「符号化」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/memory-fmri 月浦 崇]</font><br>
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''京都大学 人間・環境学研究科 認知科学分野''<br>
''京都大学 人間・環境学研究科 認知科学分野''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年5月9日 原稿完成日:2013年2月3日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年5月9日 原稿完成日:2013年2月3日<br>
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 符号化とは、[[記憶]]の基本的過程のひとつであり、情報を取り込んで記憶情報として保持されるまでの「憶える」過程のことを指す。[[記銘]]とも呼ばれる。符号化はすべてのタイプの記憶に共通の過程であるが、顕在的な記銘([[意図的記銘]])と潜在的な記銘([[偶発的記銘]])とがある。これまでの[[認知神経科学]]的研究から、特に[[エピソード記憶]]の記銘には、[[側頭葉内側面]]、[[前頭前野]]、[[頭頂葉]]などの領域が関与していることが知られている。
 符号化とは、記憶の基本的過程のひとつであり、情報を取り込んで記憶情報として保持されるまでの「憶える」過程のことを指す。記銘とも呼ばれる。符号化はすべてのタイプの記憶に共通の過程であるが、顕在的な記銘(意図的記銘)と潜在的な記銘(偶発的記銘)とがある。これまでの認知神経科学的研究から、特にエピソード記憶の記銘には、側頭葉内側面、前頭前野、頭頂葉などの領域が関与していることが知られている。
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 符号化(または記銘)は記憶の心理過程のひとつである。記憶は大きく分けて記銘・[[保持]]・[[想起]]の3つの過程から構成されていると考えられており、記銘は情報を取り込んで記憶情報として保持されるまでの「憶える」過程を指している。記銘は顕在的(記銘する意図がある:意図的記銘)にも潜在的(記銘する意図がない:偶発的記銘)にも起こるが、日常場面での記銘は、テスト勉強などの特殊な場合を除き、偶発的記銘が多い。   
 符号化(または記銘)は記憶の心理過程のひとつである。記憶は大きく分けて記銘・[[保持]]・[[想起]]の3つの過程から構成されていると考えられており、記銘は情報を取り込んで記憶情報として保持されるまでの「憶える」過程を指している。記銘は顕在的(記銘する意図がある:意図的記銘)にも潜在的(記銘する意図がない:偶発的記銘)にも起こるが、日常場面での記銘は、テスト勉強などの特殊な場合を除き、偶発的記銘が多い。   


 これまでの実験心理学的研究では、意図的な記銘と偶発的な記銘とで異なった記憶成績が現れることが報告されている。たとえばEstesとPolitoの研究<ref><pubmed>6065833</pubmed></ref>では、意図的に記銘された場合と偶発的に記銘された場合とで記憶成績を比較し、[[再生]]で記憶が評価された場合には意図的に記銘された記憶の方が偶発的に記銘された記憶よりも成績が良かったが、[[再認]]で評価された場合には意図的な記銘と偶発的な記銘との間に成績の差はなかったことが示された。詳細な記憶をより正確に記憶するためには、意図的な記銘の方が重要なのかもしれない。   
 これまでの実験心理学的研究では、意図的な記銘と偶発的な記銘とで異なった記憶成績が現れることが報告されている。たとえばEstesとPolitoの研究<ref><[[pubmed]]>6065833</pubmed></ref>では、意図的に記銘された場合と偶発的に記銘された場合とで記憶成績を比較し、[[再生]]で記憶が評価された場合には意図的に記銘された記憶の方が偶発的に記銘された記憶よりも成績が良かったが、[[再認]]で評価された場合には意図的な記銘と偶発的な記銘との間に成績の差はなかったことが示された。詳細な記憶をより正確に記憶するためには、意図的な記銘の方が重要なのかもしれない。   


 また、どのような操作をして情報を記銘したかによって、エピソード記憶の想起成績に違いが生じることも知られている。記銘時の操作の代表的なもののひとつとして、「[[処理水準効果]]」(levels of processing effect)がある。たとえばCraikとTulvingの研究<ref>'''Craik, Tulving'''<br>Depth of processing and retention of words in episodic memory<br>''J Exp Psychol Gen'': 1975, 104; 268-94</ref>は、単語の形態的な処理、音韻的な処理、意味的な処理の3つの記銘方略を用いて単語を記銘した場合に、意味的な処理をして記銘した単語の記憶成績が最もよく、次いで音韻的記銘、そして形態的な処理をして単語を記銘した際の記憶成績が最も低下していたことを報告している。すなわち、単語の形態という表層的な処理をする場合は浅い処理であり、音韻的処理、意味的処理と進むにつれて、記銘する対象である単語に対してより処理が深くなり、その処理の深さが記憶の成績の向上と関連しているのである。他にも記銘時に行われた操作と記憶成績との関連については、さまざまな報告がなされている<ref>'''豊田弘司'''<br>長期記憶Ⅰ 情報の獲得<br>''認知心理学2 記憶'': 1995; 101-116</ref>。   
 また、どのような操作をして情報を記銘したかによって、エピソード記憶の想起成績に違いが生じることも知られている。記銘時の操作の代表的なもののひとつとして、「[[処理水準効果]]」(levels of processing effect)がある。たとえばCraikとTulvingの研究<ref>'''Craik, Tulving'''<br>Depth of processing and retention of words in episodic memory<br>''J Exp Psychol Gen'': 1975, 104; 268-94</ref>は、単語の形態的な処理、音韻的な処理、意味的な処理の3つの記銘方略を用いて単語を記銘した場合に、意味的な処理をして記銘した単語の記憶成績が最もよく、次いで音韻的記銘、そして形態的な処理をして単語を記銘した際の記憶成績が最も低下していたことを報告している。すなわち、単語の形態という表層的な処理をする場合は浅い処理であり、音韻的処理、意味的処理と進むにつれて、記銘する対象である単語に対してより処理が深くなり、その処理の深さが記憶の成績の向上と関連しているのである。他にも記銘時に行われた操作と記憶成績との関連については、さまざまな報告がなされている<ref>'''豊田弘司'''<br>長期記憶Ⅰ 情報の獲得<br>''認知心理学2 記憶'': 1995; 101-116</ref>。