「空間的注意」の版間の差分

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[[Image:Visual search.jpg|thumb|right|500px|図3. 視覚探索(visual search)課題<br />赤い丸を検出する。]]<br>&nbsp;選択的注意と密接に関係した実験課題に、視覚探索(visual search)課題がある(図3)<ref>Eriksen, C.W.<br>Partitioning and Saturation of Visual Displays and Efficiency of Visual Search. <br>Journal of Applied Psychology 39, 73-77:1955</ref>。Schallらは、ターゲット(ここでは赤い丸)に向かってサッカードするようにサルを訓練した。妨害刺激がすべてターゲットと異なる色である場合には、ボトムアップ的にターゲットに注意が捕捉される(図3A)。このとき、前頭眼野(frontal eye fields; FEF)のニューロンの多くは、受容野内に妨害刺激が呈示された場合に比べてターゲットが呈示された場合に強い視覚応答を示す<ref><pubmed>    8247155</pubmed></ref>。<br>&nbsp;一方で、図3Bのように色と形の二つの属性の組み合わせでターゲットが定義されている(conjunction search)場合、呈示された視覚刺激の一つ一つに対してトップダウン的に注意を向け、逐次的に処理をする必要がある。これをより効率的に行うには、一度処理した刺激に再び注意を向けないようにする必要があると考えられる。実際、ヒトやサルがそのような戦略をとっていることが心理実験で明らかにされているし<ref name="ref2" /><ref><pubmed>    19618485</pubmed></ref>、頭頂葉において一度処理された刺激に対する視覚応答が減弱することが示されている<ref><pubmed> 19812286</pubmed></ref>。この現象は、前述の復帰抑制(IOR)と深いかかわりがあると考えられる<ref>Klein, R.M., and MacInnes, W.J. <br>Inhibition of return is a foraging facilitator in visual search.<br>Psychological Science 10, 346-352:1999</ref>。<br>&nbsp;また、視覚探索課題を用いて、ボトムアップ注意とトップダウン注意の相互作用が調べられている。図3Cのように、一つだけ色の異なる、非常に目立った妨害刺激があると、ターゲットの検出が遅れる。これは、目立つ妨害刺激に対して否応なしに注意が捕捉されるためであると考えられる。しかし、顕著な刺激が常に妨害刺激であるということがあらかじめ分かっている状況では、その遅れが消失する<ref><pubmed>8008550</pubmed></ref>。このことは、トップダウンの構えによって、ボトムアップ的な注意捕捉を防ぐことができることを示しており、実際、サルを用いた研究により、顕著な刺激に対する頭頂葉ニューロンの視覚応答が、顕著でない妨害刺激に対する視覚応答より弱くなることが示されている<ref><pubmed>16819520</pubmed></ref>。このように、一方が他方を弱めることができるということは、トップダウン注意とボトムアップ注意がある程度独立した2つの機構によって担われていることを示唆する。  
[[Image:Visual search.jpg|thumb|right|500px|図3. 視覚探索(visual search)課題<br />赤い丸を検出する。]]<br>&nbsp;選択的注意と密接に関係した実験課題に、視覚探索(visual search)課題がある(図3)<ref>Eriksen, C.W.<br>Partitioning and Saturation of Visual Displays and Efficiency of Visual Search. <br>Journal of Applied Psychology 39, 73-77:1955</ref>。Schallらは、ターゲット(ここでは赤い丸)に向かってサッカードするようにサルを訓練した。妨害刺激がすべてターゲットと異なる色である場合には、ボトムアップ的にターゲットに注意が捕捉される(図3A)。このとき、前頭眼野(frontal eye fields; FEF)のニューロンの多くは、受容野内に妨害刺激が呈示された場合に比べてターゲットが呈示された場合に強い視覚応答を示す<ref><pubmed>    8247155</pubmed></ref>。<br>&nbsp;一方で、図3Bのように色と形の二つの属性の組み合わせでターゲットが定義されている(conjunction search)場合、呈示された視覚刺激の一つ一つに対してトップダウン的に注意を向け、逐次的に処理をする必要がある。これをより効率的に行うには、一度処理した刺激に再び注意を向けないようにする必要があると考えられる。実際、ヒトやサルがそのような戦略をとっていることが心理実験で明らかにされているし<ref name="ref2" /><ref><pubmed>    19618485</pubmed></ref>、頭頂葉において一度処理された刺激に対する視覚応答が減弱することが示されている<ref><pubmed> 19812286</pubmed></ref>。この現象は、前述の復帰抑制(IOR)と深いかかわりがあると考えられる<ref>Klein, R.M., and MacInnes, W.J. <br>Inhibition of return is a foraging facilitator in visual search.<br>Psychological Science 10, 346-352:1999</ref>。<br>&nbsp;また、視覚探索課題を用いて、ボトムアップ注意とトップダウン注意の相互作用が調べられている。図3Cのように、一つだけ色の異なる、非常に目立った妨害刺激があると、ターゲットの検出が遅れる。これは、目立つ妨害刺激に対して否応なしに注意が捕捉されるためであると考えられる。しかし、顕著な刺激が常に妨害刺激であるということがあらかじめ分かっている状況では、その遅れが消失する<ref><pubmed>8008550</pubmed></ref>。このことは、トップダウンの構えによって、ボトムアップ的な注意捕捉を防ぐことができることを示しており、実際、サルを用いた研究により、顕著な刺激に対する頭頂葉ニューロンの視覚応答が、顕著でない妨害刺激に対する視覚応答より弱くなることが示されている<ref><pubmed>16819520</pubmed></ref>。このように、一方が他方を弱めることができるということは、トップダウン注意とボトムアップ注意がある程度独立した2つの機構によって担われていることを示唆する。  


[[Image:Corbetta.jpg|thumb|right|450px|図4. 注意に関連した大脳部位<br />背側系(青)と腹側系(オレンジ)の少なくとも2つに分かれていると考えられている。]]<br>&nbsp;では、トップダウン注意とボトムアップ注意は、脳のどこで処理されているのであろうか。Millerらは、訓練したサルの前頭葉(前頭眼野)と頭頂葉(LIP野)からニューロン活動を同時記録し、図3Bのようにトップダウン注意を要する場合では前頭葉が、図3Aのようにボトムアップ注意が働く場合では頭頂葉が、ターゲットの位置情報をより早く表現することを明らかにした<ref><pubmed>17395832</pubmed></ref>。また、fMRIを用いた研究によって、二つの注意に関わるネットワークが詳しく調べられている(図4)。トップダウン的にある位置に注意を向けるとき、前頭眼野を含む上前頭連合野と頭頂間溝周囲の上頭頂連合野の活動の上昇がほぼ両側性に認められる(図4、青色の部分)。空間以外の視覚属性に注意を向けている場合も同様に、背側前頭-頭頂連合野のネットワークが関与する<ref><pubmed>11994752</pubmed></ref>。予期しない、顕著な刺激によってボトムアップ的に注意が惹きつけられる際には、上述の背側ネットワークに加え、主として右半球の下前頭前皮質、下頭頂側頭境界部、左の帯状回前部と補足運動野の活動の上昇が認められる(図4、オレンジ色の部分)。このように、背側のネットワークはトップダウン的、ボトムアップ的な注意のいずれにも関与し、これらを統合することで行動に必要となる感覚情報の選択を行うのに対し、腹側のネットワークは背側のネットワークに干渉し、その情報処理にバイアスを加えていると考えられる。  
[[Image:Corbetta.jpg|thumb|right|450px|図4. 注意に関連した大脳部位<br />背側系(青)と腹側系(オレンジ)の少なくとも2つに分かれていると考えられている。<br />Neuron 58(3):306-24, 2008 より、許可を得て転載]]<br>&nbsp;では、トップダウン注意とボトムアップ注意は、脳のどこで処理されているのであろうか。Millerらは、訓練したサルの前頭葉(前頭眼野)と頭頂葉(LIP野)からニューロン活動を同時記録し、図3Bのようにトップダウン注意を要する場合では前頭葉が、図3Aのようにボトムアップ注意が働く場合では頭頂葉が、ターゲットの位置情報をより早く表現することを明らかにした<ref><pubmed>17395832</pubmed></ref>。また、fMRIを用いた研究によって、二つの注意に関わるネットワークが詳しく調べられている(図4)。トップダウン的にある位置に注意を向けるとき、前頭眼野を含む上前頭連合野と頭頂間溝周囲の上頭頂連合野の活動の上昇がほぼ両側性に認められる(図4、青色の部分)。空間以外の視覚属性に注意を向けている場合も同様に、背側前頭-頭頂連合野のネットワークが関与する<ref><pubmed>11994752</pubmed></ref>。予期しない、顕著な刺激によってボトムアップ的に注意が惹きつけられる際には、上述の背側ネットワークに加え、主として右半球の下前頭前皮質、下頭頂側頭境界部、左の帯状回前部と補足運動野の活動の上昇が認められる(図4、オレンジ色の部分)。このように、背側のネットワークはトップダウン的、ボトムアップ的な注意のいずれにも関与し、これらを統合することで行動に必要となる感覚情報の選択を行うのに対し、腹側のネットワークは背側のネットワークに干渉し、その情報処理にバイアスを加えていると考えられる。  


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