「筋萎縮性側索硬化症」の版間の差分

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==歴史==
==歴史==
 筋萎縮性側索硬化症(ALS)はフランスの神経内科医、病理学者である[[wj:ジャン=マルタン・シャルコー|ジャン=マルタン・シャルコー]] (Jean-Martin Charcot) (1825-1893)と同僚の Alex Joffroyにより、独立した疾患として初めて記述された(1869)。さらに、アメリカ大リーグの野球選手[[wj:ルー・ゲーリッグ|ルー・ゲーリッグ]] (Lou Gehrig) (1903-1941) がALSのため引退したことから、本疾患は一般に広く知られるようになった。
 筋萎縮性側索硬化症(ALS)はフランスの神経内科医、病理学者である[[wj:ジャン=マルタン・シャルコー|ジャン=マルタン・シャルコー]] (Jean-Martin Charcot) (1825-1893)と同僚の Alex Joffroyにより、独立した疾患として初めて記述された<ref>'''Jean-Martin Charcot, A Joffroy'''<br>Deux cas d'atrophie musculaire progressive : avec lésions de la substance grise et des faisceaux antéro-latéraux de la moelle épinière<br>''V. Masson'', P. 355-367, 630-649, 745-760, 1869</ref>。さらに、アメリカ大リーグの野球選手[[wj:ルー・ゲーリッグ|ルー・ゲーリッグ]] (Lou Gehrig) (1903-1941) がALSのため引退したことから、本疾患は一般に広く知られるようになった。


==臨床症状・疫学==
==臨床症状・疫学==
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 ALSの約15-30%に性格変化、[[言語障害]]、[[認知症]]を示す[[前頭側頭葉変性症]](Frontotemporal Lobar Degeneration: FTLD)を合併するものがある。ALSとFTLDの一群において共通して蓄積する[[TDP-43]]タンパク質の発見を機に、臨床的、病理学的にもALSと[[FTLD-TDP]](TDP-43の蓄積を特徴とするFTLDの一群)は一連の連続する疾患群であるという考え方が定着している。
 ALSの約15-30%に性格変化、[[言語障害]]、[[認知症]]を示す[[前頭側頭葉変性症]](Frontotemporal Lobar Degeneration: FTLD)を合併するものがある。ALSとFTLDの一群において共通して蓄積する[[TDP-43]]タンパク質の発見を機に、臨床的、病理学的にもALSと[[FTLD-TDP]](TDP-43の蓄積を特徴とするFTLDの一群)は一連の連続する疾患群であるという考え方が定着している。


 ALSの亜型として下位運動ニューロンのみが障害され、筋萎縮が両上肢に限局するもの(Flail arm型)や上位運動ニューロンのみが障害される[[原発性側索硬化症]]と呼ばれるものがあり、これらの亜型は典型的ALSと比べて症状の進行が緩やかである[1], [2]
 ALSの亜型として下位運動ニューロンのみが障害され、筋萎縮が両上肢に限局するもの(Flail arm型)や上位運動ニューロンのみが障害される[[原発性側索硬化症]]と呼ばれるものがあり、これらの亜型は典型的ALSと比べて症状の進行が緩やかである<ref name=ref1>'''祖父江 元(専門編集) 辻 省次(総編集)'''<br>すべてがわかるALS(筋萎縮性側索硬化症)・運動ニューロン疾患(アクチュアル脳・神経疾患の臨床)<br>''中山書店'', 2013 ISBN 978-4-521-73443-9</ref><ref name=ref2>'''日本神経学会 監修'''<br>筋萎縮性側索硬化症 診療ガイドライン 2013<br>''南江堂'', 2013 ISBN 978-4-524-26646-3</ref>


===臨床経過・生命予後===
===臨床経過・生命予後===
 多くの[[wj:コホート研究|コホート研究]]での生存期間は、発症時から人工呼吸器装着時あるいは死亡時点までの期間とされている。海外の既報告では、孤発性ALSの生存期間中央値は、20-48ヶ月である。本邦での統計では、平均生存期間は約40ヶ月、中央値は31ヶ月であった。予後因子として、高齢発症、発症部位(呼吸障害、球麻痺で発症するケース)、低栄養は生存期間が短くなる予後不良因子としてほぼ確立している。このようなコホート研究や臨床治験においてよく用いられる重症度指標に、[[改訂ALS Functional Rating Scale]] (ALSFRS-R)がある。これは、言語、歩行、食事動作や嚥下、呼吸などの12項目の機能を点数化してその合計点数を数値化したものである(48点満点)[1]
 多くの[[wj:コホート研究|コホート研究]]での生存期間は、発症時から人工呼吸器装着時あるいは死亡時点までの期間とされている。海外の既報告では、孤発性ALSの生存期間中央値は、20-48ヶ月である。本邦での統計では、平均生存期間は約40ヶ月、中央値は31ヶ月であった。予後因子として、高齢発症、発症部位(呼吸障害、[[球麻痺]]で発症するケース)、低栄養は生存期間が短くなる予後不良因子としてほぼ確立している。このようなコホート研究や臨床治験においてよく用いられる重症度指標に、[[改訂ALS Functional Rating Scale]] (ALSFRS-R)がある。これは、言語、歩行、食事動作や嚥下、呼吸などの12項目の機能を点数化してその合計点数を数値化したものである(48点満点)<ref name=ref1 />


===疫学===
===疫学===
 本邦では、特定疾患に指定されている難病であり、2013年度の受給者数(約9200人)および他の統計よりALSの有病率は7−10人/10万人と推察されている[1], [2]。また発症率は、約2人/10万人/年である。
 本邦では、特定疾患に指定されている難病であり、2013年度の受給者数(約9200人)および他の統計よりALSの有病率は7−10人/10万人と推察されている<ref name=ref1 /><ref name=ref2 />。また発症率は、約2人/10万人/年である。


 世界的に、ALSの有病率はほぼ均一であるが、例外的に発症率が高い地域が、[[wj:紀伊半島|紀伊半島]]([[wj:三重県|三重県]]南部・[[wj:和歌山県|和歌山県]])である。以前は[[wj:グアム島|グアム島]]においても発症率が高かったが、現在ではほぼ世界平均水準となっている。50歳未満での発症は少なく、60−70歳代にかけて最も多く発症する。やや男性に多く発症し、男性患者は女性の1.3−1.4倍である。発症のリスク因子として[[喫煙]]、[[頭部外傷]]やスポーツの関与について報告があるが、その結論は一定していない。
 世界的に、ALSの有病率はほぼ均一であるが、例外的に発症率が高い地域が、[[wj:紀伊半島|紀伊半島]]([[wj:三重県|三重県]]南部・[[wj:和歌山県|和歌山県]])である。以前は[[wj:グアム島|グアム島]]においても発症率が高かったが、現在ではほぼ世界平均水準となっている。50歳未満での発症は少なく、60−70歳代にかけて最も多く発症する。やや男性に多く発症し、男性患者は女性の1.3−1.4倍である。発症のリスク因子として[[喫煙]]、[[頭部外傷]]やスポーツの関与について報告があるが、その結論は一定していない。
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{| class="wikitable"
{| class="wikitable"
|+表1.改訂El Escorial診断基準(1998)[3]
|+表1.改訂El Escorial診断基準(1998)<ref><pubmed> 11464847 </pubmed></ref>
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|'''ALS診断における必須事項'''
|'''ALS診断における必須事項'''
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 特に、電気生理学的検査は重要であり、神経伝導検査により、[[脱髄性ニューロパチー]]や[[感覚神経障害]]を来す他の[[末梢神経]]疾患を除外することができる。ALSの神経伝導検査では、運動神経における[[複合筋活動電位]] (compound muscle action potential)の振幅低下が主な所見であり、[[伝導遅延]]や[[伝導ブロック]]は認めない。また感覚神経伝導は正常である。[[針筋電図]]では、脱神経所見(神経変性により[[骨格筋]]が運動神経による支配を受けなくなる状態)を検出する。具体的には、[[線維束性収縮電位]] (fasciculation potentials)、[[線維自発電位]] (fibrillation potentials)、[[陽性棘波]] (positive sharp wave)と呼ばれる筋線維の自発的放電など脱神経早期の現象を反映した所見がみられる。また,慢性脱神経所見として、運動単位の振幅増大、運動単位発射頻度の増加など、脱神経が進行して、少ない運動神経でより多くの筋線維を支配する現象を反映した所見がみられる。
 特に、電気生理学的検査は重要であり、神経伝導検査により、[[脱髄性ニューロパチー]]や[[感覚神経障害]]を来す他の[[末梢神経]]疾患を除外することができる。ALSの神経伝導検査では、運動神経における[[複合筋活動電位]] (compound muscle action potential)の振幅低下が主な所見であり、[[伝導遅延]]や[[伝導ブロック]]は認めない。また感覚神経伝導は正常である。[[針筋電図]]では、脱神経所見(神経変性により[[骨格筋]]が運動神経による支配を受けなくなる状態)を検出する。具体的には、[[線維束性収縮電位]] (fasciculation potentials)、[[線維自発電位]] (fibrillation potentials)、[[陽性棘波]] (positive sharp wave)と呼ばれる筋線維の自発的放電など脱神経早期の現象を反映した所見がみられる。また,慢性脱神経所見として、運動単位の振幅増大、運動単位発射頻度の増加など、脱神経が進行して、少ない運動神経でより多くの筋線維を支配する現象を反映した所見がみられる。


 また、[[MRI]]などの[[神経画像検査]]により、筋力低下を来す脳、脊髄疾患の鑑別を行う。ALSにおいては、[[T2強調画像]]において[[錐体路]]の高信号化の所見がみられることがある。血液・髄液検査では、ALSにおいて特徴的な異常所見はなく、他疾患の鑑別のために行われる[1], [2]
 また、[[MRI]]などの[[神経画像検査]]により、筋力低下を来す脳、脊髄疾患の鑑別を行う。ALSにおいては、[[T2強調画像]]において[[錐体路]]の高信号化の所見がみられることがある。血液・髄液検査では、ALSにおいて特徴的な異常所見はなく、他疾患の鑑別のために行われる<ref name=ref1 /><ref name=ref2 />


===鑑別診断===
===鑑別診断===
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 [[リルゾール]](商品名:リルテック)が長年ALS治療薬として使用されてきた。リルゾールは、[[グルタミン酸]]による[[興奮神経毒性]]を抑制することで運動神経保護作用を発揮すると考えられている。これまでに行われた臨床治験からは、生存期間を平均2-3ヶ月延長する効果があることが知られている。
 [[リルゾール]](商品名:リルテック)が長年ALS治療薬として使用されてきた。リルゾールは、[[グルタミン酸]]による[[興奮神経毒性]]を抑制することで運動神経保護作用を発揮すると考えられている。これまでに行われた臨床治験からは、生存期間を平均2-3ヶ月延長する効果があることが知られている。


 2015年より本邦においては、[[エダラボン]](商品名:ラジカット)の点滴投与が発症早期のALSに対して保険適用となった。エダラボンは、[[酸化ストレス]]の軽減を通じた神経保護剤として[[脳梗塞]]急性期において使用されているが、早期ALS患者に限定した比較試験で、臨床症状の進行を遅らせる効果が認められた[4]
 2015年より本邦においては、[[エダラボン]](商品名:ラジカット)の点滴投与が発症早期のALSに対して保険適用となった。エダラボンは、[[酸化ストレス]]の軽減を通じた神経保護剤として[[脳梗塞]]急性期において使用されているが、早期ALS患者に限定した比較試験で、臨床症状の進行を遅らせる効果が認められた<ref name=ref4><pubmed> 25286015 </pubmed></ref>


===栄養・理学療法===
===栄養・理学療法===
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==病理所見==
==病理所見==
 大脳皮質の上位運動ニューロンおよび脊髄の下位運動ニューロンに選択的な変性と脱落を認める。特に脊髄では、下位運動ニューロンの変性に伴って、[[髄鞘]]の崩壊や反応性[[グリオーシス]]の亢進が顕著である。また、下位運動ニューロン[[軸索]]近位には[[ニューロフィラメント]]が蓄積して腫大した[[スフェロイド]]が認められる。通常、[[大脳]]の萎縮は認められないが、一部のALS症例で[[中心前回]]、特に錯体路の萎縮を認めるほか、FTLDを伴うALSでは[[側頭葉]]を中心とした萎縮が見られる[1]
 大脳皮質の上位運動ニューロンおよび脊髄の下位運動ニューロンに選択的な変性と脱落を認める。特に脊髄では、下位運動ニューロンの変性に伴って、[[髄鞘]]の崩壊や反応性[[グリオーシス]]の亢進が顕著である。また、下位運動ニューロン[[軸索]]近位には[[ニューロフィラメント]]が蓄積して腫大した[[スフェロイド]]が認められる。通常、[[大脳]]の萎縮は認められないが、一部のALS症例で[[中心前回]]、特に錯体路の萎縮を認めるほか、FTLDを伴うALSでは[[側頭葉]]を中心とした萎縮が見られる<ref name=ref1 />


===TDP-43陽性封入体===
===TDP-43陽性封入体===
 これまで、FTLDは病理学的に[[タウ]]の蓄積を認めるもの([[FTLD-tau]])と、[[ユビキチン]]陽性、タウ陰性封入体を伴うもの([[FTLD-U]])の2群に分類されてきた。2006年、Araiら[5]、およびNeumannら[6]は、FTLD-UとALSに共通して認められるユビキチン陽性・タウ陰性の[[封入体]]の主要構成タンパク質としてTDP-43(TAR DNA binding protein 43)を同定した。この発見により、FTLDとALSがTDP-43の異常化を伴って神経変性を生じるという共通した疾患機序に基づくことが明らかとなった。
 これまで、FTLDは病理学的に[[タウ]]の蓄積を認めるもの([[FTLD-tau]])と、[[ユビキチン]]陽性、タウ陰性封入体を伴うもの([[FTLD-U]])の2群に分類されてきた。2006年、Araiら<ref><pubmed>17084815</pubmed></ref>、およびNeumannら<ref><pubmed> 17023659 </pubmed></ref>は、FTLD-UとALSに共通して認められるユビキチン陽性・タウ陰性の[[封入体]]の主要構成タンパク質としてTDP-43(TAR DNA binding protein 43)を同定した。この発見により、FTLDとALSがTDP-43の異常化を伴って神経変性を生じるという共通した疾患機序に基づくことが明らかとなった。


 ALSやFTLDにおけるTDP-43陽性封入体は、[[アルツハイマー病]]におけるタウやパーキンソン病における[[α-シヌクレイン]]と同様、線維構造をとった異常構造物として[[スケイン様封入体]] (skein-like inclusion)、[[円形封入体]]、または[[グリア細胞]]内封入体として観察され、[[SOD1]]変異による家族性ALSを除いた、ほぼ全てのALSにおいて共通して見られることから、ALSの病態に深く関与していることが考えられる。生化学的解析から、病巣に蓄積したTDP-43は一部がC末端側で断片化しており、更に強い[[リン酸化]]を受けていることが判明している。[[培養細胞]]を用いた複数の研究から、TDP-43のC末端側断片はTDP-43凝集の核となることが示唆されているが、ALS患者の病巣から複数の断片が検出されることを根拠として凝集が先に生じる可能性も指摘されており、TDP-43陽性封入体の形成機序はALSの重要な研究課題となっている[7]
 ALSやFTLDにおけるTDP-43陽性封入体は、[[アルツハイマー病]]におけるタウやパーキンソン病における[[α-シヌクレイン]]と同様、線維構造をとった異常構造物として[[スケイン様封入体]] (skein-like inclusion)、[[円形封入体]]、または[[グリア細胞]]内封入体として観察され、[[SOD1]]変異による家族性ALSを除いた、ほぼ全てのALSにおいて共通して見られることから、ALSの病態に深く関与していることが考えられる。生化学的解析から、病巣に蓄積したTDP-43は一部がC末端側で断片化しており、更に強い[[リン酸化]]を受けていることが判明している。[[培養細胞]]を用いた複数の研究から、TDP-43のC末端側断片はTDP-43凝集の核となることが示唆されているが、ALS患者の病巣から複数の断片が検出されることを根拠として凝集が先に生じる可能性も指摘されており、TDP-43陽性封入体の形成機序はALSの重要な研究課題となっている<ref><pubmed> 20102522 </pubmed></ref>


===ブニナ小体===
===ブニナ小体===
 [[ブニナ小体]]とは残存運動ニューロンの細胞質に存在する好酸性の微小な円形封入体で、孤発性ALSに特異的である。1962年にBuninaによって初めて報告された。シスタチンC、トランスフェリン、およびペリフェリンに対する[[免疫]]組織染色で陽性を示すことから、これらのタンパク質が構成因子であると考えられているが、現在までのところALSの病態における意義は不明である[8], [9]
 [[ブニナ小体]]とは残存運動ニューロンの細胞質に存在する好酸性の微小な円形封入体で、孤発性ALSに特異的である。1962年にBuninaによって初めて報告された。シスタチンC、トランスフェリン、およびペリフェリンに対する[[免疫]]組織染色で陽性を示すことから、これらのタンパク質が構成因子であると考えられているが、現在までのところALSの病態における意義は不明である<ref><pubmed> 18069968 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21241994 </pubmed></ref>


==病態生理==
==病態生理==
===ALSの環境要因===
===ALSの環境要因===
 ALSの集積地帯として知られたる紀伊半島やグアムでは、家族性発症率こそ高いもののメンデル様式の遺伝を示さないこと、および発症率に年代間で差があることから環境要因の存在が考えられた。しかし、現在までALSの原因となることを実証した環境要因は存在しない[10]
 ALSの集積地帯として知られたる紀伊半島やグアムでは、家族性発症率こそ高いもののメンデル様式の遺伝を示さないこと、および発症率に年代間で差があることから環境要因の存在が考えられた。しかし、現在までALSの原因となることを実証した環境要因は存在しない<ref><pubmed> 24126629 </pubmed></ref>


===家族性ALSの原因遺伝子===
===家族性ALSの原因遺伝子===
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====SOD1====
====SOD1====
 SOD1変異は家族性ALSの約20%を占め、本邦で最も頻度の高い遺伝子変異であり、150種類以上の変異が報告されている。また、孤発性ALSの一部にもSOD1変異を認める。SOD1は[[スーパーオキシドラジカル]](O<sup>2−</sup>)を除去する酵素であるが、ALSの発症には変異SOD1自身の酵素活性は関係していない。従って、変異に伴う毒性獲得(gain of toxicity)がALSを引き起こす原因と考えられている。変異SOD1タンパク質には三次構造に大きな異常が見られることから、異常なオリゴマーの形成や蓄積に伴い、後述するタンパク質代謝異常や[[カルシウム]]シグナルの異常化、[[軸索輸送]]障害などの複数の毒性を発揮して、運動神経変性を引き起こすと考えられている[11]
 SOD1変異は家族性ALSの約20%を占め、本邦で最も頻度の高い遺伝子変異であり、150種類以上の変異が報告されている。また、孤発性ALSの一部にもSOD1変異を認める。SOD1は[[スーパーオキシドラジカル]](O<sup>2−</sup>)を除去する酵素であるが、ALSの発症には変異SOD1自身の酵素活性は関係していない。従って、変異に伴う毒性獲得(gain of toxicity)がALSを引き起こす原因と考えられている。変異SOD1タンパク質には三次構造に大きな異常が見られることから、異常なオリゴマーの形成や蓄積に伴い、後述するタンパク質代謝異常や[[カルシウム]]シグナルの異常化、[[軸索輸送]]障害などの複数の毒性を発揮して、運動神経変性を引き起こすと考えられている<ref><pubmed> 11715057 </pubmed></ref>


====TARDBP (TDP-43)====
====TARDBP (TDP-43)====
 孤発性ALSで封入体を形成するTDP-43についても、コードするTARDBP遺伝子上で[[常染色体優性遺伝]]形式による家族性ALSの家系が複数報告されている。孤発性ALSと同様に、病巣におけるTDP-43の異常蓄積は単なる二次的な変化ではなく、ALSの分子病態に一次的に関わると考えられている。しかし、TDP-43がSOD1の場合と同様に毒性獲得の機序に従うかは、未だ議論がある。TDP-43[[ノックアウトマウス]]は胎生致死で、生体内でもそのタンパク質量が厳格に制御されていることや、ALSではTDP-43が運動神経細胞の核から消失することから、機能喪失による神経変性機序(loss of function)も考えられている。一方、TDP-43変異によるALSが優性遺伝することや変異TDP-43[[トランスジェニックマウス]]が運動障害を示すことは毒性獲得説を示唆しており、今後の研究による解明が待たれる[12], [13]
 孤発性ALSで封入体を形成するTDP-43についても、コードするTARDBP遺伝子上で[[常染色体優性遺伝]]形式による家族性ALSの家系が複数報告されている。孤発性ALSと同様に、病巣におけるTDP-43の異常蓄積は単なる二次的な変化ではなく、ALSの分子病態に一次的に関わると考えられている。しかし、TDP-43がSOD1の場合と同様に毒性獲得の機序に従うかは、未だ議論がある。TDP-43[[ノックアウトマウス]]は胎生致死で、生体内でもそのタンパク質量が厳格に制御されていることや、ALSではTDP-43が運動神経細胞の核から消失することから、機能喪失による神経変性機序(loss of function)も考えられている。一方、TDP-43変異によるALSが優性遺伝することや変異TDP-43[[トランスジェニックマウス]]が運動障害を示すことは毒性獲得説を示唆しており、今後の研究による解明が待たれる<ref name=ref12><pubmed> 23931993 </pubmed></ref><ref name=ref13><pubmed> 23524377 </pubmed></ref>


====FUS/TLS====
====FUS/TLS====
 FUS/TLS 遺伝子がコードするFUSはRNA結合タンパク質で、TDP-43と同様、通常は核に局在するが、患者由来の変異FUSは細胞質へ蓄積し、FUS陽性/TDP-43陰性の[[好塩基性封入体]]を形成する。FUSはTDP-43に類似した構造や機能をもち、少なくとも一部は共通したRNA代謝異常の機序によってALSを発症すると考えられる[14]
 FUS/TLS 遺伝子がコードするFUSはRNA結合タンパク質で、TDP-43と同様、通常は核に局在するが、患者由来の変異FUSは細胞質へ蓄積し、FUS陽性/TDP-43陰性の[[好塩基性封入体]]を形成する。FUSはTDP-43に類似した構造や機能をもち、少なくとも一部は共通したRNA代謝異常の機序によってALSを発症すると考えられる<ref name=ref14><pubmed> 23023293 </pubmed></ref>


====C9orf72====
====C9orf72====
 2011年にC9orf72が家族性FTLD-ALSの原因遺伝子として報告された。C9orf72によるFTLD-ALSは優性遺伝により発症し、患者では遺伝子のイントロンにおけるGGGGCC繰り返し配列(リピート)の異常な伸長がみられ、ALSの一部は[[リピート病]]として発症することが明らかとなった[15], [16]
 2011年にC9orf72が家族性FTLD-ALSの原因遺伝子として報告された。C9orf72によるFTLD-ALSは優性遺伝により発症し、患者では遺伝子のイントロンにおけるGGGGCC繰り返し配列(リピート)の異常な伸長がみられ、ALSの一部は[[リピート病]]として発症することが明らかとなった<ref><pubmed> 21944778 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21944779 </pubmed></ref>


 C9orf72のGGGGCCリピートは、健常者で30リピート未満であるが、ALS/FTD患者では700〜1600近くに異常伸長している。C9orf72遺伝子の機能は不明であるが、最近、C9orf72欠損[[マウス]]がALS様の症状を示さないと報告された[17]ことから、C9orf72の異常は機能喪失よりも、むしろ毒性獲得によりALSを引き起こすことが示唆された。このGGGGCCリピートに由来する[[mRNA]]は核内での異常な[[RNA凝集体]]の形成(RNA foci)、および[[wj:開始コドン|開始コドン]]非依存的な[[翻訳]]産物の蓄積(ribosome independent translation; RAN)<u>(編集部コメント:RAN translationはrepeat-associated non-AUG  translationの略のようですが、ribosome independent translationで本当に良いかご確認ください</u>)を介して、運動神経への毒性を引き起こすと考えられている[18]。しかし、最近報告された、[[wj:人工染色体|人工染色体]]により異常型C9orf72を導入したマウスではRNA fociの形成やRAN産物の蓄積などの病態は再現されたものの運動神経変性は生じておらず[19][20]、C9orf72の異常が運動神経変性を引き起こす機序について、より詳細な検討が必要と考えられる。
 C9orf72のGGGGCCリピートは、健常者で30リピート未満であるが、ALS/FTD患者では700〜1600近くに異常伸長している。C9orf72遺伝子の機能は不明であるが、最近、C9orf72欠損[[マウス]]がALS様の症状を示さないと報告された<ref><pubmed> 26044557 </pubmed></ref>ことから、C9orf72の異常は機能喪失よりも、むしろ毒性獲得によりALSを引き起こすことが示唆された。このGGGGCCリピートに由来する[[mRNA]]は核内での異常な[[RNA凝集体]]の形成(RNA foci)、および[[wj:開始コドン|開始コドン]]非依存的な[[翻訳]]産物の蓄積(ribosome independent translation; RAN)<u>(編集部コメント:RAN translationはrepeat-associated non-AUG  translationの略のようですが、ribosome independent translationで本当に良いかご確認ください</u>)を介して、運動神経への毒性を引き起こすと考えられている<ref><pubmed> 25638642 </pubmed></ref>。しかし、最近報告された、[[wj:人工染色体|人工染色体]]により異常型C9orf72を導入したマウスではRNA fociの形成やRAN産物の蓄積などの病態は再現されたものの運動神経変性は生じておらず<ref name=ref19><pubmed> 26637797 </pubmed></ref><ref name=ref20><pubmed> 26637796 </pubmed></ref>、C9orf72の異常が運動神経変性を引き起こす機序について、より詳細な検討が必要と考えられる。


====その他====
====その他====
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===ALSの動物モデル===
===ALSの動物モデル===
 変異SOD1を過剰発現するトランスジェニックマウス(SOD1tgマウス)では、運動神経に[[細胞死]]が起こることによって進行性に下肢の麻痺や筋萎縮を示し、ALSの症状や病理変化をよく再現することからALSの[[モデル動物]]として頻用されている[21]。しかし、SOD1変異に伴うALSの病理組織ではTDP-43陽性封入体やブニナ小体を欠くなど、その病態が孤発性ALSと必ずしも一致しないことから、より孤発性ALSに近い病態の再現を目指した新たな[[動物モデル]]の作製が盛んに試みられている。具体的には、変異TDP-43や変異FUSを発現するトランスジェニックマウスが報告されている[13]ほか、[[アデノ随伴ウイルスベクター]](AAV)[22]や人工染色体[19], [20]を用いて、C9orf72の異常なリピート伸長を導入したマウスなどが報告されているが、運動神経に選択的な細胞死が起こる[[モデル動物]]の樹立には至っていない。
 変異SOD1を過剰発現するトランスジェニックマウス(SOD1tgマウス)では、運動神経に[[細胞死]]が起こることによって進行性に下肢の麻痺や筋萎縮を示し、ALSの症状や病理変化をよく再現することからALSの[[モデル動物]]として頻用されている<ref><pubmed> 8209258 </pubmed></ref>。しかし、SOD1変異に伴うALSの病理組織ではTDP-43陽性封入体やブニナ小体を欠くなど、その病態が孤発性ALSと必ずしも一致しないことから、より孤発性ALSに近い病態の再現を目指した新たな[[動物モデル]]の作製が盛んに試みられている。具体的には、変異TDP-43や変異FUSを発現するトランスジェニックマウスが報告されている<ref name=ref13 />ほか、[[アデノ随伴ウイルスベクター]](AAV)<ref><pubmed> 25977373 </pubmed></ref>や人工染色体<ref name=ref19 /><ref name=ref20 />を用いて、C9orf72の異常なリピート伸長を導入したマウスなどが報告されているが、運動神経に選択的な細胞死が起こる[[モデル動物]]の樹立には至っていない。


==神経細胞内の分子病態==
==神経細胞内の分子病態==
===興奮毒性===
===興奮毒性===
 運動神経はグルタミン酸を[[神経伝達物質]](編集部コメント:アセチルコリンだと思います。)として用いるが、過剰のグルタミン酸は[[カルシウムイオン]]の細胞内への過剰な流入を引き起こして、有害であることが知られている。ALS患者の脊髄やSOD1tgマウスでは、[[シナプス]]間隙におけるグルタミン酸の回収を担う、[[アストロサイト]]の[[グルタミン酸トランスポーター]][[GLT1]]/[[EAAT2]]の発現が低下しており、グルタミン酸回収量が低下している。また、孤発性ALSにおいて、運動神経の[[グルタミン酸受容体]]である、[[AMPA型グルタミン酸受容体]]が[[RNA編集]]の異常に伴ってカルシウムイオン易透過性になっていることも明らかにされた[23], [24]。これらの異常により、運動神経への過剰なカルシウムイオンの流入が生じ、運動神経の変性を引き起こすものと考えられている。
 運動神経はグルタミン酸を[[神経伝達物質]]<u>(編集部コメント:アセチルコリンだと思います。)</u>として用いるが、過剰のグルタミン酸は[[カルシウムイオン]]の細胞内への過剰な流入を引き起こして、有害であることが知られている。ALS患者の脊髄やSOD1tgマウスでは、[[シナプス]]間隙におけるグルタミン酸の回収を担う、[[アストロサイト]]の[[グルタミン酸トランスポーター]][[GLT1]]/[[EAAT2]]の発現が低下しており、グルタミン酸回収量が低下している。また、孤発性ALSにおいて、運動神経の[[グルタミン酸受容体]]である、[[AMPA型グルタミン酸受容体]]が[[RNA編集]]の異常に伴ってカルシウムイオン易透過性になっていることも明らかにされた<ref><pubmed> 24355598 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14985749 </pubmed></ref>。これらの異常により、運動神経への過剰なカルシウムイオンの流入が生じ、運動神経の変性を引き起こすものと考えられている。


 最近の研究で、カルシウムイオン依存性の[[タンパク質分解酵素]]である[[カルパイン]]がTDP-43の異常断片化と易凝集化に関与していることが報告されたことも、興奮毒性の機序がALSにおける運動神経変性に深く関与していることを示唆している[25]。また、ALSの治療薬リルゾールは、主としてグルタミン酸受容体に対する拮抗阻害効果を通じて、この興奮毒性を緩和することが作用機序であると考えられている。
 最近の研究で、カルシウムイオン依存性の[[タンパク質分解酵素]]である[[カルパイン]]がTDP-43の異常断片化と易凝集化に関与していることが報告されたことも、興奮毒性の機序がALSにおける運動神経変性に深く関与していることを示唆している<ref><pubmed> 23250437 </pubmed></ref>。また、ALSの治療薬リルゾールは、主としてグルタミン酸受容体に対する拮抗阻害効果を通じて、この興奮毒性を緩和することが作用機序であると考えられている。


===ミトコンドリア障害===
===ミトコンドリア障害===
 [[ミトコンドリア]]は細胞のエネルギー産生器官として重要であり、[[酸化ストレス]]の原因となる活性酸素の産生や[[アポトーシス]]の誘導に深く関与する。
 [[ミトコンドリア]]は細胞のエネルギー産生器官として重要であり、[[酸化ストレス]]の原因となる活性酸素の産生や[[アポトーシス]]の誘導に深く関与する。


 ALSの病態に関連した研究として、SOD1tgマウスにおいて変異SOD1がミトコンドリアの外膜に蓄積し、ミトコンドリアの[[ATP]]産生を抑制すること、変異SOD1の存在下ではミトコンドリアのカルシウムイオンの緩衝作用が低下していること、また変異TDP-43の過剰発現に伴ってミトコンドリアの分裂が促進されることなどが報告されている。ミトコンドリアの品質管理異常が神経細胞変性につながることは、主に[[パーキンソン病]]に関してよく研究されているが、エネルギー要求度の高い運動神経が傷害されるALSにおいてもミトコンドリアの障害や異常なミトコンドリアの蓄積が運動神経変性に深く関与していることが推察される[26]
 ALSの病態に関連した研究として、SOD1tgマウスにおいて変異SOD1がミトコンドリアの外膜に蓄積し、ミトコンドリアの[[ATP]]産生を抑制すること、変異SOD1の存在下ではミトコンドリアのカルシウムイオンの緩衝作用が低下していること、また変異TDP-43の過剰発現に伴ってミトコンドリアの分裂が促進されることなどが報告されている。ミトコンドリアの品質管理異常が神経細胞変性につながることは、主に[[パーキンソン病]]に関してよく研究されているが、エネルギー要求度の高い運動神経が傷害されるALSにおいてもミトコンドリアの障害や異常なミトコンドリアの蓄積が運動神経変性に深く関与していることが推察される<ref><pubmed> 24568860 </pubmed></ref>


===小胞体ストレス===
===小胞体ストレス===
 [[小胞体ストレス]](endoplasmic reticulum stress; ER-stress)とは、正常な三次構造を形成できなかったタンパク質が小胞体に蓄積し、細胞への傷害を及ぼす現象である。このような悪影響を回避するため、細胞では小胞体[[ストレス応答]]によって[[分子シャペロン]]や[[小胞体関連分解]](endoplasmic reticulum associated degradation; ERAD)が惹起され、速やかに異常タンパク質を除去される。SOD1tgマウスを用いた検討から、発症前の極めて早期から小胞体ストレス応答が活性化していることや、ERADの阻害に伴う過剰な小胞体ストレス応答により神経細胞死が引き起こされることが判明している[27]
 [[小胞体ストレス]](endoplasmic reticulum stress; ER-stress)とは、正常な三次構造を形成できなかったタンパク質が小胞体に蓄積し、細胞への傷害を及ぼす現象である。このような悪影響を回避するため、細胞では小胞体[[ストレス応答]]によって[[分子シャペロン]]や[[小胞体関連分解]](endoplasmic reticulum associated degradation; ERAD)が惹起され、速やかに異常タンパク質を除去される。SOD1tgマウスを用いた検討から、発症前の極めて早期から小胞体ストレス応答が活性化していることや、ERADの阻害に伴う過剰な小胞体ストレス応答により神経細胞死が引き起こされることが判明している<ref><pubmed> 21834058 </pubmed></ref>


===タンパク質分解障害===
===タンパク質分解障害===
 ユビキチン-[[プロテアソーム]]系(ubiquitin-proteasome system; UPS)は、細胞内の不要または異常なタンパク質を選択的に分解する重要な経路であり、その機能不全はALSに限らず、多くの神経変性疾患に共通して重要であると考えられている[28]。TDP-43陽性封入体を含め、ユビキチン陽性の封入体はALSの病巣において多数認められ、またプロテアソームの阻害が病態を増悪させて封入体の形成を促進することが知られている。
 ユビキチン-[[プロテアソーム]]系(ubiquitin-proteasome system; UPS)は、細胞内の不要または異常なタンパク質を選択的に分解する重要な経路であり、その機能不全はALSに限らず、多くの神経変性疾患に共通して重要であると考えられている<ref><pubmed> 14556719 </pubmed></ref>。TDP-43陽性封入体を含め、ユビキチン陽性の封入体はALSの病巣において多数認められ、またプロテアソームの阻害が病態を増悪させて封入体の形成を促進することが知られている。


 一方、細胞内における不要タンパク質のもう1つの分解系として、[[オートファジー]]と呼ばれる機構が存在し、細胞内の不要な物質や小器官を[[オートファゴソーム]]と呼ばれる二重膜で包んだ後、[[リソソーム]]との融合により分解している。ALSでは[[LC3]]や[[p62]]といったオートファジー関連タンパク質の異常な蓄積やオートファゴソームの数の増加が見られることに加え、家族性ALSの原因遺伝子であるオプチニューリン、および潜在的なALSの原因遺伝子として報告された[[TBK1]]([[TANK-binding kinase 1]])はオートファジーの制御因子として知られており、オートファジー機構の破綻がALSにおける神経細胞変性に関与していることが示唆されている[29]。しかし、運動神経におけるオートファジーの誘導が神経細胞保護的であるのか、または過剰なオートファジーが細胞傷害的に影響しているのかは未だ議論がある。現時点では、薬剤等の投与を通じたオートファジーの誘導による運動神経保護に関して、十分な有効性は示されていない。
 一方、細胞内における不要タンパク質のもう1つの分解系として、[[オートファジー]]と呼ばれる機構が存在し、細胞内の不要な物質や小器官を[[オートファゴソーム]]と呼ばれる二重膜で包んだ後、[[リソソーム]]との融合により分解している。ALSでは[[LC3]]や[[p62]]といったオートファジー関連タンパク質の異常な蓄積やオートファゴソームの数の増加が見られることに加え、家族性ALSの原因遺伝子であるオプチニューリン、および潜在的なALSの原因遺伝子として報告された[[TBK1]]([[TANK-binding kinase 1]])はオートファジーの制御因子として知られており、オートファジー機構の破綻がALSにおける神経細胞変性に関与していることが示唆されている<ref><pubmed> 23921753 </pubmed></ref>。しかし、運動神経におけるオートファジーの誘導が神経細胞保護的であるのか、または過剰なオートファジーが細胞傷害的に影響しているのかは未だ議論がある。現時点では、薬剤等の投与を通じたオートファジーの誘導による運動神経保護に関して、十分な有効性は示されていない。


===RNA代謝異常===
===RNA代謝異常===
 家族性ALSの原因遺伝子にはTDP-43、FUS、[[hnRNAPA1]]/[[HnRPA2B1|A2B1]]など、[[RNA結合タンパク質]]をコードする遺伝子が多数含まれており、変異に伴うRNA代謝の異常がALSを引き起こすことが示唆される。TDP-43やFUSはイントロンに結合してmRNAのスプライシングや安定性の制御に関与しており、これらの不調によるスプライシング異常や遺伝子制御異常がALSの病態に関与することが示唆されている[14], [30-32]。また、ALSの運動神経ではTDP-43が制御する[[スプライシング複合体]]、[[スプライソソーム]]の異常の報告がある[33]。これらのタンパク質は細胞内でストレス下の翻訳抑制などに関わる[[ストレス顆粒]](stress granule)と呼ばれる構造の構成分子であり、過剰なストレス顆粒の形成が神経細胞死に関与する可能性が指摘されている[12]
 家族性ALSの原因遺伝子にはTDP-43、FUS、[[hnRNAPA1]]/[[HnRPA2B1|A2B1]]など、[[RNA結合タンパク質]]をコードする遺伝子が多数含まれており、変異に伴うRNA代謝の異常がALSを引き起こすことが示唆される。TDP-43やFUSはイントロンに結合してmRNAのスプライシングや安定性の制御に関与しており、これらの不調によるスプライシング異常や遺伝子制御異常がALSの病態に関与することが示唆されている<ref name=ref14 />, <ref><pubmed> 21358643 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21358640 </pubmed></ref><ref><pubmed> 25968143 </pubmed></ref>。また、ALSの運動神経ではTDP-43が制御する[[スプライシング複合体]]、[[スプライソソーム]]の異常の報告がある<ref><pubmed> 23255347 </pubmed></ref>。これらのタンパク質は細胞内でストレス下の翻訳抑制などに関わる[[ストレス顆粒]](stress granule)と呼ばれる構造の構成分子であり、過剰なストレス顆粒の形成が神経細胞死に関与する可能性が指摘されている<ref name=ref12 />


===細胞内輸送障害===
===細胞内輸送障害===
 運動神経は細胞体と末梢の神経筋接合部までを結ぶ、極めて長い軸索を有している。タンパク質や[[脂質]]などの合成や分解は主に[[細胞体]]で行われるため、軸索中の細胞内輸送は運動神経の機能に必須である。長い軸索を有する運動神経は細胞内輸送の破綻に対して脆弱であり、運動神経に選択的な変性につながるものと考えられる。これまで、ALSをはじめとして、球脊髄性筋萎縮症(spinal and bulbar muscular atrophy; SBMA)など、運動神経の変性を伴う多くの疾患で軸索機能の異常が報告されている[34]。
 運動神経は細胞体と末梢の神経筋接合部までを結ぶ、極めて長い軸索を有している。タンパク質や[[脂質]]などの合成や分解は主に[[細胞体]]で行われるため、軸索中の細胞内輸送は運動神経の機能に必須である。長い軸索を有する運動神経は細胞内輸送の破綻に対して脆弱であり、運動神経に選択的な変性につながるものと考えられる。これまで、ALSをはじめとして、[[球脊髄性筋萎縮症]]([[spinal and bulbar muscular atrophy]]; [[SBMA]])など、運動神経の変性を伴う多くの疾患で軸索機能の異常が報告されている<ref><pubmed> 18558852 </pubmed></ref>


 細胞内輸送に関わる家族性ALSの原因遺伝子として、[[アルシン]] (alsin)、[[プロフィリン|プロフィリン1]] (profilin 1)、[[CHMP2B]]、[[ダイナクチン|ダイナクチン1]] (dynactin 1)などが報告されている。これらの動物モデルでは、ALS患者で見られる軸索の腫大化とニューロフィラメントの蓄積を伴って、運動機能障害を呈する。また、孤発性ALSではダイナクチン1の発現が低下して、軸索内の輸送に障害が生じていることが報告された[35]
 細胞内輸送に関わる家族性ALSの原因遺伝子として、[[アルシン]] (alsin)、[[プロフィリン|プロフィリン1]] (profilin 1)、[[CHMP2B]]、[[ダイナクチン|ダイナクチン1]] (dynactin 1)などが報告されている。これらの動物モデルでは、ALS患者で見られる軸索の腫大化とニューロフィラメントの蓄積を伴って、運動機能障害を呈する。また、孤発性ALSではダイナクチン1の発現が低下して、軸索内の輸送に障害が生じていることが報告された<ref><pubmed> 15668976 </pubmed></ref>


===酸化ストレス===
===酸化ストレス===
 ALS患者の脊髄やSOD1tgマウスの腰髄では、タンパク質の[[カルボニル化]]や[[8-オキソ-2’-デオキシグアニン]]といった[[酸化ストレス]]マーカーが顕著に増加している。酸化ストレスは[[過酸化脂質]]の生成を介してスーパーオキシドラジカルを発生させて細胞傷害的に作用し、特に脳や神経系は脂質に富み、酸化ストレスに脆弱であることから、酸化ストレスの緩和はALSにおける神経細胞変性を抑制するための重要な標的と考えられている。実際、酸化ストレスを軽減する[[抗酸化物質]]の投与はSOD1tgマウスを用いた系で有効であることが報告されている[36]。さらに、酸化ストレスを軽減するエダラボンは、早期例に限定したALS治療薬として本邦で使用されている。
 ALS患者の脊髄やSOD1tgマウスの腰髄では、タンパク質の[[カルボニル化]]や[[8-オキソ-2’-デオキシグアニン]]といった[[酸化ストレス]]マーカーが顕著に増加している。酸化ストレスは[[過酸化脂質]]の生成を介してスーパーオキシドラジカルを発生させて細胞傷害的に作用し、特に脳や神経系は脂質に富み、酸化ストレスに脆弱であることから、酸化ストレスの緩和はALSにおける神経細胞変性を抑制するための重要な標的と考えられている。実際、酸化ストレスを軽減する[[抗酸化物質]]の投与はSOD1tgマウスを用いた系で有効であることが報告されている<ref><pubmed> 16713195 </pubmed></ref>[36]。さらに、酸化ストレスを軽減するエダラボンは、早期例に限定したALS治療薬として本邦で使用されている。


==グリア細胞関連病態==
==グリア細胞関連病態==
 ALSの脊髄では顕著な[[反応性グリオーシス]]の亢進が見られ、[[ミクログリア]]の活性化やアストロサイトの増殖、肥大化が観察されてきた。このような変化は従前、運動神経変性に伴う二次的なものと考えられてきたが、SOD1tgマウスにおいて、グリア細胞選択的に変異SOD1を除去するとSOD1tgマウスの生存期間が延長することから、グリア細胞が積極的にALSの病態に関与して運動神経変性を制御していることが明らかとなった[37], [38]。このように非神経細胞であるグリア細胞の異常が[[細胞死|神経細胞死]]を引き起こすことを「[[非自律性の神経細胞死]](non-cell autonomous neuronal death)」と呼び、グリア細胞の病的変化が神経変性を促進するメカニズムを明らかにすることが重要な研究課題のひとつとなっている[39]
 ALSの脊髄では顕著な[[反応性グリオーシス]]の亢進が見られ、[[ミクログリア]]の活性化やアストロサイトの増殖、肥大化が観察されてきた。このような変化は従前、運動神経変性に伴う二次的なものと考えられてきたが、SOD1tgマウスにおいて、グリア細胞選択的に変異SOD1を除去するとSOD1tgマウスの生存期間が延長することから、グリア細胞が積極的にALSの病態に関与して運動神経変性を制御していることが明らかとなった<ref><pubmed> 16741123 </pubmed></ref><ref><pubmed> 18246065 </pubmed></ref>。このように非神経細胞であるグリア細胞の異常が[[細胞死|神経細胞死]]を引き起こすことを「[[非自律性の神経細胞死]](non-cell autonomous neuronal death)」と呼び、グリア細胞の病的変化が神経変性を促進するメカニズムを明らかにすることが重要な研究課題のひとつとなっている<ref><pubmed> 19951898 </pubmed></ref>


==関連項目==
==外部リンク==
*[https://www.neurology-jp.org/guidelinem/als2013_index.html 筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン2013]<ref name=ref2 />
==参考文献==
==参考文献==
<references />
<references />