「空間的注意」の版間の差分

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== 空間的注意の神経機構  ==
== 空間的注意の神経機構  ==
=== 神経応答の変化  ===


[[Image:Visual search.jpg|thumb|right|300px|'''図3. 視覚探索(visual search)課題'''<br />赤い丸を検出する。]]  
[[Image:Visual search.jpg|thumb|right|300px|'''図3. 視覚探索(visual search)課題'''<br />赤い丸を検出する。]]  
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[[Image:Corbetta.jpg|thumb|right|300px|'''図4. 注意に関連した大脳部位'''<br />背側系(青)と腹側系(オレンジ)の少なくとも2つに分かれていると考えられている。<br />Neuron 58(3):306-24, 2008 より、許可を得て転載]]  
[[Image:Corbetta.jpg|thumb|right|300px|'''図4. 注意に関連した大脳部位'''<br />背側系(青)と腹側系(オレンジ)の少なくとも2つに分かれていると考えられている。<br />Neuron 58(3):306-24, 2008 より、許可を得て転載]]  


 [[事象関連電位]](event-related potential; ERP)や[[脳磁図]](magnetoencepharogram; MEG)を用いた多くの研究によって、注意を特定の場所に向けることで、感覚入力に対する神経応答が変化することが示されている。例えば、片方の視野に前もって注意を向けておき、そこに視覚刺激を提示すると、刺激提示後80~120ミリ秒で[[後頭葉]]に出現する陽性成分(P1)と、これにやや遅れて[[前頭葉]]を含む広い範囲に出現する陰性成分(N1)が増大する<ref><pubmed>9770220</pubmed></ref>。特に、妨害刺激とターゲットが同時に呈示された場合は、N2pcという成分が出現する。N2pcとは、刺激呈示後約200ミリ秒で出現する2番目("2")の陰性成分("N")で、注意を向けた刺激と反対側(contralateral; "c")の後頭部(posterior; "p")に見られる。N2pcは、妨害刺激とターゲットが判別しにくいときや、近接して呈示されたときに増大することから、妨害刺激に対する視覚情報処理の抑制にかかわる成分と考えられてきた。しかし、最近では、ターゲットに対する促進(negativity for target; NT)と、妨害刺激に対する抑制(positivity for distractor; PD)に関係した二つの成分から成ることが示唆されている<ref><pubmed>18564048</pubmed></ref>。  
 注意が、左右の視野のどちらに向いているかによって、神経応答が変化することは、ヒトを対象とした[[事象関連電位]](event-related potential; ERP)や[[脳磁図]](magnetoencepharogram; MEG)を用いた多くの研究によって調べられてきた。例えば、片方の視野に前もって注意を向けておき、そこに視覚刺激を提示すると、刺激提示後80~120ミリ秒で[[後頭葉]]に出現する陽性成分(P1)と、これにやや遅れて[[前頭葉]]を含む広い範囲に出現する陰性成分(N1)が増大する<ref><pubmed>9770220</pubmed></ref>。特に、妨害刺激とターゲットが同時に呈示された場合は、N2pcという成分が出現する。N2pcとは、刺激呈示後約200ミリ秒で出現する2番目("2")の陰性成分("N")で、注意を向けた刺激と反対側(contralateral; "c")の後頭部(posterior; "p")により大きく現れる。N2pcは、妨害刺激とターゲットが判別しにくいときや、近接して呈示されたときに増大することから、妨害刺激に対する視覚情報処理の抑制にかかわる成分と考えられてきた。しかし、最近では、ターゲットに対する促進(negativity for target; NT)と、妨害刺激に対する抑制(positivity for distractor; PD)に関係した二つの成分から成ることが示唆されている<ref><pubmed>18564048</pubmed></ref>。  


 注意をむけた対象への神経活動が上昇していることは、[[wikipedia:ja:サル|サル]]を用いた研究でより詳細に調べられている。多数の単一ニューロンの活動を比較した結果、注意による変化はより高次の[[視覚領野]]にいくほど大きくなることが明らかにされている。例えば、[[受容野]]に注意をむけることによって、[[V1]]ニューロンの活動は平均で10%程度しか上昇しないのに対し、[[V4]]や[[MT野]]では約25%、[[MST野]]や[[VIP野]]では約40%、[[ブロードマン7野|7a野]]では約50%もの上昇が見られる<ref><pubmed>12217174</pubmed></ref>。  
 同側視野内であっても、注意を向けた位置とそれ以外の位置に提示された視覚刺激への神経応答が異なることが、[[wikipedia:ja:サル|サル]]を用いた研究で示されている。多数の単一ニューロンの活動を比較した結果、注意による変化はより高次の[[視覚領野]]にいくほど大きくなることが明らかにされている。例えば、[[受容野]]に注意をむけることによって、[[V1]]ニューロンの活動は平均で10%程度しか上昇しないのに対し、[[V4]]や[[MT野]]では約25%、[[MST野]]や[[VIP野]]では約40%、[[ブロードマン7野|7a野]]では約50%もの上昇が見られる<ref><pubmed>12217174</pubmed></ref>。  


 選択的注意と密接に関係した実験課題に、視覚探索(visual search)課題がある(図3)<ref>Eriksen, C.W.<br>Partitioning and Saturation of Visual Displays and Efficiency of Visual Search. <br>Journal of Applied Psychology 39, 73-77:1955</ref>。Schallらは、ターゲット(ここでは赤い丸)に向かってサッカードするようにサルを訓練した。妨害刺激がすべてターゲットと異なる色である場合には、ボトムアップ的にターゲットに注意が捕捉される(図3A)。このとき、[[前頭眼野]](frontal eye fields; FEF)のニューロンの多くは、受容野内に妨害刺激が呈示された場合に比べてターゲットが呈示された場合に強い視覚応答を示す<ref><pubmed>    8247155</pubmed></ref>。  
 選択的注意と密接に関係した実験課題に、視覚探索(visual search)課題がある(図3)<ref>Eriksen, C.W.<br>Partitioning and Saturation of Visual Displays and Efficiency of Visual Search. <br>Journal of Applied Psychology 39, 73-77:1955</ref>。Schallらは、ターゲット(ここでは赤い丸)に向かってサッカードするようにサルを訓練した。妨害刺激がすべてターゲットと異なる色である場合には、ボトムアップ的にターゲットに注意が捕捉される(図3A)。このとき、[[前頭眼野]](frontal eye fields; FEF)のニューロンの多くは、受容野内に妨害刺激が呈示された場合に比べてターゲットが呈示された場合に強い視覚応答を示す<ref><pubmed>    8247155</pubmed></ref>。  
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 一方で、図3Bのように色と形の二つの属性の組み合わせでターゲットが定義されている(conjunction search)場合、呈示された視覚刺激の一つ一つに対してトップダウン的に注意を向け、逐次的に処理をする必要がある。これをより効率的に行うには、一度処理した刺激に再び注意を向けないようにする必要があると考えられる。実際、[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]やサルがそのような戦略をとっていることが心理実験で明らかにされているし<ref name="ref2" /><ref><pubmed>    19618485</pubmed></ref>、頭頂葉において一度処理された刺激に対する視覚応答が減弱することが示されている<ref><pubmed> 19812286</pubmed></ref>。この現象は、前述の復帰抑制(IOR)と深いかかわりがあると考えられる<ref>Klein, R.M., and MacInnes, W.J. <br>Inhibition of return is a foraging facilitator in visual search.<br>Psychological Science 10, 346-352:1999</ref>。  
 一方で、図3Bのように色と形の二つの属性の組み合わせでターゲットが定義されている(conjunction search)場合、呈示された視覚刺激の一つ一つに対してトップダウン的に注意を向け、逐次的に処理をする必要がある。これをより効率的に行うには、一度処理した刺激に再び注意を向けないようにする必要があると考えられる。実際、[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]やサルがそのような戦略をとっていることが心理実験で明らかにされているし<ref name="ref2" /><ref><pubmed>    19618485</pubmed></ref>、頭頂葉において一度処理された刺激に対する視覚応答が減弱することが示されている<ref><pubmed> 19812286</pubmed></ref>。この現象は、前述の復帰抑制(IOR)と深いかかわりがあると考えられる<ref>Klein, R.M., and MacInnes, W.J. <br>Inhibition of return is a foraging facilitator in visual search.<br>Psychological Science 10, 346-352:1999</ref>。  


 また、視覚探索課題を用いて、ボトムアップ注意とトップダウン注意の相互作用が調べられている。図3Cのように、一つだけ色の異なる、非常に目立った妨害刺激があると、ターゲットの検出が遅れる。これは、目立つ妨害刺激に対して否応なしに注意が捕捉されるためであると考えられる。しかし、顕著な刺激が常に妨害刺激であるということがあらかじめ分かっている状況では、その遅れが消失する<ref><pubmed>8008550</pubmed></ref>。このことは、トップダウンの構えによって、ボトムアップ的な注意捕捉を防ぐことができることを示しており、実際、サルを用いた研究により、顕著な刺激に対する頭頂葉ニューロンの視覚応答が、顕著でない妨害刺激に対する視覚応答より弱くなることが示されている<ref><pubmed>16819520</pubmed></ref>。このように、一方が他方を弱めることができるということは、トップダウン注意とボトムアップ注意がある程度独立した2つの機構によって担われていることを示唆する。  
 また、視覚探索課題を用いて、ボトムアップ注意とトップダウン注意の相互作用が調べられている。図3Cのように、一つだけ色の異なる、非常に目立った妨害刺激があると、ターゲットの検出が遅れる。これは、目立つ妨害刺激に対して否応なしに注意が捕捉されるためであると考えられる。しかし、顕著な刺激が常に妨害刺激であるということがあらかじめ分かっている状況では、その遅れが消失する<ref><pubmed>8008550</pubmed></ref>。このことは、トップダウンの構えによって、ボトムアップ的な注意捕捉を抑制できることを示しており、実際、サルを用いた研究により、顕著な刺激に対する頭頂葉ニューロンの視覚応答が、顕著でない妨害刺激に対する視覚応答より弱くなることが示されている<ref><pubmed>16819520</pubmed></ref>。このように、一方が他方を弱めることができるということは、トップダウン注意とボトムアップ注意がある程度独立した2つの機構によって担われていることを示唆する。  
 


=== トップダウン注意とボトムアップ注意の制御領域===
 では、トップダウン注意とボトムアップ注意は、脳のどこで処理されているのであろうか。Millerらは、訓練したサルの前頭葉(前頭眼野)と[[頭頂葉]]([[LIP野]])からニューロン活動を同時記録し、図3Bのようにトップダウン注意を要する場合では前頭葉が、図3Aのようにボトムアップ注意が働く場合では頭頂葉が、ターゲットの位置情報をより早く表現することを明らかにした<ref><pubmed>17395832</pubmed></ref>。また、[[FMRI]]を用いた研究によって、二つの注意に関わるネットワークが詳しく調べられている(図4)。トップダウン的にある位置に注意を向けるとき、前頭眼野を含む[[上前頭連合野]]と[[頭頂間溝]]周囲の上頭頂連合野の活動の上昇がほぼ両側性に認められる(図4、青色の部分)。空間以外の視覚属性に注意を向けている場合も同様に、背側前頭-[[頭頂連合野]]のネットワークが関与する<ref><pubmed>11994752</pubmed></ref>。予期しない、顕著な刺激によってボトムアップ的に注意が惹きつけられる際には、上述の背側ネットワークに加え、主として[[右半球]]の[[下前頭前皮質]]、[[下頭頂側頭境界部]]、左の[[帯状回前部]]と[[補足運動野]]の活動の上昇が認められる(図4、オレンジ色の部分)。このように、背側のネットワークはトップダウン的、ボトムアップ的な注意のいずれにも関与し、これらを統合することで行動に必要となる感覚情報の選択を行うのに対し、腹側のネットワークは背側のネットワークに干渉し、その情報処理にバイアスを加えていると考えられる。  
 では、トップダウン注意とボトムアップ注意は、脳のどこで処理されているのであろうか。Millerらは、訓練したサルの前頭葉(前頭眼野)と[[頭頂葉]]([[LIP野]])からニューロン活動を同時記録し、図3Bのようにトップダウン注意を要する場合では前頭葉が、図3Aのようにボトムアップ注意が働く場合では頭頂葉が、ターゲットの位置情報をより早く表現することを明らかにした<ref><pubmed>17395832</pubmed></ref>。また、[[FMRI]]を用いた研究によって、二つの注意に関わるネットワークが詳しく調べられている(図4)。トップダウン的にある位置に注意を向けるとき、前頭眼野を含む[[上前頭連合野]]と[[頭頂間溝]]周囲の上頭頂連合野の活動の上昇がほぼ両側性に認められる(図4、青色の部分)。空間以外の視覚属性に注意を向けている場合も同様に、背側前頭-[[頭頂連合野]]のネットワークが関与する<ref><pubmed>11994752</pubmed></ref>。予期しない、顕著な刺激によってボトムアップ的に注意が惹きつけられる際には、上述の背側ネットワークに加え、主として[[右半球]]の[[下前頭前皮質]]、[[下頭頂側頭境界部]]、左の[[帯状回前部]]と[[補足運動野]]の活動の上昇が認められる(図4、オレンジ色の部分)。このように、背側のネットワークはトップダウン的、ボトムアップ的な注意のいずれにも関与し、これらを統合することで行動に必要となる感覚情報の選択を行うのに対し、腹側のネットワークは背側のネットワークに干渉し、その情報処理にバイアスを加えていると考えられる。  


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