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<font size="+1">[http://researchmap.jp/hibernation 山口 良文]、[http://researchmap.jp/masayukimiura 三浦 正幸]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/hibernation 山口 良文]、[http://researchmap.jp/masayukimiura 三浦 正幸]</font><br>
''東京大学大学院薬学系研究科 遺伝学教室''<br>
''東京大学大学院薬学系研究科 遺伝学教室''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2015年7月7日 原稿完成日:2015年月日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2015年7月7日 原稿完成日:2015年7月17日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/fujiomurakami 村上 富士夫](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/fujiomurakami 村上 富士夫](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br>
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英語名:cell death 独:Zelltod 仏:mort cellulaire
英語名:cell death 独:Zelltod 仏:mort cellulaire
{{box|text= 細胞が何らかの理由により細胞膜や核などの破綻をきたし、修復不可能となった不可逆的状態が細胞死である。物理的損傷等により一瞬のうちに細胞構造が破壊されるのを「事故的細胞死」とよぶ。一方、細胞内の遺伝的にコードされた分子機構が発動する細胞死は、「制御された細胞死(regulated cell death:RCD)」と呼ぶ。制御された細胞死には、アポトーシス、制御されたネクローシス、オートファジー細胞死等がある。神経系発生過程ではアポトーシスが大量に生じる。例えば、発生中の上皮構造において周辺細胞との上皮バリア構造を保ったままアポトーシスが起こると同時に細胞の頭頂部収縮を促すため上皮組織の屈曲が起こる。このようなメカニズムが神経管閉鎖へ関与している。また限られた神経栄養因子を競合する細胞の間では負けた細胞のアポトーシスが起こり、神経細胞と標的組織との数の調節(マッチング)のための機構として働くと考えられる。}}
{{box|text= 細胞が何らかの理由により細胞膜や核などの破綻をきたし、修復不可能となった不可逆的状態が細胞死である。物理的損傷等により一瞬のうちに細胞構造が破壊されるのを「事故的細胞死」とよぶ。一方、細胞内の遺伝的にコードされた分子機構が発動する細胞死は、「制御された細胞死」と呼ぶ。制御された細胞死には、アポトーシス、制御されたネクローシス、オートファジー細胞死等がある。神経系発生過程ではアポトーシスが大量に生じる。例えば、発生中の上皮構造において周辺細胞との上皮バリア構造を保ったままアポトーシスが起こると同時に細胞の頭頂部収縮を促すため上皮組織の屈曲が起こる。このようなメカニズムが神経管閉鎖へ関与している。また限られた神経栄養因子を競合する細胞の間では負けた細胞のアポトーシスが起こり、神経細胞と標的組織との数の調節(マッチング)のための機構として働くと考えられる。}}


==細胞死とは==
==細胞死とは==
 細胞が何らかの理由により[[細胞膜]]や[[wikipedia:ja:核|核]]などの破綻をきたし、修復不可能となった不可逆的状態が細胞死である。かつては、発生過程で観察される[[プログラム細胞死]]の主要形態である[[アポトーシス]](apoptosis)と、それ以外の[[ネクローシス]](necrosis)とに細胞死を分類することもあった。しかし近年、多種多様な分子機構が細胞死に関与することが明らかとなり、細胞死を以下のように区別することが提唱されている<ref name=ref1><pubmed>4561027</pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed>25710534</pubmed></ref>。まず、強酸やアルカリ、熱、物理的損傷等の、外傷により一瞬のうちに細胞構造が破壊される細胞死は、「[[事故的細胞死]](accidental cell death:ACD)」と呼ぶ。かつてネクローシスと呼ばれたもののうち事故的に生じたものが含まれる。一方、細胞内の遺伝的にコードされた分子機構が発動する細胞死は、「[[制御された細胞死]](regulated cell death)」と呼ぶ。制御された細胞死には、アポトーシス、[[制御されたネクローシス]]、[[オートファジー細胞死]]、等がある。制御されたネクローシスはさらに複数の細胞死に分類されつつある。
 細胞が何らかの理由により[[細胞膜]]や[[wikipedia:ja:核|核]]などの破綻をきたし、修復不可能となった不可逆的状態が細胞死である。かつては、発生過程で観察される[[プログラム細胞死]]の主要形態である[[アポトーシス]](apoptosis)と、それ以外の[[ネクローシス]](necrosis)とに細胞死を分類することもあった。しかし近年、多種多様な分子機構が細胞死に関与することが明らかとなり、細胞死を以下のように区別することが提唱されている<ref name=ref1><pubmed>4561027</pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed>25710534</pubmed></ref>。まず、強酸やアルカリ、熱、物理的損傷等の、外傷により一瞬のうちに細胞構造が破壊される細胞死は、「[[事故的細胞死]](accidental cell death:ACD)」と呼ぶ。かつてネクローシスと呼ばれたもののうち事故的に生じたものが含まれる。一方、細胞内の遺伝的にコードされた分子機構が発動する細胞死は、「[[制御された細胞死]](regulated cell death:RCD)」と呼ぶ。制御された細胞死には、アポトーシス、[[制御されたネクローシス]]、[[オートファジー細胞死]]、等がある。制御されたネクローシスはさらに複数の細胞死に分類されつつある。


 多種多様な細胞死が見つかる一方、その命名は各研究者が独自に行なってきたため、細胞死の名称や定義が混乱している。これを受けて、オートファジー細胞死の例で見られるように、細胞死の定義と命名に関して整理を行なうべきとの提言が細胞死研究者のコミュニティから出されている<ref name=ref3 /> <ref name=ref22><pubmed>25236395</pubmed></ref>。今後の分子機構の解明次第で、パイロトーシスやフェロプトーシスなどの新しい細胞死に関しては、名称や定義が変化する可能性もあり、注意が必要である。
 多種多様な細胞死が見つかる一方、その命名は各研究者が独自に行なってきたため、細胞死の名称や定義が混乱している。これを受けて、オートファジー細胞死の例で見られるように、細胞死の定義と命名に関して整理を行なうべきとの提言が細胞死研究者のコミュニティから出されている<ref name=ref3 /> <ref name=ref22><pubmed>25236395</pubmed></ref>。今後の分子機構の解明次第で、パイロトーシスやフェロプトーシスなどの新しい細胞死に関しては、名称や定義が変化する可能性もあり、注意が必要である。
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==神経系における細胞死の役割==
==神経系における細胞死の役割==
[[image:細胞死.jpg|thumb|300px|'''図.神経系における細胞死の役割''']]
[[image:細胞死.jpg|thumb|350px|'''図.神経系における細胞死の役割''']]


 神経系発生過程ではアポトーシスが大量に生じることが知られており、その生理機能についても研究が比較的進んでいる(図)<ref name=ref2 />。
 神経系発生過程ではアポトーシスが大量に生じることが知られており、その生理機能についても研究が比較的進んでいる(図)<ref name=ref2 />。
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==アポトーシス以外の細胞死の役割==  
==アポトーシス以外の細胞死の役割==  
 新しく見つかってきた制御された細胞死の、生理的状況下の神経系における機能はまだほとんど不明である。病理的状況下におけるアポトーシス以外の細胞死の関与は、いくつか報告がある。ネクロプトーシスの関与を示す報告としては、ネクロプトーシスの阻害剤Nec-1が脳虚血に伴う障害を軽減させるという報告<ref name=ref9><pubmed>16408008</pubmed></ref>や、ALS(amyotrophic lateral sclerosis)患者由来のアストロサイトと運動神経細胞との共培養系で見られる運動神経細胞の細胞死が、RIP1とMLKL依存的なネクロプトーシスであるとの報告[17]等がある。一方、パイロトーシスは感染時の神経細胞死で生じてうるとされる<ref name=ref15><pubmed>24398937</pubmed></ref>。フェロプトーシスはその阻害剤がグルタミン酸による興奮毒性神経細胞死を止めうるとの報告<ref name=ref16><pubmed>22632970</pubmed></ref>がある。
 新しく見つかってきた制御された細胞死の、生理的状況下の神経系における機能はまだほとんど不明である。病理的状況下におけるアポトーシス以外の細胞死の関与は、いくつか報告がある。ネクロプトーシスの関与を示す報告としては、ネクロプトーシスの阻害剤Nec-1が脳虚血に伴う障害を軽減させるという報告<ref name=ref9><pubmed>16408008</pubmed></ref>や、ALS(amyotrophic lateral sclerosis)患者由来のアストロサイトと運動神経細胞との共培養系で見られる運動神経細胞の細胞死が、RIP1とMLKL依存的なネクロプトーシスであるとの報告<ref name=ref30><pubmed>24508385</pubmed></ref>等がある。一方、パイロトーシスは感染時の神経細胞死で生じてうるとされる<ref name=ref15><pubmed>24398937</pubmed></ref>。フェロプトーシスはその阻害剤がグルタミン酸による興奮毒性神経細胞死を止めうるとの報告<ref name=ref16><pubmed>22632970</pubmed></ref>がある。