「統合失調症」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0098562 福田 正人]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0098562 福田 正人]</font><br>
''群馬大学''<br>
''群馬大学大学院医学系研究科神経精神医学''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2016年2月10日 原稿完成日:2016年3月7日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2016年2月10日 原稿完成日:2016年3月7日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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英:schizophrenia 独:Schizophrenie 仏:schizophrénie
英:schizophrenia 独:Schizophrenie 仏:schizophrénie
同義語:[[精神分裂症]](旧病名であり、現在は用いられない)


{{box|text= 統合失調症は、主要な[[精神疾患]]のひとつで、10歳代後半~30歳代に発症する頻度の高い疾患である。その主要な症状は、自分を悪く評価し言動に命令する幻声、何者かから注目を浴び迫害を受けるという[[被害妄想]]([[幻覚]]・[[妄想]])、行動や思考における能動感・自己所属感の喪失([[自我障害]])などの陽性症状と、目標に向け行動や思考を組織する障害(不統合)、意欲や自発性の低下などの陰性症状、そしてこれらの症状についての自己認識の困難([[病識]]障害)である。対人関係・自我機能・表象機能という、人間でとくに発達した脳機能の障害を反映すると想定でき、それに対応する脳構造や脳機能に変化が認められる。陽性症状が強まる急性期を繰り返す慢性の経過をたどることが多い。日常生活・対人関係・職業生活に困難を経験することが多い。陽性症状の軽減や急性期の予防には[[抗精神病薬]]の服薬継続への納得が有用である。一方、陰性症状の改善には薬物療法の効果は限定的であるため、心理社会的治療を組み合わせることにより、再発の予防と生活機能の改善を目指す。早期の発見・治療による未治療期間の短縮、地域生活のための支援の充実を組み合わせることで、自立生活や就労が促進され、入院の必要性が減ることが明らかとなった。そのうえでは、当事者が望む生活と人生の回復を治療の目標とすることが大切である。}}
{{box|text= 統合失調症は、主要な[[精神疾患]]のひとつで、10歳代後半~30歳代に発症する頻度の高い疾患である。その主要な症状は、自分を悪く評価し言動に命令する幻声、何者かから注目を浴び迫害を受けるという[[被害妄想]]([[幻覚]]・[[妄想]])、行動や思考における能動感・自己所属感の喪失([[自我障害]])などの陽性症状と、目標に向け行動や思考を組織する障害(不統合)、意欲や自発性の低下などの陰性症状、そしてこれらの症状についての自己認識の困難([[病識]]障害)である。対人関係・自我機能・表象機能という、人間でとくに発達した脳機能の障害を反映すると想定でき、それに対応する脳構造や脳機能に変化が認められる。陽性症状が強まる急性期を繰り返す慢性の経過をたどることが多い。日常生活・対人関係・職業生活に困難を経験することが多い。陽性症状の軽減や急性期の予防には[[抗精神病薬]]の服薬継続への納得が有用である。一方、陰性症状の改善には薬物療法の効果は限定的であるため、心理社会的治療を組み合わせることにより、再発の予防と生活機能の改善を目指す。早期の発見・治療による未治療期間の短縮、地域生活のための支援の充実を組み合わせることで、自立生活や就労が促進され、入院の必要性が減ることが明らかとなった。そのうえでは、当事者が望む生活と人生の回復を治療の目標とすることが大切である。}}


==統合失調症とは==
==統合失調症とは==
 統合失調症とは、主要な[[精神疾患]]のひとつで、日本の精神科入院患者29.7万人のうち17.0万人(57.0%)<ref>精神保健福祉資料-平成25年度6月30日調査の概要</ref>、外来患者290.0万人のうち53.9万人(18.6%)<ref>2011年患者調査</ref>をしめる。未受診者を含めた一般人口の有病率は0.7%で、10歳代後半~30歳代に発症する頻度の高い疾患である。[[wj:WHO|WHO]]などが[[wj:疾病負担|疾病負担]] (global burden of disease, GBD) の指標としている[[wj:障害調整生命年|障害調整生命年]] (disability-adjusted life-years, DALY)における[[wj:生活障害|生活障害]] (years lived with disability, YLL)では、疾患が生活障害を引き起こす程度についはさまざまな疾患のなかで統合失調症の急性期が最大とされている<ref><pubmed>23245605</pubmed></ref>。
 統合失調症<ref  group="注">以前は「精神分裂病」という訳語が用いられていたが、全国精神障害者家族連合会から日本精神神経学会に対して、人格否定的であり本人にも告げにくいため変えて欲しい、という要望があった。日本精神神経学会は、そもそもschizophreniaは「病」ではなく「症状群」に留まっていること、病名自体が当事者の社会参加を阻んでいる可能性があることに注目し、2002年、「統合失調症」に病名を変更することを定めた。その後は、公的文書を含め、全て「統合失調症」が用いられている。それまでは患者本人に病名を告知しない場合が多かったが、病名変更後は病名を告知することが普通になるなど、治療にも影響を与えた。</ref>とは、主要な[[精神疾患]]のひとつで、日本の精神科入院患者29.7万人のうち17.0万人(57.0%)<ref>精神保健福祉資料-平成25年度6月30日調査の概要</ref>、外来患者290.0万人のうち53.9万人(18.6%)<ref>2011年患者調査</ref>をしめる。未受診者を含めた一般人口の有病率は0.7%で、10歳代後半~30歳代に発症する頻度の高い疾患である。[[wj:WHO|WHO]]などが[[wj:疾病負担|疾病負担]] (global burden of disease, GBD) の指標としている[[wj:障害調整生命年|障害調整生命年]] (disability-adjusted life-years, DALY)における[[wj:生活障害|生活障害]] (years lived with disability, YLL)では、疾患が生活障害を引き起こす程度についはさまざまな疾患のなかで統合失調症の急性期が最大とされている<ref><pubmed>23245605</pubmed></ref>。


===主体の体験としての精神疾患===
===主体の体験としての精神疾患===
 統合失調症に限らず精神疾患には、当事者にとってそれが認識や治療の対象であるだけでなく、自分の精神という主体が実感する体験であるという特徴がある。そのため、対象としての客観的な理解とともに、体験としての主観的な実感の側面が、身体疾患に比べてより重要となる。
 統合失調症に限らず精神疾患には、当事者にとってそれが認識や治療の対象であるだけでなく、自分の精神という主体が実感する体験であるという特徴がある。そのため、対象としての客観的な理解とともに、体験としての主観的な実感の側面が、身体疾患に比べてより重要となる。


 客観的な理解のための知識は、概略については『マンガでわかる!統合失調症』<ref>'''中村ユキ'''<br>マンガでわかる!統合失調症<br>''日本評論社'',2011</ref>、詳細については「統合失調症の基礎知識-診断と治療についての説明用資料」<ref>'''日本統合失調症学会監修'''<br>統合失調症<br>''医学書院'',2013</ref>[http://jssr.kenkyuukai.jp/images/sys%5Cinformation%5C20130607154632-1A14E5083752AE7C4013B4AC78650481972CEA4F0CCF58E42F0703E53448C62F.pdf PDFファイル]が、詳細な文献については、[http://www.schres-journal.com Schizophrenia Research]誌の「schizophrenia , just the facts」と題する6編の総説シリーズが参考になる<ref><pubmed>18291627 </pubmed></ref><ref><pubmed>18514488 </pubmed></ref><ref><pubmed>18799287</pubmed></ref><ref><pubmed> 19328655 </pubmed></ref><ref><pubmed>20655178</pubmed></ref><ref><pubmed> 21316923</pubmed></ref>。
 客観的な理解のための知識は、概略については『マンガでわかる!統合失調症』<ref>'''中村ユキ'''<br>マンガでわかる!統合失調症<br>''日本評論社'',2011</ref>、詳細については「統合失調症の基礎知識-診断と治療についての説明用資料」<ref>'''日本統合失調症学会監修'''<br>統合失調症<br>''医学書院'',2013[http://jssr.kenkyuukai.jp/images/sys%5Cinformation%5C20130607154632-1A14E5083752AE7C4013B4AC78650481972CEA4F0CCF58E42F0703E53448C62F.pdf PDF]</ref>が、詳細な文献については、[http://www.schres-journal.com Schizophrenia Research]誌の「schizophrenia , just the facts」と題する6編の総説シリーズが参考になる<ref><pubmed>18291627 </pubmed></ref><ref><pubmed>18514488 </pubmed></ref><ref><pubmed>18799287</pubmed></ref><ref><pubmed> 19328655 </pubmed></ref><ref><pubmed>20655178</pubmed></ref><ref><pubmed> 21316923</pubmed></ref>。


 当事者や家族が素顔で体験を語る動画サイト(「JPOP-VOICE統合失調症と向き合う」)や、みずからの体験を伝える漫画や書籍(『統合失調症がやってきた』<ref>'''ハウス加賀谷'''<br>統合失調症がやってきた<br>''イーストプレス'',2013</ref>、『わが家の母はビョーキです』<ref>'''中村ユキ'''<br>わが家の母はビョーキです<br>''サンマーク出版'',2008</ref>、『心病む母が遺してくれたもの』<ref>'''夏苅郁子'''<br>心病む母が遺してくれたもの<br>''日本評論社'',2012</ref>)は、体験としての主観的な実感を知るために有用である。
 当事者や家族が素顔で体験を語る動画サイト(「JPOP-VOICE統合失調症と向き合う」)や、みずからの体験を伝える漫画や書籍(『統合失調症がやってきた』<ref>'''ハウス加賀谷'''<br>統合失調症がやってきた<br>''イーストプレス'',2013</ref>、『わが家の母はビョーキです』<ref>'''中村ユキ'''<br>わが家の母はビョーキです<br>''サンマーク出版'',2008</ref>、『心病む母が遺してくれたもの』<ref>'''夏苅郁子'''<br>心病む母が遺してくれたもの<br>''日本評論社'',2012</ref>)は、体験としての主観的な実感を知るために有用である。
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===検査結果にもとづく診断の現状 ===
===検査結果にもとづく診断の現状 ===
 統合失調症患者の脳構造や脳機能を健常群と比較し、判別を行った研究では、80~85%という正判別率の報告が多い。診断基準にもとづいて明確に統合失調症と診断できる患者を対象とし、詳細な検査方法にもとづくデータに入念な解析を行い、健常者との判別を検討した場合にそうした数字であり、他の精神疾患との判別となると数字はかなり低くなる<ref>注: そうした結果となる理由として、統合失調症という疾患概念が一つの実体に対応しているわけではないこと([[統合失調症#疾患概念|疾患概念]].)、縦断的に病態が進展していると考えられること([[統合失調症#経過についての縦断診断|経過についての縦断診断]])、に加えて、精神疾患の研究で得られる[[wj:バイオマーカー|バイオマーカー]]にいくつかの意味がありうることが挙げられる。病態における意義という点からは概念的に、精神疾患への素因を反映する「[[素因指標]]」、精神疾患の発症や罹患を反映する「[[発症指標]]」、発症後の症状の程度を示す「[[状態指標]]」、疾患としての病状の重症度を反映する「[[病状指標]]」に分けることができる。ひとつのバイオマーカーが複数の指標の意義をもつことがあり、一般的には、素因指標と発症指標、状態指標と病状指標はおおむね類似の病態を反映するという仮定のもとに、それぞれtrait markerとstate markerの用語を対応させることが多い。しかし、素因指標と発症指標を同等に取り扱うと非発症者を発症者と混同することになり、また状態指標と病状指標を区別しないと治療による改善可能性についての判断に影響する可能性がある。</ref>。
 統合失調症患者の脳構造や脳機能を健常群と比較し、判別を行った研究では、80~85%という正判別率の報告が多い。診断基準にもとづいて明確に統合失調症と診断できる患者を対象とし、詳細な検査方法にもとづくデータに入念な解析を行い、健常者との判別を検討した場合にそうした数字であり、他の精神疾患との判別となると数字はかなり低くなる<ref group="注"> そうした結果となる理由として、統合失調症という疾患概念が一つの実体に対応しているわけではないこと([[統合失調症#疾患概念|疾患概念]])、縦断的に病態が進展していると考えられること([[統合失調症#経過についての縦断診断|経過についての縦断診断]])、に加えて、精神疾患の研究で得られる[[wj:バイオマーカー|バイオマーカー]]にいくつかの意味がありうることが挙げられる。病態における意義という点からは概念的に、精神疾患への素因を反映する「[[素因指標]]」、精神疾患の発症や罹患を反映する「[[発症指標]]」、発症後の症状の程度を示す「[[状態指標]]」、疾患としての病状の重症度を反映する「[[病状指標]]」に分けることができる。ひとつのバイオマーカーが複数の指標の意義をもつことがあり、一般的には、素因指標と発症指標、状態指標と病状指標はおおむね類似の病態を反映するという仮定のもとに、それぞれtrait markerとstate markerの用語を対応させることが多い。しかし、素因指標と発症指標を同等に取り扱うと非発症者を発症者と混同することになり、また状態指標と病状指標を区別しないと治療による改善可能性についての判断に影響する可能性がある。</ref>。


==病態生理==
==病態生理==
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#地域社会のなかで日常生活を送れるよう配慮すると、合併症や続発症が少ない
#地域社会のなかで日常生活を送れるよう配慮すると、合併症や続発症が少ない
という指摘がある。
という指摘がある。
== 注釈 ==
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==関連項目==
==関連項目==

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