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英語名:cell proliferation
英語名:cell proliferation


 細胞増殖とは、細胞の成長と分裂により細胞の数が増加することである。細胞増殖は、1つの母細胞が同一の染色体をもつ2つの娘細胞へ分裂する細胞分裂(cell division)によって起こり、細胞周期(cell cycle)によって調節されている。
 細胞増殖とは、細胞の成長と分裂により細胞の数が増加することである。細胞増殖は、1つの母細胞が同一の染色体をもつ2つの娘細胞へ分裂する[[細胞分裂]](cell division)によって起こり、[[細胞周期]](cell cycle)によって調節されている。


== 細胞増殖の制御 ==
== 細胞増殖の制御 ==
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=== 細胞周期 ===
=== 細胞周期 ===


 細胞は、まずその中身を倍加し、その後に二分することで増殖を行う。この倍加と分裂の循環を細胞周期(cell cycle)といい、生物の増殖には必要不可欠な機構である。細胞周期の最も基本的な機能は核内の膨大な量のDNAを正確に複製し、そのDNAを2つの娘細胞に正確に分配することである。この二つの重要な時期はそれぞれS期(DNA  <u>S</u>ynthesis)、M期(<u>M</u>itosis)と呼ばれる。さらに、細胞の分裂にはタンパク質、細胞小器官の倍加と分離も必要であるが、ほとんどの細胞ではタンパク質と細胞小器官の倍加に必要な時間は、DNAの倍加と分離に必要な時間よりもはるかに長い。そのため、細胞周期には“間の時期”(<u>G</u>ap phase)として、G<sub>1</sub>期(G<sub>1</sub> phase)とG<sub>2</sub>期(G<sub>2</sub> phase)があり、M期の終わりからS期の始まりまでをG<sub>1</sub>期、S期の終わりからM期の始めまでをG<sub>2</sub>期と呼ぶ。これらをまとめると、真核生物の細胞周期は全部で4つの期間、すなわちG<sub>1</sub>期、S期、G<sub>2</sub>期、M期に分けることができ、G<sub>1</sub>期、S期、G<sub>2</sub>期をまとめて間期と呼ぶ。また、G<sub>1</sub>期において、細胞外の環境が分裂に適切でない場合、G<sub>0</sub>期と呼ばれる休止状態に入る場合があると考えられており、数日、あるいは数年にわたって増殖せずにいることもある(表1)<ref name=ref1>'''Bruce Alberts, Alexander Johonson, Julian Lewis, Martin Raff, Keith Roberts, Peter Walter'''<br>監訳 中村桂子,松原謙一<br>翻訳 青山聖子,滋賀陽子,滝田郁子,中塚公子,羽田裕子,宮下悦子<br>細胞の分子生物学 第5版<br>''NEWTON PRESS'':2010 </ref>。
 細胞は、まずその中身を倍加し、その後に二分することで増殖を行う。この倍加と分裂の循環を細胞周期(cell cycle)といい、生物の増殖には必要不可欠な機構である。細胞周期の最も基本的な機能は核内の膨大な量のDNAを正確に複製し、そのDNAを2つの娘細胞に正確に分配することである。この二つの重要な時期はそれぞれS期(DNA  <u>S</u>ynthesis)、M期(<u>M</u>itosis)と呼ばれる。さらに、細胞の分裂にはタンパク質、細胞小器官の倍加と分離も必要であるが、ほとんどの細胞ではタンパク質と細胞小器官の倍加に必要な時間は、DNAの倍加と分離に必要な時間よりもはるかに長い。そのため、細胞周期には“間の時期”(<u>G</u>ap phase)として、G<sub>1</sub>期(G<sub>1</sub> phase)とG<sub>2</sub>期(G<sub>2</sub> phase)があり、M期の終わりからS期の始まりまでをG<sub>1</sub>期、S期の終わりからM期の始めまでをG<sub>2</sub>期と呼ぶ。これらをまとめると、[[真核生物]]の細胞周期は全部で4つの期間、すなわちG<sub>1</sub>期、S期、G<sub>2</sub>期、M期に分けることができ、G<sub>1</sub>期、S期、G<sub>2</sub>期をまとめて間期と呼ぶ。また、G<sub>1</sub>期において、細胞外の環境が分裂に適切でない場合、G<sub>0</sub>期と呼ばれる休止状態に入る場合があると考えられており、数日、あるいは数年にわたって増殖せずにいることもある(表1)<ref name=ref1>'''Bruce Alberts, Alexander Johonson, Julian Lewis, Martin Raff, Keith Roberts, Peter Walter'''<br>監訳 中村桂子,松原謙一<br>翻訳 青山聖子,滋賀陽子,滝田郁子,中塚公子,羽田裕子,宮下悦子<br>細胞の分子生物学 第5版<br>''NEWTON PRESS'':2010 </ref>。


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=== 細胞周期制御系 ===
=== 細胞周期制御系 ===


 細胞周期は細胞周期制御系によって調節されており、サイクリン依存性キナーゼ(cyclin-dependent kinase : Cdk)ファミリーがその中心タンパク質として知られている。これらのキナーゼ活性が細胞周期に依存して上下することにより、細胞周期の進行、停止を調節する。この細胞周期依存的な活性はCdk調節因子であるサイクリン(cyclin)に依存しており、Cdkとサイクリンが結合したサイクリン−Cdk複合体(cyclin-Cdk complex)を形成した時、キナーゼ活性を示し細胞周期が進行する。脊椎動物には主に4種類のCdkと4種類のサイクリンが存在し、それぞれの時期を制御している(表2)<ref name=ref1></ref>。
 細胞周期は細胞周期制御系によって調節されており、[[サイクリン依存性キナーゼ]](cyclin-dependent kinase : Cdk)ファミリーがその中心タンパク質として知られている。これらのキナーゼ活性が細胞周期に依存して上下することにより、細胞周期の進行、停止を調節する。この細胞周期依存的な活性はCdk調節因子である[[サイクリン]](cyclin)に依存しており、Cdkとサイクリンが結合したサイクリン−Cdk複合体(cyclin-Cdk complex)を形成した時、キナーゼ活性を示し細胞周期が進行する。脊椎動物には主に4種類のCdkと4種類のサイクリンが存在し、それぞれの時期を制御している(表2)<ref name=ref1></ref>。


 上記のサイクリンの合成と分解が細胞周期におけるCdk活性を調節する主要な要因であるが、その他にもCdk活性を微調整する機構が存在する。Cdk阻害タンパク質(Cdk inhibitor protein : CKI)と呼ばれるタンパク質は、Cdkまたはサイクリン-Cdk複合体と結合することにより、サイクリン存在下でもCdkの活性を阻害する。CKIにはp16<sup>INK4a</sup>、p15<sup>INK4b</sup>、p18<sup>INK4c</sup>、p19<sup>INK4d</sup>の4種類が属するINK4ファミリーと、p21<sup>Cip1</sup>、p27<sup>Kip1</sup>、p57<sup>Kip2</sup>の3種類が属するCip/Kipファミリーの2つのファミリーが存在する。INK4ファミリーはG1期においてCdk4またはCdk6に対し、サイクリンDと競合的に結合することでCdkの活性を阻害する。Cip/KipファミリーはサイクリンE-、A-Cdk2、またサイクリンB-Cdk1複合体に結合しCdkの活性を阻害する<ref name=ref2><pubmed>17654117</pubmed></ref><ref name=ref3><pubmed>22154077</pubmed></ref>。p27Kip1の阻害において、サイクリン-Cdk-CKI複合体のX線結晶解析により、CKIの結合がCdk活性部位の構造を大きく変化させることが明らかにされた。
 上記のサイクリンの合成と分解が細胞周期におけるCdk活性を調節する主要な要因であるが、その他にもCdk活性を微調整する機構が存在する。[[Cdk阻害タンパク質]](Cdk inhibitor protein : CKI)と呼ばれるタンパク質は、Cdkまたはサイクリン-Cdk複合体と結合することにより、サイクリン存在下でもCdkの活性を阻害する。CKIにはp16<sup>INK4a</sup>、p15<sup>INK4b</sup>、p18<sup>INK4c</sup>、p19<sup>INK4d</sup>の4種類が属するINK4ファミリーと、p21<sup>Cip1</sup>、p27<sup>Kip1</sup>、p57<sup>Kip2</sup>の3種類が属するCip/Kipファミリーの2つのファミリーが存在する。INK4ファミリーはG1期においてCdk4またはCdk6に対し、サイクリンDと競合的に結合することでCdkの活性を阻害する。Cip/KipファミリーはサイクリンE-、A-Cdk2、またサイクリンB-Cdk1複合体に結合しCdkの活性を阻害する<ref name=ref2><pubmed>17654117</pubmed></ref><ref name=ref3><pubmed>22154077</pubmed></ref>。p27Kip1の阻害において、サイクリン-Cdk-CKI複合体のX線結晶解析により、CKIの結合がCdk活性部位の構造を大きく変化させることが明らかにされた。


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== 成体における脳での細胞増殖 ==
== 成体における脳での細胞増殖 ==


 成体の脳において細胞の増殖を行う細胞は、[[海馬]]の顆粒細胞下帯(subgranular zone : SGZ)と[[脳室下帯]](subventricular zone : SVZ)において確認されている。この二か所で観察される神経幹細胞は、[[アストロサイト]]マーカーとして知られているglial fibrillary acidic protein(GFAP)を発現していることも明らかとなっているが、成熟したアストロサイトとは形態的、また機能的に異なっている。この領域では生涯を通して神経系細胞の供給が行われており、新たに産生されたニューロンは記憶、学習行動に関与していることが示唆されている<ref name=ref12><pubmed>18295581</pubmed></ref>。
 成体の脳において細胞の増殖を行う細胞は、[[海馬]]の[[顆粒細胞下帯]](subgranular zone : SGZ)と[[脳室下帯]](subventricular zone : SVZ)において確認されている。この二か所で観察される神経幹細胞は、[[アストロサイト]]マーカーとして知られているglial fibrillary acidic protein(GFAP)を発現していることも明らかとなっているが、成熟したアストロサイトとは形態的、また機能的に異なっている。この領域では生涯を通して神経系細胞の供給が行われており、新たに産生されたニューロンは記憶、学習行動に関与していることが示唆されている<ref name=ref12><pubmed>18295581</pubmed></ref>。


 海馬のSGZに存在する増殖性の細胞は、それらの形態や特異的マーカーによって1型、2型、3型の3種類に分類することができる。1型細胞はSGZに常在し、この細胞により成体での幹細胞が維持されている。1型細胞は胞放射状の突起を持っており、GFAPや放射状グリアのマーカーとして知られるbrain lipid binding protein(BLBP)、また幹細胞マーカーとして知られるnestin、sry-related HMG box transcription factor 2(Sox2)を発現している。2型細胞は 1型細胞の分裂によって産生され、高い分裂能を持つ神経細胞前駆細胞と考えられている。GFAPは陰性で、BLBPやnestinの発現と、ニューロンマーカーであるdoublecortin(DCX)やpolysialylated form of neural cell adhesion molecule(PSA-[[NCAM]])の発現が重複する時期である。2型細胞はさらに2a型、2b型に分けることができ、2a型は主にnestinを発現し、2b型は主にNeuroDやProspero homeobox protein 1(Prox1)を発現する。3型細胞はゆるやかな増殖能を持つ細胞で、神経芽細胞から未成熟ニューロンに移行する細胞である。3型細胞は幹細胞マーカーを発現しておらず、ニューロンマーカーであるDCX、PSA-NCAM、NeuroD、Prox1を発現する<ref name=ref13><pubmed>17938969</pubmed></ref>。
 海馬のSGZに存在する増殖性の細胞は、それらの形態や特異的マーカーによって1型、2型、3型の3種類に分類することができる。1型細胞はSGZに常在し、この細胞により成体での幹細胞が維持されている。1型細胞は胞放射状の突起を持っており、GFAPや放射状グリアのマーカーとして知られるbrain lipid binding protein(BLBP)、また幹細胞マーカーとして知られるnestin、sry-related HMG box transcription factor 2(Sox2)を発現している。2型細胞は 1型細胞の分裂によって産生され、高い分裂能を持つ神経細胞前駆細胞と考えられている。GFAPは陰性で、BLBPやnestinの発現と、ニューロンマーカーであるdoublecortin(DCX)やpolysialylated form of neural cell adhesion molecule(PSA-[[NCAM]])の発現が重複する時期である。2型細胞はさらに2a型、2b型に分けることができ、2a型は主にnestinを発現し、2b型は主にNeuroDやProspero homeobox protein 1(Prox1)を発現する。3型細胞はゆるやかな増殖能を持つ細胞で、神経芽細胞から未成熟ニューロンに移行する細胞である。3型細胞は幹細胞マーカーを発現しておらず、ニューロンマーカーであるDCX、PSA-NCAM、NeuroD、Prox1を発現する<ref name=ref13><pubmed>17938969</pubmed></ref>。


 SVZではB型細胞(GFAP-positive progenitors)、C型細胞(transit amplifying cells)、A型細胞(migrating neuroblast)の3種類に分けられる。B型細胞は神経幹細胞と考えられており、GFAP陽性細胞である。B型細胞からC型細胞は産生され、C型細胞が自己複製を繰返して集団を増幅させた後、神経細胞前駆細胞であるA型細胞へと分化する。C型細胞はDlx2やmammalian achaete-scute homologue 1(Mash1)を発現し、A型細胞はDCXやPSA-NCAMを発現している[12,3]。SVZで産生されたA型細胞は吻側細胞移動路(rostral migratory stream : RMS)を移動し、嗅球(olfactory bulb : OB)へ移動後、ニューロンに分化して臭いの識別や記憶の形成に関与していることが示唆されている。
 SVZではB型細胞(GFAP-positive progenitors)、C型細胞(transit amplifying cells)、A型細胞(migrating neuroblast)の3種類に分けられる。B型細胞は神経幹細胞と考えられており、GFAP陽性細胞である。B型細胞からC型細胞は産生され、C型細胞が自己複製を繰返して集団を増幅させた後、神経細胞前駆細胞であるA型細胞へと分化する。C型細胞はDlx2やmammalian achaete-scute homologue 1(Mash1)を発現し、A型細胞はDCXやPSA-NCAMを発現している[12,3]。SVZで産生されたA型細胞は[[吻側細胞移動路]](rostral migratory stream : RMS)を移動し、[[嗅球]](olfactory bulb : OB)へ移動後、ニューロンに分化して臭いの識別や記憶の形成に関与していることが示唆されている。


 成体における神経幹細胞の増殖、分化はホルモンや成長因子、外部環境などの外的因子と、細胞内の転写因子などの内的因子によって調節されている<ref name=ref14><pubmed>16495940</pubmed></ref>。最近、海馬のSGZにおいて、遺伝子の網羅的解析からinsulin-like growth factor(IGF2)が神経幹細胞の増殖に関与していることが示された<ref name=ref15><pubmed>22399759</pubmed></ref>。また、胎生期だけでなく成体海馬のSGZにおける神経幹細胞の増殖にもNotchシグナルが関わることが明らかになっていたが、SVZにおいてもNotch1が神経幹細胞の増殖、分化に必要であることが報告されている<ref name=ref16><pubmed>22514327</pubmed></ref>。     
 成体における神経幹細胞の増殖、分化はホルモンや成長因子、外部環境などの外的因子と、細胞内の転写因子などの内的因子によって調節されている<ref name=ref14><pubmed>16495940</pubmed></ref>。最近、海馬のSGZにおいて、遺伝子の網羅的解析からinsulin-like growth factor(IGF2)が神経幹細胞の増殖に関与していることが示された<ref name=ref15><pubmed>22399759</pubmed></ref>。また、胎生期だけでなく成体海馬のSGZにおける神経幹細胞の増殖にもNotchシグナルが関わることが明らかになっていたが、SVZにおいてもNotch1が神経幹細胞の増殖、分化に必要であることが報告されている<ref name=ref16><pubmed>22514327</pubmed></ref>。     
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