「翼板」の版間の差分

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=== 脊髄   ===
=== 脊髄   ===


 発生が完了した状態の脊髄は、細胞体とその樹状突起からなる灰白質と、その辺縁部を占め、脊髄を上下行する軸索からなる白質の領域に分けられ、脊髄中心部を占め、H字形をした灰白質は、背側から腹側方向に後角、中間質、前角に分けられる。翼板および基板は脊髄の灰白質部分となるが、その位置関係を反映して、後角(dorsal horn)と中間質の背側半が翼板に由来し、前角(ventral horn)と中間質の腹側半が基板に由来する。尚、蓋板と底板は白質部分となる。<br> 翼板のニューロンは、成熟して後角にある介在ニューロンおよび投射ニューロンをつくる。これらのニューロンは、感覚情報を脊髄神経節ニューロンから直接受け取り脳幹や間脳に投射する。一方、基板のほとんどのニューロンは成熟して前角にある介在ニューロンや運動ニューロンになり、前根を通って末梢に投射する。神経カラムの概念では、背側から腹側に向かって、①体性知覚を司る一般体性求心性ニューロンカラムgeneral somatic afferent column (GSA)、②内臓知覚を司る一般臓性求心性ニューロンカラムgeneral visceral afferent column (GVA)が翼板由来として配置し、③内臓の平滑筋、心筋や腺を支配する一般臓性遠心性ニューロンカラムgeneral visceral efferent column (GVE)、④体節に由来する骨格筋を支配するニューロンが集まる一般体性運動性カラムgeneral somatic efferent column (GSE)が基板由来として配置する。<br> 神経カラムの概念は比較的古く、翼板や基板の機能ドメインを理解するために用いられてきたが、現在、脊髄ではより詳細な翼板由来の神経細胞の分化過程が分かってきている。すなわち、翼板領域では背腹軸に沿った遺伝子発現の違いによって6種類の神経細胞集団(d1,d2,d3,d4,d5,d6:介在ニューロン)へと分化することが分かっている(引用文献1)<ref><pubmed> 14426011 </pubmed></ref>。特に、背側の3つは蓋板依存的に分化し、蓋板と外胚葉より分泌されるBone morphologic protein (BMP)やTransforming growth factor —β(TGF—β)シグナルによって分化誘導される。また、Wingless-type MMTV integration site family (Wnt)や体節からのレチノイン酸も分化制御に関与している。一方で基板領域は底板より分泌されるSonic hedgehog (Shh)の濃度勾配によって5種の神経細胞集団(V0,V1,V2,V3:介在ニューロン、MN:運動ニューロン)へと分化する。(詳しくは神経管の項を参考にされたい)
 発生が完了した状態の脊髄は、細胞体とその樹状突起からなる灰白質と、その辺縁部を占め、脊髄を上下行する軸索からなる白質の領域に分けられ、脊髄中心部を占め、H字形をした灰白質は、背側から腹側方向に後角、中間質、前角に分けられる。翼板および基板は脊髄の灰白質部分となるが、その位置関係を反映して、後角(dorsal horn)と中間質の背側半が翼板に由来し、前角(ventral horn)と中間質の腹側半が基板に由来する。尚、蓋板と底板は白質部分となる。<br> 翼板のニューロンは、成熟して後角にある介在ニューロンおよび投射ニューロンをつくる。これらのニューロンは、感覚情報を脊髄神経節ニューロンから直接受け取り脳幹や間脳に投射する。一方、基板のほとんどのニューロンは成熟して前角にある介在ニューロンや運動ニューロンになり、前根を通って末梢に投射する。神経カラムの概念では、背側から腹側に向かって、①体性知覚を司る一般体性求心性ニューロンカラムgeneral somatic afferent column (GSA)、②内臓知覚を司る一般臓性求心性ニューロンカラムgeneral visceral afferent column (GVA)が翼板由来として配置し、③内臓の平滑筋、心筋や腺を支配する一般臓性遠心性ニューロンカラムgeneral visceral efferent column (GVE)、④体節に由来する骨格筋を支配するニューロンが集まる一般体性運動性カラムgeneral somatic efferent column (GSE)が基板由来として配置する。<br> 神経カラムの概念は比較的古く、翼板や基板の機能ドメインを理解するために用いられてきたが、現在、脊髄ではより詳細な翼板由来の神経細胞の分化過程が分かってきている。すなわち、翼板領域では背腹軸に沿った遺伝子発現の違いによって6種類の神経細胞集団(d1,d2,d3,d4,d5,d6:介在ニューロン)へと分化することが分かっている<ref><pubmed>19543221</pubmed></ref>。特に、背側の3つは蓋板依存的に分化し、蓋板と外胚葉より分泌されるBone morphologic protein (BMP)やTransforming growth factor —β(TGF—β)シグナルによって分化誘導される(引用文献<ref><pubmed>12593981</pubmed></ref>。また、Wingless-type MMTV integration site family (Wnt)や体節からのレチノイン酸も分化制御に関与している。一方で基板領域は底板より分泌されるSonic hedgehog (Shh)の濃度勾配によって5種の神経細胞集団(V0,V1,V2,V3:介在ニューロン、MN:運動ニューロン)へと分化する(引用文献<ref><pubmed>21539826</pubmed></ref>。(詳しくは神経管の項を参考にされたい)


=== 延髄・橋  ===
=== 延髄・橋  ===
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=== 小脳・中脳   ===
=== 小脳・中脳   ===


 小脳は翼板に由来する菱脳唇の前部から発生し、この場所では翼板体性感覚域の細胞増殖が活発で、小脳発生途中の構造物である小脳原基を経て片葉と小節、さらに正中部の虫部が生じる。小脳には様々な感覚が集まり、それらを統合する機能を持つことからも、知覚や感覚の神経機能をもつ翼板由来の構造物であることがうかがえる。<br> 中脳では翼板は背外側へと増大して、蓋板と共に中脳室の背側を被う板状の隆起(四丘板)を形成する。そして、さらに発生が進むと、四丘板は4個の高まりに分割され、吻側の1対が上丘(superior colliculus )、尾側の1対が下丘(inferior colliculus)となる。上丘・下丘に加えて、三叉神経中脳路核、赤核(red nucleus)および黒質(substantia nigra)は一般に翼板由来と考えられているが、黒質に関しては基板由来であるという説もあり、遺伝子発現に基づいた解析より黒質ドーパミンニューロンが基板由来であるとの報告がある。一方、中脳の基板由来として動眼神経核、滑車神経核および動眼神経腹核が形成される。
 小脳は翼板に由来する菱脳唇の前部から発生し、この場所では翼板体性感覚域の細胞増殖が活発で、小脳発生途中の構造物である小脳原基を経て片葉と小節、さらに正中部の虫部が生じる。小脳には様々な感覚が集まり、それらを統合する機能を持つことからも、知覚や感覚の神経機能をもつ翼板由来の構造物であることがうかがえる。<br> 中脳では翼板は背外側へと増大して、蓋板と共に中脳室の背側を被う板状の隆起(四丘板)を形成する。そして、さらに発生が進むと、四丘板は4個の高まりに分割され、吻側の1対が上丘(superior colliculus )、尾側の1対が下丘(inferior colliculus)となる。上丘・下丘に加えて、三叉神経中脳路核、赤核(red nucleus)および黒質(substantia nigra)は一般に翼板由来と考えられているが、黒質に関しては基板由来であるという説もあり、遺伝子発現に基づいた解析より黒質ドーパミンニューロンが基板由来であるとの報告がある<ref><pubmed>16414173</pubmed></ref>。一方、中脳の基板由来として動眼神経核、滑車神経核および動眼神経腹核が形成される。


=== 間脳・終脳  ===
=== 間脳・終脳  ===


 境界溝が中脳の頭端で終わり視床下溝とは区別されることを考慮すると、間脳と終脳の構造は発生学的には翼板由来と言える。一方で、視床下溝を境界溝の延長と考えれば視床は翼板由来で、視床下部は基板由来と言える。近年は、遺伝子発現パターンによって脳領域を定義するprosomericモデルが提唱されており、そのモデルに基づくと翼板と基板の境界は視床下溝に沿って分かれており、視床下部はさらに遺伝子発現の違いによって翼板領域と基板領域に区別される。<br>  
 境界溝が中脳の頭端で終わり視床下溝とは区別されることを考慮すると、間脳と終脳の構造は発生学的には翼板由来と言える。一方で、視床下溝を境界溝の延長と考えれば視床は翼板由来で、視床下部は基板由来と言える。近年は、遺伝子発現パターンによって脳領域を定義するprosomericモデル<ref><pubmed>21441981</pubmed></ref>が提唱されており、そのモデルに基づくと翼板と基板の境界は視床下溝に沿って分かれており、視床下部はさらに遺伝子発現の違いによって翼板領域と基板領域に区別される。<br>  


(執筆者:猪口徳一、佐藤真、担当編集者:大隅典子)
=== 参考文献  ===
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<br>(執筆者:猪口徳一、佐藤真、担当編集者:大隅典子)