲とオーバーラップして網膜内の空間を埋める(図1)。
神経突起自己回避は、神経突起上の特定の細胞表面分子の結合を介して起こる。細胞表面分子の下流シグナルによって細胞骨格が制御されて、神経突起の伸展停止あるいは退縮が起き、結果として局所で自己の神経突起どうしの反発が起こる<ref><pubmed>29972794</pubmed></ref> [4]。これまでに、無脊椎・脊椎動物の様々なニューロンで神経突起の自己回避を制御する細胞表面分子が多数同定されており、それらを欠失させると反発作用が消失して神経突起の著しい交錯がみられるようになる(図2)。したがって、神経突起は積極的に自己の接触を回避しなければ正しい空間配置を確立できないと考えられる。神経突起の適切な空間配置は、回路接続や情報処理機能に重要であることから、神経突起自己回避は回路形成の基礎となる非常に重要な機構であるといえる。
神経突起自己回避は、神経突起上の特定の細胞表面分子の結合を介して起こる。細胞表面分子の下流シグナルによって細胞骨格が制御されて、神経突起の伸展停止あるいは退縮が起き、結果として局所で自己の神経突起どうしの反発が起こる29972794 [4]。これまでに、無脊椎・脊椎動物の様々なニューロンで神経突起の自己回避を制御する細胞表面分子が多数同定されており、それらを欠失させると反発作用が消失して神経突起の著しい交錯がみられるようになる(図2)。したがって、神経突起は積極的に自己の接触を回避しなければ正しい空間配置を確立できないと考えられる。神経突起の適切な空間配置は、回路接続や情報処理機能に重要であることから、神経突起自己回避は回路形成の基礎となる非常に重要な機構であるといえる。


== モデル解析ニューロン ==
== モデル解析ニューロン ==
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=== ショウジョウバエ ===
=== ショウジョウバエ ===
==== DSCAM1 ====
==== DSCAM1 ====
同種親和性結合能をもつ進化的に保存された細胞接着因子で、細胞外領域には10個の免疫グロブリン領域と6個のフィブロネクチンリピートが存在する。選択的スプライシングによって、細胞外領域には19,008種類のバリアントが存在し、1つのDscam1遺伝子から合計で38,016種類のアイソフォームがつくられる<ref><pubmed>10892653[5]</pubmed></ref>(図3)。DSCAM1は同じアイソフォームどうしが細胞外領域で特異的に結合し、その結果、細胞内領域を介したシグナルにより反発作用を生じる。それぞれのニューロンはランダムにDscam1アイソフォームを発現しているが、同じ細胞由来の突起どうしでは同じアイソフォームが発現しており、それらの同種親和性結合によって反発作用が生じて神経突起の自己回避が起こる<ref><pubmed>15339666</pubmed></ref>[6]<ref><pubmed>17889655</pubmed></ref>[7]。ショウジョウバエ感覚ニューロンや中枢キノコ体ニューロンでDscam1を欠失させると、同じニューロン由来の神経突起の自己交錯が著しく増加する(図2)<ref><pubmed>15339649</pubmed></ref>[8]<ref><pubmed>17481395</pubmed></ref>[9]<ref><pubmed>17482551</pubmed></ref>[10]<ref><pubmed>17481394</pubmed></ref>[11]。ただし、神経突起の自己回避に必要なのはDSCAM1アイソフォームの多様性ではなくあくまで同一アイソフォームによる結合であり、アイソフォームの多様性は自己と非自己の識別に関わるとされている<ref><pubmed>19794492</pubmed></ref>[12]。
同種親和性結合能をもつ進化的に保存された細胞接着因子で、細胞外領域には10個の免疫グロブリン領域と6個のフィブロネクチンリピートが存在する。選択的スプライシングによって、細胞外領域には19,008種類のバリアントが存在し、1つのDscam1遺伝子から合計で38,016種類のアイソフォームがつくられる<ref><pubmed>10892653</pubmed></ref>[5](図3)。DSCAM1は同じアイソフォームどうしが細胞外領域で特異的に結合し、その結果、細胞内領域を介したシグナルにより反発作用を生じる。それぞれのニューロンはランダムにDscam1アイソフォームを発現しているが、同じ細胞由来の突起どうしでは同じアイソフォームが発現しており、それらの同種親和性結合によって反発作用が生じて神経突起の自己回避が起こる<ref><pubmed>15339666</pubmed></ref>[6]<ref><pubmed>17889655</pubmed></ref>[7]。ショウジョウバエ感覚ニューロンや中枢キノコ体ニューロンでDscam1を欠失させると、同じニューロン由来の神経突起の自己交錯が著しく増加する(図2)<ref><pubmed>15339649</pubmed></ref>[8]<ref><pubmed>17481395</pubmed></ref>[9]<ref><pubmed>17482551</pubmed></ref>[10]<ref><pubmed>17481394</pubmed></ref>[11]。ただし、神経突起の自己回避に必要なのはDSCAM1アイソフォームの多様性ではなくあくまで同一アイソフォームによる結合であり、アイソフォームの多様性は自己と非自己の識別に関わるとされている<ref><pubmed>19794492</pubmed></ref>[12]。
==== Integrin-Laminin ====
==== Integrin-Laminin ====
ショウジョウバエ感覚ニューロンで発現する細胞接着因子Integrinと上皮から分泌されるLamininが結合することで樹状突起の自己回避が起こる<ref><pubmed>22243747</pubmed></ref>[13]<ref><pubmed>22243748</pubmed></ref>[14]。
ショウジョウバエ感覚ニューロンで発現する細胞接着因子Integrinと上皮から分泌されるLamininが結合することで樹状突起の自己回避が起こる<ref name=ref22243747 ><pubmed>22243747</pubmed></ref>[13]<ref name=ref22243748 ><pubmed>22243748</pubmed></ref>[14]。
==== Sema2b-PlexinB ====
==== Sema2b-PlexinB ====
上皮から分泌されるSema2bとショウジョウバエ感覚ニューロンで発現するPlexinBが結合し、このSema2B-PlexinBシグナルがリン酸化酵素Tricornered <ref><pubmed>15479641</pubmed></ref>[15]を活性化することで樹状突起の自己回避が起こる<ref><pubmed>26853303</pubmed></ref>[16]。さらにPlexinBはIntegrinサブユニット<ref><pubmed></pubmed></ref>[13]<ref><pubmed></pubmed></ref>[14]や細胞内のtarget of rapamycin complex2<ref><pubmed> 19875983</pubmed></ref>[17]とも相互作用することで樹状突起自己回避に関わると考えられる<ref><pubmed></pubmed></ref>[16]。
上皮から分泌されるSema2bとショウジョウバエ感覚ニューロンで発現するPlexinBが結合し、このSema2B-PlexinBシグナルがリン酸化酵素Tricornered <ref><pubmed>15479641</pubmed></ref>[15]を活性化することで樹状突起の自己回避が起こる<ref name=ref26853303><pubmed>26853303</pubmed></ref>[16]。さらにPlexinBはIntegrinサブユニット<ref name=ref22243747 ></ref>[13]<ref name=ref22243748 ></ref>[14]や細胞内のtarget of rapamycin complex2<ref><pubmed> 19875983</pubmed></ref>[17]とも相互作用することで樹状突起自己回避に関わると考えられる<ref name=ref26853303></ref>[16]。
==== その他 ====
==== その他 ====
カドへリンファミリーに属する接着因子Flamingoはその細胞内領域にLIMドメインタンパク質であるEspinasが結合することで反発作用を生み、感覚ニューロンの樹状突起の自己回避を促す<ref><pubmed> 21937715</pubmed></ref>[18]。細胞膜貫通タンパク質であるTurtleの変異体ショウジョウバエは感覚ニューロンの樹状突起自己回避に異常が起こる<ref><pubmed>19783736</pubmed></ref>[19]。Turtleによる樹状突起自己回避は、その細胞内領域を必要としないことからTurtleはリガンドあるいは共受容体として機能することで反発作用を生むと考えられる。がん抑制因子Hippoの変異体ショウジョウバエも感覚ニューロンの樹状突起自己回避に異常が起こることから、自己の樹状突起どうしの反発を引き起こす細胞内シグナルとしてはたらいていると考えられる<ref><pubmed>16906135</pubmed></ref>[20]。ただし、Hippoと樹状突起自己回避を制御する細胞表面分子との関係はわかっていない。
カドへリンファミリーに属する接着因子Flamingoはその細胞内領域にLIMドメインタンパク質であるEspinasが結合することで反発作用を生み、感覚ニューロンの樹状突起の自己回避を促す<ref><pubmed> 21937715</pubmed></ref>[18]。細胞膜貫通タンパク質であるTurtleの変異体ショウジョウバエは感覚ニューロンの樹状突起自己回避に異常が起こる<ref><pubmed>19783736</pubmed></ref>[19]。Turtleによる樹状突起自己回避は、その細胞内領域を必要としないことからTurtleはリガンドあるいは共受容体として機能することで反発作用を生むと考えられる。がん抑制因子Hippoの変異体ショウジョウバエも感覚ニューロンの樹状突起自己回避に異常が起こることから、自己の樹状突起どうしの反発を引き起こす細胞内シグナルとしてはたらいていると考えられる<ref><pubmed>16906135</pubmed></ref>[20]。ただし、Hippoと樹状突起自己回避を制御する細胞表面分子との関係はわかっていない。
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皮下組織由来のリガンドSAX-7とMNR-1の複合体がPVD侵害受容ニューロンで発現する受容体DMA-1に結合することで樹状突起の自己回避が起こる<ref><pubmed>24120131</pubmed></ref> [21]<ref><pubmed>24120132</pubmed></ref>[22]。
皮下組織由来のリガンドSAX-7とMNR-1の複合体がPVD侵害受容ニューロンで発現する受容体DMA-1に結合することで樹状突起の自己回避が起こる<ref><pubmed>24120131</pubmed></ref> [21]<ref><pubmed>24120132</pubmed></ref>[22]。
==== UNC-6/UNC-40/UNC-5 ====
==== UNC-6/UNC-40/UNC-5 ====
UNC-6(netrin)-UNC-40(DCC)シグナルは細胞表面のUNC-5を介してその下流のUNC-34、WSP-1, UNC-73, MIG-10、Arp2/3複合体によるアクチン骨格制御を促すことでPVD侵害受容ニューロンの樹状突起自己回避を促進する22426253</pubmed></ref>[23]<ref><pubmed>31220078</pubmed></ref>[24]。
UNC-6(netrin)-UNC-40(DCC)シグナルは細胞表面のUNC-5を介してその下流のUNC-34、WSP-1, UNC-73, MIG-10、Arp2/3複合体によるアクチン骨格制御を促すことでPVD侵害受容ニューロンの樹状突起自己回避を促進する<ref><pubmed>22426253</pubmed></ref>[23]<ref><pubmed>31220078</pubmed></ref>[24]。
その他
その他
カドへリンファミリーFlamingo <ref><pubmed>32631831</pubmed></ref>[25]やWnt分泌因子MIG-14/Wntless <ref><pubmed>29673481</pubmed></ref>[26]、前駆体タンパク質変換酵素KPC-1/Furin <ref><pubmed>25232734</pubmed></ref>[27]もPVD侵害受容ニューロンの樹状突起に関わることが報告されている。
カドへリンファミリーFlamingo <ref><pubmed>32631831</pubmed></ref>[25]やWnt分泌因子MIG-14/Wntless <ref><pubmed>29673481</pubmed></ref>[26]、前駆体タンパク質変換酵素KPC-1/Furin <ref><pubmed>25232734</pubmed></ref>[27]もPVD侵害受容ニューロンの樹状突起に関わることが報告されている。
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(A) ショウジョウバエDSCAM1は、選択的スプライシングによって19008種類の細胞外領域バリアントが存在する。エクソン4は免疫グロブリン2(Ig2)ドメインを、エクソン6とエクソン9はそれぞれIg3とIg7をコードする。そして、エクソン4、6、9はそれぞれ12、48、33のアイソフォームがある。多くのバリアントが産生されるが、同一のアイソフォームどうしが特異的に結合する。
(A) ショウジョウバエDSCAM1は、選択的スプライシングによって19008種類の細胞外領域バリアントが存在する。エクソン4は免疫グロブリン2(Ig2)ドメインを、エクソン6とエクソン9はそれぞれIg3とIg7をコードする。そして、エクソン4、6、9はそれぞれ12、48、33のアイソフォームがある。多くのバリアントが産生されるが、同一のアイソフォームどうしが特異的に結合する。
(B) マウスProtocadherin(Pcdh)は、PcdhとPcdh、Pcdhが遺伝子クラスターを形成しており、細胞外領域の異なるProtocadherin分子が全部で58種類存在する。Protocadherinのバリアントは異なるプロモーター選択によって産生される。
(B) マウスProtocadherin(Pcdh)は、PcdhとPcdh、Pcdhが遺伝子クラスターを形成しており、細胞外領域の異なるProtocadherin分子が全部で58種類存在する。Protocadherinのバリアントは異なるプロモーター選択によって産生される。
==参考文献==
<references />