「空間知覚」の版間の差分

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[[image:空間知覚.jpg|thumb|400px|'''図.サルの脳の左半球外側面と内側面'''<br>PS:主溝, AS:上弓状溝, AI:下弓状溝, CS:中心溝, IPS:頭頂間溝, PO:頭頂後頭溝, LF:外側溝, LS:月状溝, STS:上側頭溝.  頭頂間溝と月状溝、上側頭溝、帯状溝は、広げて内側面を見えるようにしてある。文献<ref name=ref31>'''Murata, A. and H. Ishida'''<br>Representation of bodily self in the multimodal parieto-premotor network<br>in Representation and Brain, S. Funahashi, Editor. 2007, Springer. p. 151-176.</ref>より許諾転載]]
[[image:空間知覚.jpg|thumb|400px|'''図.サルの脳の空間知覚に関わる神経回路'''<br>PS:主溝, AS:上弓状溝, AI:下弓状溝, CS:中心溝, IPS:頭頂間溝, PO:頭頂後頭溝, LF:外側溝, LS:月状溝, STS:上側頭溝.  頭頂間溝と月状溝、上側頭溝、帯状溝は、広げて内側面を見えるようにしてある。文献<ref name=ref31>'''Murata, A. and H. Ishida'''<br>Representation of bodily self in the multimodal parieto-premotor network<br>in Representation and Brain, S. Funahashi, Editor. 2007, Springer. p. 151-176.</ref>より許諾転載]]




== 空間知覚とは==
== 空間知覚とは==
    
    
 空間知覚とは、[[視覚]]、[[聴覚]]、[[前庭覚]]、[[体性感覚]]、[[化学感覚]]([[嗅覚]])などほぼすべての感覚を動員して統合し、3次元的な外界空間を脳内で表現する過程である。動物種によって、使われる感覚種は異なるが、[[霊長類]]では主に視覚が使われる。脳内では、単一の空間のコピーが、単一の領域で表現されているわけではない。複数の領域によって異なる形で空間が表現されおり、いわば原点の異なる複数の空間[[座標系]]が並列処理されている<ref name=ref2><pubmed> 21415848</pubmed></ref>。また、静的な空間表現にとどまらず、動きの要素も含まれている。また、動物が運動することによって脳内で空間表現がぶれてしまう可能性がある。より安定した空間表現をするために、脳は運動の情報([[遠心性コピー]]・[[随伴発射]])から運動の結果を予測し、不必要な感覚情報を遮断する。さらに、脳内の空間表現のためには奥行き、位置、大きさ、傾き、構造、動きやその方向などの空間表現のための要素を知覚する必要があるが、これらは脳内で異なる領域で表現され、場合によっては階層的に処理され統合される。
 空間知覚とは、[[視覚]]、[[聴覚]]、[[前庭覚]]、[[体性感覚]]、[[化学感覚]]([[嗅覚]])などほぼすべての感覚を動員して統合し、3次元的な外界空間を脳内で表現する過程である。動物種によって、使われる感覚種は異なるが、[[霊長類]]では主に視覚が使われる。脳内では、単一の空間のコピーが、単一の領域で表現されているわけではない。複数の領域によって異なる形で空間が表現されおり、いわば原点の異なる複数の空間[[座標系]]が並列処理されている<ref name=ref2><pubmed> 21415848</pubmed></ref>。静的な空間表現にとどまらず、動きの知覚も含まれている。さらに、動物が運動することによって脳内で空間表現がぶれてしまう可能性がある。より安定した空間表現をするために、脳は運動の情報([[遠心性コピー]]・[[随伴発射]])から運動の結果を予測し、不必要な感覚情報を遮断する。さらに、脳内の空間表現のためには奥行き、位置、大きさ、傾き、構造、動きやその方向などの空間表現のための要素を知覚する必要があるが、これらは脳内で異なる領域で表現され、場合によっては階層的に処理され統合される。


== 二つの視覚経路==
== 二つの視覚経路==
 脳内では、[[網膜]]から[[一次視覚野]]を経由して[[視覚連合野]]に至る主に二つの平行した処理系がある。
 脳内では、[[網膜]]から[[一次視覚野]]を経由して[[視覚連合野]]に至る主に二つの平行した視覚処理系がある。


 一つは、[[頭頂連合野]]に至る[[背側視覚経路]]であり、もう一つは側頭連合野に至る[[腹側視覚経路]]である。この二つの経路は、網膜の[[神経節細胞]]の段階から時間,空間分解能や色に関する感受性が異なる二つの経路に分かれており、さらに一次視覚野(V1)から[[視覚前野]]では大きく異なる経路を経由する。背側経路に関しては、[[外側膝状体]]の[[大細胞層]]から、[[V1]]の4cα-4B層、さらに[[V2]]の太い縞、[[V3]]あるいは[[MT]]/[[MST]]、[[V6]]経由で、頭頂連合野へ視覚情報が伝達される(図)<ref name=ref3>'''Kandel ER, et al.,'''<br>eds. Principles of Neural Science. 5th ed. 2012, McGraw-Hill.</ref>。これらの結合は皮質においては双方向性である。一方、腹側経路は、外側膝状体の[[小細胞層]]から、V1の4cβ層、さらにV2の細い縞あるいは明るい縞を経由して、あるいは経由せずにV4へ投射し、TEO IT など側頭連合野へ至る。
 一つは、[[頭頂連合野]]に至る[[背側視覚経路]]であり、もう一つは側頭連合野に至る[[腹側視覚経路]]である。この二つの経路は、網膜の[[神経節細胞]]の段階から時間,空間分解能や色に関する感受性が異なる二つの経路に分かれており、さらに一次視覚野(V1)から[[視覚前野]]では大きく異なる経路を経由する。背側経路に関しては、[[外側膝状体]]の[[大細胞層]]から、[[V1]]の4cα-4B層、さらに[[V2]]の太い縞、[[V3]]あるいは[[MT]]/[[MST]]、[[V6]]経由で、頭頂連合野へ視覚情報が伝達される(図)<ref name=ref3>'''Kandel ER, et al.,'''<br>eds. Principles of Neural Science. 5th ed. 2012, McGraw-Hill.</ref>。これらの結合は皮質においては双方向性である。一方、腹側経路は、外側膝状体の[[小細胞層]]から、V1の4cβ層、さらにV2の細い縞あるいは明るい縞を経由して、あるいは経由せずにV4へ投射し、TEO IT など側頭連合野へ至る。
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== 脳内の空間表現 ==
== 脳内の空間表現 ==
===座標系===
===座標系===
脳内では、空間は[[座標系]]として表現されている。その座標表現は単一ではなく、以下の様な原点の異なる異なる複数の座標が、主に頭頂葉や運動前野など肢運動、眼球運動に関わる領野など複数の異なる脳領域に存在する。
脳内では、空間は[[座標系]]として表現されている。その座標表現は単一ではなく、以下の様な原点の異なる複数の座標が、主に頭頂葉や運動前野など肢運動、眼球運動に関わる領野など複数の脳領域に存在する。
====網膜中心座標系====
====網膜中心座標系====
   
   
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===奥行知覚・立体視===
===奥行知覚・立体視===
 立体的に視空間を知覚するためには、[[両眼視]]の手がかり([[両眼視差]]、[[輻輳角]])とともに単眼視の手がかり(線遠近、肌理の勾配、調節反射、キアロスクーロ、重なり、相対的大きさ、空気遠近法など)をもとに、網膜上に移った視覚像を3次元的に再現する。単眼視の手がかりは調節反射以外のものは、絵画的手がかりと呼ばれる。こうした[[立体視]]には、脳内のいくつかの領域が関わっており、例えば両眼視差に対してはV1、V2、V3、V3A、MT、MST等の視覚前野や頭頂連合野にある[[CIP]]、[[AIP]]などの背側経路にある領域にあることが知られている<ref name=ref15><pubmed>15710485</pubmed></ref> <ref name=ref16><pubmed>15707901</pubmed></ref>。また、腹側経路にも両眼視差に反応するニューロン活動が知られている<ref name=ref17><pubmed>10899190</pubmed></ref>。
 立体的に視空間を知覚するためには、[[両眼視]]の手がかり([[両眼視差]]、[[輻輳角]])とともに単眼視の手がかり(線遠近、肌理の勾配、調節反射、キアロスクーロ、重なり、相対的大きさ、空気遠近法など)をもとに、網膜上に移った視覚像を3次元的に再現する。単眼視の手がかりは調節反射以外のものは、絵画的手がかりと呼ばれる。こうした[[立体視]]には、脳内のいくつかの領域が関わっており、例えば両眼視差に影響を受けるニューロンは、V1、V2、V3、V3A、MT、MST等の視覚前野や頭頂連合野にある[[CIP]]、[[AIP]]などの背側経路にある領域にあることが知られている<ref name=ref15><pubmed>15710485</pubmed></ref> <ref name=ref16><pubmed>15707901</pubmed></ref>。また、腹側経路にも両眼視差に反応するニューロン活動が知られている<ref name=ref17><pubmed>10899190</pubmed></ref>。


===注視ニューロン===
===注視ニューロン===
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===傾きの選択性===
===傾きの選択性===
 視覚刺激の軸方向の傾きに関して、選択性のあるニューロンが視覚皮質や頭頂連合野で知られている。V1では、スリット状の視覚刺激の傾きに選択性を持つニューロンが、コラムを形成して整然と並んでいる([[方位コラム]])。また、頭頂間溝の後方のCIPやその周辺では、細長い物体の奥行き方向に選択性を持つニューロンが知られている<ref name=ref16 />。また、同じ領域では、面の奥行きのある傾きに選択性を持つニューロンも記録される<ref name=ref16 />。さらに、AIPでは面や軸を持った物体の傾きに選択性を示す視覚ニューロンが記録される<ref name=ref20><pubmed>10805659</pubmed></ref>。
 視覚刺激の軸方向の傾きに関して選択性のあるニューロンが、視覚皮質や頭頂連合野で知られている。V1では、スリット状の視覚刺激の傾きに選択性を持つニューロンが、コラムを形成して整然と並んでいる([[方位コラム]])。また、頭頂間溝の後方のCIPやその周辺では、細長い物体の奥行き方向に選択性を持つニューロンが知られている<ref name=ref16 />。また、同じ領域では、面の奥行きのある傾きに選択性を持つニューロンも記録される<ref name=ref16 />。さらに、AIPでは面や軸を持った物体の傾きに選択性を示す視覚ニューロンが記録される<ref name=ref20><pubmed>10805659</pubmed></ref>。


===運動視===
===運動視===
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===身体周辺空間===
===身体周辺空間===
 VIPやPFG、F4などで見つかる多種感覚ニューロンには、身体のある部分に体性感覚受容野を持ち、その受容野と近接した空間に視覚受容野を持つものがあり、身体部位を表現すると考えられる。この視覚の反応は、自己の身体の近接した空間に限られ、この自己の身体の一体となった空間を[[身体周辺空間]]([[ペリパーソナルスペース]] [[peri-personal space]])と呼ぶ。また、頭頂葉のPEaで見つかった同様の多種感覚ニューロンの視覚受容野は、道具を使った時に道具先端にまで拡大する現象が知られている<ref name=ref24><pubmed>8951846</pubmed></ref>。これは。道具の使用による[[身体図式]]ないし身体イメージの拡張に関わると考えられている。
 VIPやPFG、F4などで見つかる多種感覚ニューロンには、身体のある部分に体性感覚受容野を持ち、その受容野と近接した空間に視覚受容野を持つものがあり、身体部位やその周りの空間との関係を表現すると考えられる。この視覚の反応は、自己の身体の近接した空間に限られ、身体部位の動きと共に動く。この自己の身体と一体となった空間を[[身体周辺空間]]([[ペリパーソナルスペース]] [[peri-personal space]])と呼ぶ。また、頭頂葉のPEaで見つかった同様の多種感覚ニューロンの視覚受容野は、道具を使った時に道具先端にまで拡大する現象が知られている<ref name=ref24><pubmed>8951846</pubmed></ref>。これは。道具の使用による[[身体図式]]ないし身体イメージの拡張に関わると考えられている。


===視覚以外の感覚による空間知覚===
===視覚以外の感覚による空間知覚===
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===環境の中での場所の表現(第3の視覚経路)===
===環境の中での場所の表現(第3の視覚経路)===
 近年、頭頂葉から、[[内側側頭皮質]]に向かう経路をもう一つの空間情報処理の経路とする考え方が出てきている。この経路は後頭頂葉(Opt, PG)から直接あるいは、内側頭頂葉、[[後部帯状回皮質]]([[31]]野・[[23]]野)や[[脳梁膨大部後部領域]](29野・30野)を経由して、[[海馬]]や[[海馬傍回]]などの内側側頭葉に投射している<ref name=ref27><pubmed>19620622</pubmed></ref>。
 近年、頭頂葉から、[[内側側頭皮質]]に向かう経路をもう一つの空間情報処理の経路とする考え方が出てきている(図)。この経路は後頭頂葉(Opt, PG)から直接あるいは、内側頭頂葉、[[後部帯状回皮質]]([[31]]野・[[23]]野)や[[脳梁膨大部後部領域]](29野・30野)を経由して、[[海馬]]や[[海馬傍回]]などの内側側頭葉に投射している<ref name=ref27><pubmed>19620622</pubmed></ref>。


 [[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]でのこの経路の損傷は、地誌的[[見当識]]の障害となって現れる。また、サルでは、内側頭頂葉、後部帯状回皮質や脳梁膨大部後部領域ではオプティックフローや環境内の場所に選択的に反応するニューロンや、環境中心座標系の表現が知られている<ref name=ref2 /> <ref name=ref27 />。また、サルや[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]の内側側頭葉においても[[場所細胞]](place cell)という環境内のある場所で反応するニューロン活動が知られている([[空間記憶]]参照)。以上のことから、この経路は環境の中を移動するときに必要なナビゲーションの機能を持っていると考えられている<ref name=ref2 />。
 [[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]でのこの経路の損傷は、地誌的[[見当識]]の障害となって現れる。また、サルでは、内側頭頂葉、後部帯状回皮質や脳梁膨大部後部領域ではオプティックフローや環境内の場所に選択的に反応するニューロンや、環境中心座標系の表現が知られている<ref name=ref2 /> <ref name=ref27 />。また、サルや[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]の内側側頭葉においても[[場所細胞]](place cell)という環境内のある場所で反応するニューロン活動が知られている([[空間記憶]]参照)。以上のことから、この経路は環境の中を移動するときに必要なナビゲーションの機能を持っていると考えられている<ref name=ref2 />。
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