「筋萎縮性側索硬化症」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/s_watanabe 渡邊 征爾]、[http://researchmap.jp/kojiyamanaka 山中 宏二]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/s_watanabe 渡邊 征爾]、[http://researchmap.jp/kojiyamanaka 山中 宏二]</font><br>
''名古屋大学 環境医学研究所 病態神経科学''<br>
''名古屋大学 環境医学研究所 病態神経科学''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2015年12月18日 原稿完成日:2015年月日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2015年12月18日 原稿完成日:2016年2月2日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](京都大学 大学院医学研究科)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](滋賀医科大学 医学部 神経内科)<br>
</div>
</div>


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 多くの[[wj:コホート研究|コホート研究]]での生存期間は、発症時から人工呼吸器装着時あるいは死亡時点までの期間とされている。海外の既報告では、孤発性ALSの生存期間中央値は、20-48ヶ月である。本邦での統計では、平均生存期間は約40ヶ月、中央値は31ヶ月であった。予後因子として、高齢発症、発症部位(呼吸障害、[[球麻痺]]で発症するケース)、低栄養は生存期間が短くなる予後不良因子としてほぼ確立している。このようなコホート研究や臨床治験においてよく用いられる重症度指標に、[[改訂ALS Functional Rating Scale]] (ALSFRS-R)がある(表1)。これは、言語、歩行、食事動作や嚥下、呼吸などの12項目の機能を点数化してその合計点数を数値化したものである(48点満点)<ref name=ref1 />。
 多くの[[wj:コホート研究|コホート研究]]での生存期間は、発症時から人工呼吸器装着時あるいは死亡時点までの期間とされている。海外の既報告では、孤発性ALSの生存期間中央値は、20-48ヶ月である。本邦での統計では、平均生存期間は約40ヶ月、中央値は31ヶ月であった。予後因子として、高齢発症、発症部位(呼吸障害、[[球麻痺]]で発症するケース)、低栄養は生存期間が短くなる予後不良因子としてほぼ確立している。このようなコホート研究や臨床治験においてよく用いられる重症度指標に、[[改訂ALS Functional Rating Scale]] (ALSFRS-R)がある(表1)。これは、言語、歩行、食事動作や嚥下、呼吸などの12項目の機能を点数化してその合計点数を数値化したものである(48点満点)<ref name=ref1 />。


 
{| class="wikitable"
 
|+ 表1.改訂ALS Functional Rating Scale (ALSFRS-R)
|-
| colspan="3" style="background-color:#f0fff0"| '''ALSFRS-R (ALS functional rating scale) ※48点満点'''
|-
| rowspan="5" style="background-color:#f0fff0" | 1. 言語
|4
|会話は正常
|-
|3
|会話障害が認められる
|-
|2
|繰り返し聞くと意味がわかる
|-
|1
|声以外の伝達手段と会話を併用
|-
|0
|実用的会話の喪失
|-
| rowspan="5" style="background-color:#f0fff0" | 2. 唾液分泌
|4
|正常
|-
|3
|口内の唾液はわずかだが、明らかに過剰(夜間はよだれが垂れることがある)
|-
|2
|中程度に過剰な唾液(わずかによだれが垂れることがある)
|-
|1
|顕著に過剰な唾液(よだれが垂れる)
|-
|0
|著しいよだれ(絶えずティッシュペーパーやハンカチを必要とする)
|-
| rowspan="5" style="background-color:#f0fff0" |3. 嚥下
|4
|正常な食事習慣
|-
|3
|初期の摂食障害(時に食物を喉に詰まらせる)
|-
|2
|食物の内容が変化(継続して食べられない)
|-
|1
|補助的なチューブ栄養を必要とする
|-
|0
|全面的に非経口性または腸管性栄養
|-
| rowspan="5" style="background-color:#f0fff0" |4. 書字
|4
|正常
|-
|3
|遅い、または書きなぐる(すべての単語が判読可能)
|-
|2
|一部の単語が判読不可能
|-
|1
|ペンは握れるが、字を書けない
|-
|0
|ペンが握れない
|-
| colspan="3" style="background-color:#f0fff0" | 5. 摂食動作: 胃瘻の設置の有無により、(1)(2)いずれかの一方で評価する
|-
| colspan="3" style="background-color:#f0fff0" | (1)(胃瘻なし)食事用具の使い方
|-
| rowspan="5" style="background-color:#f0fff0" |
|4
|正常
|-
|3
|いくぶん遅く、ぎこりないが、他人の助けを必要としない
|-
|2
|フォーク・スプーンは使えるが、箸は使えない
|-
|1
|食物は誰かに切ってもらわなければならないが、なんとかフォークまたはスプーンで食べることができる
|-
|0
|誰かに食べさせてもらわなければならない
|-
| colspan="3" style="background-color:#f0fff0" |(2)(胃瘻あり)指先の動作
|-
| rowspan="5" style="background-color:#f0fff0" |
|4
|正常
|-
|3
|ぎこちないがすべての指先の作業ができる
|-
|2
|ボタンやファスナーをとめるのにある程度手助けが必要
|-
|1
|介護者にわずかに面倒をかける(身の回りの動作に手助けが必要)
|-
|0
|まったく指先の動作ができない
|-
| rowspan="5" style="background-color:#f0fff0" |6. 着衣、身の回りの動作
|4
|障害なく正常に着る
|-
|3
|努力を要するが(あるいは効率が悪いが)独りで完全にできる
|-
|2
|時折、手助けまたは代わりの方法が必要
|-
|1
|身の回りの動作に手助けが必要
|-
|0
|全面的に他人に依存
|-
| rowspan="5" style="background-color:#f0fff0" |7. 寝床での動作
|4
|正常
|-
|3
|いくぶん遅く、ぎこちないが、他人の助けを必要としない
|-
|2
|独りで寝返ったり、寝具を整えられるが非常に苦労する
|-
|1
|寝返りを始めることはできるが、独りで寝返ったり、寝具を整えることができない
|-
|0
|自分ではどうすることもできない
|-
| rowspan="5" style="background-color:#f0fff0" |8. 歩行
|4
|正常
|-
|3
|やや歩行が困難
|-
|2
|補助歩行
|-
|1
|歩行は不可能
|-
|0
|脚を動かすことができない
|-
| rowspan="5" style="background-color:#f0fff0" |9. 階段をのぼる
|4
|正常
|-
|3
|遅い
|-
|2
|軽度に不安定、疲れやすい
|-
|1
|介助を要する
|-
|0
|のぼれない
|-
| colspan="3" style="background-color:#f0fff0" |呼吸(呼吸困難、起坐呼吸、呼吸不全の3項目を評価)
|-
| rowspan="5" style="background-color:#f0fff0" |10. 呼吸困難
|4
|なし
|-
|3
|歩行中に起こる
|-
|2
|日常動作(食事、入浴、着替え)のいずれかで起こる
|-
|1
|坐位あるいは臥床安静時のいずれかで起こる
|-
|0
|極めて困難で補助呼吸装置を考慮する
|-
| rowspan="5" style="background-color:#f0fff0" |11. 起坐呼吸
|4
|なし
|-
|3
|息切れのため夜間の睡眠がやや困難
|-
|2
|眠るのに支えとする枕が必要
|-
|1
|坐位でないと眠れない
|-
|0
|まったく眠ることができない
|-
| rowspan="5" style="background-color:#f0fff0" |12. 呼吸不全
|4
|なし
|-
|3
|間欠的に補助呼吸装置(BiPAPなど)が必要
|-
|2
|夜間に継続的に補助呼吸装置(BiPAPなど)が必要
|-
|1
|1日中(夜間、昼間とも)補助呼吸装置(BiPAPなど)が必要
|-
|0
|挿管または気管切開による人工呼吸が必要
|-
|}


===疫学===
===疫学===
65行目: 285行目:
|+表2.改訂El Escorial診断基準(抜粋、1998)<ref name=ref3><pubmed> 11464847 </pubmed></ref>
|+表2.改訂El Escorial診断基準(抜粋、1998)<ref name=ref3><pubmed> 11464847 </pubmed></ref>
|-
|-
|'''ALS診断における必須事項'''
| style="background-color:#f0fff0"|'''ALS診断における必須事項'''
|-
|A. 以下が必要<br>(A:1) 下位運動ニューロン症候が臨床所見、電気生理学的検査、神経病理学的検査で示される。<br>(A:2) 上位運動ニューロン症候が臨床所見で示される。<br>(A:3) 症状、症候が一領域内あるいは他の領域に進行性に広がることが、病歴あるいは所見から示される。
|-
|B. 以下が存在しない<br>(B:1) 上位、下位運動ニューロン症候を説明する他疾患を示す電気生理学的所見あるいは病理学的所見。<br>(B:2) 臨床所見、電気生理学的所見を説明する他疾患を示す神経画像所見。
|-
| style="background-color:#f0fff0"|'''診断グレード'''
|-
|-
|A. 以下が必要<br>(A:1)下位運動ニューロン症候が臨床所見、電気生理学的検査、神経病理学的検査で示される。<br>(A:2)上位運動ニューロン症候が臨床所見で示される。<br>(A:3)症状、症候が一領域内あるいは他の領域に進行性に広がることが、病歴あるいは所見から示される。
|身体を脳幹(脳神経)領域、頸髄領域、胸髄領域、腰仙髄領域の4種類に分ける。
|-
|-
|B. 以下が存在しない<br>(B:1)上位、下位運動ニューロン症候を説明する他疾患を示す電気生理学的所見あるいは病理学的所見。<br>(B:2)臨床所見、電気生理学的所見を説明する他疾患を示す神経画像所見。
|clinically definite ALS<br>臨床所見で3領域以上に上位および下位運動ニューロン症候を認める。
|-
|clinically probable ALS<br>臨床所見で2領域以上に上位および下位運動ニューロン症候を認め、上位運動ニューロン症候のある部位の一部が下位運動ニューロン症候のある部位よりも頸側にある。
|-
|clinically probable-laboratory-supported ALS<br>臨床所見で上位および下位運動ニューロン症候を1領域のみ、もしくは上位運動ニューロン症候のみを1領域に認め、かつ針筋電図で示された下位運動ニューロン症候を2領域以上で認める。
|-
|clinically possible ALS<br>臨床所見で上位および下位運動ニューロン症候を1領域のみ、もしくは上位運動ニューロン症候のみを2領域以上に認める。<br>下位運動ニューロン症候のある部位を上位運動ニューロン症候のある部位より頸側に認め、clinically probable-laboratory-supported ALSの基準を満たさないものを含む。<br>十分な除外診断を必要とする。
|-
|-
|}
|}
86行目: 318行目:
 個々の治療法について、米国神経学会(American Academy of Neurology: AAN)あるいは日本神経学会(JNS)のALS診療ガイドラインにおけるグレード分類(表3)を示す<ref name=ref007><pubmed>19822873</pubmed></ref>。
 個々の治療法について、米国神経学会(American Academy of Neurology: AAN)あるいは日本神経学会(JNS)のALS診療ガイドラインにおけるグレード分類(表3)を示す<ref name=ref007><pubmed>19822873</pubmed></ref>。


 
{| class="wikitable"
 
|+ 表3.米国神経学会(AAN)あるいは日本神経学会(JNS)のALS診療ガイドラインにおけるグレード分類<ref>'''Minds診療ガイドライン選定部会監修'''<br>Minds診療ガイドライン作成の手引き2007<br>''医学書院''</ref>
|-
| colspan="2"|'''AAN Level of Recommendations'''
|-
| Level A
| Established
|-
| Lebel B
| Probable
|-
| Level C
| Possible
|-
| Level U
| Data inadequate or conflicting
|-
| colspan="2"|'''日本神経学会診療ガイドライン:グレード分類'''
|-
|グレードA
|強い科学的根拠があり、行うよう強く勧められる
|-
|グレードB
|科学的根拠があり、行うよう勧められる
|-
|グレードC1
|科学的根拠はないが、行うよう勧められる
|-
|グレードC2
|科学的根拠がなく,行わないよう勧められる
|-
|グレードD
|無効性あるいは害を示す科学的根拠があり、行わないよう勧められる
|-
|}


===薬物療法===
===薬物療法===
104行目: 369行目:


==病理所見==
==病理所見==
[[image:脳科学辞典Fig1 (ALS).jpg|thumb|300px|'''図1.孤発性ALSにおけるTDP-43陽性封入体'''<br>孤発性ALS腰髄におけるTDP-43陽性の円形封入体(矢印)、スケイン様封入体(*)。TDP-43抗体による免疫組織染色<br>漆谷 真先生(京都大学)提供]]
[[image:脳科学辞典Fig2 (ALS).jpg|thumb|300px|'''図2.Bunina小体'''<br>孤発性ALS前角におけるBunina小体(矢印)。HE染色、200倍<br>故 中野今治先生(元自治医科大学)提供]]
 大脳皮質の上位運動ニューロンおよび脊髄の下位運動ニューロンに選択的な変性と脱落を認める。特に脊髄では、下位運動ニューロンの変性に伴って、[[髄鞘]]の崩壊や反応性[[グリオーシス]]の亢進が顕著である。また、下位運動ニューロン[[軸索]]近位には[[ニューロフィラメント]]が蓄積して腫大した[[スフェロイド]]が認められる。通常、[[大脳]]の萎縮は認められないが、一部のALS症例で[[中心前回]]、特に錯体路の萎縮を認めるほか、FTLDを伴うALSでは[[側頭葉]]を中心とした萎縮が見られる<ref name=ref1 />。
 大脳皮質の上位運動ニューロンおよび脊髄の下位運動ニューロンに選択的な変性と脱落を認める。特に脊髄では、下位運動ニューロンの変性に伴って、[[髄鞘]]の崩壊や反応性[[グリオーシス]]の亢進が顕著である。また、下位運動ニューロン[[軸索]]近位には[[ニューロフィラメント]]が蓄積して腫大した[[スフェロイド]]が認められる。通常、[[大脳]]の萎縮は認められないが、一部のALS症例で[[中心前回]]、特に錯体路の萎縮を認めるほか、FTLDを伴うALSでは[[側頭葉]]を中心とした萎縮が見られる<ref name=ref1 />。


===TDP-43陽性封入体===
===TDP-43陽性封入体===
[[image:脳科学辞典Fig1 (ALS).jpg|thumb|350px|'''図1.孤発性ALSにおけるTDP-43陽性封入体'''<br>孤発性ALS腰髄におけるTDP-43陽性の円形封入体(矢印)、スケイン様封入体(*).TDP-43抗体による免疫組織染色<br>漆谷 真先生(京都大学)提供]]
 これまで、FTLDは病理学的に[[タウ]]の蓄積を認めるもの([[FTLD-tau]])と、[[ユビキチン]]陽性、タウ陰性封入体を伴うもの([[FTLD-U]])の2群に分類されてきた。2006年、Araiら<ref><pubmed>17084815</pubmed></ref>、およびNeumannら<ref><pubmed> 17023659 </pubmed></ref>は、FTLD-UとALSに共通して認められるユビキチン陽性・タウ陰性の[[封入体]]の主要構成タンパク質としてTDP-43(TAR DNA binding protein 43)を同定した。この発見により、FTLDとALSがTDP-43の異常化を伴って神経変性を生じるという共通した疾患機序に基づくことが明らかとなった。
 これまで、FTLDは病理学的に[[タウ]]の蓄積を認めるもの([[FTLD-tau]])と、[[ユビキチン]]陽性、タウ陰性封入体を伴うもの([[FTLD-U]])の2群に分類されてきた。2006年、Araiら<ref><pubmed>17084815</pubmed></ref>、およびNeumannら<ref><pubmed> 17023659 </pubmed></ref>は、FTLD-UとALSに共通して認められるユビキチン陽性・タウ陰性の[[封入体]]の主要構成タンパク質としてTDP-43(TAR DNA binding protein 43)を同定した。この発見により、FTLDとALSがTDP-43の異常化を伴って神経変性を生じるという共通した疾患機序に基づくことが明らかとなった。


114行目: 380行目:


===ブニナ小体===
===ブニナ小体===
[[image:脳科学辞典Fig2 (ALS).jpg|thumb|350px|'''図2.Bunina小体'''<br>孤発性ALS前角におけるBunina小体(矢印).HE染色、200倍<br>故 中野今治先生(元自治医科大学)提供]]
 [[ブニナ小体]]とは残存運動ニューロンの細胞質に存在する好酸性の微小な円形封入体(図2)で、1962年にBuninaによって初めて報告された。通常、ブニナ小体は孤発性ALSの特徴として認められるが、TDP-43変異を有する遺伝性ALSでも高頻度に出現する。シスタチンC、トランスフェリン、およびペリフェリンに対する[[免疫]]組織染色で陽性を示すことから、これらのタンパク質が構成因子であると考えられているが、現在までのところALSの病態におけるブニナ小体の意義は不明である<ref><pubmed> 18069968 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21241994 </pubmed></ref>。
 [[ブニナ小体]]とは残存運動ニューロンの細胞質に存在する好酸性の微小な円形封入体(図2)で、1962年にBuninaによって初めて報告された。通常、ブニナ小体は孤発性ALSの特徴として認められるが、TDP-43変異を有する遺伝性ALSでも高頻度に出現する。シスタチンC、トランスフェリン、およびペリフェリンに対する[[免疫]]組織染色で陽性を示すことから、これらのタンパク質が構成因子であると考えられているが、現在までのところALSの病態におけるブニナ小体の意義は不明である<ref><pubmed> 18069968 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21241994 </pubmed></ref>。


123行目: 387行目:


===家族性ALSの原因遺伝子===
===家族性ALSの原因遺伝子===
 現在までに約20種類あまりの遺伝子が家族性ALSの原因遺伝子として同定されている(表4)。本邦で頻度の高い遺伝子異常として、''SOD1''(家族性ALSの約20%)、[[''FUS'']]/[[''TLS'']] (約1−5%)、[[''TARDBP'']] (TDP-43: 約1%)が知られる。[[''C9orf72'']]変異によるFTLDを伴うALS([[FTLD-ALS]])の頻度は、人種、地域によってかなり異なる。欧米では家族性ALSの約30-50%を占め、家族性ALSの原因として最も頻度が高いが、日本を含む東アジアでは極めて少ない。代表的な遺伝子を以下に概説する。
 現在までに約20種類あまりの遺伝子が家族性ALSの原因遺伝子として同定されている(表4)。本邦で頻度の高い遺伝子異常として、''SOD1''(家族性ALSの約20%)、''[[FUS]]''/''[[TLS]]'' (約1−5%)、''[[TARDBP]]'' (TDP-43: 約1%)が知られる。''[[C9orf72]]''変異によるFTLDを伴うALS([[FTLD-ALS]])の頻度は、人種、地域によってかなり異なる。欧米では家族性ALSの約30-50%を占め、家族性ALSの原因として最も頻度が高いが、日本を含む東アジアでは極めて少ない。代表的な遺伝子を以下に概説する。


{| class="wikitable"
{| class="wikitable"
140行目: 404行目:
| [[ALS4]]||9q34||[[センタキシン]] ([[sentaxin]], [[SETX]])||AD
| [[ALS4]]||9q34||[[センタキシン]] ([[sentaxin]], [[SETX]])||AD
|-
|-
| [[ALS5]]||15q15-21||||AD
| [[ALS5]]||15q15-21||[[スパタクシン]] ([[Spatacsin]], [[SPG11]])||AR
|-
|-
| [[ALS6]]||16q11.2||[[Fused in salcoma/translocated in liposarcoma]] ([[FUS]]/[[TLS]])||AD
| [[ALS6]]||16q11.2||[[Fused in salcoma/translocated in liposarcoma]] ([[FUS]]/[[TLS]])||AD
168行目: 432行目:
| [[ALS18]]||17p13.3||[[プロフィリン1]] ([[PFN1]])||AD
| [[ALS18]]||17p13.3||[[プロフィリン1]] ([[PFN1]])||AD
|-
|-
| [[ALS19]]||2q33.3-34||[[ERBB4]]||AD
| [[ALS19]]||2q33.3-34||''[[ERBB4]]''||AD
|-
|-
| [[ALS20]]||12q13.13||[[ヘテロ核リボヌクレオタンパク質]] ([[ヘテロ核リボヌクレオタンパク質|Heterogenous nuclear ribonucleotide protein A1]], [[HNRNPA1]])||AD
| [[ALS20]]||12q13.13||[[ヘテロ核リボヌクレオタンパク質]] ([[ヘテロ核リボヌクレオタンパク質|Heterogenous nuclear ribonucleotide protein A1]], [[HNRNPA1]])||AD
176行目: 440行目:
| [[ALS22]]||2q35||[[チューブリン|チューブリンα-4A]] ([[チューブリン|TUBA4A]])||AD
| [[ALS22]]||2q35||[[チューブリン|チューブリンα-4A]] ([[チューブリン|TUBA4A]])||AD
|-
|-
| [[FTLD-ALS1]]||9p21.2||[[C9orf72]]||AD
| [[FTD-ALS1]]||9p21.2||[[C9orf72]]||AD
|-
|-
| [[FTLD-ALS2]]||22q11.23||[[CHCHD10]]||AD
| [[FTD-ALS2]]||22q11.23||[[CHCHD10]]||AD
|-
|-
| [[FTLD-ALS3]]||5q35.3||[[SQSTM1]] ([[p62]])||AD
| [[FTD-ALS3]]||5q35.3||[[SQSTM1]] ([[p62]])||AD
|-
|-
| [[FTLD-ALS4]]||12q14.2||[[TBK1]]||AD
| [[FTD-ALS4]]||12q14.2||[[TBK1]]||AD
|-
|-
| ||2q13.1||[[ダイナクチン1]] (DCTN1)||AD
| ||2q13.1||[[ダイナクチン1]] (DCTN1)||AD
208行目: 472行目:


====その他====
====その他====
 上記の遺伝子のほかに、[[オプチニューリン]] (''OPTN'')や[[''ErbB4'']]遺伝子変異を有する家族性ALSが本邦で発見、報告されている。
 上記の遺伝子のほかに、[[オプチニューリン]] (''OPTN'')や''[[ERBB4]]''遺伝子変異を有する家族性ALSが本邦で発見、報告されている。


===ALSの動物モデル===
===ALSの動物モデル===
215行目: 479行目:
==神経細胞内の分子病態==
==神経細胞内の分子病態==
===興奮毒性===
===興奮毒性===
 上位と下位の運動神経間のシグナル伝達はグルタミン酸を[[神経伝達物質]]<u>(編集部コメント:アセチルコリンだと思います。)</u>として用いるが、過剰のグルタミン酸は[[カルシウムイオン]]の細胞内への過剰な流入を引き起こして、有害であることが知られている。ALS患者の脊髄やSOD1tgマウスでは、[[シナプス]]間隙におけるグルタミン酸の回収を担う、[[アストロサイト]]の[[グルタミン酸トランスポーター]][[GLT1]]/[[EAAT2]]の発現が低下しており、グルタミン酸回収量が低下している。また、孤発性ALSにおいて、運動神経の[[グルタミン酸受容体]]である、[[AMPA型グルタミン酸受容体]]が[[RNA編集]]の異常に伴ってカルシウムイオン易透過性になっていることも明らかにされた<ref><pubmed> 24355598 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14985749 </pubmed></ref>。これらの異常により、運動神経への過剰なカルシウムイオンの流入が生じ、運動神経の変性を引き起こすものと考えられている。
 上位と下位の運動神経間のシグナル伝達はグルタミン酸を[[神経伝達物質]]として用いるが、過剰のグルタミン酸は[[カルシウムイオン]]の細胞内への過剰な流入を引き起こして、有害であることが知られている。ALS患者の脊髄やSOD1tgマウスでは、[[シナプス]]間隙におけるグルタミン酸の回収を担う、[[アストロサイト]]の[[グルタミン酸トランスポーター]][[GLT1]]/[[EAAT2]]の発現が低下しており、グルタミン酸回収量が低下している。また、孤発性ALSにおいて、運動神経の[[グルタミン酸受容体]]である、[[AMPA型グルタミン酸受容体]]が[[RNA編集]]の異常に伴ってカルシウムイオン易透過性になっていることも明らかにされた<ref><pubmed> 24355598 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14985749 </pubmed></ref>。これらの異常により、運動神経への過剰なカルシウムイオンの流入が生じ、運動神経の変性を引き起こすものと考えられている。


 最近の研究で、カルシウムイオン依存性の[[タンパク質分解酵素]]である[[カルパイン]]がTDP-43の異常断片化と易凝集化に関与していることが報告されたことも、興奮毒性の機序がALSにおける運動神経変性に深く関与していることを示唆している<ref><pubmed> 23250437 </pubmed></ref>。また、ALSの治療薬リルゾールは、主としてグルタミン酸受容体に対する拮抗阻害効果を通じて、この興奮毒性を緩和することが作用機序であると考えられている。
 最近の研究で、カルシウムイオン依存性の[[タンパク質分解酵素]]である[[カルパイン]]がTDP-43の異常断片化と易凝集化に関与していることが報告されたことも、興奮毒性の機序がALSにおける運動神経変性に深く関与していることを示唆している<ref><pubmed> 23250437 </pubmed></ref>。また、ALSの治療薬リルゾールは、主としてグルタミン酸受容体に対する拮抗阻害効果を通じて、この興奮毒性を緩和することが作用機序であると考えられている。

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