「精神疾患の診断・統計マニュアル (DSM)」の版間の差分

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==DSM-Ⅱ==
==DSM-Ⅱ==
 DSM-Ⅰ成立後、アメリカ精神医学会において、力動精神医学と精神分析学がさらに中核となった。1968年、ICD-8の作成に合わせてDSM-Ⅰの改訂が企図され、DSM-Ⅱが成立した。その際、精神分析学派の精神科医が権限をもったという背景があり、Freudの思想が取り上げられ、精神分析学の中心である神経症概念が復活した。一方で、もう一つの精神分析学的用語である「反応」は、成人に関する全ての分類名から削除された。その理由についてSpitzerは、DSM-Ⅱの巻末において、「障害を名付けるにあたって、特定の理論に固執することを避けるためだった」と明記している<ref name=Association.American Psychiatric Association. Diagnostic and statistical manual of mental disorders (2nd ed.). American Psychiatric Association, 1968</pubmed></ref>3)。この頃から、DSMから病因論を除く動きが徐々に見られていたといえる。
 DSM-Ⅰ成立後、アメリカ精神医学会において、力動精神医学と精神分析学がさらに中核となった。1968年、ICD-8の作成に合わせてDSM-Ⅰの改訂が企図され、DSM-Ⅱが成立した。その際、精神分析学派の精神科医が権限をもったという背景があり、Freudの思想が取り上げられ、精神分析学の中心である神経症概念が復活した。一方で、もう一つの精神分析学的用語である「反応」は、成人に関する全ての分類名から削除された。その理由についてSpitzerは、DSM-Ⅱの巻末において、「障害を名付けるにあたって、特定の理論に固執することを避けるためだった」と明記している<ref name=Association>'''American Psychiatric Association (1968).'''<br>Diagnostic and statistical manual of mental disorders (2nd ed.).</pubmed></ref>3)。この頃から、DSMから病因論を除く動きが徐々に見られていたといえる。


==DSM-ⅡからDSM-Ⅲへ==
==DSM-ⅡからDSM-Ⅲへ==
 DSM-Ⅱが作成された頃から1970年代にかけて、精神科診断の信頼性の低さが批判されるようになった<ref name=CooperCooper, J.E. Psychiatric Diagnosis in New York and London. Maudsley Monograph No. 20. Oxford University Press, 1972</pubmed></ref>4)。同時に、精神医学がはたして医学といえるのかという批判が高まっていった。
 DSM-Ⅱが作成された頃から1970年代にかけて、精神科診断の信頼性の低さが批判されるようになった<ref name=Cooper>'''Cooper, J.E. (1972).'''<br>Psychiatric Diagnosis in New York and London. Maudsley Monograph No. 20. Oxford University Press</ref>4)。同時に、精神医学がはたして医学といえるのかという批判が高まっていった。


 信頼性を妨げる要因としては、被験者分散(例えば、メランコリアの特徴を伴ううつ病患者では朝に症状が悪化する)、情況分散(例えば、多数の医師によるベッドサイドでの回診時と、主治医による個室での診察時とでは得られる情報が異なる)、情報分散(異なる質問をするために異なる情報が提供される)、観察分散(情報の集め方は同じでも、重症度や閾値の判定が異なる)、基準分散(情報は同じでも、診断として統合する方法が異なる)が挙げられる<ref name=Bland1976><pubmed>2013</pubmed></ref>5)。第2版までのDSMは、あくまでも精神疾患分類体系にとどまり、実際の診断は臨床家の経験に基づく直感的方法によりなされていたため、基準分散が著しく、信頼性が確保されていなかった。
 信頼性を妨げる要因としては、被験者分散(例えば、メランコリアの特徴を伴ううつ病患者では朝に症状が悪化する)、情況分散(例えば、多数の医師によるベッドサイドでの回診時と、主治医による個室での診察時とでは得られる情報が異なる)、情報分散(異なる質問をするために異なる情報が提供される)、観察分散(情報の集め方は同じでも、重症度や閾値の判定が異なる)、基準分散(情報は同じでも、診断として統合する方法が異なる)が挙げられる<ref name=北村俊則2013>'''北村俊則 (2013).'''<br>精神科診断学概論. 北村メンタルヘルス研究所</pubmed></ref>
5)。第2版までのDSMは、あくまでも精神疾患分類体系にとどまり、実際の診断は臨床家の経験に基づく直感的方法によりなされていたため、基準分散が著しく、信頼性が確保されていなかった。


 1972年、実証的研究のための診断基準としてFeighner基準が公表され<ref name=Feighner1972><pubmed>5009428</pubmed></ref>6)、それをもとに、1970年代から1980年代にかけてIowa 500 studyが行われた<ref name=Morrison1973><pubmed>4773492</pubmed></ref>7)。Feighner基準に従って診断を統一した上で、統合失調症、躁病、うつ病の三疾患について、疾患ごとの家族歴や自殺率、転帰、治療反応などの統計をとったのである。その結果以上に、診断の枠組みを定めて皆で症例を共有し、データを積み重ねていくといろいろなことがわかるという疫学的研究の有用性のインパクトは非常に大きかった。
 1972年、実証的研究のための診断基準としてFeighner基準が公表され<ref name=Feighner1972><pubmed>5009428</pubmed></ref>6)、それをもとに、1970年代から1980年代にかけてIowa 500 studyが行われた<ref name=Morrison1973><pubmed>4773492</pubmed></ref>7)。Feighner基準に従って診断を統一した上で、統合失調症、躁病、うつ病の三疾患について、疾患ごとの家族歴や自殺率、転帰、治療反応などの統計をとったのである。その結果以上に、診断の枠組みを定めて皆で症例を共有し、データを積み重ねていくといろいろなことがわかるという疫学的研究の有用性のインパクトは非常に大きかった。
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==DSM-Ⅲ==
==DSM-Ⅲ==
 そのような背景の中、操作的診断基準を採用した診断分類DSM-IIIが1980年に公表された。1988年には初めてDSM-III-R日本語版も発表され<ref name=髙橋三郎(訳)髙橋三郎(訳). DSM-III-R 精神障害の診断・統計マニュアル. 医学書院, 1988</pubmed></ref>9)、DSM-IIIの発表が精神科診断における転機となった。DSM-IIIでは、精神疾患の原因が明らかとされていない中で病因論を排除し、主として症候・徴候・経過にもとづく操作的診断基準によって疾患カテゴリーを定めることで、精神科診断の信頼性を確保しようとした。それとともに、精神医学を医学の中に残すために精神医学もまた身体医学と同じく診断推論や薬物療法を利用できるという医学的モデルを適用した。
 そのような背景の中、操作的診断基準を採用した診断分類DSM-IIIが1980年に公表された。1988年には初めてDSM-III-R日本語版も発表され<ref name=髙橋三郎1988>髙橋三郎(訳). DSM-III-R 精神障害の診断・統計マニュアル. 医学書院, 1988</pubmed></ref>9)、DSM-IIIの発表が精神科診断における転機となった。DSM-IIIでは、精神疾患の原因が明らかとされていない中で病因論を排除し、主として症候・徴候・経過にもとづく操作的診断基準によって疾患カテゴリーを定めることで、精神科診断の信頼性を確保しようとした。それとともに、精神医学を医学の中に残すために精神医学もまた身体医学と同じく診断推論や薬物療法を利用できるという医学的モデルを適用した。


 病因論を排除し、操作的診断基準により信頼性を確保したDSM-IIIは精神医学領域に幅広く浸透し、臨床のみならず、教育、研究それぞれの分野に多くの恩恵をもたらした<ref name=黒木俊秀黒木俊秀. DSMと現代の精神医学-どこから来て、どこへ向かうのか. 神庭重信, 松下正明・編. 専門医のための精神科リュミエール30 精神医学の思想.中山書店, 2012.</pubmed></ref>10)。
 病因論を排除し、操作的診断基準により信頼性を確保したDSM-IIIは精神医学領域に幅広く浸透し、臨床のみならず、教育、研究それぞれの分野に多くの恩恵をもたらした<ref name=黒木俊秀2012>黒木俊秀. DSMと現代の精神医学-どこから来て、どこへ向かうのか. 神庭重信, 松下正明・編. 専門医のための精神科リュミエール30 精神医学の思想.中山書店, 2012.</pubmed></ref>10)。
臨床においては、病因論を排除したDSMを共通言語として用いることにより、精神医学に携わる異なる立場の専門家同士が議論を行うことが可能となった。また、医学的モデルを適用することで身体医学と同様のアルゴリズム法、パターン認識法、仮説演繹法といった診断推論を利用できるようになり<ref name=北村秀明 精神科診断学のあるべき方向性-DSMの立場から. (2016). 精神科診断, 9, 46-52.</pubmed></ref>11)、その診断過程が明確となった。
臨床においては、病因論を排除したDSMを共通言語として用いることにより、精神医学に携わる異なる立場の専門家同士が議論を行うことが可能となった。また、医学的モデルを適用することで身体医学と同様のアルゴリズム法、パターン認識法、仮説演繹法といった診断推論を利用できるようになり<ref name=北村秀明 精神科診断学のあるべき方向性-DSMの立場から. (2016). 精神科診断, 9, 46-52.</pubmed></ref>11)、その診断過程が明確となった。


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 DSMの多方面への浸透後、疾患によってはDSM診断の信頼性が高くはないという批判や、特に研究面において、DSMの有用性、妥当性の限界を指摘する声も出始めた。しかしながらこれらの批判や指摘の少なくとも一部は、診断基準の誤った直解主義によるものと考えられる。
 DSMの多方面への浸透後、疾患によってはDSM診断の信頼性が高くはないという批判や、特に研究面において、DSMの有用性、妥当性の限界を指摘する声も出始めた。しかしながらこれらの批判や指摘の少なくとも一部は、診断基準の誤った直解主義によるものと考えられる。


 診断基準に対する誤った直解主義について述べる前に、診断基準に求められる3つの特徴<ref name=Bland1976><pubmed>2013</pubmed></ref>5)について整理しておく。
 診断基準に対する誤った直解主義について述べる前に、診断基準に求められる3つの特徴<ref name=北村俊則2013></ref>5)について整理しておく。


 まず、表現が簡潔であることである。例えば、うつ病の抑うつ気分について、DSMでは「悲しみ、空虚感、または絶望を感じる」と簡潔に記述されている。一方、古典的教科書においては、「生気的悲哀」、「悲しむことも喜ぶこともできない」、「気分が全面的にブロックされる」、「感情喪失に対する感情」といった多彩な記述がなされている。しかしながら、診断基準が臨床において有用であるためには、そのような多彩な記述全てを網羅するわけにはいかない。
 まず、表現が簡潔であることである。例えば、うつ病の抑うつ気分について、DSMでは「悲しみ、空虚感、または絶望を感じる」と簡潔に記述されている。一方、古典的教科書においては、「生気的悲哀」、「悲しむことも喜ぶこともできない」、「気分が全面的にブロックされる」、「感情喪失に対する感情」といった多彩な記述がなされている。しかしながら、診断基準が臨床において有用であるためには、そのような多彩な記述全てを網羅するわけにはいかない。
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 以上を踏まえ、診断基準に含まれていない重要な特徴や症状についても理解した上で診断基準を活用するべきだが、その点を理解していないと、診断基準の誤った直解主義に陥ることになる。
 以上を踏まえ、診断基準に含まれていない重要な特徴や症状についても理解した上で診断基準を活用するべきだが、その点を理解していないと、診断基準の誤った直解主義に陥ることになる。


 一方で、DSM自体にも構造的な課題があったことは否めない。実臨床においては、十分な情報聴取を踏まえても特定のカテゴリーにあてはまらない症例が多く、その場合は「特定不能の…障害」という診断でくくらざるを得ず、個別の臨床情報が失われやすかった。さらに、精神疾患自体の診断基準を満たさない、診断閾値下のケースにおける治療の必要性が見逃されやすいことが指摘された<ref name=Regier2009><pubmed>19487400</pubmed></ref>14)。また、異なるカテゴリーに属する精神疾患相互の併存が高頻度であること<ref name=Kessler1994><pubmed>8279933</pubmed></ref>15)から疾患カテゴリーの妥当性が問題とされ、そのことが精神疾患の研究の妨げになっている可能性を指摘された。そもそもカテゴリカルな疾患分類では、定量的な情報が失われることで統計学的検出力が損なわれやすいこと、すなわちカテゴリカルな情報は、特異度は高いが感度は低いこと<ref name=黒木俊秀黒木俊秀, 岡本宙. Helzer, J.E. (2013). "DSM-5に臨床的ディメンジョンを組み入れるために"を読み解く. 精神科治療, 28, 1385-1389.</pubmed></ref>16)も認識されていた。 
 一方で、DSM自体にも構造的な課題があったことは否めない。実臨床においては、十分な情報聴取を踏まえても特定のカテゴリーにあてはまらない症例が多く、その場合は「特定不能の…障害」という診断でくくらざるを得ず、個別の臨床情報が失われやすかった。さらに、精神疾患自体の診断基準を満たさない、診断閾値下のケースにおける治療の必要性が見逃されやすいことが指摘された<ref name=Regier2009><pubmed>19487400</pubmed></ref>14)。また、異なるカテゴリーに属する精神疾患相互の併存が高頻度であること<ref name=Kessler1994><pubmed>8279933</pubmed></ref>15)から疾患カテゴリーの妥当性が問題とされ、そのことが精神疾患の研究の妨げになっている可能性を指摘された。そもそもカテゴリカルな疾患分類では、定量的な情報が失われることで統計学的検出力が損なわれやすいこと、すなわちカテゴリカルな情報は、特異度は高いが感度は低いこと<ref name=黒木俊秀2013>'''黒木俊秀, 岡本宙. Helzer, J.E. (2013).'''<br>"DSM-5に臨床的ディメンジョンを組み入れるために"を読み解く. 精神科治療, 28, 1385-1389.</pubmed></ref>16)も認識されていた。 


==DSM-5==
==DSM-5==
 DSM-III以降の、DSM自体が抱える構造的な課題を踏まえてDSM-5 (2013年)は改訂された。改訂内容のうち、ディメンショナルモデルおよびスペクトラム概念の導入、そして章構成の再編成という2点が大きい。
 DSM-III以降の、DSM自体が抱える構造的な課題を踏まえてDSM-5(2013年)は改訂された。改訂内容のうち、ディメンショナルモデルおよびスペクトラム概念の導入、そして章構成の再編成という2点が大きい。
===ディメンショナルモデルおよびスペクトラム概念の導入===
===ディメンショナルモデルおよびスペクトラム概念の導入===
 疾患分類には、カテゴリー診断とディメンション診断がある。カテゴリー診断は精神疾患の臨床特徴を各カテゴリーに分類するものであり、各診断の核を明示することで、疾患の表現形を理解しやすい。しかしながらその有効性は分類された一群が均一である場合、各分類間の境界が明確である場合、そして他の分類とは相互に背反するものである場合に最も効果的であると考えられ、精神疾患での使用にはそもそも限界がある。一方、ディメンション診断は各臨床特徴を数量化して分類するため、その分散が連続的で明瞭な境界線を持たない現象の記述に適している<ref name=染矢俊幸染矢俊幸. 操作的診断基準. 松下正明・編. 臨床精神医学講座第2巻 精神分裂病I. 中山書店, 1999</pubmed></ref>17)。つまり、ディメンション診断では、症状の重症度を「症状なし」から「重度」まで評価することにより、患者の様々な臨床特徴を次元とみなして病態を系統的に、あるいは疾患横断的に捉えることができる。これにより情報の洩れが少なくなり、カテゴリー診断では閾値以下であった臨床特徴も記述することができる。ただし、実臨床での使用は頻雑となる。このため、カテゴリカルな疾患分類からのパラダイムシフトとして、DSM-5では、一部の限られた領域において、当初の予定よりは控えめにディメンショナルモデルやスペクトラム概念が導入された。
 疾患分類には、カテゴリー診断とディメンション診断がある。カテゴリー診断は精神疾患の臨床特徴を各カテゴリーに分類するものであり、各診断の核を明示することで、疾患の表現形を理解しやすい。しかしながらその有効性は分類された一群が均一である場合、各分類間の境界が明確である場合、そして他の分類とは相互に背反するものである場合に最も効果的であると考えられ、精神疾患での使用にはそもそも限界がある。一方、ディメンション診断は各臨床特徴を数量化して分類するため、その分散が連続的で明瞭な境界線を持たない現象の記述に適している<ref name=染矢俊幸1999>'''染矢俊幸 (1999).'''<br>操作的診断基準. 松下正明・編. 臨床精神医学講座第2巻 精神分裂病I. 中山書店</pubmed></ref>17)。つまり、ディメンション診断では、症状の重症度を「症状なし」から「重度」まで評価することにより、患者の様々な臨床特徴を次元とみなして病態を系統的に、あるいは疾患横断的に捉えることができる。これにより情報の洩れが少なくなり、カテゴリー診断では閾値以下であった臨床特徴も記述することができる。ただし、実臨床での使用は頻雑となる。このため、カテゴリカルな疾患分類からのパラダイムシフトとして、DSM-5では、一部の限られた領域において、当初の予定よりは控えめにディメンショナルモデルやスペクトラム概念が導入された。


===章構成の再編成===
===章構成の再編成===
 DSM-5の章構成は、精神疾患の分子遺伝的研究成果や、併存性、家族内集積性などの臨床的知見、そして、精神病理症状の因子分析の結果に基づいて再編成された<ref name=Regier2013><pubmed>23737408</pubmed></ref><ref name=黒木俊秀黒木俊秀. DSM-5時代の精神科診断. 神庭重信・編. DSM-5を読み解く─伝統的精神病理, DSM-IV, ICD-10をふまえた新時代の精神科診断 1. 中山書店, 2014</pubmed></ref>18), 19)。具体的には、DSM-IVでは同じ「気分障害」として扱われていた「双極性障害」と「大うつ病性障害」が、「双極性障害および関連障害群」「抑うつ障害群」という別々の章になり、さらに「双極性障害および関連障害群」は「統合失調症スペクトラムおよび他の精神病性障害群」の章のすぐ後に配置された。現実に、DSM-5がアメリカ精神医学会で承認された後、統合失調症、双極性障害、うつ病、自閉症、ADHDの5つの疾患を統合して健常群と比較した大規模なゲノムワイド関連解析の結果が報告され、5疾患共通のリスクとなる一塩基多型も報告されている<ref name=Cross2013><pubmed>23453885</pubmed></ref>20)。このような研究を発展させ、将来的には、各章横断的な上位のメタ構造に対応する生物学的基盤が同定されること、そしてそのような生物学的知見を、今後の改訂でさらに反映させていくことを見据えていると考えられる。
 DSM-5の章構成は、精神疾患の分子遺伝的研究成果や、併存性、家族内集積性などの臨床的知見、そして、精神病理症状の因子分析の結果に基づいて再編成された<ref name=Regier2013><pubmed>23737408</pubmed></ref><ref name=黒木俊秀2014<br>'''黒木俊秀 (2014).'''<br>DSM-5時代の精神科診断. 神庭重信・編. DSM-5を読み解く─伝統的精神病理, DSM-IV, ICD-10をふまえた新時代の精神科診断 1. 中山書店</pubmed></ref>18), 19)。具体的には、DSM-IVでは同じ「気分障害」として扱われていた「双極性障害」と「大うつ病性障害」が、「双極性障害および関連障害群」「抑うつ障害群」という別々の章になり、さらに「双極性障害および関連障害群」は「統合失調症スペクトラムおよび他の精神病性障害群」の章のすぐ後に配置された。現実に、DSM-5がアメリカ精神医学会で承認された後、統合失調症、双極性障害、うつ病、自閉症、ADHDの5つの疾患を統合して健常群と比較した大規模なゲノムワイド関連解析の結果が報告され、5疾患共通のリスクとなる一塩基多型も報告されている<ref name=Cross2013><pubmed>23453885</pubmed></ref>20)。このような研究を発展させ、将来的には、各章横断的な上位のメタ構造に対応する生物学的基盤が同定されること、そしてそのような生物学的知見を、今後の改訂でさらに反映させていくことを見据えていると考えられる。


== DSMの今後 ==
== DSMの今後 ==
 DSMは、漸次ディメンショナルモデルへと移行していくとともに、それを活かした生物学的研究からの知見や、RDoC(Research Domain Criteria: 研究領域基準)<ref name=Insel2014><pubmed>24687194</pubmed></ref>21)のような研究用基準から得られる知見も組み入れていくことになるかもしれない。基盤にある神経回路の異常を見据えつつ、実際に現場で測定・評価が可能な認知機能、脳神経画像や神経生理機能などを中間表現型として活用し、症候・徴候・経過をディメンショナルに評価して診断を下すといった、より多層的な診断に向かっていくことが予想される。
 DSMは、漸次ディメンショナルモデルへと移行していくとともに、それを活かした生物学的研究からの知見や、RDoC(Research Domain Criteria: 研究領域基準)<ref name=Insel2014><pubmed>24687194</pubmed></ref>21)のような研究用基準から得られる知見も組み入れていくことになるかもしれない。基盤にある神経回路の異常を見据えつつ、実際に現場で測定・評価が可能な認知機能、脳神経画像や神経生理機能などを中間表現型として活用し、症候・徴候・経過をディメンショナルに評価して診断を下すといった、より多層的な診断に向かっていくことが予想される。